このクソみたいな世界に祝福を 面倒くせえ面倒くせえ何もかもが面倒くせえ。
元々生に執着なんかない、どころか、生まれてこなくても良かったんじゃねぇかな、とすら思ってるくらいなんだ。
だからこの仕事にも就いた。
いつどうなってもおかしくないこの仕事に。
だから──
作戦の穴を突かれた結果、吸血鬼の牙が眼前に迫っても──
ま、いっか
と、思った。
楽しいことなんかありゃしない、あったところで次に出くわすクソみてぇな出来事で帳消しどころかイコールマイナス、な、この世と大手を振っておさらばできる。殉職という大義名分のお陰でね、なんて──
少し前までの僕ならば、諦めていたんだ、ろうな!
吸血鬼の牙が頸動脈に刺さるより数瞬早くその眼球に親指の爪を突き立てて抉ってやった。
これで消滅しなくてもいいさ、今度は別の弱点を狙うだけだ。
どこがいい?
弾みで転げたその額を全体重かけて踏み潰してやろうか?
それでダメなら今度は──
と、折れる勢いで歯を食いしばった、瞬間──
「サギョウ!」
──呼ばれて、背後から回された腕に強く──そう、とても力強く、それなのにあたたかく──身体を後ろに引かれ、て
視界が回っ、た。
「サギョウ」
この呼びかけは何度目だ?
暗転していた視界、無理矢理開いて見えたのは先輩、なんだけど……
「……ひっでぇ、顔」
開口一番そう言ってしまうほどに、見たことのないほど、ぐしゃぐしゃの、泣いてるみたいな、情けない顔だった。
だけどそんなことを言われても先輩は、
「……お前の今の状態を見たら、こうも、なる」
そう言ってひどい顔のまま口元だけ笑った。
「すみませんね……」
僕も自棄くそ気味に笑う。
逃げている間にぼろ雑巾みたいにされて、先輩に支えられていなければ上半身すら起こせない身体、それでも目と腕だけは無事なのは多分本能的に、そして反射的に庇ったからだろうな。
「吸血鬼、は?」
片目を抉って潰したくらいじゃあまだ生きているんだろう、そう踏んで聞いた僕に、先輩はあからさまに不機嫌顔になって、そして普段ならしない、舌打ちをしながら、
「……あれだ」
と、見たくもないとでも言いたげに斜め後ろを立てた親指で示した。
そこに──件の吸血鬼は、いるにはいた、けれども──それ以外にも見えたのは、
「……お前らは見るな」
「そんなことできると思うか?」
「俺たちにも“礼”をさせてくださいよ」
既に身体のほとんどを塵にして、恐れ慄きながら震えている吸血鬼を、囲む、隊長と副隊長とモエギさんの後ろ姿だった。
「部下が本当に世話になった、まだ礼が足りんのぅ」
「たっぷり味わってもらおう」
「VRCに収容してもらえるなんて、甘っちょろいこたぁ考えてねぇよなぁ?」
皆の顔は見えない、けど、声が、その感情の全てを物語っている。
皆怒ってる、なんてもんじゃない。
ここは僕が無我夢中で逃げ込んだ建物の狭い隙間、助けなんて、呼べやしない、あの吸血鬼は。
まだぼやけた思考の中。
それでも、と、出た、僕の声は、
「ダメ、ですよ」
だった。
咳き込みながらの情けなく小さな声は、それでも届いたようだ。
隊長、副隊長、モエギさん、それから先輩も、僕に視線を向けた。
「私刑、なんて、よく、ない」
僕らはそんな、ことのために、いるんじゃない。
むしろそんなことを止めるために──
あれこれ考えたけどまとまらなくて、それきり何も言えなくなった僕に、隊長は、副隊長は、モエギさんは──それから、先輩も──氷柱みたいに冷たくて尖っていた目付きを、ゆるめた。
「……モエギ、VRCに連絡」
「今してます」
「こいつは私が縛り上げておこう」
見つめただけで霜焼けそうだったみんなの目。
それが今は、小鼻を膨らませながらむくれてはいても、あたたかい。
「サギョウ、俺の作戦が甘かった、本当にすまん。今救急車来るからの、そのまま起きてるんじゃぞ」
「隊長だけのせいではない、もう少し考えれば予測できうる事態だった、私がもっと思慮深く有れば……」
「隊長も副隊長も悪くねぇよ、俺がもっと足が速くてあの吸血鬼に追いついていければ……」
僕の側に屈み込みながら口々に振り掛けられる言葉たち。
それらを受けながら、盗み見た先輩の顔、は──
やっぱり今にも泣き出しそうだった、けれど
さっきと違って口元だけじゃなくて、目元もちゃんと、細くなって、いたから、
僕は、
「生きててよかった」
と、思う前に声にしていた。