君と過ごすホワイトデー「どうしようかな……」
時刻は休日の昼。僕は街を歩きながら、ホワイトデーにディオンに贈るものについて悩んでいるところだった。ディオンも僕についていきたいと言っていたが、これではサプライズにならないと思い、「ちょっと仕事の用事で出かけなきゃいけないところがあるから」と嘘をついてしまった。ディオンは「そうか」と眉尻を下げて残念そうに俯く。僕はその様子に胸が痛んだが、心を鬼にしてそこから逃げるかのように外出をした。ディオン……ごめんね。そのかわり、絶対に素敵なホワイトデーにしてみせるから。僕は掌を握りしめ、街に並ぶお店を順番に見ていくことにした。
先月、バレンタインの日はディオンにチョコレートを作ろうとしたが、ボウルの中に入っていた溶かしたチョコレートをディオンに奪われてしまい、ディオンがそのチョコレートを自分の身体に塗りつけてしまった。裸のディオン、甘い香りが漂うチョコレート……その艶やかなディオンの魅力に完敗してしまい、僕たちは朝まで愛し合ってしまった。翌朝僕はバレンタインを過ぎてしまったことに文字通り頭を抱えてしまったが、ディオンは「なに。今日私と一緒に作ればよいではないか」と言って僕と一緒にキッチンに立って共にチョコレートのカップケーキを作った。僕はディオンに、ディオンは僕に作り、お互いにカップケーキを贈りあった。ディオンの作ったカップケーキは甘く、まるで昨日のディオンのようだ……と、つい食べながら思い出してしまった。思わず僕はディオンを見る。幸せそうにカップケーキを食べるディオンと目が合った。ディオンは微笑み、僕もまた目を細めた。好きな人と一緒に食べるチョコレートは格別に美味しかった。
あのような日を、ホワイトデーにも感じたい。僕は何か良いお店はないかと辺りを見回す。すると、遠くに『ホワイトデーのお返しに』とお店のガラスの壁に紙がはられている花屋に目が留まった。花……ディオンに花を贈るのも悪くないかもしれない。むしろ気高く美しいディオンにピッタリじゃないか。僕はその場でディオンに花を贈ることに決めた。僕は花屋の中に入っていく。そして何やら作業をしていた店員さんに話しかける。
「すみません。ホワイトデーの贈り物を考えているんですけれど……」
店員さんは僕に気づき、「それではお相手の方にいつも感じていることはなんですか?」と意味深なことを突然訊かれてしまった。
「感じていること……?」
ディオンに……? それはもちろん彼への溢れ出るばかりの愛だ。その愛をずっと共に今後もディオンに伝えていきたい。そう、ずっと……。
「ずっと……いつまでも彼と愛していきたい……そう感じています」
店員さんは僕の言葉に、にこりと微笑み、店の奥の方へと向かっていった……。
◆◇◆◇
「ただいま」
「戻ったか。テランス」
僕は玄関の扉を閉めて、出迎えてくれたディオンの頬にそっとキスをする。ディオンも僕の頬にちゅっとキスをし返してくれた。そして……もちろんディオンが気づかないわけがない。僕が手にしている大きな花束のアレンジメントを……。
「綺麗だ……その花は……チューリップ?」
「そうだよ。ディオン」
僕はピンク色で甘い香りがするチューリップのアレンジメントを、ディオンにプレゼントする。ディオンはそれをそっと受け取り、花の美しさに感動しているようだった。花に包まれたディオンは本当に美しく、僕はまた何度でもディオンに恋をしてしまう。
「今日はホワイトデーだから……知ってる? ディオン、チューリップの花言葉」
ディオンはふるふると首を横に振る。僕は口を開き、ディオンに囁いた。
「僕も店員さんに教えてもらったんだけどね。チューリップの花言葉は……『永遠の愛』……」
「……!」
ディオンの顔が真っ赤に染まる。その様子がいじらしく、僕はアレンジメントが崩れないように、そっとディオンを抱きしめる。
「僕は前世からあなたのことだけを想ってる。そして今も……。それは僕の『永遠の愛』だよ。ディオン……」
僕はディオンの目尻に口づけをする。ディオンはアレンジメントを抱えているため僕を抱きしめることは出来ないが、代わりに僕の肩に頭をそっと預けてくれる。
「ふふ……今はこのアレンジメントで身体を密着させることは出来ないが、私の鼓動もお前の愛で高鳴っているのだぞ」
するとさきほど口づけをしたディオンの目尻から涙がこぼれていくのが見えた。僕は慌てて身体を離し、ディオンの様子をうかがう。
「ディオン……?」
ディオンはアレンジメントをさらにぎゅっと抱え、僕に泣きながら微笑んだ。
「『ずっと』私を愛してくれて、ありがとう。テランス」
「……」
そして僕たちはもう一度瞳を閉じて、唇を重ねた。部屋を満たす、チューリップの甘い香りに包まれながら……。
「テラ……、ぁ……」
「ん……ディオン……」
お互いの舌を絡ませて、唾液を交換していく。もう我慢が出来ず、僕はディオンが持っているアレンジメントを持とうとした。アレンジメントをそっと、寝室に飾って、そしてベッドでディオンと愛しあいたい……。そう思っていたとき、ディオンが唇を離し、片腕でアレンジメントを抱えながら私の唇にそっと人差し指を当てた。
「テランス、私もお前にプレゼントがあるのだぞ」
「えっ?」
「もう準備もしてある」
そしてディオンはくるりと身体の向きを変えて、リビングへと移動した。ディオンの切り替えの早さに驚きつつ、僕も慌てて後をついていく。そしてリビングにつき、テーブルに置かれてあった物を見て……。
「ワイン……?」
「そうだ」
ディオンはアレンジメントをテーブルに大事そうに置く。華やかなアレンジメントと、赤ワイン、そしてグラスが二本……。
「お前を酔わせたくて……」
「ディオン……」
その言葉の奥に含まれる淫靡な意味に気づかない僕じゃない。僕はディオンと共にソファに座り、テーブルに置かれた物を見つめる。
「綺麗な花を見ながら極上なワインを飲む……実に素敵なホワイトデーだな。テランス」
「そうだね。ディオン……」
きっと今日もお互いを求めあって愛し合うのだろう。その様子を美しいチューリップが見ている。実に僕達らしいホワイトデーだな、と僕は幸せな気持ちになっていくのを感じた……。