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    zeppei27

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    POIPOI 39

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    ハサアオの続きだよ!アオキに振り回される世話焼きハッサクが、チリちゃんとオモダカの入れ知恵を手に日常を逸脱してゆく話。

    前話 #2
    https://poipiku.com/271957/8178676.html

    人格者だと見なされている人の歪みや破綻、人間性の露呈が好きなので、ハッサク先生に色々なロマンを感じています。もっと生臭い部分も見てみたい……!

    正しさの証明 #3 一日の時間の流れが、まるで降る星のように早い。朝を見かけたかと思えば、来たばかりだと言うのにもう夜が闇を流し込んで世界を真っ黒に塗りつぶしてしまう。星を数えるにつれて瞼は重くなり、そして朝日が頬を照らすだろう。一日に何が起こっているかは大体同じ、繰り返し、繰り返し。大人になるにつれてこの繰り返しの部分はどんどんと増えてゆき、たとえ新しい出来事に出くわそうとも物珍しさは束の間の出来事だ。何物も、こちらを大きく変化させることはない。世界は緩慢に動いている。

     ハッサクにとって、子供は千変万化の可能性を秘めた希望だった。彼らこそは長い一日を過ごし、朝から夜まで変化し続ける生き物である。全身で世界を受け止め、見知らぬものを素直に浴びるのだ。繰り返しからは程遠く、身も心も瞬く間に変化してゆく。感電すれば心の底から燃え上がるような繊細さは、かつてのハッサクの姿そのものでもあった。最初こそ窮屈に狭められていたものの、自ら現状を打破して羽化できたのは未熟さが助けた部分も大きかったように思う。青い果実は日の光を良く吸収し、気づけば大樹へと姿を変えていた。

     今のハッサクは十分大人で、揺らぎが少ないからこそ子供を導ける側面もあるのだと認識している。物事に感動して心が震えようとも、それは根本から自分を変えることは皆無と言って良かった。こうだったかもしれない、ああなるかもしれないという無限に広がる未来は地図の外には広がらない。ある意味において、ハッサクは子供たちの変化をなぞることで、擬似的に変化を楽しんでいるとも言える。

     逆を言えば、大人は変化しにくいことくらいは熟知し、半ば達観さえしていた。正道を説くことはあれども、望みすぎても消耗するだけだ。習い性で他人を嗜めることがあっても、決められた役割を担っていないのであれば必要以上に関与しない。蝿が煩ければ、蝿を追い払う。さもなくば他の餌をくれてやったり、風の流れを作ってやるだろう。蝿自身の変化を求めないのと同じことだ。そうして我慢できなくなれば、蝿を殺すだろう。変わりにくいものは、切り捨てる方が安易で簡単で手軽である。何より、この過程は大概楽しくもなんともない。

    「アオキ、ネクタイが曲がっていますよ」
    「……」

    にも関わらず、今日も気づけばアオキに指導している。ネクタイが妙な方向に曲がっており、当人は聞いているのかいないのか、しらっとした態度のままだ。大声を出そうが、厳しくしようが穏やかに言葉を選ぼうが、彼はいつまでも聞き分けのない子供のような、あるいは心を通わせることのできぬ無機物のような顔つきでハッサクを素通りする。変化しない類型の最たる例で、コダックの頭痛を治すよりも難しい。

     本来二人の本題は、ポケモンバトルに慣れ親しんだ移住者を呼び物とした大会を行う企画の根回し先の相談である。午前中丸々割いてアカデミーの美術室に赴いてきたあたり、自分に対して重きを置いていると考えて良いだろう。面倒くさがり、もとい効率性を重視するアオキらしからぬ前のめりな姿勢はハッサクを十分満足させた。しかしそこはアオキのこと、やる気がないことにはまるで頓着せずに現れるのだから苦笑してしまう。慣れたもので、怒りを抱かないまでもハッサクは呆れたため息をこぼした。場所が場所だけに、二人並んで立っているとアオキが生徒のように見えてくるものだから面白い。

    「失礼しますですよ」

    手を伸ばし、自分よりも少し下の位置にあるアオキのネクタイを掴む。わずかながらに大きく上下した喉仏に満足した。ほんの少し、位置をずらせば自分は簡単にこの命を潰せるだろう。生殺与奪権を握ることは、絶対的な力の差を見せつける上で有用だ。彼の眼差しに似たグレーを直してすぐさま手を離す。アオキがこちらを探るように目をくれたが、ここは無視だ。今のところは、彼をどうこうしようとはすまい。寛容さもまた上に君臨する者の振る舞いである。いつぞやチリが教えてくれた、『吊り橋効果』なるものを思い出してハッサクは殊更に笑みを深くした。

     それは何回目かの四天王戦が終わり、反省会を兼ねた食事会に出かけた折のことである。オモダカとアオキが仕事に戻り、ポピーが両親に迎えられて、残ったのは食べ盛りのチリとハッサクだけになっていた。煮込みハンバーグが美味しい店だとチリが見つけてきた店で、アオキが最後までじとりと店の看板を睨んでいたことは瞼の裏に焼きついている。あの状態ならば、もう少し話すきっかけがありそうだったと言うのになんとも惜しい。

     ダイオウドウ級デミグラスハンバーグを注文し、先に頼んだカヴァ(発泡ワイン)のグラスをチリとチン、と軽く重ねて今日の疲れを労った。二人、挑戦者がいただけでも収穫のあった日で、一人に至ってはハッサクの手持ちの半数まで進めることができた。どこまでも貪欲食らいつく姿勢からして、きっとまた挑戦してくることだろう。まだまだ数は少ないものの、根性のある粘り強い挑戦者が増えてきたように思う。オモダカの戦略と、手足となって働くアオキの両輪がうまく稼働している証左かもしれない。

    「はー、お疲れさん。……ハッサクさん、前々から思うとったけれども、アオキさんに何遍同じこと言うて疲れんのかいな。チリちゃんやったら、とっくに諦めとるけどなあ。あ、茶化しとるとちゃうで!ハッサクさんはすごいって尊敬しとります」

    どうやらハッサクと二人きりというのは、彼女にとって好機であったらしい。歯がゆい繰り返しが彼女の目に映るのは当然だ。ハッサクの出番を呼ぶ際、アオキの声が小さいために、最終的には気が短くも優しい彼女が代わりを務めている。他にも、ハッサクが苛烈になりすぎる際には声をかけてくるなど、大雑把に見えてなかなかどうして気配りの上手い女性だった。

    「目につくようならば、チリからもアオキに言ってください。アオキはあまりにも無頓着にすぎます」
    「せやけど、なーんも困らんとしょう」

    だが、ギロリと睨んでみてもまるで動じず、アオキに対して諦めている点はいただけない。チリにとってアオキは年長者だからビシッと指摘しにくい(しかし『ツッコミ』は脊髄反射で行う)ということもあるだろう。だが、複数人数が同じことを指摘されれば、『普通』に固執するアオキに緩やかな変化をもたらす可能性は高い。『普通』。アオキの口から直接聞いたことはないが、オモダカへの聞き取りからその辺りの事情を頭に叩き込んであった。

    「ハッサクさんも、わかっとるでしょう。アオキさんは変われへん、そういう生き方をしてはる。誰かれ構わず責められとっても、意固地になるだけや。……そや、ハッサクさん、『吊り橋効果』って知っとりまっか」
    「いえ、聞いたことはありませんね。心理的効果の一種、でしょうか?」
    「正解や。力押しで攻め続けるもええけど、その分ここぞっちゅう時には優しくしてあげんねん。誰が相手でも同じやで。ギャップちゅうかな、心をギュッと掴んで揺さぶんねん」

    戦略を変えてみてはどうか、とはなかなか有望なアドバイスだった。新鮮なサラダが運ばれ、待望のハンバーグともちもちとしたパンがテーブルを埋め尽くす。チリが頼んだのは激辛チリトマトチョリソーパプリカの赤色のグラデーションが美しく、巨大なハンバーグである。香りが漂ってくるだけで鼻が辛さを感じ取ってくすぐったい。毎度思うのだが、彼女はこんなにも刺激的な料理を口に入れて体に変化が生じないのだろうか?ゆっくりと体が真っ赤になりやしないかと観察しているが、今の所全く変化は見られない。要するに、彼女は大人として完成されているということだろう。

    「ま、それにしたってハッサクさんがアオキさんに固執するのは不思議ですけどね」
    「……たまたま、目に留まるだけですよ。他意はありません」

    本当は、自分でも訳のわからぬ他意の総盛り合わせだ。しかしわからぬものを説明しても、要らぬ尾鰭がつくだけだろう。人の口に戸は建てられず、巡り巡ってあらぬ情報がアオキの耳に入り込まないとは限らない。肉厚のハンバーグから溢れ出る油に浸って、ハッサクは彼女からの有用な意見を飲み込んだ。玉ねぎやつなぎに頼らない、直球勝負の肉の味が野生味たっぷりに命を礼賛している。これが自分の血となり肉となるのだ。より強くなる自分を想像し、ハッサクは命を咀嚼した。

     そうしてチリから学んで自分なりに考えた成果が、ここのところじわじわとアオキに現れているような気がする。何より、ハッサクが手ずから世話をすることを拒否しないのはいい傾向だ。当初は反抗的にもスーッと流れるように距離を置かれたものである。ネクタイから手を離して今一度アオキの様子を観察すると、ハッサクは小さな変化に目を止めた。

    「これで良いでしょう。今日の髪型は綺麗に決まっていますね」
    「……ネクタイを直してくださり、ありがとうございます」

    戸惑いが声を揺らがせるも、アオキはなんとかビジネスマナーを犯さぬ礼の言葉を述べた。ようやっと目と目を合わせると、常よりも眉の端が下がっているのを見て取れる。近頃では、一見凪いだ海のように変わり映えのしないように見えていた表情の差がわかるようになってきていた。アオキは表情筋が乏しいわけではない。ただ、それを相手に見せるやる気がないだけなのだ。

     ハッサクが髪の毛を梳ってやった時の面映そうなアオキの口元や、美味しいものを食べた時の驚きと喜びの入り混じったハの字を描く眉毛、気骨のある挑戦者に対峙する時にスッと伸びた背筋など、彼の感情は全身からこぼれ出ている。芸術品の美しさ、面白さをより深くするには知識が役に立つと言うが、アオキの場合に必要なのは経験値だった。

     それにしたって、アオキは大人で、こうして微修正を直接加えてやったところで思い通りになるわけではない。繰り返し言い聞かせて世話を焼くのはハッサクの役割ではないし、正しさを押し付けて良い相手でもない。砂上の楼閣を作り続けるような徒労に意味はなく、暴力で捩じ伏せて圧倒して服従させる方がずっと簡単だとよくよく承知している。うるさい蝿は打ち殺せ。

     初対面の時に思わず手が出かけた、あの獰猛な衝動は今でも時折ハッサクに邪な囁きを繰り返していた。強い衝撃を与えた時に、この男がどんな反応をするかを見てみたい。せっかく積み上げた全てを自ら崩す、危険な欲望だった。大人同士でこそ通じ合えぬことなど、幼少期の周囲の振る舞いでとっくのとうに履修済みだと言うのに、なんだってくだらないところで躓こうとするのか、ハッサクには自分がわからなくなりつつあった。

     積み上げてきた日々が緩やかに崩れてゆく。抜け出し、羽化して、成育し切った自分に起こりつつあるのは、未知なる変化だ。なんでもない普通を強調する人間が、どうにも心に引っかかって抜け落ちない。アオキの全身を抜け目なくチェックすると、ハッサクはああ、と今日のもう一手間を思いついた。

    「そうだ、アオキ。四天王戦の際にはネクタイを変えてみるのはどうでしょうか。折角ジム戦以来で再会するのです、手袋だけでは勿体無いと思いますですよ」
    「……業務外のことまで自分は「小生が選んで贈ります」

    勢いに任せれば、あっさりとアオキは押し黙る。最初からこうすれば良かった、という思いと、彼の口から承諾の意を聞きたかったという思いとでモヤモヤするも致し方ない。第一、挑戦者への演出など建前に過ぎず、実際にはハッサクが自分の選んだ何かをアオキに身につけさせたかっただけのことなのだ。ごく普通に贈るだけではアオキはなかなか受け取るまい。押し売りまがいの拙い手口をする自分がハッサクはおかしかった。自分はこんなにも愚かだったろうか。

     あるいはアオキが、『非凡』だからなのかもしれない。自分の背骨をまっすぐに通る、正しさを求める姿勢の揺らぎを感じながら、ハッサクはオモダカとのやりとりを思い返していた。初めてアオキと口をきき、興味と狂気とで揺らいだ後の出来事である。事務仕事をするオモダカに、アオキについて聞きたいと尋ねれば、彼女はひどく短い言葉で部下を表現した。

    「――アオキ、ですか。一言で言えば、彼は『普通』のサラリーマンです」
    「『普通』?なかなか面白い表現をなさるのですね」

    どこが普通であるものか。非凡の最前線をゆくオモダカが実力で選び抜いた人物には、余りにも不釣り合いな言葉だった。ハッサクの口元に浮かんだ皮肉を目にしてか、オモダカはゆっくりと首を振ってみせた。

    「あくまでも、それはアオキにとっての『普通』です。それが他人にとってどんな意味を持つかは、彼自身にはきっと関係ないか、そもそも他人のことなど勘定に入れていないでしょう。ポケモンリーグで営業職に就き、ジムリーダーをし、四天王も務める。それでもアオキはね、『普通』だと言うんです」

    それが良いんです、とオモダカは目を細めた。

    「アオキをスカウトした際にこう伝えました。『私はあなたの『普通』が気に入りました。あなたが『普通』と呼ぶのであればそれでも良い、あなたの『普通』を貫きなさい』とね」
    「あなたは『非凡サラリーマン』と呼ぶのに、ですね」
    「ええ。迷惑そうにしていましたよ」

    しかしその迷惑さえも、アオキは日常に違和感なく組み込んでいる。彼の『普通』には何もかもが曖昧な形で飲み込まれ、一緒くたに褪せてゆくかのようだった。この時、ハッサクは自分もまた、何をしでかそうともアオキにとって『普通』に起きる事象の一つとしてその他大勢に放り込まれる運命であることを悟ったのである。――実に許しがたい。

     あれから、ハッサクは本能のままにアオキにお小言をこぼし、説教し、食事に連れてゆき身だしなみを整え、何くれとなく彼の日常を侵食するような贈り物を渡している。彼の『普通』に染められるならば、それはハッサクの色をしていなければならない。曇り空のようなアオキの表情に目を向け、ハッサクはとん、と彼の胸を人差し指で突いた。

    「アオキ、小生は別にあなたが嫌いだから苦言を呈しているわけではありませんよ。よく覚えてくださいね」
    「……わかっていますよ、それくらい」

    瞬間、全身が発火したかと思うほどに熱くなった。わかっているのか。固まっていた決意がものの見事にぐらつき出す。また、だ。このところアオキは思いもよらぬ不意打ちを喰らわせることがあった。ハッサクを『普通』に含めたかと思えば、彼にとっての『特別』に選ばれたと錯覚させる。人差し指の先が強張り、唇がひくついた。

    「……わかっているなら、良いんですよ」
    「ハッサクさん」
    「なんでしょう」

    次は何が来る?

    「……ハッサクさんは、どうして自分に話すんですか」

    瞬間、世界が変わる音がした。
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    zeppei27

    DONE傭泥で、謎のスパダリ(?)ナワーブに悩まされるピアソンさんのお話です。果たしてナワーブの真意はどこにあるのか、一緒に迷いながら楽しんでいただければ幸いです〜続きます!
    ご親切にどうもありがとう/1 他人に配慮することは、相手に目に見えぬ『貸し』を作ることである。塵も積もればなんとやらで、あからさまでなしにさりげなく、しかし何とはなしに伝えねばならない。当たり前だと思われてはこちらの損だからだ。返せる程度の親切を相手に『させた』時点で関係は極限に達する。お互いとても楽しい経験で、これからも続けたいと思わせたならば大成功だ。
     そう、クリーチャー・ピアソンにとって『親切』はあくまでもビジネスであり駆け引きだ。慈善家の看板を掲げているのは、何もない状態で親切心を表現しようものならば疑惑を抱かせてしまう自分の見目故である。生い立ちからすれば見てくれの良さは必ずしも良いものではなかったと言うならば、曳かれ者の小唄になってしまうだろう。せめてもう少し好感触を抱かせる容貌をしていたらば楽ができたはずだからだ。クリーチャーはドブの臭いのように自分の人生を引きずっていた――故にそれを逆手に取っている。
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