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    MondLicht_725

    こちらはじゅじゅの夏五のみです

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    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16596444#6
    この世界の祓本夏五(転生)
    ハロウィン編

    #夏五
    GeGo

    【夏五】何でもない日【祓本】 ドアを開けてすぐ、目を突き刺すような光に右手を翳す。真っ暗な塒から久しぶりに外に出た熊はこんな気分だろうか。昇ったばかりの朝陽を遮るものはほとんどない。正面に似た形の木が3本並んでいるくらいで、その向こう側に小さな湖がある。しかし、眩しくはあるが不快ではない。
     玄関と呼ぶには小さなドアから続くウッドデッキに出て、大きく伸びをする。10月下旬、さすがに半袖では寒い。
     柔らかな日の光。頬を撫でる風。色づき始めている木の葉や草花。どこかから聞こえてくる鳥の囀り―――ここには、都会のような煩わしさは存在しない。
     空は雲一つない青空。昨日もそうだった。日頃の行いがいいからだろ、と一緒に散歩をしながら笑えるほどには復活していた相方に、内心ホッとしていた。その相方はまだ、ベッドの上でぐっすり眠っている。
     節々をゆっくりと伸ばし、体全体を完全に覚醒させる。こめかみのあたりに纏わりついていた眠気を完全に追い払ったところで、再び中に戻る。昨日残しておいた食材で、簡素ではあるが朝食を作る予定だった。





     この時期だけなんです、とマネージャーの伊地知はいつもの困り眉をさらに下げて教えてくれた。なんでもない日なら――例えばクリスマスや正月でもそう・・ならない。どんなに通りが人で溢れていても、けろりと進んでいく。他より身長が高い分息がしやすくていいな、なんて軽口すらたたく。
     それがなぜか、この時期限定でダメになるのだという。
     10年前、一度別れる前もそうだったかと記憶を探ってみるが、思い出せない。思い出せないということは、きっと平気だったのだ。そんな特殊な状況、10年のブランクがあったってそうそう忘れないだろう。もっとも、最後の1年は他人に、相方ですら気に掛ける余裕は正直なかったので断言はできない。

    「大丈夫だって」

     多忙を極める毎日、入った仕事のひとつに伊地知が懸念を示したとき、相方――五条は笑っていた。大丈夫、平気だってと繰り返し言うので、本人がそう言うならと結局受けることになったのだ。
     仕事の内容はいたってシンプル。まもなくに迫っているハロウィンの特集である。特に盛り上がりを見せることで有名な渋谷を中心に最新スイーツを提供するカフェを紹介するロケだった。五条がスイーツ好きを公言しているためか、こういう類の仕事は再結成前から多かった。復帰してから夏油もすでに東西南北あちこちに飛び回り、何本ものロケをこなしていた。
     だから、中身自体は問題ない。心配なのは時期なのだと、伊地知は言った。

    「五条さん、ハロウィンが苦手なんです。この時期に人の多い場所に行くと、体調を崩してしまうことが多くて」

     少し具合が悪くなる、くらいならまだいい方で、ひどいときには意識を失うこともあるという。だからこそ今まではハロウィンの時期、人が多く集まる場所へ出るような仕事は避けていた。
     そんな特殊な状態、なにかしら理由があるはずなのに、本人は絶対に口にしないのだという。過去のトラウマが原因なら無理に聞き出すこともできないと、社長をはじめ事務所の面々は仕事を選び、見守るだけだった。

    「ま、今は傑がいるから大丈夫でしょ」

     まるで、自らに言い聞かせるようだと思った。このままじゃいけないと、無理やり貼り付けられた笑顔に気づかれないと思っているのならば心外である。
     ただ夏油が聞いたときにはすでにロケは決定事項で動き出しており、今更止めますとも言えない状況だった。誰よりも隣にいるのだから、できるかぎり注意して見ておこうと密かに心に決め、予定通りロケは行われたのだ。
     初めのうちは順調だった。
     最初に訪れたカフェでは特別仕様のケーキを綺麗に平らげたし、道行く人々との会話も絶好調。いつもどおりの「五条悟」がそこにいた。
     ハロウィン当日までまだ一週間以上あるというのに、街のいたるところには気の早い人々が思い思いの仮装を楽しんでいた。帽子や服装を身に着けただけの簡易な仮装から、メイクにこだわった本格的なコスプレまで、実に様々な「バケモノ」があちらこちらを闊歩していたのである。
     夏油としても、都内で過ごすハロウィンは久しぶりだったので、独特な街の雰囲気にロケの半分を終えた頃には少々気疲れしていた。
     異変が起こったのは駅に近づいたときだ。ちょうど移動中で、カメラが回っていなかったことは幸いである。

     ―――悪い、傑。やっぱダメだ。

     小さな呟きが聞こえると同時に、五条が突然両手で顔を覆ってその場にしゃがみこんだ。急な変化に戸惑いながら近づくと、全身が小刻みに震えていた。

    「悟?どうしたんだ」

     ごく普通に、話しかけたはずだ。しかし過剰なまでに五条の体がビクリと震えた。ゆっくりと伏せていた顔を見上げて、目と目が合って、そして――そのまま、倒れた。
     現場は一時騒然となった。五条はそのまま病院に運ばれ、診断を受けた。結果、少々貧血気味ではあるが、特別悪いところはなかった。つまり倒れた大きな原因は、心因性なものだろうとの結論である。

    「気になるだろうが――本人が話すまで待ってやってくれないか」

     たまたま運ばれた病院で働いている家入硝子が訪ねてきて、そう言った。事情を知っているような口ぶりだったが、話すつもりはないようだった。
     離れていた10年の間に、彼ら2人には夏油が知らない絆が生まれていた。そのことを少しだけ羨ましいとも悔しいとも思ったが、どうこう言える権利などあるはずもない。
     五条は病院ですぐに目を覚まし、1日だけの入院を経てすぐに退院した。ひどく申し訳なさそうにしていたが、やっぱり理由を話そうとはしなかった。
     念のため、五条には5日間の休養が与えられ、夏油もまた付き合うことになった。思いがけず得た揃ってのオフ、郊外へ小旅行へ行こうと誘ったのは夏油だった。
     選んだのは都心から車で数時間、静かな湖畔にあるキャンプ場である。と言ってもテントを張る必要はなく、立ち並ぶアメリカントレーラーが宿代わりとなる。キッチン、ベッドルームは完備され、必要な道具もひと通り揃っているため、身一つで行けると人気の場所だった。
     都心を離れるという意味ではいつもの家でもよかったのだが、完全に2人だけになれる場所がいいと考えたのだ。
     ここには複数のトレーラーハウスがあるが、広大な敷地の中それぞれの距離が離れているため他の利用者と顔を合わせることもない。
     夏油の提案に五条は驚いていたが、悩んだのはほんの一瞬、すぐに頷いた。
     そうして昨日の早朝、夏油が運転する車で2人だけで旅に出たのである。




    「いいにおい…」

     肩に、重みがかかる。ふらふら覚束ない気配が近づいてきたことは気づいていたが、フライパンの上で卵とハムがちょうどいい感じに焼け始めていたのでよそ見ができなかったのだ。

    「もう少し寝ててよかったのに」
    「んんー、だってお前いないし」

     肩に顎を乗せたまま、大きな欠伸をする。横目で伺えば、長いまつ毛が揺れ、まだ半分閉じていた。けれど、子泣きジジイよろしく背後にべったりくっついた長躯は離れるつもりはないらしい。
     遠慮なく凭れてくるので結構重いが、これでふらつくような柔な体幹はしていない。

    「ほら、もうすぐできるから、起きるなら顔洗ってきな」
    「うん…」

     腰に巻き付いた腕に、力がこもる。顎が離れたと思いきや今度は額を肩に押し付けて、ぐりぐりと擦りつけてくる。
     甘えているのだと、わかっている。そういう相手が、夏油しかいないということも。

    「すぐる、」

     こんなにもくっついていなければ聞こえなかっただろう小さな声。思わず、口元が緩む。
     いい感じに焼きあがったところで火を止め、手を重ねる。ついさっきまで水に触れていたかのような冷たさに、少しだけ心配になる。

    「今日もいい天気だよ。あとでまた、散歩に行こう」
    「ん…」

     滞在できるのは、明日の朝まで。今の2人にとっては、たとえ2日半の日程でも長い旅行なのだから、思う存分堪能するしかない。
     今日は10月31日。
     ハロウィン当日。
     渋谷をはじめとする場所では大いに盛り上がることだろう。しかしその喧騒は、ここまで届かない。五条を怯えさせることもない。
     一度手を離し、振り返って真正面から向き合う。うまく表現できない不可思議な色合いの青に、夏油の顔が映る。半分しか開いていなかった目はすっかり覚めたらしい。抵抗されないのをいいことに、白い頬からやけに艶やかな唇に指を滑らせた。
     いつか、話してね。
     喉まで出かかった言葉を飲み込む。
     ――ああそうか。五条はきっと、再会してからずっとこんな気分だったに違いない。
     10年前、唐突に背を向けた理由を、夏油は語ったことなどないのだ。それでもいいのだと言う。今隣にいられるなら、それで。
     ならば夏油だけがなぜどうしてと問い詰めることはできなかった。
     五条は、強い。
     それでも、どうしようもなく弱くなることもある。
     それでいいのだ。

    「顔、洗っておいで。涎のあとついてる。寝ぐせもすごいし」
    「え、マジで?」

     やだ恥ずかしい、とわざとらしくぶりっ子して、夏油からようやく離れていく。本当は、なにもない。いつもどおり完璧な、本人曰くGLG、である。そのことに五条が気づくのは、あと数メートル、洗面台の鏡の前に立つまで。
     もう一度フライパンに向き直って、焼きあがったハムと目玉焼きを食パンの上に乗せる。先日見たアニメで出てきた料理が食いたいというリクエストからだった。


     平穏な、なんでもない日。
     ここには亡者の声は届かない。
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