聖蹟メロンパン感謝デー「そうだ、明日はメロンパン感謝デーだからお前ら飯持ってくるなよ」
「あー、でもなんかしょっぱいもんあるといいかもな」
練習の後、三年の速瀬と国母が一年と二年に声を掛けた。
「メロンパン感謝デーって何すか」
そう問いかける来須に、メロンパンが山ほど食える日だと灰原が答える。全くもって意味がわからない様子の一年とは対照的に二年はどこか諦めの入った、なんだか遠い目をしていた。
翌日。サッカー部は朝練のために早朝に登校しているため、あまり他の生徒と出会うことはない。しかし何故かこの日は校門前に女生徒がごった返していた。
「な、なんだあ?」
新戸部は白鳥、来須と顔を見合わせる。校門に屯している女生徒達は三人に気づくや否や歓声を上げて三人を取り囲んだ。
「サッカー部でしょ! これ、臼井先輩に渡して!」
「あ、あたしのも! よろしくー!」
「これもこれも!」
我先に臼井への貢物を押し付けようとするパワーに三人がたじたじとしていると、うるせえぞ、とドスの効いた声が響いた。その声に気圧されたように女生徒の興奮は落ち着いた。
「き、君下先輩……! 助かったっす!」
女生徒の壁越しに声の主を見つけた来須は感謝を述べる。君下はちっと舌打ちし、情けねえと吐き捨てた。君下の隣には大柴、佐藤、鈴木がいる。
「臼井先輩へのプレゼントは俺達が預かりますので並んでください」
淡々と鈴木が場を執り仕切り始めた。佐藤がお前らも協力しろと一年三人組に目配せした。
「臼井先輩へのプレゼントって……」
新戸部が恐る恐る聞くと、サッカー部の先輩より先に女生徒から答えを叩きつけられた。
「今日は臼井先輩の誕生日でしょうが! 後輩なら知っときなさいよ!」
出会って二週間程度なんすけど、と口答えする勇気は新戸部にはなかった。
運良く校門のひと騒動に巻き込まれなかった風間と柄本は来須達の話を聞き、一人はゲラゲラ笑い転げ、一人は大変だったねと労った。部室は甘い匂いがする紙袋で溢れかえっている。校門にいたのは恐らく二十人弱、寮の前で陣取っていたのが十数人だという。嘘だろ、と白鳥は冷や汗をかいた。
「むしろ何で部室には来ねえんだ、女子ども」
「他の部員に迷惑にならないよう、部室には押しかけるなと臼井が言ったからだ」
来須の疑問にたまたま近くにいた猪原が答えた。来須達が慌てた頭を下げる。猪原は相変わらずの仏頂面だが、その後ろにいる今帰仁はげっそりした顔をしている。二人ともやはり紙袋を抱えていた。
朝練後。
「臼井ー! 仕分けできたか?」
「うん。あっちの分は折角だけど今日は食べられない。みんなで分けてくれ」
「俺らの昼飯は?」
「こっち。まだ行ったことのないパン屋が多くて驚いてるよ」
「店の入れ替わり激しいもんな」
灰原、臼井、国母が話している。何のことだと一年が思っていると、速瀬が腹減った奴手ぇ挙げろと声を張り上げた。
「はい」
部長の水樹が誰よりも早く、勢いよく、真っ直ぐに手を挙げた。
昨年突如として発症した聖磧サッカー部メロンパン感謝デー。臼井雄太の誕生日。来年には恐らく開催されないだろう。
「食べきれない量のメロンパンが贈られるからって、臼井先輩が食べたことのあるパンは俺らに横流しされるって訳だ」
「つーか君下先輩、明日の朝昼分くらい貰ってなかったか?」
「どれも味一緒に思えてきた……ポテチ開けていいか?」
昼休み。新戸部、来須、白鳥がメロンパンをもそもそと食べている。今この瞬間も臼井にはメロンパンが献上されており、放課後練後もメロンパンが下賜される。ちなみに臼井にプレゼントして良いのは市販品のみという厳格なルールが定められている。
「中澤監督も押し付けられてたよな、軍曹本人に」
『俺、今日誕生日なんですよ、お願い聞いてもらえますよね』
果たしてそう言う臼井雄太のお願いを断ることが出来るだろうか。
「選抜されたメロンパンだけどさ、それでも一人じゃ食べきれねーから切り分けて三年みんなで食うんだってさ」
「三年の先輩達って本当に仲がいいね」
「そーだなー」
風間と柄本もメロンパンを食べている。まあ最後は水樹キャプテンが全部食うだろ、と風間は笑った。
「監督にまで食わせるか?」
呆れたように言う速瀬に、臼井はにこやかに答える。
「もちろん監督には高い店ばかりにしたさ」
その隣で水樹は十個目のコンビニのメロンパンを開封していた。
「そんで今回はどんな感じよ?」
「そうだな、こことここは特に美味しかった。あ、これは一人で食べたいな」
部活の後に食べよう、そう言う本日の主役は、亀の形のメロンパンを大事そうに紙袋へ入れ直した。