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    siroinari

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    siroinari

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    原作後ダイ帰還済。ヒュが素直になるケモ化した話。支部にあげたけど気に食わなくて供養。

    #レオナ
    leona.
    #ヒュンケル
    hewlett-packard

    『探さないでください』

     簡潔なそれが切実だということは居合わせた全員が察した。同時に探し出さねば死ぬまで彼が姿を消し続けるであろうことも。
     蜂の巣をつついたような大騒ぎになっている周囲を余所にポップは空を見上げる。

     彼の兄弟子はいま何処へ。
     
     暫くはそっとしておいてやるのも優しさじゃねぇかなぁとは思っても口には出さない。不可抗力により散々に好意を全開にし尽くしたのだ。せいぜい抱えきれないくらいのお返しに圧し潰されてしまえば良い。
     それはそれとしてまあ少しばかりは気の毒だと思うところもあるので、ひっそり胸中にて兄弟子へと合掌した。

    **

     さて何が起きたのか時間を遡る。事の起こりは数時間前、お忍びで出掛けたレオナとマァムの荷物持ちをヒュンケルが買って出たところからだ。
     久々のお出掛けとあって、レオナは上機嫌だしマァムも嬉しそうだ。正直マァムがいれば付き添いは不要なのだが、女王となったレオナにとっては貴重な休みなのだ。中身は兎も角、見た目は年頃の美少女二人。二人だけで行動しようものならあっという間に絡まれる。有象無象の相手になんぞ一秒だって費やしたくないとの言い分に、であればと虫よけも兼ねてヒュンケルが付き添うこととなった。
     行き先がパプニカ城下であれば話は別だが、今回はベンガーナだ。各国から商人が行き交い、人の出入りは多い。こういった交易地は他人に干渉しないのが鉄則だ。つばの広い帽子を被り、申し訳程度だが変装もしている。ここなら気兼ねなく羽根を伸ばせるだろうと思う存分ショッピングを楽しむ気でいた。そうして予定通り絡まれたりぼったくられたりすることもなく、楽しいショッピングを終えてさあ帰ろうとなった時だ。
    「あ!」
    「まあ、大丈夫?」
     目前で小さな女の子が転んで盛大に泣き始めた。慌ててマァムが抱き起こしながら怪我を治したのだが、ここで一つ目の問題が起きる。
    「ママかパパは?」
    「・・・・いなくなっちゃった」
     なんと迷子であった。デパートの方から来たのでもしかしたらそちらかもしれない。違ったとしてもデパートには憲兵がいるので彼らに預ける方が早いだろう。ヒュンケルが連れて行こうとしたが、凛々しいと持て囃される御尊顔は幼女には怖かったらしい。今にも泣き出しそうな様子でマァムの腕にひしと縋りつく彼女を引き剥がせるはずもない。
     心なしかしょんぼりしたヒュンケルを引き摺り、マァムが戻るまでお茶でもしようと表通りの店に入ったのだが、ここで二つ目の問題が起きた。
     道沿いのテラスにいたのだが、ドッカンガッシャン大きな音が鳴り響く。喧嘩か?とレオナが身を乗り出すと首根っこを引っ掴まれて引き戻された。手の主に文句を言おうとしたところで彼女の頭上に影が差す。
    「暴れ馬だーーっ!!」
     見上げた先、黒光りする蹄が見えた。
     ひゅ、とレオナが息を呑むと同時に振り降ろされんとした脚が遮られる。
    「お怪我は?」
    「ない、けど」
     暴れ馬の凶器と化した蹄を片手で受け止めた男は涼し気な顔でレオナの安否を確かめた。
     ポカンとしたままのレオナを置いて、馬の脚を持ち上げたまま宥めに掛かる。動揺していた馬が落ち着くころ、走り寄ってきた男を認めて向き直った。
    「あ、ありがとうございます!馬車の車輪が壊れた拍子に手綱が切れてしまって。この子もパニックになって逃げてしまったのです」
     飼い主である商人に撫でられている馬に、もう暴れる様子は見られない。一件落着とヒュンケルがレオナを促して席へ戻ろうとすると、商人が慌てて引き留めた。
    「何か!何か御礼を!」
    「必要ない」
    「しかし・・・!」
     押し問答を繰り返す両者だが、割って入る者がいた。
    「旦那様・・」
     恐る恐るその背に声を掛けたのは、彼の使用人のようだ。ヒュンケルには恐縮した様子でペコペコと頭を下げ、主人には困りきった顔で泣きついている。
    「荷台が破損してしまって馬車としては使えません。このあたりの荷馬車はすべて貸し出されてしまったようで代車もなく・・・」
     だんだんと小さくなる声の後ろを見れば、車輪が一つ足りない荷馬車が傾いていた。車輪を直そうにも荷台の荷物は満杯で降ろすだけでも時間がかかりそうだ。荷馬車が停まっている周囲では、迷惑そうな顔で避けて進む他の荷馬車が渋滞を起こし始めている。
    「仕方ないわね。ヒュンケル、行ってあげて」
    「しかし・・」
    「私なら大丈夫よ。マァムも戻ってくるだろうし、ちゃんとここで大人しくしてるわ」
     じっとレオナを見るヒュンケルの視線に両手を挙げて宣言した。疑わし気な視線を隠さない彼に些かムッとするが、前科が多すぎることは自覚している。真っすぐに視線を返すと、しばし睨み合った後、ヒュンケルが折れた。
    「絶対にここから離れないでくださいね」
    「わかってるわよ」
    「約束です」
    「わかってるってば」
    「もし、破った場合、二度と外出の口添えは致しません」
    「うっ、わ、わかったわよ」
     今回もヒュンケルが付き添ってくれたおかげでベンガーナまで来れたのだ。
     彼の場合、約束を破ればレオナではなく己を罰する可能性が大いにある。己を人質にするなどズルいやり方だが、本人にその気がないのが腹立たしいことだ。
     再度念を押してからヒュンケルが荷馬車へと歩き出す。何をする気かと見守る周囲を気にも留めずに車輪の外れた一角を片手で持ち上げて高さを合わせた。
    「車輪の代わりに俺が支えるから馬に引かせてくれ」
    「いやいや、目的地まではまだ距離があるんですよ!?無茶ですって!」
    「どのあたりだ?」
     商人が示した場所は今いる場所から数キロほど離れた市街地だった。
    「この程度の距離なら問題ない」
    「しかし、」
    「彼なら大丈夫よ。人並み以上に体力も腕力も有り余ってるんだから」
     戦闘こそ難しくなったが、単なる肉体労働程度なら何の問題もないくらいには回復している。
     渋っていた商人だが、他に良い案もなかった。
    「もう無理だと思ったらすぐに言ってくださいね?」
    「承知した」
     何度もレオナに頭を下げながら商人も馬の手綱を引いて歩き出す。停滞していた流れが正常に流れ出すころには荷馬車の影も遠く、やれやれとレオナは紅茶を口に含んだ。
     思いがけず一人になってしまったが、これはこれで良いものだ。街並みをぼんやりと眺めながらティータイムを楽しんでいると、ふと視界の片隅に何かが引っかかる。
    (ん?)
     一瞬だったのでよく見えなかったが、あれはなんだろう。
     気になってレオナが身を乗り出した時だ。
    「あっ?!」
     突如吹いた突風に帽子を飛ばされてしまった。店の給仕に荷物を頼むと止める声も聞かずに駆け出してしまう。
    「ちょっと〜どこまで飛ぶ気よ!」
     見失わないよう上を見上げて走る彼女は前方の人影に気付かなかった。ドン、と鈍い音とともに軽い衝撃が彼女を襲う。軽い身体は簡単に弾き飛ばされて地面に転がった。
    「いった〜・・」
    「大丈夫ですか!?」
     慌てた様子で差し伸べられる手を見上げれば、柔和な顔つきの男性が心配そうにレオナを見下ろしている。
    「えっと、ありがとうございます」
    「いえ、こちらの不注意で申し訳ない。お怪我はないでしょうか?」
    「ええ、大丈夫です」
     答えながら上を見ても、もう帽子は何処にも見えなかった。お気に入りだったが仕方ない。溜息を吐いて土ぼこりを払うと男性に余所行き用の笑みを返す。
    「こちらこそ前をよく見てなくて。そちらこそお怪我はない?」
    「ええ、私は大丈夫です」
     男性の答えにそうですか、ではとその場を辞そうとしてはたと気付いた。
    (ここ、どこ?)
     帽子を追うのに夢中で裏路地まで入ってしまったらしい。これはバレたら大目玉を食らう。ダラダラと冷や汗が止まらないレオナに男性が首を傾げた。
    「もしや、迷われましたか?」
    「えっとぉ・・・」
     違うと言いたいところだがまさしくその通り。がっくりと項垂れながらハイと蚊の鳴くような声で観念した。
    「ならば大通りまでご案内しましょう。このあたりは迷いやすいですから気を落とさずに」
    「・・・すみません」
     苦笑しながら案内を買って出てくれた男性に感謝してレオナは後に続いた。
     のちにこの感謝を盛大に後悔することになるとも知らずに。

    「で、これはどういうことかしら?」
     引き攣った笑みで男性を見上げたレオナの眼に映るのは柔和な笑みをこぼすやさしげな顔だ。それが見かけだけだと今まさに突き付けられたわけだが。
    「いえね、まさか一国の王族ともあろう方がこんなにも無防備だなんて思わなくて、すこし時間をかけすぎましたかね」
     レオナの問いに答えもせずに感想を述べる男に、その脛蹴り飛ばしてやろうかと彼女は拳を握った。だが周りを見るに状況は芳しくない。屈強な男たちがレオナを取り囲み、下手を打てば逃げるチャンスを潰すことになると必死で耐えた。
    「ずっと見張ってたってわけ?」
    「思いがけず一人になってくれたは良かったのですがさすがに大通りでは目立ちますからね。誘いだされてくれれば御の字くらいに思っていましたがまさかこうも簡単に釣れるとは」
     そう言って手元に翳したそれ。美しい細工物が見覚えのある不思議な色合いの光を放つのにあっとレオナが声を上げた。
    「それ!あの時の!」
    「あくまであなたが自分で動いてくれないと目撃されてしまいますからね」
     レオナが店で見かけた何か。帽子が飛ばされたのはその直後だ。あの突風も魔法のせいだったのだろう。まんまと誘い出された事実にレオナは情けなさと怒りに震えた。
    「目的は何?」
    「・・・大切な女王陛下をこんなに簡単に危険にさらすなど、如何に英雄とはいえ護衛には不適格なのでは?」
     一転して真剣な顔つきとなった男にレオナも気を引き締める。ただの誘拐ではなさそうだ。
    「なるほどね、マァムやヒュンケルが気に喰わないってわけ?」
    「確かに戦闘能力は高いのでしょうがそれだけだ。平民に罪人など陛下の傍付きに相応しくない。我々はあなたの身を案じているのですよ」
     こういった層は一定数いるのだ。王族の傍に控えるべきは由緒正しき家柄の者が相応しいという身分至上主義の連中が。ダイとの婚姻が未だに進まないのもこのせいである。
     ”人間でさえない化けモノを王族の伴侶に据えるなど承服しかねる”
     そんな嘆願書が届いたのは一度や二度ではない。養子であるアポロさえも未だにこういった連中から嫌味をぶつけられることがあるというのだから、ダイが王配となればどれほどの悪意が彼に降り注ぐのか。
     わかっていてもレオナはダイを諦められない。手放せない。彼もそれをわかったうえでレオナと一緒にいると言ってくれたのだ。ならば降りかかる火の粉を払うのはレオナの役目だ。
    「こんな強引な手段に出てくる連中に言われたくないわ。それに私の護衛は優秀なの。心配は無用よ」
    「ならばその優秀な護衛は何処にいるのです?今ここにあなたは独りだ」
     勝ち誇ったように笑う男にレオナもまた強気な笑みを返す。
    「あら、あなたには私が一人に見えるのかしら?」
    「なにを、」
     言っているのか、問うことはできなかった。動じないレオナに男が一抹の不安を覚えた瞬間、すぐ背後にドンという着地音が響く。
    「な!?」
    「ごめんねレオナ、遅くなっちゃった」
    「ほんとよ、遅いわマァム」
     男の存在など意にも介さず、詫びるマァムにレオナも当然のように言葉を返した。確かに誰もいなかったはずなのに突然背後に、男たちが囲む輪の中心に現れたマァムに男は眼を見開く。
    「な、なぜ、いつから!?どこからきた!?」
    「今よ。上から来たの。下からじゃ見つけづらいもの」
     あっけらかんというマァムに男が二の句を告げないでいると輪の外から声がした。
    「陛下」
    「あ、ヒュンケルもやっと来たのね」
    「荷を取りに行っておりました。帽子もここに」
     大量の荷物を軽々と持ち、スタスタと男たちを掻き分けてくるヒュンケルがなくした帽子を差し出してくる。取り囲んでいたはずの男たちは彼が進むのに自然と道を明け渡していた。
    「なんで知ってるの」
    「店の者に聞きました。帽子を追っていったと」
    「なんでそんなに落ち着いてるわけ?」
     私、一応誘拐されかかってたんだけど。
     腑に落ちない顔のレオナにヒュンケルとマァムが顔を見合わせる。何に不貞腐れているのかわからないといったその表情にこの天然コンビはとレオナはイラっとした。
    「尾行がいたのには気付いてたもの」
    「陛下を害する気はないようでしたので捨て置きました。察するに誘拐が目的ではなく、俺とマァムの無能さを知らしめたかったのでは?」
     現状把握が出来すぎていて怖い。つくづく敵でなくてよかったと思う男である。ドッと疲れたレオナはいっそ誘拐犯が憐れに思えてきた。
    「で、まだ続ける?」
    「・・っ・・まだです、こいつらの本性を御覧に入れましょう!」
     苦し紛れかと思いきや、あの不思議な光を放つ細工を手に掲げた。咄嗟に眼をつぶったレオナをマァムが庇い、ヒュンケルが男を引き倒す。
    「ヒュンケル!」
     男とヒュンケルが光に包まれるのを呆然と見つめていると、光が収まり現れた姿に絶句した。

     誰にも言ったことはないが、ヒュンケルはレオナとマァムだけは何があっても守ると決めていた。
     弟弟子たちも師も友人たちも大事ではあるが、彼らは強いから問題ない。マァムも戦闘能力は高いのだが、お人好しというか人が良すぎてどうにも危ういところがある。
     ポップは持ち前の要領の良さと悪運でそれとなく回避するし、ダイも野生の勘か割りと回避能力は高い。何より何があろうと彼に勝てる者などほぼ皆無だ。三賢者たちも国の中枢を担うだけあって厄介事への対処は心得ているし、メルルやフローラもおなじだ。
     などと理由を挙げてはみたが、結局のところヒュンケルにとってレオナとマァムの存在は眩しすぎて神聖視している部分が大いにあった。
     なのでヒュンケルの心配は戦闘能力のないレオナに五割、なまじ戦闘能力が高いせいで隙が見えるマァムに三割、他三賢者や獣王遊撃隊らの戦闘能力の低い仲間たちに二割だ。
     元魔王軍組や師と弟弟子たちは対象に含まれてすらいない。それは無関心ではなく、信頼ゆえだ。積極的に優先順位に含まないだけでしっかり大事なものリストには名を連ねているし、何かあれば何をおいても優先するのだから結局甘いことには変わりない。
     だがこれらはヒュンケルが自分の内で決めていることだし、有事の際にしか露見しないことだ。そして戦闘においては攻撃こそ最大の防御派なヒュンケルが全身全霊で守りに入ることなどほぼないに等しく、そもそも今となっては戦闘自体がほとんどないのでこれらの優先順位が明るみに出ることなどない。
     ないはずだったのだ。今日この日までは。

    「で、こうなったと」
     呆れた顔のポップが事の経緯を語ったレオナを振り仰ぐ。普段であれば視線の高さはほぼ変わらないのだが、今はちょっと事情が違う。緊急用に持たされていたキメラの翼で誘拐犯一同も共にパプニカ城に帰ってきたレオナたちを迎えて見ればこの状況だ。
     怒れば良いのか呆れれば良いのか、はたまた嫉妬でもすれば良いのか。
     わからないが、とりあえずまずは兄弟子をどうにかしないとならないことはわかった。
     一同の眼に映るのは確かに兄弟子なのだが何かが違う。
     頭に生えている髪と同じ色の耳や腰で揺れるふさふさの尻尾もそうだが、それ以上の違いがある。外見などむしろ些事である。問題はその気性だ。
     ポップがレオナと視線が合わない理由。ヒュンケルの左腕に抱え上げられたレオナは羞恥に震えつつもちょっとこの状況を楽しんでいるように見えた。右腕の後ろに押し込められているマァムは困惑顔だがやはりちょっと嬉しそうだ。
     それもそのはず。今、彼らの兄弟子は大事な妹弟子二人を抱えて誘拐犯どもに威嚇の真っ最中である。
     日頃感情を表に出さない彼だが、大事に思われていることはわかっていた。だがこうもあからさまにされるとやっぱりちょっと嬉しいのだ。
    「陛下、このアイテムは人の本性を具現化します。彼のそれは狼!危険な猛獣です!」
    「あら、狼なら仲間想いで良いじゃない。ヒュンケルにぴったりだわ」
    「ですが腹に何を抱えているやらわかりません!危険です!」
     城に着いた途端、レオナの命令で拘束された誘拐犯たちだが往生際悪く喚き散らす。
     アイテムの正確な効果がわからないうちは下手に刺激しない方が良いだろうとヒュンケルの好きにさせつつ、城中の魔導書をかき集めていたポップがお目当てのものを見つけた。
    「あった、これだな。なになに~」
     魔導書によると対象の本質に近い動物の姿に変わるアイテムのようだ。
     勇敢な者なら獅子、臆病者ならネズミ、欲が強い者は豚、気まぐれ者なら猫、と千差万別。
    「狼なら群れを守るとかかな」
    「群れで狩りをする生き物は奴とは違いそうですが」
     ダイとラーハルトがどんな気質の具現なのかと話し合う横で痺れを切らした誘拐犯が叫んだ。
    「貴様、何が目的で陛下の傍にいるのだ!」
     その問いに威嚇でグルグルと喉を鳴らしていたヒュンケルがぴたりと黙る。周りの視線を気にも留めずに牙の覗いた口が発した言葉はたった一言だ。
    「守りたいから」

    「二度と傷付かないように、傷付けないように」
    「泣くことのないように、苦しむことのないように」
    「彼女が幸せになるためならば、笑っていられるならば、どんなことだってする」

     シンと静まり返った場でレオナを抱える腕にぎゅうと力が籠められる。
     贖罪のために傍にいてくれるのだと思っていた。己の罪を清算するためにレオナの命を聞いてくれるのだと。だが彼の言葉からはそういった意図は感じられなかった。
     大事だから。守りたいから。ただそれだけのシンプルな想い。それはレオナが真に求めるものだった。

    「じゃ、じゃあ、マァムは?マァムのことはどう思ってんの?」
    「ちょっとポップ?」
     ここで聞いてしまったのはポップの出来心だ。未だヒュンケルのマァムに対する想いの種類がはっきりしていないことは、ポップにとって由々しき事態である。妹のようだとか、そういった類の言葉が聞ければなぁくらいの軽い気持ちだったのだ。
    「マァムは、幸せになってほしい。争い事などから無縁の場所で、ただ笑っていてほしい。陛下と同じく、傷付いてほしくない。この身が使える限り、守れれば良いと思う。だから、」
     ヒュンケルの言葉に胸打たれたマァムが涙ぐむ。シンプルで飾り気のない言葉だからこそ、その想いの深さが伝わってきた。やわらいだ表情での言葉に油断していたともいえる。
    「己がくだらん思惑で彼女らを良いように使おうなどというならば、その首もぎ取って塵と化してくれようか」
     ピンと立った耳と膨らんだ尾が怒りと警戒を伝えてくる。ひしひしと伝わってくる怒気に、向けられていないポップらでさえ喉を鳴らした。だがそんな周囲を他所にラーハルトが問いを投げる。
    「では貴様、ダイ様はどう思っているのだ?」
    「ダイは・・・」
     一瞬前までの怒りなど忘れたようにヒュンケルがつらつらと語り出す。それにダイが嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤くしている横でラーハルトがポップに近付いた。
    「気質を表すというが、これは自白効果もあるのか?」
    「んー・・・?あー・・そうかも?本質っていうか、心の内側を表すみたいな感じか?」
    「解除方法は?」
    「ちょっと待て。んー・・これじゃないなぁ・・?他の本か?」
     積みあがっている本をあれこれ開いているポップを横目に、ヒュンケルの様子を観察していたラーハルトが一つの危惧に思い至る。
    「自白させている間は良いが、守るという想いが行き過ぎると奴は貴様らを害する者すべてを屠り出すのではないか?」
    「げぇっ!?・・・ありえるかも」
     視線の先ではダイとヒュンケルの褒め合い合戦になっていた。今のうちに解決策を見つけ出さねばとポップが気合を入れようとした時である。
    「じゃ、じゃあポップは!?」
    「おい、ダイ!?」
     ネタが尽きたのか、語彙力で負けるダイでは太刀打ちできなかったらしい。苦し紛れの一言に巻き込まれたポップが悲鳴を上げると、真っすぐな瞳とぶち当たる。
    「あ、あー・・・ちょっと今は聞きたくないかなー・・なんて」
    「ポップは・・」
     控えめな制止など聞きもせず、静かに語り出したヒュンケルになるようになれと身構えたポップだが、続いた言葉にへっと間抜けな声が上がった。
    「ポップは、とても尊敬できる自慢の弟弟子だ」
     ポップが如何に機転の利く優秀な軍師であるか、魔法使いとしての力量、人間性その他諸々に関して怒涛の褒め殺し。まさか褒められるとは思ってもいなかったポップだが、じわじわと喜びが湧いてくる。
     ヒュンケルの言葉が本音であることは激しく振られた尾が証明していた。感情のふり幅を表すように耳が忙しなく動いている。顔色は一切変わらないくせに耳と尾が好意を示していることは明らかだった。
     しばらくは感動しながら聞いていたのだが、だんだんと褒められすぎて恥ずかしくなってくる。全面的な好意は嬉しいのだが、思春期真っただ中の彼にはつらいものがあった。
    「次、ラーハルト!」
    「なにぃ!?」
     ひたりと据えられた眼差しにラーハルトがぐっと息を呑む。開かれる口を塞ぎたい衝動に駆られるが、餌食になった者たちからのお前も道連れという圧に屈するざるを得ず、緩みそうになる唇を引き結んで必死に堪える他なかった。
     そうして次々とその場にいた者たちを道連れにしていく傍ら、ポップは必至になって魔導書を捲る。
     集めた人員は身近な者最低限で留めていたので皆顔見知りだ。故に幸か不幸かヒュンケルの好意の対象に全員が含まれていたのだが、如何せん数が少ない。既に二巡目となり真っ赤な顔の屍が増えていく。
     ぶつけられた言葉を思い出さないようにポップが懸命に字を追っていくと、一つの記述が眼に留まった。
    「これか?」
     とりあえず指先をヒュンケルに向けて呪文を唱えてみる。キラキラした感じの効果音と共にピカッと一瞬光ったかと思えば、きょとんとした顔のヒュンケルがいた。
     眼を瞬いてから右を見て左を見て、レオナを見てマァムを見て。一瞬で真っ赤になったかと思えば次の瞬間には真っ青になった彼が何を思ったかは想像に容易い。
     あっさりと元に戻ったは良いが、哀しいかなばっちりすべてを覚えていた。そっとレオナを地面に降ろすと美しい一礼を披露した後、脱兎の如く逃げ出した。呆気に取られ、黙って見送った面々が我に返った時には時すでに遅し。
     隅から隅まできちんと清掃された部屋の机に一通の手紙。
     たった一言のシンプルなそれが発見され、話は冒頭に戻るのだ。

    「ぜぇぇっっっったいに見つけるのよ!!!」
     レオナの渾身の叫びに応と応える声が勇ましい。だが全員がにやけ面を隠しきれておらず、なんとも緊迫感がなかった。指揮を執るレオナ自身も頬の赤みが引いていない。かく言うポップも手で顔を煽いでいないと熱くてたまらないのだ。
    「はーー・・・あんなん思ってたなんて反則だろ・・・」
     全員の想いを代弁して、せいぜい無駄な足搔きを頑張れと数時間後には引っ立てられるだろう兄弟子に今度こそ合掌した。
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