火遊び 0話side.Master
フランスでのアウトレイジャー討伐の任務が終わり、新たに士官学校にシャスポー、グラース、タバティエールの3人の貴銃士が所属することになった。それからはフランスでのアウトレイジャーの出現率は格段に減り、軍の部隊だけで応戦できるようになったらしい。それは、とても素晴らしいことである。……が。
それから2週間後、士官学校側に問題が発生した。
俺を呼び出した教官の執務室のドアを軽くノックする。中から返事が聞こえて、俺はドアを開けて中に入った。
「呼び出してすまないね、候補生くん。」
「いえ、それで。お話ってなんですか、ラッセル教官。」
「ああ、そこのソファにかけてくれ。……非常に頭の痛い話なんだが、単刀直入に言おう。」
俺がソファに座ると教官も向かいに座った、日頃から忙しそうにしている人だけれど、なんだか少し今日は顔色が悪い気がする。目の前で教官が頭を抱えながら深呼吸をした。
何時ぞやにマークスやジョージが通常クラスで問題を起こした時と比にならない空気感に思わず身構える。
「その……最近、複数生徒の生徒と関係を持っている貴銃士が居ると、話が上がっていて……。」
「……ああ、」
「あまり、生徒の個人的な交友関係にまで口を出すのははばかられるのだが……学校の風紀が乱れる原因になりかねないから。」
ものすごく言いにくそうな顔をして話を続ける教官を気の毒に思う。もう色々察してしまったから、俺からはっきり言ってしまおう。その方が教官も気が楽かもしれないし。
「要は、グラースの爛れた性生活にこれ以上生徒を巻き込みたくないので、どうにかして欲しいって事ですね。」
「ぐっ……、まだグラースくんと決まった訳では。」
「複数の人間と関係を持つような、ふしだらな奴が彼の他に居るとでも?」
「オッホン!ま、まぁ、その通りだ……。」
教官は1つ咳払いをして、困った顔をしてうなづいた。
あいつ、本当に懲りないな。
「分かりました。俺に何か出来るとは思えませんが、直接話をしてみます。」
「……君は本当に正直で優しい子だね。」
「ええ、教官の元で指導されていますから当然です。」
にこりと微笑んで、足早に教官の元から立ち去る。
部屋のドアを閉じた所で、人気が無いのを確認した後、俺は大きくため息をついた。
本音を言えば――死ぬほどめんどくさい。
教官の所にまで話が行っているのなら、恭遠審議官にも声をかけて注意でもすればいいのに。
まぁ、その問題の彼を思えば、上官よりもマスターである俺から直々に注意するのが手軽で効き目もあるのかもしれないけど。
フランスらしいトリコロールの軍服と、誘うような色気のある微笑みを思い出す。そういえば、任務中はやけに一緒に食事をしようだの、話をしようだの誘われていたっけ。
正直、あんなにぐいぐい詰め寄られると引いてしまう。それに、彼がなんで俺に固執してるかも分からない。
(彼と、あんまり話したくないな。)
ため息をついてから長い廊下を歩き出す。
しばらく歩いて、ふと窓から下を見下ろすと寄り添いながら歩く男女の姿が見えた。
「...何しに来てるんだか。」
教官が言っていたことは正しいと思う、個人的な交友関係に上官から口を出すのは憚られる、正直訓練に支障をきたさない程度であれば好きにしたらいい……というのが本心なのだろうが。
こんな所で恋愛をするのが、アホくさいな、と直感で思ってしまう。
(想いが通じあった所で、いつどちらかが死ぬかも分からないのに。)
士官学校だって平和じゃない、過酷な訓練の果てに逃げ出すやつだっているし、危険な場所に赴いた末に不注意で命を落とすやつだっている。
――それに、何もなくたって、突然俺の親友は居なくなってしまったって言うのに。
「おーい、――くん!」
名前を呼ばれて顔を上げる、そこにはクラスメイトの男子生徒が立っていた。苛立ちを隠して、いつも通りに笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
「次のクラス演習なんだけど、南演習場が使えないから延期になったってさ。」
「ああ、そうなんだ。ありがとう。」
「下に誰か居た?熱心に見てたみたいだったけど。」
そいつも俺と同じように下を覗き込んだ、だが、もうそこには誰も居なかった。俺は困ったように微笑む。
「あれはデート中だったかな。」
「へぇ、確かにここの下なら誰かに見つかったりしないかもな。」
「……俺は見ちゃったけどね。」
「ははっ、そうだった。でも、この辺って上官の部屋が近いしあんまり一般生徒は近寄んないでしょ。君ぐらいじゃないかな、平気そうな顔で歩くの。」
まぁ、確かに。
普段は上官に用事がある生徒か、教師ぐらいしか近寄らないような場所だ。その上官も忙しなく部屋を移動する訳でも無く、黙々と机に向かって書類仕事でもするだろうし。秘密にデートでもするんなら丁度いいのかもしれない。
「ま、学校に居る間ぐらい遊ぶんなら良いかなって思うけどさ、正直軍人に恋人なんて居ても重荷にしかならないよねぇ。」
「……。」
「――くんだって、そう思うだろ?始末しなきゃいけない奴の目の奥に、残してきた恋人への想いなんて見ちゃったら、僕は引き金を引ける気なんてしないよ。その隙にやられちゃうかも。」
うんざりといった様子でそのクラスメイトは大きくため息をついた。確かに恋人を作った事による心の影響を考えると、居ない方がそれは、楽なのかもしれないが。
変に悟った様な事は言わない方が良い、恋人を作るも作らないも当人が好きにしたらいい事なんだから、俺には関係ない。
彼は黙って俺の答えを待っているのだろうが、俺は笑ってそれを有耶無耶にした。
「そろそろ次の授業だよ、戻ろうか。」
「……うん。」
彼の横を素通りする、俺はとりあえず不純異性交友を止めないとと、頭の中でぐるぐる考え事をしていた。
――そのせいで気付かなかった、後ろから彼に暗い目で見つめられている事に。