無題乱寂事後セックスをした後、横になった。
セックスって、立たなくて(単純に起立のこと)も成り立つからいいからいいよな、と、飴村乱数は思う。寝転びながら出来る、消費カロリーの割に楽な運動。
身体が小柄でも非力なわけではないし、体重移動は手慣れたものだ。
ただ、この男との行為の場合はそうはいかない。
今、浜に打ち上げられたマッコウ鯨みたいに、そう広くもないラブホの丸いベッドの上に息を荒げながらのびている神宮寺寂雷は、可哀想でおもしろいけれど、本来ならこっちがそうなっているはずなのだ。
しかし彼は所謂『中イキ』の余韻を味わっている最中なので、通常の人間の男性の射精の快感とは段違いに波が強いらしい。
まだもぞもぞ身体をさせて、小さな喘ぎ声すらあげている。
「だいじょうぶ?」
何が?って自分でもウケるけどこめかみにキスした。愛してるみたいに。
寂雷は悶えながらもふふんと笑って、こういうの意外と好きみたい。ボクの事、信じてるだけの目でこちらを見てくる。人を愛し過ぎてるから、バカだなぁと乱数はおもう。お前の気持ちには誰も追いつかないのにね。
孤独なランカー。
「あの、どうしよう」
「どうしたの?」
髪を撫ぜる。細くて長くて多くて、手入れが面倒な本人そのものみたいな髪。
「…私、……。きみ、あの、きみ、…、セックスが、上手いね?」
笑う。
そんな言い方ってある?
「どうしてそう思うの」
「機械みたいに、正確に、私の知らないところ、知らなくて良かったところ、全部知ってる。」
「アハ。」
うける。
機械だって。クローンだよ(笑)。
「今までのやつが、ヘタクソだったんじゃない?」
「そうかも」
「そういうとこ、嫌いじゃないよ」
「どういうとこ?」
「意識してなくて、糞ビッチなとこ」
「あまりいい言葉じゃないよね」
「うん、馬鹿にしてんの」
そうかぁ〜ビッチかぁ〜と、寂雷は仰向けになってどうでもいいみたいに鏡張りの天井に手指を組んで伸ばす。
無駄なものがないから重力とは無関係な身体で、鏡に白くバカみたいに長いそのまんまの寂雷が映る。
鏡越しの寂雷は実物よりもっと人形めいていて怖いくらいに厳しい。
昔から写真映りがよくないんだ、と二人で自撮りしてあげたとき、恥ずかしそうに笑ってた。ヘタクソなピースして。
鏡を通して目を合わせる。
寂雷はかわいこぶってシーツで顔を隠した。
鏡に目を合わせたままシーツを剥ぐと、覗かせた目は鏡を見ていて、「…こっちはこっちで恥ずかしいね、」「私、人に見られて、見た目のこと気にして感情が動くの君が初めてだよ」と、冷たい瞳を潤ませた鏡越しに潤ませた。月の汗みたいに。
「傲慢だねぇ」
「だった、じゃない?」
「生意気だよねぇ」
君にだけだよ、と不器用みたいにキスされた。
『お付き合い』を始めて、初めての夏なのに、次の夏はこないこと、わかってた。
寂雷は知らない。これから酷く傷つけられることも、たくさんの厄介ごとに巻き込まれることも。
でも、お前なら大丈夫だよね、強いもん。お前にボクがどんだけ傷つけられるかで今後の流れは全然違うんだけど、道筋だけは逸れないように出来れば、上出来だと思ってる。
ボクにも少し、誤算がある。掻き回されてる気はないけど、寂雷と寝てしまったこと。
何か大きなものを抱いてるみたいで、それがまるで抱かれてるみたいで、不気味で初めての感覚。
柔い沼の底に、片足入れちゃって、知らないうちに連れて行かれそう。それに甘えちゃいそうなのが、一番嫌でキモチワルイんだな。
「無断外泊をしちゃったから、後で衢くんに連絡を入れないと」
「したいならしなよ、でも衢ももうわかってると思うけどね」
「何を??」
「何、って、ナニだよ。そんなにあいつ子どもじゃないよ」
「そうかなあ。……だとしたら、ちょっと、良くないね…」
お土産を買って帰ろう、何がいいかな…と寂雷はひとりごちた。
特に観光地でもない高速降りたとこに阿保みたいに群集してるラブホの近くで何を買って帰るんだろ。ゴム??
オトコヤモメで恋愛をしちゃって、ハメ外しちゃってて、気恥ずかしいお父さんの帰宅そのもの。
「なんでも喜ぶと思うよ」
衢の名前、今出されるのなんか嫌だったから、話を切りたくて適当言った。
「そうだね、彼はとてもいい子だから。サービスエリアで、何か見ていこう」
「わかったから、もういいよ」
のしかかって、口付けた。
寂雷の唇が震えて、「する?」と尋いた。ぼくは、「しないの」と問う。と、「する。」と、決意したみたいに言った。眼球の下に涙の光があって、揺れて、舐めたくなったので舐めた。
寂雷は目を閉じたりせずにジッとしていて、ボクの背を抱き締めた。
「意外、眼球舐め、嫌がらないんだ」
「きみ、小さいねぇ」
「は、おまえがデカい」
「そうだねぇ」
おまえのこと、全然好きじゃない。
好きじゃないんだよ、寂雷。
お前はどうか、知らないでいてね。
「帰り、サービスエリアでアイスクリーム、食べて帰ろうよ」
「豪華なやつ?」
「豪華かもね」
「いいねぇ、楽しみ。」
「今、楽しいしかない。すっごく不思議。乱数くん、大好き。」
ぼくもだよ、と、深海みたいに薄暗い部屋の中で抱き合った。
もう冷えた汗を、互いに擦り付けて無理やりあたためるみたいに、また身体を塗り合わす。
無駄なことを楽しさに逃げている、一人ずつだった。