息抜き俺よりも高端のでかい人間には男ですら会ったことはなかった。
それが、柱になった途端に呼び出された屋敷で、自分でも見上げるような随分と男前の美人な男に驚いて俺はポカンと口を開けて見上げてしまった。
「おー、新しい風の柱か!良いねぇ!ド派手な外見してんじゃねぇか!色合い的にはちと地味だが悪かぁねぇ!俺は宇髄天元!音柱だ!ド派手に敬え!」
ズビシッっと音がしそうな激しい仕草で指差されて再度ポカンとしてしまう。
「おいおい、お前の方が後輩なんだから挨拶くらいはしゃんとしろよ」
「あっ、すみません、風柱の不死川実弥です」
まさか俺が見上げる程でかい男と会うとは思わなかった。
音柱は俺の顔をじっくり見て、盛大にハハハと笑って俺の頭をポンポンと叩く。
「お前もでかい方だもんなぁ!だけど、俺で驚いてちゃ岩柱見りゃ目玉が飛び出んぞ」
こいつよりもでっかい人間がいんのか!
俺がさらに目を見開いちまうと、さらに笑い声が大きくなる。
「行こうぜ」
左手を捕まれて綺麗に整えられた庭に行くと、まさか俺が見上げた音柱よりも更に大きな男が立っており、俺の頭は彼の胸元あたりな事に驚いてしまう。
もう口が閉じられない。
何だこの人!つーか人か!?
「ワハハハハ!新人は悲鳴嶼さん初めてか!そりゃその反応だわな!」
「ふふふ、悲鳴嶼さん大きいですものねぇ」
「南無ぅ」
最初の印象は酷いもんだったと自分でも思う。その後の御館様への言葉は自分でも頭を抱えてしまうくらいだから。
それから俺は頻繁に悲鳴嶼さんに会うようになった。言葉遣いや礼儀作法を彼に教えてもらうようになったからなのだが、しばらくたつとふと俺が彼を目線で追っていることに気が付いた。
最初はなんでだろうと首を傾げたが、次第に自分が悲鳴嶼さんに何かしらの他と違う気持ちがあるんじゃないかと思うようになった。
それから何度も何度も悲鳴嶼さんに会って、俺は母親に一度だけ母親に父親との事を惚気られた事を思い出した
最初の頃、父親がまともな職に就けていた頃は父親も優しかったが、俺は普段からお袋が庄屋の若旦那とかからも粉かけられてるのを見ていたからなんで親父なんだと聞いた時にでかい腹でお袋は親父には内緒だとこっそり教えてくれた。
ふと、微笑む目元を下から見上げると本当に嬉しそうに見えて、あの人が私のためにふと視線を下げるのが可愛らしくて大好きなのだという。
親父の広くて大きい背中に寄りかかった時にふっと肩口からこちらを覗く細めた目元が好きなんだそうだ。
俺も父親の背中に寄っ掛かってはみたが、父親は振り向いてもくれなくて、母親は私だけの特別何よと嬉しそうにコロコロと笑った。
ふぅんとその時は分からなかった。
父親は母親が一等大きい人が好きなのだと俺に話してくれた。
どちらにしても俺には理解できなかったが、大きくなって良く分かった。
俺は悲鳴嶼さんや宇髄を見上げると何故か頼っても良いような気がして、何となく一緒に居るのが心地よかった。
多分、母親に似たんだろうなぁと何となく思って、少し昔に戻ったような不思議と暖かい気持ちになれた。
ただ、宇髄には感じなくて、悲鳴嶼さんだと特に強く感じていた気持ちがあって、それはこちらを見て欲しいとか、触れて欲しいとか、体温を感じてみたいとか、そういう気持ち。
距離が近くなってくると、悲鳴嶼さん家の猫が羨ましいとまで思えるようになってしまって、俺は猫になりてぇのかと、普通に首を傾げた。
「なぁ、悲鳴嶼さん」
「何だぁ」
目の前で悲鳴嶼さんはでぶっちょの猫の顎をこちょこちょとこちょばしながら顔を緩ませている。
「あの、お願いがあって」
「うん、言ってくれても構わんぞ…んー?気持ちいいか?そうかそうか」
猫はごろごろと嬉しそうに悲鳴嶼さんの掌にじゃれついている。
「俺も一緒に猫触っても良いですかぁ?」
「あぁ!勿論だ」
悲鳴嶼さんが嬉しそうに俺の腕の中に猫を入れてくれて、その俺を後ろからひょいと抱き締められ、猫の抱き方を教えてくれる。
猫の抱き方くらい心得ているが、後ろから抱き込まれると、体温が感じられてとても穏やかな気持ちになるから、抱き締められるのを拒めずに居る。
母ちゃんに抱き締められた時とも、親父に抱き上げられたときとも違う。この気持ちは何なんだろうと考えた時に、俺は悲鳴嶼さんが母ちゃんくらい好きなのだと気が付いた。
同じ男で、いつまでも一緒に居られる訳ではないので、俺は男であることと、後輩であることを全力で使ってこうして自分を慰めているわけ何だが、如何せんこのお人は距離が近いんだよなぁ。
子供は好きじゃねぇって言ってたけど、嘘だろ。あんた大好きだろって言いたくなるくらいには子供の扱いうまいし、俺の扱いもそれに近い。全くもって遺憾である。
「不死川は兄弟が多かったのか?」
「はぁ。その話してましたっけぇ?」
「いや、猫の抱き方が子供を抱くときに近いなと思った。下が多いと抱き方がこなれているからなぁ」
「弟が4人と妹が2人居ました。7人兄弟の長男でしたよぉ」
「7人!それならばまるで親のように抱く姿も納得だ」
くすくすと笑う姿に仕事中の厳しい姿や猫への甘い姿以外の穏やかな姿を自分に見せてくれた事に胸がぎゅっと締め付けられる感じがするが嫌な気分ではない。
むしろ嬉しい。
「ふふふ、不死川風邪か?」
「あー?」
「体が熱いぞ?ふふふ、風柱が風邪を引くかふふふ」
「疲れてんですかぁ?」
俺の方に額をつけて身体を震えさせながら笑う姿は可愛らしい。
「あぁ、そうかもしれん。暫くこうしていても良いか?」
「はい、良いですよぉ。さすがに此処まで鍛えたら悲鳴嶼さんを抱えて部屋まで運んで差し上げるくらいは出来ますからぁ」
べったりとくっついている事に気づいてんだろうか?
距離は近いし、耳元で喋られるとちと照れんだけどなぁ。
「不死川、予定は」
「今日は夕方から警邏くらいですけどぉ」
「ならば、昼寝といこうか」
ひょいと猫ごと膝裏に腕を通して抱き上げられてひょっと不思議な声が出る。
仕方無いだろ!だって!有り得ねぇだろ!
俺もそこそこ体重あんだけどぉ!?
ホントこの人俺の事子供扱いするよなぁ!!
本当に信じらんねぇ
「子供扱いせんでくださいよ」
「してないぞ」
「んな事言ったって、子供みたいに抱き上げられりゃあどう考えても子供扱いじゃねぇんですかぁ?」
猫が怖がらないようにあやしていると、悲鳴嶼さんが笑って俺の顔を見下ろしてくる。
「猫と猫が戯れているようだな」
「はぁ?何言ってるんっすかぁ猫は一匹しか居ませんよぉ」
変なお人だぁ
楽しそうに笑う姿には首をかしげてしまうが、普段と違う楽しそうな姿にはついこちらも笑ってしまう。
「鬼殺隊は、息抜きが出来ぬ者程強くなる。だがな、息抜きが出来ぬ者程早く死ぬ。柱になった人間には息抜きを覚えてもらわねばな」
そう言って俺と猫を俺の布団より一回り大きな布団に優しくおろしたが、猫は寝たくないらしく、腕からひょいと飛び出して縁側の日の当たるところへ駆けていく
「あーあ、逃げちゃいましたよぉ」
「そうか、残念だか仕方無い二人で寝るか」
バサッと布団を被せられて、重たい腕が胸の上に重ねられる。
「俺ぇ、こんな風にされたの母ちゃん以来です、っ~事は弟が産まれて以来かぁ暖かけぇや」
「母ちゃんか…」
「う、ん…いや、何か、違うんだよなぁ、なんでだろぉなぁ」
「眠いのか?」
「んー、、、何かなぁ良くわかんねぇんですよねぇ…悲鳴嶼さんを独占したい時があるんだぁ…」
「そうか、いつでも来るといい。私はお前を待っている」
「ん、嬉しい」
ほわほわと暖かくなる胸に、悲鳴嶼さんにすり寄ると、悲鳴嶼さんは優しく髪をすいてくれる。
「寝て起きたら、少し話そう、お前に聞いて欲しいことがある」
「ふぁい」
抱き締められた暖かさに何を言われているのか、良くわかんなかったが、それでもここの心地よさとかもう、抜け出せなくて、両手をまわしても抱えきれない大きな身体に抱き付いた。