お酒には注意!「これを……、ディオン様に?」
その言葉に、団員達は「はい!」と嬉しそうに口をそろえて答えた。
「殿下のご指導のおかげで、私の槍の腕があがったんです!」
団員の一人が続けて答えた。
「私もです! これなら次の戦で、どんな敵だって倒してやりますとも!」
「ですから兵長、どうかこれを我が君に!」
そう言って団員の一人が私に飲み物を差し出してきた。ぎっしりと中身の詰まったそれはザンブレク産の、酔いやすいと噂されている極上のワインだった。
私はそのワインを見て少しばかり心の中で驚いた。このワインは……。
そして団員達は私に向けて腕を交差し、敬礼をした。
「それでは兵長! 今夜の慰労会、楽しみにしてますね!」
「それまで私たちは訓練に戻ります!」
「では!」
そう団員達は私に告げるとくるりと背を向け、訓練場へと戻っていった。私は一人ぽつんと残される。
「困ったな……」
私は受け取った、両手で支え持っているきらりと光るボトルを見つめた。今夜はディオンが発案した聖竜騎士団の日頃の慰労の意味を込めた酒の席が行われる。慰労会を行うとディオンが聖竜騎士団が集まっている会議でそう告げたとき、皆が大喜びした。「殿下万歳!」と大声をあげて、皆嬉しそうだった。訓練は大事だが日頃から疲れもあったのだろう。団員の皆は慰労会の今日を楽しみに、早く夜が来ないかと待っている状況だった。
しかし、それを聞いていた私は一つ不安なことがあった。
……そう、ディオンは酒に酔うと、私に口づけを迫ってくるようになるのだ。以前二人きりで酒を楽しんでいた時、ディオンは酔い、何度も私に甘い口づけをしてきた。私もそのディオンの艶やかな姿に心が躍り、何度もディオンのその甘さを含んだ唇を貪り、そのまま盛り上がってしまい、そして夜まで愛し合ってしまったことがある。もしも聖竜騎士団の皆の前でこの酔いやすいワインを飲めばディオンは私に何をしてくるかわからない……。しかし団員達からの好意で頂いたワインだ。無下にできない。それに、ディオンも団員達からもらったワインを飲みたいと思うだろう。
「何事も起きなければ良いが……」
そう私はワインを持ってその場から移動する。しかし、私の願いむなしく、今夜の慰労会は大変なことになってしまうのだった……。
◇◆◇◆
「皆、いつも我が聖竜騎士団のために尽力してくれて感謝している。今夜は楽しむと良い」
そう聖竜騎士団の皆に告げ、ディオンはゴブレットを掲げた。聖竜騎士団の団員達もゴブレットを持ち、「殿下のため! そして聖竜騎士団のため!」と声をそろえて発し、ゴブレットの中の酒を一口飲んだ。そして、慰労会が始まった。皆この日のために用意された豪勢な料理を食べはじめ、酒を飲み、それぞれが隣に座っている団員達と楽しそうに食卓を囲んでいる。ディオンは皆の楽しそうな様子を眺め、満足そうに微笑んでいた。
「どうしたテランス。お前も楽しむといい。久しぶりの酒の席だ」
「え、ええ……。そう、ですね……」
私は先ほど団員達から受け取ったワインをどうすべきか迷っていた。持参してきたがまだディオンにワインを見せていない。どうするべきか……考え込んでいた、そのとき。
「殿下!」
「もう飲まれましたか?」
現れたのは慰労会の前、ディオンのためにワインを用意した団員達だった。団員達はディオンに敬礼をしてからディオンが座っている席に近づき、話しかけてきた。
「ああ、これから飲むところだ」
「それは、私たちのですか?」
「? 私たち……?」
ディオンはきょとん、とした顔をする。
「…………」
この流れは……、まずい。
「私たち、兵長に殿下へとワインを預けたのです」
ちらり、と団員の一人がディオンの隣に座っている私に視線を向ける。
「殿下のお口に合うかわかりませんが、絶品だと噂のワインです! 殿下、ぜひお召し上がりくださいませ!」
そう言って団員は目をキラキラさせてディオンと私を見た。きっと早くディオンにワインを差し上げてほしいと私に伝えているのだろう。
ワインのことを知らなかったディオンは団員達からの思わぬ差し入れに喜んでいる様子だった。
「そうか……、ありがたくいただくとしよう。テランス、そのワインはどこだ? ……、ん? そこにあるのか?」
「……、はい。こちらに」
……、見つかってしまった。もう止められない。ディオンがこのワインで酔わないことを祈るしかない。
私はワインの栓を開け、まず先に自分のゴブレットにワインを注ぐ。ゴブレットのなかは紅い液体でいっぱいになった。聖竜騎士団の仲間からのワインだ。何も起こらないと思うが、それを見つめながらゴブレットに口をつけ、念を入れて、毒見のため一口飲んでみる。団員達も特に気分を害した様子はなく私がワインを飲んでいる姿をじっと見つめている。
……、問題ない。果実の味が口の中いっぱいに広がる。甘くて美味しいワインだ。……だが今回はこの問題ないことが問題なのだ。このワインは……、酔う。美味しいのだが、酔う。たった一口飲んだだけでくらり、と来た。私が問題ないと頷くと、ディオンはワインをくれた団員達ににこりと微笑んだ。
「綺麗な紅い色をしている……。美味しそうなワインをありがとう。さっそくいただくとしよう」
「どうぞ! 殿下!」
「日頃のお礼です! いつもありがとうございます! 我が君!」
私はディオンのゴブレットにワインを注いだ。とくとくと音を立ててゴブレットのなかがどんどん紅い液体で満たされていく。ちょうどいい量まで入れ終えると、ディオンはゴブレットを持ち、唇へと近づけた。ああ、ディオン……、何も起こりませんように……。私は心の中で祈った。そしてディオンはワインをこくり、と飲んだ。
「……、美味しい……。この甘さ、もしやあの有名な……?」
「! 殿下、気づかれましたか!?」
「そうです! あの美味しいと有名なワインです! さすが殿下! ご存じでしたか!」
「こんな高価なワインを私のために……、ありがとう……」
そしてディオンはまた一口ワインを飲む。ゆっくりと舌で味わい、その度に「美味しい」と呟き、何度もワインを飲み進めていく。そして……、私にはわかってしまった。ディオンの瞳が潤みはじめ、頬が紅く染まっていく。まずい。非常にまずい。このままでは……。
……そして、恐れていたことが起こった。
「……てらんす……」
私は思わず顔を手で覆った。
ああ……やはり、駄目だったか……。ディオンは隣に座っている私に、甘い吐息と共にしなだれかかってきた。
「てらんす……、このワイン、甘くて美味しいぞ……。お前も飲め……」
「え!?」
そう言ってディオンはワインをまた一口飲むと、そのまま私に顔を近づけ、そして……、唇を重ねてきた。
「わ、我が君……!?」
目の前でディオンと私が口づけを始めたので、目の前にいた団員達が仰天した。
そして、おおっ……! と、驚きの声が私の耳に入る。いつの間にか他の聖竜騎士団達も私たちの様子を見ていたのだろう。なんということだ……。皆に見られている状態ではないか……。それなのにディオンは特に気にした様子もなく、人目も気にせず唇を重ね、ワインを口移ししてくる。果実の甘さに、思わず私はワインをこくり、こくりと飲んでしまう。ここで、私がさらに酔うわけにはいかないのに……っ。ディオンが酔っ払っているため口移しが上手くいかず、また、私もワインを嚥下しているため、口内が動いてしまい、私の口の端から紅いワインがこぼれていくのを肌で感じる。
「ぷはっ……。もう……、もったいないぞ。てらんす……」
ディオンは口移しを終えた後、私の肌を伝ったワインを、唇で吸い取っていく。そのたびにディオンの唇が口紅を塗ったように紅く染まった。その煽情的な光景に思わず胸が高鳴るが私は慌ててディオンの肩を掴み、引きはがす。
「ディオン様っ……、皆の前です……!」
慌てて騎士団の皆を見れば、食事の手を止め、皆頬を染めて、黙って様子を見ている状況だった。なかには恥ずかしそうにどうすればいいのかわからないのか呆然としているものもいる。
しかしディオンは酔っ払っていて、周りのことがよく見えていない状態だった。
「もう……、いじわるだぞ。てらんす……。いつもならすぐに口づけを返してくれるのに……」
ディオンの呂律がまわっていないなか発した言葉に、団員たちがざわついた。
「あぁ……! やはりお二人の仲はそこまで進んでいるのですね……っ」
「殿下に口づけが出来るなんて……、さすが我らの兵長……羨ましい……!」
「やばい、興奮してきてしまった……」
ああ……、気づかれてしまった。慰労会が終わった後、皆に顔を合わせるのが恥ずかしくなってしまう。
私はディオンを酒の席から引きあげた方がいいのかもしれないと思い、ディオンに言い聞かせるように顔を近づける。
「ディオン様、いったんこの場を離れて、風に当たりましょう。皆が驚いてしまっています」
「くすくす……、あ、てらんすの可愛い額だ……」
そう言うと今度はディオンは私の額に口づけを落としてくる。ちゅっと音がして、額に唇が触れる感覚。
「ふふ……、お前の瞼、鼻、頬、顎……全部だいすき……。てらんす……、だいすき……」
ディオンの言葉通りに順番に顔中に口づけの雨が降り注ぐ。そして私の首に腕をまわし、より距離が縮まる。
「もっとだいすきなのは……」
あ、と思ったときにはもう遅かった。ディオンはまたしても私に唇を重ねてくる。ディオンの舌が私の舌と戯れるように絡ませてくる。くちゅ……くちゅ……と水音が室内に響き渡る。
「やばい……、鼻血がっ……」
「お二人とも……、なんと尊いご関係なのか……っ」
「女神グエリゴール様……! このような素晴らしい景色を見せてくださり、ありがとうございます……!」
ああ、もう皆も酔っているのか、わけがわからない状況になっている。なかには「少し席を外す……」と身体を前かがみにして去っていくものもいた。
ああ……、なんだか頭がクラクラする。私もワインを飲まされ、酔いがまわってしまったようだ。全身がディオンの舌の動きに反応してしまう。ディオンは「んぅ……」と目を閉じ、恍惚とした表情で私の唇を貪っている。その姿に愛おしさを感じ、私もディオンの愛撫に応えていく。この可愛らしい恋人に口づけという名のお説教をしなくてはならない。
「ディオン様……、駄目じゃないですか……。皆見てますよ……? あなたのその艶やかな姿を」
「やぁ……、口づけ、やめないで……。もっと……、もっとぉ……」
「仕方がないですね……」
今度は私とディオンが、示し合わせたかのようにお互いに顔を近づけ、キスをする。最初は触れ合うキス。ディオンの紅く染まった唇を目で楽しみながらそっと何度も口づけた。その際にいたずら心が芽生え、下唇をそっと甘噛みした。ディオンは「ふふっ……」と笑うと私の唇にもかぷっと甘噛みをしてくる。可愛い子猫のいたずらに微笑ましく思いディオンをそっと口づけしやすいように抱きしめ、髪をそっと撫でた。
そして今度は深いキス。お互いの歯列を舌で舐めあうと、ぞくぞくと背中から快感が襲ってくる。唾液が混じり合い、吐息まで飲み込むような深い口づけに、もう夢中になるしかなかった。内頬を舐め、口内をお互いに愛撫していく。ディオンは「ぁ……んぅ……」と目をとろんとさせて快感に震えていた。私がディオンの上顎を舌でくすぐると、ディオンの身体がびくんっと震えた。ディオンはここが弱いのだ。身体を繋げているときに口づけをしてここを刺激するとディオンはひどく興奮するらしく何度ももっともっととねだってくる。
「おねがい……てらんす……、もう……っ」
そう言うとディオンは服に手をかけはじめた。その姿に聖竜騎士団達は皆驚き、慌てて立ち上がる。
「ああ! 我々はこれにて失礼いたしますね!」
「誰にもここを近寄らせないようにいたします!」
「どうぞ、ごゆっくりと!」
そう告げると聖竜騎士団達が敬礼をし、料理や酒をそのままに、室内をバタバタと走り、扉を開けて立ち去ってしまった。皆に気を遣わせてしまった……。後で皆に謝らなければ……と頭の片隅に思ったが、すぐに上着を脱いでしまったディオンのしなやかな身体が目に飛び込んでくる。
「てらんす……、あいしている……」
ディオンはそう言うと私に深い口づけをもう一度してくる。もう……、だめだ。明日のことは明日、考えよう。聖竜騎士団の皆も、わかってくれる。
「まったく……、せっかくの慰労会でしたのに……、お仕置きですよ? ディオン様……」
私のその言葉に、ディオンは望むところだとばかりに私の両頬に手を添えて、目を潤めて下唇をぺろりとワインで紅くなった舌で見せつけてくるように舐める。
その誘いに私は陥落し、口づけの快感で甘く蕩けているディオンの唾液で光っている唇に、噛みつくようにキスをした……。