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    zeppei27

    @zeppei27

    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
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    一次創作小説〜
    バナナの叩き売り屋が、特別なバナナに出会うお話。

    #小説
    novel
    #一次創作
    Original Creation
    #奇妙な味
    #ファンタジー
    fantasy

    芭蕉「りんごが赤くなると医者は顔が青くなるとは海の向こうのお話、バナナが黄色くなれば治療も進むってんで医者も喜ぶ有様。黒い斑点は虎の生まれ変わり、一皮剥けばおかみさんも羨む真珠美人だ。こいつは一房三百はくだらないってところだが、今日はお集まりいただいた皆さんご期待に応えて百五十、いや百と四十はどうだ?」
    油紙のように舌をペラペラと滑らせながらも、叩き売り商の心はどこか虚だった。台にずらりと並ぶはバナナ、バナナ、バナナが山と積まれている。幸にして口上は客の関心を買えたようで、二百を飛び越して祝儀がわりだと三百超を財布から取り出す人まで現れる始末だった。今日も全く商売繁盛でありがたい。
     手に握った張扇が景気の良い音を鳴らし、一つ二つとバナナは飛ぶように売れてゆく。山はあっという間に崩れ、横に並べた昨日発売日の雑誌や、もはや古い今日の朝刊新聞までもが姿を消していった。変わり種として仕入れたピーラーも売れたらば今日はおしまい。またどうぞ、という声に客が拍手をして店を畳む。
     駅前広場の顔役として、桃やら葡萄やら、はたまたサンダルを叩き売る他の商人と比べて並外れた人気を誇るバナナの叩き売り、それも生え抜きの叩き売り商として松尾は確固たる立場を得ている。天涯孤独の独り身で、叩き売り協会に上納金を納めた残りで悠々自適に暮らせる状態だ。朝に仕入れて、夕方に売る。客はその日の活力の最後を手に入れるという寸法だった。
     しかしながら、人の欲は尽きないもので、松尾はこの順風満帆の生活に倦怠感を覚えていた。ただ普通のバナナを売るだけではどうにも面白くない。興味半分で雑誌やら料理道具なんぞを売ってみたが、それは他業の背中を追うようなもの。それでは松尾の名が廃るではないか。
     自分の走る道はやはりバナナだ。フィリピンから来たお手本のようなキャベンディッシュバナナ、子供の手指を思わせるモンキーバナナ、なかなか手に入らないシマバナナを扱ってきた。しかし、ここで必要なのは自分だけが売れる、そんな販路ではないか。
     安く売るだの、栄養価を歌うなどそれだけでは物足りない。松尾が客に与えたいのは、今日の終わりを安らかに過ごせるだけの活力で、ご褒美なのだ。太陽を閉じ込めたようなバナナの海を目指し、松尾は新たなる販路の開拓に乗り出した。

     とはいえ、一バナナ商が頼れる伝は市場の外に少ない。大概のものは誰かに買われているからだ。眉唾物の伝聞を元に訪ねても、生産量が少ないことを理由に断られることも多い。それでも松尾は苦労を惜しまなかった。他に自分の背骨をまっすぐにしてくれるような、『生きがい』が見当たらなかったのである。松尾は他人に活力を与える。だが、自分には?バナナはバナナだ。
     料理用のプランテーンバナナで作ったパンを貪りながら(こればかりは料理方法が面倒だと敬遠されてしまったのだ)、温かい風の吹く土地をさすらう。そろそろ一人前になろうかという弟子の遠藤に店を任せ、松尾は辺鄙な温泉郷に踏み込んでいた。
     バナナは温かい場所を好むのだから、当然ながら東南アジアやインド、アフリカやアメリカ大陸などで産出されることが多い。故に温泉郷はある種の理想だ。潤沢に溢れる大地の温もりをビニールハウスに宿し、バナナを育てる。こうしてバナナ旅をするようになって、松尾は初めて人工の熱帯気候を楽しんでいた。
     今日向かうのは、先日遠目に見かけたビニールハウスである。どこの商人も寄り付いていないのは調査済みだ。アイスクリームバナナやアップルバナナ、変わり種のバナナに出会えたのも、こうした個人でその道を突き詰めた農家の発見のお陰である。きっと何かを得られるに違いない。軽トラックを停めると、松尾はまだ新しさの残るビニールハウス横の家を訪ねた。
     『和邇 啓三(わに けいぞう)』と名札がついた門の横にあるインターフォンはバナナの形をしている。黄色いボタンに笑みを浮かべると、松尾は躊躇いなくそれを押した。
    「ごめんください」
    「はい」
    バナナ売りだと告げた松尾に対し、家人はさして嫌がる様子でもなく玄関の扉を開けた。途端、猛烈なバナナの匂いが外へと溢れ出す。バナナの家だ、と松尾は嬉しくなった。どんな人間だろう。ワクワクしながら待つと、家主の顔がぬうっと現れた。
    「初めまして、和邇と言います」
    「ワニ」
    思わず別の言葉を発しかけて口をつぐむ。仕切り直して自己紹介をしながら、松尾の頭はワニでいっぱいになっていた。それも無理はない、と弟子の遠藤は頷いてくれただろう。和邇は、あの動物のワニそっくりの顔立ちだったのである。
     今どき珍しいポンパドゥールがモコモコと突き出た青黒い髪に、いかつい顔立ち。細く吊り上がった両目の色は、なぜかバナナのように黄色い。やや大きな口が開くとギザギザの歯が垣間見えて、松尾は自分が間違った場所に来てしまったのではないかと冷や汗をかき始めていた。
    「バナナ売りのプロなんですね。ちょうど新種を安定して生産できそうなので、嬉しいですよ」
    運命ですね、とワニが笑う。悲しいかな、和邇はその外見に反して穏やかでまともな人物のようだった。悲しいかな?否、素晴らしいことだ。おまけに新種がついてくる。現金にも気分を上向かせ、松尾はビニールハウスを見せてくれるという和邇の背中を小躍りしながら追いかけた。

     和邇の手がけるバナナたちは、強面の養い親に似た威風堂々たる代物だった。眩しいばかりの文句なしの黄色、太い房、そして何よりもボコボコとした細かな膨らみが備わっていることが特徴的である。こんなバナナは見たことがない。香りは野生味が強く、松尾の頭には客に不評だった料理用バナナが浮かんでいた。
    「どうぞ食べてみてください。生で食べられますよ」
    ナイフで一房切り取ると、和邇は松尾に新種のバナナを渡した。しっかりとした重みに驚いてしまう。肉塊ではないかと疑うほどにみっしりした身が詰まっているに違いない。ゴクリと唾を飲み込むと、松尾は覚悟を決めて皮を剥いだ。
    「おお」
    淡いクリーム色をした果実は美しく、ぼこぼことした形を除いてはごく普通のバナナのようである。いただきます、と頭を下げて口に運んで松尾は目をカッと開いた。
     最初に感じたのは強烈な驚きである。甘くない。だが、渋くもない。淡白なあっさりとした甘さが、一口食べるごとに濃度を増してゆく。食感は歯切れが良く、通常のバナナのようなねっとりとした滑らかさはない。料理用バナナと生食用バナナの合いの子といったところか。
     正直なところ繰り返し買う人間がいるとは思われない。見た目の印象が面白いので価格次第で一度は売っていいか、と算段をつけ始めた頃、どこかに引っ込んでいた和邇がバナナの向こうから皿を携え戻ってきた。匂いからして、どうやら揚げ物らしい。いよいよ料理用バナナの道のりか、と松尾は落胆を隠せなかった。
    「どうです、ワニバナナは」
    「なんとも表現し難いですね。見た目は面白いです」
    和邇が作ったからワニバナナ。わかりやすくて良いが、それだけだ。臆することなく松尾は率直な意見を述べた。妙な期待を持たせたところで、お互い面倒な目に遭うだけである。
    「正直な方だ」
    松尾の不躾な物言いに怒ることもなく、和邇は紳士的に揚げ物を勧めてきた。
    「このバナナの真価は揚げてこそなんです。料理用バナナが面倒だというのはわかりますが、一口だけでもぜひ」
    「……そこまでおっしゃるなら」
    断る理由もない。差し出されたフォークで揚げ物を刺すと、先ほど口にしたものよりも柔らかな感触がついてくる。揚油のせいか、唐揚げのような匂いが漂うのが不思議でならない。ふうふうと冷まし、松尾は思い切りかぶりついた。
     パリパリとした皮に肉汁が溢れ出し、南国を思わせる悩ましい湿った香りが口いっぱいに広がった。肉か、と錯覚するが間違いなく先ほど食べたバナナであることは、そのぼこぼことした突起物から容易に判断される。断面は驚くべきことに真っ赤に染まり、本当にバナナなのかと疑ってしまう。先ほど生で食べていなければいっぱい食わされたと思ったことだろう。これは——これではまるで一端の肉料理だ。
    「どうです?」
    「美味しい。これ、屋台で出しませんか」
    揚げ物を売りたいと言っていた、弟子の柿田のことを思い出す。生物を売るばかりじゃつまんないですよ、という豪放磊落な女性の才覚を松尾は内心惜しんでいたのだ。彼女ならば喜んでワニバナナ揚げを売ってくれることだろう。
    「喜んで。その言葉を待っていたんです」
    趣味でバナナを育てているばかりで、商売の方はからきしで、という和邇はどこまでも控えめで慎ましやかだった。商談成立だ。新しいバナナの未来。松尾は満足感でいっぱいになりながら、おかわりを請求した。揚げたてのワニバナナほど美味いものはない。

     果たして、ワニバナナは飛ぶように売れた。わざとワニらしく見えるように切って揚げることを柿田が思いついたことで、駅前の新たな名物となったのである。肉ではないのに肉のようだ、とその道で我慢してきた人間まで買いに来ているらしい。少し離れた場所でバナナやバッグや真珠を叩き売る連中の肩身が狭くなるほどの勢いだった。
     ただ、個人が趣味で栽培するだけあって数量が限られているために辛うじて人々の醜い争いを生むには到っていない。面倒ごとと言えば、一度食べたらやめられないとかで、売り切れと同時に怒鳴り込む客を他の店が宥めに行くくらいである。なんとも平和な話だ。
    「なあ、もっとたくさん作れないのか。他のバナナ屋だって売りたくなるぜ、あんたのワニをさ」
    「難しいんですよ」
    仕入れがてら、松尾はチラリと和邇に増産を持ちかけた。金は弾む、一緒に儲けようじゃないか。バナナの黄色は現実の黄金だ。松尾は活力と夢を売るが、俗世を脱しているつもりはない。商売人はどこまで行っても商売人なのだ。
     しかしながら、相変わらず慎ましやかな和邇は憂を讃えた眼差しで首を振るばかりだった。目があまりにも小さいのでわかりにくいが、長い付き合いのうちに流石の松尾も理解できるようになっていた。彼は心底悔しく思っている——悔しい?バナナ農家には伝手があったので、松尾はなんとしてでもテコ入れしてやりたくなった。
    「理由は、見ればわかると思います。満月の晩に来てくれませんか」
    「おうおう、随分ロマンチストだな」
    「何を言っているんです」
    冗談ではありませんよ、と和邇が黄色い目をキュッと吊り上げる。怒らせた。
    「すまん」
    「ともかく、満月の晩にいらっしゃい」
    そういうことになった。

     満月の夜は数えて五日は先のことだったので、松尾は一日一日をヤキモキしながら過ごす羽目になった。一日がこんなに長く感じられたのは生まれて初めてで、口上が冴えないと遠藤にもズバリ指摘された。弟子が独り立ちできるようになると、遠慮がなくなっていけない。柿田は松尾門下と半ば袂を分かち、柿田揚げ物団なる仲間を募っているらしい。頼もしいじゃないか、と口で言いつつも松尾は寂しさを覚えていた。
     そんな老兵のノスタルジーはさておき、月は予定通りに丸く出来上がった。軽トラックを走らせ、いつものように温泉郷に向かう。今日の月は特に明るく、星々が霞んでしまうほどだ。帰りにたまには温泉宿にでも泊まろうか。体の隅々までバナナが染み付いた自分の匂いに顔を顰めると、いつもの場所にトラックを停める。もう和邇が待っていた。
    「お待ちしてました」
    静かにしていてくださいね、と神妙な面持ちで和邇が歩く。向かったのはビニールハウスではなく、さらにその向こうの茂みだった。畑か何かだろうか、土が柔らかく掘り起こされているのが目に入る。これまでバナナにしか用事がなかったので気づかなかったが、ビニールハウスの付近にはいくつか同じような状態になった土地があるようだった。
    「あそこですよ」
    「どれどれ」
    言われるがままに目を凝らしていると、土がぼこっぼこっと生き物のように動き始める。実際、土から顔を覗かせたのは生き物らしかった。モグラか何かだろうか。ちょうど両腕に抱えられるほどの大きさの生き物が土から這い上がり、ノタノタと地面を這い出す。満月の光を目一杯浴びるとキラキラと光って綺麗だ。
     動いているうちにだんだんと土が落とされ、満月にも負けない真っ黄色の体が姿を現してゆく。ぼこぼことした模様が全面に並んでいて、まるであのバナナのようだ。否、これは
    「バナナワニ、なのか?」
    「はい」
    和邇が頷く。バナナワニ。ワニバナナ。まさか、という松尾の思いを他所にワニたちはビニールハウスへと器用に滑り込んで行った。続いて、和邇に促されるままビニールハウスに入る。ワニはどうなったらばバナナになると言うのだろう?
     ワニたちは思い思いにバナナの木の周りで遊んでいる。二匹で一対になるようにして周り、木に登って降りて忙しい。パンケーキの叩き売りに聞いた、どこぞの虎のような様相だ。ワニたちが踊る。踊りながら歌い、ビニールハウス中にバナナの芳しい甘さが広がっていた。
     一体どれほどの時間が経っただろう。ワニたちは気が済んだという様子でビニールハウスを出てゆき、後にはぬらぬらと光るバナナの木々が残るのみだった。
    「こうして、バナナが実るまで待つんです」
    あれはバナナとワニの子なのだ。ただのバナナなどではない。気持ち悪さと悍ましさと、だが結局食べ物は食べ物だという理性的な判断がごちゃ混ぜになって頭を巡る。叩き売りには荷が重い。
    「いつまで食べられるんだかな」
    「さあ」
    偶然ワニを見つけた和邇は、彼らの好物がバナナであると解明しただけだとあっけらかんと告げた。あの黄色いワニをどうこうするつもりはなく、温泉の秘密にしておきたいらしい。それもそうだ——誰だって信じないだろう。本来、バナナなんてここにはないはずなのだ。
    「果物には旬がありますからね」
    和邇が笑う。そうだな、と松尾は頷いた。何もバナナが全てではない。バナナワニたちが消えた頃、自分は寂しく思うだろうか?
     次の季節はさくらんぼを売ろう。沿岸部に良い農家ができたという噂を思い出しながら、松尾はじっとバナナの木を見つめた。どこにでもあるような、ごく普通のバナナの木だった。

    〆.

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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?

    >前作:ハレノヒ
    https://poipiku.com/271957/11274517.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
     それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
    18819

    zeppei27

    DONE何となく続いている主福の現パロです。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、ホワイトデーに贈る『覚悟』のお話です。
    前作VD話の続きでもあります。
    >熱くて甘い(前作)
    https://poipiku.com/271957/11413399.html
    心尽くし 日々は変わりなく過ぎていた。大学と自宅を行き来し、時に仕事で遠方に足を伸ばし、また時に行楽に赴く。時代と場所が異なるだけで、隠し刀と福沢諭吉が交わす言葉も心もあの頃のままである。暮らし向きに関して強いて変化を言うならば、共に暮らすようになってからは、言葉なくして相通じる折々の楽しみが随分増えた。例えば、大学の研究室で黙って差し出されるコーヒーであるとか、少し肌寒いと感じられる日に棚の手前に置かれた冬用の肌着だとか、生活のちょっとした心配りである。雨の長い暗い日に、黙って隣に並んでくれることから得られる安心感はかけがえのないものだ。
     隠し刀にとって、元来言葉を操ることは難しい。教え込まれた技は無骨なものであったし、道具に口は不要だ。舌が短いため、ややもすると舌足らずな印象を与えてしまう。考え考え紡いだところで、心を表す気の利いた物言いはろくろく思いつきやしない。言葉を発することが不得手であっても別段、生きていくには困らなかった。だから良いんだ、と放っておいたというのに、人生は怠惰を良しとしないらしい。運命に放り出されて浪人となった、成り行き任せの行路では舌がくたくたに疲れるほどに使い、頭が茹だる程に回転させる必要があった。
    5037

    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。前作を読んだ方がより楽しめるかもしれません。遅刻しましたが、明けましておめでとう、そして誕生日おめでとう~!会えなくなってしまった隠し刀が、諭吉の誕生日を祝う短いお話です。

    >前作:岐路
    https://poipiku.com/271957/11198248.html

    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ro
    ハレノヒ 正月を迎えた江戸は、今や一面雪景色である。銀白色が陽光を跳ね返して眩しく、子供らが面白がってザクザクと踏み、かつまた往来であることを気にもせず雪合戦に興じるものだからひどく喧しい。しかしそれがどんどんと降り積もる量が多くなってきたとなれば、正月を祝ってばかりもいられない。交通量の多い道道では、つるりと滑れば大事故に繋がる可能性が高い。
     自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
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