Unknown⑥「……そんなことを、考えていたのか」
話の途中から、ほんの少し首を回して片目だけ覗かせていた先輩が、今は完全に身体を起こして僕を見ている。
まんまるになっている両目に向かって僕は頷きがわりに笑ったけど、申し訳なさからそれは少し歪んでいただろうな。
何も言わなくてすみません、と、今更だとは分かっていつつ謝った僕に、先輩もいびつな笑みでかぶりを振った。
「有り難かった。変わらず傍にいてくれたことが。俺は──」
言いかけながら一度唇を閉じて、また開きかけて、それから僅かに首を傾げた先輩に、僕はどうぞ、と視線で続きを促した。
「あのとき……雑踏に紛れて聞こえていなかったか、それとも意味が通じていなかったか──どちらにしろ伝わらずに済んで、それまでと同じ距離に居られるのならそれで良かったと、安堵してしまっていた」
苦味を滲ませた撓んだ目元は、前にも見たことがある。
「だから、何も知らずに安穏とお前の誠実さに胡座をかいていたのを、俺の方が謝りたい」
それを聞いて、今度は僕が首を横に振った。いいえ、と、そして、あれは単なる僕の我儘だから、気に病んでほしくないと声にして。
誠実さがいつも正しい結果になるなんていうつもりはない、それでも僕は先輩に対して、少しでも後ろめたさを感じる行動はしたくない。
そんな、半ば意地で、我を貫き通しただけなのだとも、伝えながら。
淀みのない言葉たち。
だけどその合間に先輩の両手が時折動く。組み合わせた指先を握って、離して、擦り合わせて。
話の内容が内容だ、落ち着かないんだろう、僕だってそうだ、どうしたって無駄な動きが増える。
だけど構わない、こういうとき、この人はそうなるんだな、というのを堂々と知られるのは、知っていていいんだと思えるのは、嬉しい。
それは先輩にとっても多分同じだ。さっきから足を組んでは伸ばしてを繰り返してそわそわしている僕に気付いているだろうに、何も言わずただ目を細めていて──
そして僕も、もう今は、かつてのように無意識を装った気を張っては、いないのだから。