恋は下心、愛は真心「なぜお前は俺を先輩と呼ぶんだ?」
と、聞いてみたのはほんの気まぐれだ。
役付きではない俺を役職で呼びようがないのは理解できる。だが同様の他者に対し、サギョウは敬称付けの名前を用いて呼び掛けている。
それらと俺の間に画されている、ように見える一線。
何か理由があってのことなら知ってみたいというほんの少しの好奇心からの質問だったのだ。
だから、
「嫌なんですか?」
と質問に質問で返されて少々面食らった。
……何か気にでも障ったか?
「……嫌ではないが、他にお前が先輩と呼んでいる相手を知らない」
真っ向からぶつかるサギョウの視線、その出どころは半分ほど瞼に隠れている。
そして少しの沈黙の後、それは小さな、ため息にも似た吐息とともに隠された。
代わって視界に映ったのは鮮やかな黄緑。
サギョウは俺に背を向けた。
そんなに面倒なことを聞いたかと、俺が己を省みかけたと同時に
「……憧れだったから」
告げられたのは、意外な一言。
不貞腐れているような低い声音にそぐわない呟きに一度は耳を疑ったが、
「他の人とおんなじだったら、印象薄いかなと思って」
続いた言葉をただ聞きながら、俺は何となく、気付きかけていた。
「だから、誰も使ってなさそうな、呼び方にしたんです」
質問に質問で返してきたのも、睨みに近い半眼も、俺に背を向けたのも、
「要は近付きたいが為の下心がきっかけですよ──あんただけを先輩って、呼ぶのは」
恐らくは、照れ隠しだ。
理解して実感した途端、目の奥が熱を持った。
「まぁその憧れも? 冷めかけた時期もありましたけ──っぅえあっ⁉︎」
突如として捲し立てられかけたのを遮って肘を曲げた。
サギョウの頭が乗っていたのは俺の肩口、背を向けられたところで抱き寄せるのは容易い。
「……なんですか」
「初耳だ」
「……ふん、自分から言うわけがないでしょこんなこと」
鼻で笑いつつも必死に逸らされる顔、その分真っ赤になっている耳がよく見える。
「思惑どおり、近付けたか?」
「ははっ!」
小気味の良い胸の震え、それが伝わる腕に添えられた手は、紅潮している耳と、それから俺の顔と同じくらい熱い。
「ここまでになれるとは思ってませんでしたからね、まぁ、大成功なんじゃないですか?」
けらけらと笑いながらも、サギョウは決してこちらを振り向かなかった。
だが。
動かずとも触れ合っていればすぐに汗ばむこの季節に、ひとつの不満も口にせずそのまま眠るまで腕の中に収まっていてくれたのだから。
俺にとって、これ以上の幸福があるだろうか?