言葉にするのは難しい「あの!えっと、あー…いや、何でも、無い、です」
いつものように、不死川が朝食を作る隣で珈琲をいれていると本当に真剣な顔で此方を見たかと思ったら、金魚みたいに口をパクパクしたかと思えば、急激にしょぼくれていき、最終的にはガックリ肩を落として再度フライパンの上のウインナーへと視線を落とした。
此処数週間、不死川がおかしい。
先程のように言い淀むことが増え、その後にいつも一人で反省会を行っているようだ。
職場では全くの普段通りなのに、私と二人になるとこれだ…
何かあったのかと訪ねると何でもないんですけどォ…と煮え切らない態度をとる。
そしまた言い淀む。
どうしたものかと、何度も彼に聞いたが、彼はいつもと違う煮え切らない態度。結局私が頼ったのは数年前に卒業した彼の弟だった。
私が実弥の事で相談があると言えば、彼は今日は暇なんで、今から近くのファミレスでと予定を決めてくれ、そんな姿に恋人の影を見てついほっこりしてしまう。
適当に待ち合わせをして、二人でファミレスの広い席に通されて、人の目が収まるまでは大学の話を聞いたり、はだが真っ黒に焼けていると笑ったりしていた。
人の目が落ち着けばヒソヒソと実弥の現状を話すと、玄弥は腕を組んで虚空を見つめながら話を聞いていたが、ふと此方を見直して、まるで某ロボットアニメの司令官のように鼻の前で指を絡ませて私を見上げてくる。
「成程そんなことがあったんですか……もしかしておかしくなったのってここ二週間くらいですか?」
「あぁ!そうなんだ!なにか心当たりがあるのか!?」
がっと乗り出すと、玄弥は少し考えた後に、まぁまぁと私を諌めて、某司令官ポーズはやめて、アイスコーヒーを口に運んだ。
「多分、従姉妹のお姉ちゃんが恋人と別れたからだと思います。そのお姉ちゃん、兄ちゃんと凄くタイプが似てて、顔は似てないのに双子みたいと言われる位なんですけど、素直じゃなくて、何も言ってくれないという理由でフラれたらしくて」
「成程…」
だからか、おそらく素直になろうと頑張っているが、上手くいかずにあの挙動不審で煮え切らない態度と言うことか…
「兄ちゃん、器用なのにそう言うの不器用だからなぁ。悲鳴嶼先生、うちの兄ちゃん宜しくお願いしますね。絶対泣かせないで下さいよ?」
「努力はしよう。今日少し話してみることにする。ありがとう玄弥」
彼は私の言葉にニパッと可愛い笑顔を浮かべた。
この後にはサークルの集まりがあるのだという玄弥と別れてから、自宅に戻ると、実弥は既に自宅に居るらしく、奥から声が聞こえているので、こっそりと部屋を覗くと、弟や妹からプレゼントされたらしいくまのぬいぐるみを目の前に座らせて、顔を真っ赤にしながらくまに声をかけている。
「あっ、あの、好き、です。いつも格好いいです、その、あのキスしても、良い…ですかぁ?うぁーーー無理!恥ずかしいだろぉ!」
恥ずかしかったのか、大きなくまを抱き締めてゴロンゴロンと転がる、あまりにも可愛らしい姿につい笑ってしまった声に私の帰宅に気付いたらしく、まるで油が切れたブリキ人形みたいにギギギッと実弥がこっちを向いた
「ただいま」
「ひぎぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「また可愛らしいことをしていたな」
「今日!知り合いと出掛けるって!!何?何でぇ帰ってきてるんですかぁ!!!!!」
部屋に入って逃げようとする実弥を腕に閉じ込めて抱き締めると、泣きそうな顔で見上げてくる。
「実弥は自分が素直じゃなくて可愛くないと思っているようだが」
私の言葉に腕の中の実弥はビクリと震えて今度は顔を真っ青にする。
「私の恋人は如何せん表情や声が素直でな?言われたらそれは嬉しいだろうが、言われなくても私を大好きで格好いいと思っている事が隠せてなくてな、気持ちはいつも伝わっている」
腕の中のまた真っ赤に染まっている首筋にチュッチュッと唇を落とせばもうこれ以上は赤くならないだろうと言う程に真っ赤に染まる。
「絶対に別れたくない程その恋人を愛しているんだが、出来たら可愛らしい顔が見たい、そろそろ顔を上げてくれないか?」
ちょいちょいと頬を触ると腕の中の愛らしい恋人は私の腕を抱き込んで怒っています。みたいな態度をとってくる。
あぁ、なんて可愛らしいのだろうか。
「実弥、君が言えないぶん、私が伝える」
「おっ、俺もぉ伝えてぇです」
「うん、君が言える時で良い、実弥の言葉で伝えてくれ」
「はい」
「私達は私達のペースで進めば良い」
「はい」
軽く頬にキスすると口許をモニョモニョ動かしてからへにゃっと笑顔を浮かべてくれる。
言葉にした方が伝わることもある。それでも、私は彼と同じペースで愛を育みたいと思った。今日も、明日もずっと共に、居たい。
「でも、いつかきちんと伝えてくれ。あんなぬいぐるみだけ愛を囁かれるなんて納得がいかないからな」
「アイツ、玄弥が額に線が入ってて悲鳴嶼さんみたいだってくれたからぁ…練習にぃ」
真っ赤な顔でしょぼんとするなんてなんて器用なんだ…
こんな愛らしい恋人を手放せる人間なんて居るものか、私は真顔で可愛らしい恋人を抱え上げて寝室に向かうのだった。