Knights of Night⑩「いやの、初めて訪れた街ゆえ、彷徨っているときに──」
「ちょっと待て」
呑気にへらへらしてる吸血鬼に僕は口を挟んだ。
「その前に、お前の名前も一応聞かせろよ」
「朕の名?」
街を一望できる丘の上、遠くの空は夜と朝の混じった色をしている。
「聞いてどうするのじゃ?」
「どうもしないよ、ただなんか──不公平な気がするだけだ」
「ほぅ、それもそうじゃの」
こっちは名乗った、わけじゃないのもあるけど知られてる、それを引き合いに出すと相手はあっさり頷いた。
けど──
「朕の名は──…………む? おかしいのぅ……は! そうか!」
「なんだよ?」
ひとしきり首を傾げて、それからピンときた風に人差し指を立てる──また鼻につく大仰な仕草で──
「名は、今は伝えられん!」
と胸を張った。
「……っんだよそれぇ!」
また苛立ちかけた僕に、吸血鬼は目線を落として斜め前の地面を見つめながら、
「伝えようにもこの身では告げられぬのじゃ、朕の名は、人の身では発することはおろか聞くことすら出来ぬ音が殆どでの」
そう言ったから、湧き上がりかけた苛つきが引っ込んだ。
「……ええ、そんなのあるの?」
「古い古い、いにしえの時代から受け継いだ物なのでなぁ」
「……ふーん」
……信じたわけじゃない、嘘をつくときは至極もっともらしいものよりも、まぁそういうこともあるかな? 程度のものの方がボロも出にくくてバレづらいとも聞いたことがあるし、実際一瞬、そんなのもあるんだなぁ、と思いかけたし。
とは、いえ──
「……じゃあそれはひとまずいいや、話続けろよ、ちん血鬼」
そう促したら、吸血鬼本人じゃなく先を行く先輩がブフォって吹き出した。
「なんじゃ、それが朕の呼び名かえ?」
「そうだよ」
当の本人は何でもなさそう。どころか、
「ふはは! それは良い!」
と満足げに視線を上げた。
「いいのかよ」
一人称が朕だからちん血鬼。即席の呼びかけに、
「なんでも良いのじゃよ、ぬしらの呼びたいように呼ぶがいい」
当人は鼻歌混じりで──聞き覚えのない旋律のものだ──受け入れた、直後、
「──ぶふぉ?」
それはちん血鬼が、急に立ち止まった先輩の背中にぶつかって中断された鼻歌の名残。
「……何だ、あれは……?」
驚愕の声は先輩。
ちん血鬼がひょいと覗き見た、共有の、僕の視界に映ったのは──
丘の上。開けた場所。阻むものなど何もないそこに唯一ある──
透明な、棺桶だった。