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    MondLicht_725

    こちらはじゅじゅの夏五のみです

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    MondLicht_725

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    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16596444#6
    この世界の祓本夏五(転生)
    夏と秋の間の話

    #夏五
    GeGo
    #祓本

    【夏五】花火大会【祓本】 またか、と思った。
     ほとんどなにもなくなった部屋を見ても、案外冷静だった。たぶん、どこかでは予感していたのだと思う。
     初めて参加した賞レースでそこそこいいところまでいって、結果瞬く間に注目を集めて、目が回るくらい忙しくなって、半年も経たないうちにピンでの仕事も増えた。手に入れた金でちょっといいところに引っ越して、さあここからまた一緒にって笑いあったのに、顔を合わせることも少なくなっていった。
     五条でさえすり減っていたのだから、繊細な相方はもっとだろうと予想はついていた。ついていたが、頑固なまでに通話アプリを入れない相方にせいぜいメールで大丈夫かと尋ねることしかできず――だから。
     ついさっきまで、五条はひとりで3日間、泊りがけの仕事だった。こっそりと引っ越しの作業をするには十分な時間だったのだろうと思う。
     がらんどうの、なにもない部屋。相方は、あいつは、共有で使っていたもの以外、自分の持ち物をすべてこの部屋から消して去っていった。
     それだけは、と違うな、とぼんやり考える。あのときはきっと、衝動的に行動したのだろうから。生活のにおいを色濃く残したまま、二度と戻ってはこなかった。結局私物を片付けたのは、五条ともうひとりの同級生、家入硝子だった。
     今の五条にはまったく関係ない記憶だった。けれど、夢や幻で片付けるにはあまりにも壮大な世界で、あまりにも重い人生だった。だからこんなにも、鮮明に思い出せる。
     ベッド、机、椅子、教科書、文庫本、漫画、ゲーム、クローゼットの中の服、冷蔵庫の中のペットボトル。気配が強く残る部屋と、すべての名残を消し去った、なにもない部屋と、立ち尽くしたときの感情は、あまり変わらないのだとわかった。
     ――置いていくなって言ったのにな。
     高校生の頃、今ほどのことははっきりしていなかったけれど、なぜか離れるのが怖くて、我ながらうざったいくらいに纏わりついていた。家入からは冗談めかしながらかなり辛辣な言葉を投げつけられたが、相方は笑って受け止めてくれた。
     部屋の真ん中でしゃがみこみ、あれこれとこの先のことを考える。相方がいない状態で、この先どう進んでいけばいいか。なにをすべきか。
     大丈夫、ひとりでも戦える。頑張れる。だってあのときも、前に進んだじゃないか。
     俺は強い。僕は最強。
     何度も何度も言い聞かせる。けれどしばらくは、立ち上がることができなかった。







     目を開けても、暗闇だった。一瞬嫌なことを思い出したが、闇に慣れてきた目が見慣れた天井をぼんたりと捉える。
     ああそうだ、ここは、夏油の家。あの狭い箱の中じゃない。下にある、肌触りのいい、ふかふかのこれは買いそろえた五条用の布団。マンションはベッドでこっちは布団。どっちも楽しめてお得でしょ、と言った五条に、夏油は苦笑したけれど、一式が押入れを占拠することは許してくれた。
     ばくばくと、大きく鳴る心臓が落ち着いた頃に上体を起こす。隣では、こちらに向けられた背中が、規則正しく動いている。
     生きている。
     ほっと息をついて、起こさないように気を付けながら、布団から抜け出す。時計を確かめなくても、まだ夜明け前だとわかる。だから、ちょうどいい。

     唐突に、思いついた。
     そうだ、花火しよう。
     
     1か月くらい前に、ロケで訪れた先の旅館で、よかったらとひとパック貰ったのだ。ひと夏の思い出にふたりでやろうと持って帰ってきたのだが、忙しくてすっかり忘れていた。
     思い出したのは、夢に見たからである。あのとき確か、片付けていた夏油の荷物の中から、なぜか未開封の花火セットを見つけた。一緒に遊ぶために購入して忘れてた、誰かに貰ってそのままに忘れてた、の2つに意見は分かれたが、もはやどっちでもいいことで、その日の夜、七海や伊地知も巻き込んで気晴らしに全部燃やしつくしたのだった。赤、青、黄色。小規模だが、それはもう派手な花火大会だった。
     本棚と壁の隙間に老いといた花火を引っ張り出し、洗面台の下から掃除用のバケツを拝借して水を入れる。そうしてそのまま、庭へ出た。
     長方形の袋の中には、いろんな種類の花火が入っている。近所にあまり民家はないとはいえ、音が出る類はまた今度。線香花火は、やっぱり〆だろう。噴出花火も捨てがたいが、最初は無難にシンプルな手持ち花火にした。
     火元は、テーブルの上に置いてあったライターを拝借した。もちろん、夏油のものだ。この10年は止めていたそうだが、最近また吸い始めたらしい。でも、前より少ないから、と苦笑していた。
     まだまだ残暑は厳しいが、季節は確実に秋へと移ろっている。あちこちの店で、南瓜のお化けがずらりと並び始める。


     この時期は、いつも嫌な夢を見る。
     

     背後で、庭へ通じる窓が開く音が聞こえたのは、3本目の手持ち花火が燃え尽きたときだった。そろそろ噴出花火へいってみようかと考えていた。
    「悟、なにしてるの。まだ2時だよ」
    「え、花火」
     まだそんな時間だったのか、と少し驚いた。もう少し朝に近いと思っていた。草木も眠る、丑三つ時。どうりで、あたりはいつまでも真っ暗である。
    「…それは見ればわかる。トイレだと思ったらいつまでも戻ってこないから――なんで、今?」
     つまりは、五条が起き上がったときに一緒に目が覚めてしまったというわけだ。それは申し訳ないことをしたとも思うし、気を使って損したとも思う。
    「急にやりたくなったから」
     それ以外に説明できる理由はなかった。
     小さめの噴出花火に火を点けると、勢いよく白い花火が噴き出し、庭を明るく照らす。
     この場所でよかった。マンションなら、こんな夜中に派手な花火なんてできない。
     隣に並んだ夏油の手が、もう一回り大きい噴出花火を掴んだ。
    「それなら、私も誘ってよ。ずるいよ」
     五条の花火の隣に並べて、地面に転がっていたライターで火をつけると、一層大きな火花が噴き出した。勢いがよすぎて、五条の方まで飛んでくる。
    「バッカ、もうちょっと離れたとこに置けよ!あ、ちちち」
    「ハハ、こんな勢いあるとは思わなかった」
     それから、競うように残りの花火に火をつけた。もちろん、テンションが上がってもロケット花火は外しておく理性は働く。再結成後、ようやくまた波に乗り始めているのだ。悪評で仕事を減らしたくはない。
     〆は、決めていた通り線香花火である。それまでと打って変わって、静かな花火で静かに向き合う。
    「――覚えてる?昔君が、校舎裏で花火をするって言い出して。後輩や先輩も巻き込んで、やめろって言うのに人に向かってロケット花火発射してさ」
     五条の動揺が伝わったかのように、頼りない火の玉がゆらりと揺れる。危ない、危うく落とすところだった。
    「…覚えてるよ。優等生面した誰かさんは、隠れて発射して、おかげで全部僕のせいになった」

     覚えてる。怒号、悲鳴、笑い声。
     ――――ただしその思い出は、今世のものではない。

    「あ」
     ぽとりと、ほぼ同時に火の玉が落ちる。頼りない明かりすらなくなって、庭は真っ暗になった。
     腕を引く、強い力。ぶつかるように重なった感触。微かに舌に感じる、ニコチンの苦味。粘膜が触れ合う音が、やけに大きく聞こえる。
    「――花火大会はおしまい。片付けは明日やるから、とりあえず寝よう」
     明日――もう今日か――の仕事は、昼からだ。いつもより、ゆっくりしていられる。だからこそ、こっちの家に来たんだけれど。
     持っていたらしいスマートフォンの電灯を点けて、先に立ち上がった夏油が手を差し出した。
    「戻ろう。それとも、抱えていこうか?」
     白い光の中で、にやにやと笑う顔ははっきり見える。ムカつく。口の中だけで罵倒しながら、ぶつけるように手のひらを掴んで、強く握りしめた。
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