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    サラリーマンつきしまとお天気お姉さんこいと(♀)
    続くかもしれないし続かないかもしれない

     月島基、三十二歳、独身。社会人歴は気付けば学生生活よりも長くなっていた。
     彼女はいない。前に付き合っていたひとと別れてもう七年が経とうとしている。まだ未練があるのかと目をかけてくれている上司に飲みの席で言われたことがあったけれど、今はもう「ありません」と言い切れた。
     なぜなら、ここ最近で月島には“推し”ができたからだ。アイドルにもタレントにも興味はない月島だったが、そのひとに出会って――一方的にテレビの中にいる彼女を見ただけだけれど――しまってからはもう他の人のことなど考えられなくなった。
     これが健全か不健全かと言われると、きっと後者なのだろう。いい年齢になって芸能人に夢中で現実の恋愛には興味が失せたなどということは。
    『今日は全国的に風が強く一日荒れたお天気になるでしょう』
     けれども別に、それはそれで構わなかった。そもそも恋愛ごとにはあまり向いていないのだ。何事にも熱中しすぎる傾向にある月島は、重いと言われてフラれることも少なくない。複雑な家庭環境だっただけに結婚願望も全くないとくれば、恋人などいなくとも問題なかった。
     ネクタイを結びながら時計を確認する。毎朝つけているニュース番組は各コーナーの切り替わりの時間が決まっている分、時計としても役に立つ。全国のマップが映し出され、天気予報が始まったということはそろそろ出る時間だ。
    『続いて各地のお天気です』
     結んだネクタイをチェックして、スーツを羽織る。何となく始めたジム通いで思いの外筋肉を蓄えてしまったもので、普通のスーツのサイズではフィットするものがないのが目下の悩みだ。
     出かける準備を万端にしてからテレビに向かい合わせたソファに座る。画面左端のデジタル時計を確認して、じっと画面を見詰めた。
    『最後に東京のお天気です』
     全国の天気表から、テレビ局の前の広場からの中継に画面が切り替わる。映されたその人にふと口元を弛めた。
     去年の春からこの番組で天気予報を担当している“鯉登音”。彼女こそが月島の“推し”だ。アイドルでもタレントでもない。この番組で天気予報を読む以外の活動をしているわけではないので、言ってしまえばほぼ一般人の女子大学生。それでもコーナーに抜擢されるくらいであるから、顔の造形は非常に整っていた。
     スラリと背が高く、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいてスタイルもいい。小さな顔の中に切れ長な猫のような眼と、高い鼻。小さめの唇は少し厚めなのがセクシーだ。ショートカットが溌剌としていて中々やる気が起きない朝にはぴったりの爽やかさを醸し出す。ややハスキーな声は落ち着いた上品さを纏っていてとても聞きやすかった。
     春を迎えて暖かな日が増え、彼女の衣装も冬仕様のコートからスプリングコートへと切り替わっている。冬の間のもこもこした衣装も大変可愛らしかったけれど、この季節の爽やかな衣装も似合っていて朝から眼福だ。
    『急な雨にご注意ください』
    「雨が降るのか」
     独り言を呟いて、折り畳みを入れなくてはと立ち上がる。画面左上の時計を最後に一度確認した。
    『以上、お天気でした。気を付けて行ってらっしゃい』
    「行ってきます」
     手を振った鯉登に答えてからテレビを消す。分かっている。三十路を過ぎた独身男がテレビの中のお天気お姉さんに心を奪われ、果ては彼女の言葉に返事をしているなどという現実が中々キツいということも分かっているのだ。
     リビングを出て短い廊下を歩く。玄関に置いてある折り畳み傘をカバンに詰めて黒い革靴に足を入れた。安アパートの玄関を開け、銀色の丸ノブの真ん中に差し込んだ鍵をぐるりと回す。
     鯉登を知ってから、朝が少し楽しくなった。彼女の天気予報はそれなりの精度で月島を助けてくれたし、何よりはにかんだような笑顔で手を振って送り出されるのは一日のやる気に繋がる。満員電車の中で持ち上げた両手で吊革を掴んだ姿勢のまま、また彼女の笑顔を思い出していた。

     これが知れたら揶揄われると分かっていたから言わなかったのに。うっかりスマホの画面を同僚に覗き込まれてしまったのが一時間前。昼になったいま、何故か社員食堂のテーブル正面に同じ部署の同僚二人が座り、にやにやと笑っていた。
    「いやぁ、月島さんああいうのがタイプですか」
     前髪をかきあげながら笑いが噛み殺しきれていない尾形を睨み付ける。黒髪を後ろに撫でつけ薄く顎髭を生やした男は作りのいい顔のくせに随分と嫌味ったらしい話し方をするものだから、女性社員たちからは複雑な評価をされていた。尤も、本人はそんなものどこ吹く風で全く気にしていないようではあるが。
    「あれって朝の番組のお天気お姉さんですよね? えっと確か~……」
     放送局名に番組名を言い当てた宇佐美に渋々こくりと頷いた。正解、と笑った中性的な彼は無邪気で人懐こい笑顔とは裏腹に暴走しがちな激情を孕んでいて、しょっ中他部署とやり合っているのを見かける。それでも普段は人懐こくて可愛いと人気があるのだから女性の気持ちは分からないものだ。
    「そんなもん、撮ってるところは分かってるんだから行ってみたらいいじゃないですか」
    「出待ち的な? そんなのやってる月島係長ウケるんだけど」
    「うっかり映り込んだり」
    「おのぼりキッズじゃん」
     どっと笑い出したクセの強い二人を無視して蕎麦を啜った。
     そもそも、逢いに行く必要などない。月島にとって鯉登は画面越しの癒しであり、それ以上でも以下でもなかった。会いたいとか、話したいとか、あわよくばそれ以上、などという感情は持ち合わせていない。ただ、画面越しに『行ってらっしゃい』と送り出してもらえるだけでいいのだ。
    「見に行かないんですか?」
    「行かん。俺は画面越しに見られればそれでいいんだ」
     尾形がもったいないと呟いた意味はよく分からなかったけれど取り合おうとはせず、ふと残した蕎麦の汁に写った自分の顔に眉間を狭める。
     万が一直接見に行ったとしても、尾形や宇佐美と違い、美形とは程遠い顔をした中年男性と記念の握手することすらも嫌だろう。
     だからこれでいい。一方的に画面越しに元気づけられているだけで、十分なのだ。

     今時の女子大学生には珍しく、鯉登はSNSの類を持っていないらしい。出来心で幾つかのSNSで名前を検索してみたが、ひとつもヒットせず、その代わりに彼女の実家である鯉登商事の公式アカウントがヒットして、その度にお嬢様なんだなあとあの佇まいを思い出しては納得する。
     その他ネット上で把握できるプロフィールとしては番組から公表されている大学名や簡単な趣味程度で、彼女の日常や彼女自身についての情報は殆どなかった。時々同じ大学の生徒が「校内で見た」などという投稿を見掛けるけれど、それ以上は特にない。口が堅い友人に恵まれているのだろう。
     決してプライベートのことを探りたい訳ではなく寧ろその逆で、画面の向こうの住人であり続けて欲しいからこそ、余計な情報が出てこないことに救われていた。
     もうじき日にちが変わる。電車はそれでも混んでいて、同じ境遇の社畜戦士たちを勝手に労いながら揺れる電車の戸袋に身を委ねた。
     不意に尾形の言葉が頭の後ろに蘇る。お天気レポートはいつも決まってテレビ局の前の広場で行われていた。放送局の所在地などは調べたらすぐに分かるのだから一目見ようと思えば容易に見ることができる。近付くことは難しくとも、遠目から撮影している様子を眺めることくらいはできるはずだ。
     ウトウトとした頭でそんなことを考えて、慌てて掻き消す。一目見てどうするんだ。大体、朝八時近くにあのテレビ局に行っていたらどうやっても遅刻してしまう。月島の勤務する会社からは電車で四十分はかかる。始業は八時半だ。下らない理由で遅刻するなど有り得ないと切り捨てて、最寄り駅で口を開けた車両からのそりと身体を下ろした。
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