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    夜中に拾う

    サークル「夜中に拾う」のアカウント。作品はすべて一次創作です。サークル主=古田 良(ふるた よし)
    (サークル用ツイッターは電話番号認証ができず凍結されてしまいました…)
    ※もそき/mosokiあるいはm名義で作品を投稿することもあります。一次二次混同の支部id=764453

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    夜中に拾う

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    SF。何を食べても良い人向け。あらすじ:長期の仕事を終えた女用心棒ファロマーは、さびれたレストランで居合わせた気さくなひとエィと食事をともにする。エィに勧められるがままに最近話題の大胆な料理「宇宙鍋」に舌鼓を打ちながら、己の悲しい出自を語る。

    宇宙鍋 宇宙には悲劇が溢れている。そうとは悟られぬよう息を潜める、狡猾な悲劇が。――

     恒星ザニアでの長期の用心棒の仕事を終え、わが家に帰る途中だった女戦士ファロマーは、青色にきらきら光るお気に入りの一人乗り宇宙艇を、酷く寂れたとある小惑星に停めた。ときおり利用するレストラン“ファボメの荒れ者屋”で腹ごしらえをするつもりなのだ。大型艇を十台ほど停められる田舎独特のいやに広い駐艇場はあまり有効活用されておらず、並ばずとも食事にありつけそうだった。
     レストランの建物は数世代前にもてはやされた暗緑色の物質ギルメニウムでできた、今にも崩れそうなあばら屋だ。外気の硫黄のような匂いと店内から滲む食べ物のあぶらの匂いがまざって、正常な鼻であればとっくにひん曲がっているだろう有様である。しかし幸運にもファロマーの原始嗅覚は正常とは言い難かった。
     低い店の門扉をくぐるとき、ファロマーはせこせこと身をかがめなければならなかった。この辺りには彼女よりも小柄な宇宙人が多いのである。店内に入ると数名の先客が用心深い目でじろりとファロマーを見、すぐに決まり悪げに視線を逸らした。それもそのはず、ファロマーは有象無象の宇宙人の中でも、とりわけ相手に恐怖を与える容姿をしているのだ。
     全身の白っぽい地肌をほとんどまんべんなく覆い隠す毒々しい紫色の突起は見るからに他の生命体に危険信号を送っており、近寄るどころか直視することも躊躇われる。このあたりの銀河ではあまり見られない五股系ごしけいの風貌で、うち左腕は一本だが、右腕が付け根のところで二股ふたまたにわかれており、三本すべての剥き出しの腕に異常なほどの筋肉が備わっていた。きれいに血管まで浮き出ていて、レグルス辺りの筋力自慢コンテストで喝采を浴びそうだ。雄々しきオリンポス山のごとく大きく盛り上がった肩はいかめしくひとびとを脅かし、さらに左の鎖骨の中央からは皮膚が長細く持ち上がって、その先端で第三の巨大な黄色の目玉がばちっと用心深く周囲を見回している。服装も異様なもの。用心棒業で彼女が制服として用いている、見る者に根源的な恐怖を植え付ける精神作用を伴ったグロテスクな模様にまみれた、防弾・防刃・防炎・さらに防線(さいきんのエウロパ人の放射線攻撃にはファロマーもうんざりしている)の布が胴体と両脚を覆い隠しているのだ。それはファロマーの本来の趣味とはかけ離れていたが、大抵の殺意を跳ね返してくれるので文句は無かった。
     客たちがファロマーの視線を避けるなか、ひとけの無いカウンター席に向かう途中で、彼女ははたと立ち止まった。テレパスを受信したのだ。強く、しかし敵意はない。
    「かっこいいボツボツだね、それ」
     テレパスの来た方向を振り返ると、店内の薄暗い無色照明のなかで、やや赤っぽいくすんだ茶色の矮躯の宇宙人が席について彼女を見ていた。足の無い台形のどろどろした胴体の左右の側面に、関節の無い細長い腕が一本ずつ生えている。巨大な楕円形の頭には愛想の良い瞳が四つ。そこにファロマーに対する恐怖はかけらも見られない。十字型に切れ目の入った口は、おそらくこれは笑顔だろうと推測される形に歪められていた。愛想や愛嬌を備え、かつそれを有効に活用できる宇宙人はあまり多くない。先日までの雇い主が笑顔や冗談を悪徳と考える輩だったのを思い、ファロマーはほっと一息ついて、紫色のくちびるを釣り上げてから、こう応えた。
    「さわると死ぬよ」
    「おお、こわ。相席どう?」
    「お邪魔じゃなければ、喜んで」
     とび色の小さな宇宙人の向かいに腰かけ、相手をさらに観察する。近年の宇宙的な不文律に配慮して、いちおう衣服らしきものを纏ってはいるが、体色と全く同じとび色なので、ファロマーも首元に生えた第三の目を通して見てはじめてかれが全裸ではないと気づいた。おそらくそういう習慣の惑星の出なのだろう。それに、どうやら隠すべき性器を持たぬ種族と思われる。以前仕事を共にした者たちのなかに似たような種族がいたことを思い出し、合点がいった。かれら無生殖二股系にしけいのひとびとは、恐怖という感情が極めて薄い生来の楽天家なのだ。相席にはちょうど良い相手である。
    「ぼくもさっき来たところなんだ。注文は済ませちゃったけど」かれは愛想のよいテレパスでいった。「行きつけの店でね、最近は毎日ここなんだ。きみもここ、はじめてじゃないでしょ。そんな感じするよ」
     おしゃべりな宇宙人だ。だがそのテレパスには攻撃性がなく、むしろゆったりした音楽のような波長で、ファロマーの心を和ませた。笑顔を浮かべる口の中には、鋭い黒色の歯が、彼女の肌のボツボツの突起の如くびっしりと並んでいる。悪い奴じゃなさそうだ、と彼女は思った。
    「なに頼むか、もう決めた?」
    「まだ」汚れたメニュー表を開きながら応える。ねじくれたこのあたりの土地の文字は彼女の目に懐かしく映った。「ここに来るのは久しぶりで、メニューを覚えてないんだ。でも、なにかガッツリしたものが食べたい」
    「ガッツリしたものかあ。あ、ぼくのがもう来た」
     腕が四つある赤色の小柄の店員が、たくさんの吸盤で大皿を抱えてやってきた。やはりギルメニウム製と思われる薄汚いみどり色の円盤の上に載せられて濃い赤紫の血を滴らせているのは、灰色の四股系ししけい生物ルェ・オだ。
    「ルェ・オの刺身?」
     ファロマーが思わず顔をしかめると、とび色の相席者はべつな形に口を歪ませた。どうやら苦笑と思われる。
    「金がなくって。こんなもの好きなやつなんてめったにいないだろ? ぼくもできれば食べたくないんだけど、仕方ないのさ。くれぐれもきみはやめときなよ」
    「勿論」
     ルェ・オの刺身の吐き気のするような甘さときたら、考えるだけで痙攣を起こしかねない。こんなものを食べるくらいなら飢え死にしたほうがましだ。
    「ガッツリしたものといえば、やっぱり肉かな?」とび色が触手の腕でギルメニウム製の四股フォークを絡め取りながら、ふいに目を輝かせた。「肉と言えば、ね、アレ、食べた?」
    「アレって?」
     ファロマーが問い返すと、かれは幸せそうなテレパスを送ってきた。
    「最近すごい話題のやつだよ。ほら、“宇宙鍋”!」
     ファロマーは何の話をされているのか分からない。するととび色は、
    「アレだよ、たま~に大企業がやるやつ。一つの惑星を一つのでっかい鍋に見立ててやる大がかりな調理法さ。太陽なんかの巨大な熱源を使って惑星の生態系を全部いっぺんに調理するんだ。期間限定の絶品料理が味わえるってよくいわれるやつ」
    「ああ、“惑星鍋”ね」ファロマーは頷いた。「わたしの居住区のほうだとそう呼ぶから、わからなかった。ずいぶん昔に一度だけ食べたことあるよ。ゾーレっていう低能種だったけど、すごい味だったな」
    「ゾーレって、どんな生き物だい?」
    「さあね、忘れちゃった」ファロマーは人好きのする笑顔を浮かべた。それを見、とび色の目が和む。恐るべき容姿に反して、彼女のそれは快い笑みなのだ。「耳が5個あった以外は覚えてないや。ま、もう絶滅してるんだから、別になんだっていいよ」
    「確かに、あはは」とび色がテレパスのみならず口からも音を立てて笑った。ブルカ草で作られた硬い紙がこすれるような、それは愉快な音だった。
    「で、またどこかの企業が惑星鍋をやったの?」ファロマーが話題を戻す。
    「うん。結構大がかりなのを。45億年モノだったかな、偽装がなければ」
    「どこだって5.6億年サバ読むもんだよ」かつての惑星鍋を思い返していう。「ゾーレのときなんて50億年モノっていってたのに、ほんとは33億年だったもの」
    「そりゃまたずいぶんな偽装だなあ」
    「で、今回の惑星鍋。おいしいの?」
     期待をこめてファロマーが問うと、
    「もう最高だよ!」
     とび色は4つの瞳をきらめかせて心の底から楽しそうにいった。
    「ぼくなんか大枚はたいてもう二回も食っちゃったくらいだよ。だから今日はこんな粗末な食事なのさ」
    「へえ、食べてみたい」ルェ・オの刺身を食べても構わないと思うほどの美味しさなど、めったにあるものではない。「どこで食べられる?」
    「それが、ここの元締めの企業が今回の宇宙鍋をやったところだから、ここでも扱ってるんだ。ぼくもここで食べたよ。運が良ければまだあるんじゃないかな。裏メニューなんだよ、ここは場末だから」
    「ああ、もう。あなたのせいで、どうしても食べたくなっちゃったよ」
    ファロマーは既に心を決めていた。惑星鍋にありつこう。金ならば腐るほどある。ザニアで要人の警護主任を長いこと務めてきたばかりなのだ。
    「じゃあぼくが頼むよ」とび色がありがたいことをいった。「でも、お金は大丈夫?」
    「ありがと。お金なら平気だよ。一生に一、二度の惑星鍋のほうが大事!」
    「よしきた、その意気!」
     こうしてとび色が馴染みの店員を呼びつけると、幸運にも宇宙鍋はあと一皿ぶん残っているとのこと。30分ほどかかりますよというので、相席者がルェ・オの酷い味の刺身にいやいや口をつけるのを眺めながらファロマーは期待に胸をふくらませて待つのであった。

    「これでも昔は企業家だったんだ」
     先に身の上話を始めたのはとび色だった。
    「ちょっとした侵略防衛業をやっててね。でも、抜かりがありすぎて、ライバル会社にこてんぱんにやられちゃったのさ。今はそのころの貯金とツテに頼ってうろうろと生きてるんだ。苦しい生活さ。世知辛い世の中だね」
     明るい話ではなかったが、かれの話しぶりは悲愴感が露ほども表れない愉快なもので、ファロマーはそのテレパスを好ましく思った。
    「お金がないのに二回も食べるなんて、今回の惑星鍋、よっぽどなんだね」
    「そりゃもう! 最高だよ。きみももうすぐありつけるんだぜ、ああ、考えただけでよだれがでる。考えないようにするよ」
    「頼んでくれたんだから、何口かあげるよ」とファロマーがいうと、4つの目が超新星爆発のごとき喜びの光を放った。
    「ほんとかい!? きみは最高だな! 宇宙鍋と同じくらい最高だ!」
    「そんな、おおげさな」とび色の言いざまの可笑しさに、ファロマーはくすくす笑った。
    「脳みそがでっかいから、テレパスいうこともでかいのさ」
     一拍置いてから、とび色はふいにテレパスを引き締めて、真面目ったらしく、そっと秘密を打ち明けるようにいった。
    「実はさ。きみを相席に呼び止めたのは打算もあってのことなんだ。きみはひとが良さそうだから、宇宙鍋を一口くれるんじゃないかってね。……怒るかい?」
     純粋無垢な四つの目の下の十字に割れた口をすぼめて真面目くさった表情を浮かべるとび色のかれに、怒りは湧いてこなかった。それどころか、そんな些細な事柄をいかにも重大なことのように語る口調に、ファロマーは思わず吹き出してしまった。彼女はいつの間にかこの小さなとび色を大いに気に入っていた。
    「怒るかって? まさか。むしろ、楽しいくらいだ」
    「良かった、きみが怒ってぼくを殺したらどうしようかと思ったよ」といいながら、そんなこと半分も思っていないというような皮肉で茶目っ気のある笑顔を浮かべる。高い適応能力を備えるファロマーは、既にとび色の表情を深く読み取れるようになっていた。
    「さあ、ぼくの話はいいとして、今度はきみの話を聞かせてよ」
     惑星鍋はまだ来そうになかった。
    「明るい話じゃないよ」
     ファロマーがいうと、
    「ぼくの破産が明るい話だったって?」ととび色は笑った。
     ファロマーは深く息を吸った。そして、和やかな場の雰囲気を乱さぬよう気を配りながら、普段めったに他人には漏らさない本当のことをいった。
    「わたし、故郷を知らないんだ」その言葉にとび色が目を見開く。ファロマーは思わず視線を伏せた。「小さい頃にエモスの誘拐業のやつらにさらわれて、売られたの。生体実験を施されて、こんな姿にされちゃったんだ」
     暗い話になるといけないと思い、軽い口調で続ける。
    「まあ、もとの姿をそもそも知らないから、どれが実験の産物なのか正確にはわからないけど。でも肌のボツボツは確かに実験のせいだって聞いてる。これ、すごいんだよ。触ると毒が出て、規定第一レベルから第三レベルまでの生命体ならたちまち死に至るんだ。用心棒業にはうってつけ」
     見れば、とび色は言葉を失っていた。ショックの波がテレパスを通じて打ち寄せてくる。すこし経ってから、かれは憤りの感情をむき出しにして息巻いた。
    「誘拐業者め! 極悪非道のろくでなしども。あいつらは侵略防衛業の敵でもあるんだ。侵略で荒れてる星の胎児や赤子は盗みやすいから」
     そしてファロマーの三つの瞳を、とび色の黒黒した四つのまなこがじっと見つめた。気遣わしく真摯なまなざしだった。
    「きみは故郷に帰りたいんだね」
     ファロマーは強くうなずいた。三本の腕のいずれの上腕二頭筋にもぐっと力がこもり、第三の目玉を支える細長い皮膚は決意にゆらと揺れた。
    「いつの日か、本当の家に帰ること。それがわたしの夢」そう打ち明けたところでふと、これまでの苦労と懊悩が思いだされてため息が口を衝いた。苦笑交じりにいう。「いまのところは絶望的だけど」
    「ふるさとがなんて場所なのかは分かっていないの?」
    「ラティエラって言葉と、綺麗な青色しか覚えてない。他には手掛かり無し。“ラティエラ”でいろんなデータベースを調べてるんだけど、なしのつぶてだよ」
    「そりゃあ、つらいね」とび色の顔が同情を見せる。雰囲気を軽くしようと思い、ファロマーは笑みを浮かべると、胸の深くに抱き続けている大切な夢を語った。
    「いつかそのラティエラにいって、同じ種のひとたちの生活が見てみたいんだ。わたしの体は実験で色々手を加えられたらしいから、もとの姿とはずいぶん違うみたいだけど、きっと受け入れてもらえる。故郷のひとびとがどんな食べ物、飲み物を摂って、どんな娯楽で愉しむのか。どんな寝台で横になり、どんな恋をするのか。知りたくてしようがない。空の色は何色? 衛星はどんなものがいくつある? どんな歌が流行って、ひとびとはどんな詩を作る? 流行りの物語の展開は? なんてことを考えてると、長い夜もすぐに明けてしまう」
     とび色のかれは感銘を受けたように少しのあいだ何も言わなかった。その口元に感情の揺れが見え、やさしいテレパスがこういった。
    「きみはロマンチストなんだね。えっと――」
     それは宇宙の不文律においては、きわめて大胆な問いかけだった。相手の名前を知ることは、テレパスによって相手を縛り付ける第一歩となりうるからだ。だが同時に、交友関係の始まりでもある。この快い相席人の前で、彼女はためらわなかった。ずいぶんと久しぶりに己が名をテレパスにして送る。
    「ファロマー」
    「ファロマー、いい名前だね。ぼくはエィ。ファロマー、それは“ラティエラ”名?」
    「それもわからない」
    「いつかわかるときがくるよ。きっとさ」
     勇気づけるようにそうエィがいったところで、とうとう待望の宇宙鍋が到着した。

     それは巨大な肉塊だった。ファロマーの誇る上腕二頭筋よりも少し大きいくらい、ばかでかくて黒みがかった赤茶色の肉の塊は、ルェ・オの刺身と同じ器に載せられているとは到底思えないほど素晴らしく快い存在感を放っていた。よく火の通った肉塊特有の香ばしい匂いが、しみったれた場末のレストランに満ちる濁った臭いを圧倒しながらファロマーの二つの鼻孔のなかにさわやかに入ってきて、彼女を悦ばせた。
    「なんて良い匂い!」
    「そうなんだ? 原始嗅覚があるっていいなあ」そういえばとび色のエィには鼻がないのだった。
    「このソースをかけるとまさしく絶品なんだ」器と共に供された数種類の香辛料のうち、エィがいちばん使い古された瓶を示す。「アンドロメダ色のぎらぎらのソース。ピリピリしててうまいんだぜ。きっとファーフォの実が入っているんだ」
    「ファーフォ大好き。ゼモの丸焼きによく、顆粒のファーフォをまぶして食べるよ」
    「あれ、きみも好きかい!」エィが共感にクニャクニャの両手を叩く。「ぼくもさ。でもこの宇宙鍋はファーフォをまぶしたゼモとは比べ物にならないよ、ほんと! そうだ、これ、59番塩を使ってもうまいよ。素材の味っていうのかな」
    「じゃあ、まずは59番塩でいただいてみよう」
     そしてファロマーは、家庭用のよくある59番塩を振りかけた肉塊を電動ノコギリナイフで摩擦音を立てながらたっぷり切り取ると、ひとくち、惜しげもなくほおばった。
     尖った犬歯を突きたてた瞬間、それは驚異の瞬間だった! 固めの食感と共に口の中にじゅわり広がる肉汁が、ファロマーにいつか忘れた生命の原初の喜びを思い出させた。恍惚が彼女の改造され尽くした脳幹を衝き、それが表情筋にも表れたのだろう、気がつけばエィが心底うらやましそうな4つの視線で彼女を見詰めていた。
    「この界隈でこんな美味しいものが食べられるなんて、信じられないって顔してるよ、ファロマー」エィがにやにや笑っていった。「正直いうと、ぼくも今すぐひとくち食べないとうらやましさで死んじゃいそう」
     充分すぎるほど噛み砕いて味わった肉片をこくりとのみこんで、緩んだ顔のまま顎でエィに許可を与える仕草をすれば、とび色の小さな宇宙人はさっそく右の触手を絡めた電動ノコギリナイフを伸ばした。
     美味しいものを味わうときの常でしばらく無言で食事に興じたのち、ファロマーはひとつ疑問を口にした。
    「これ、ものすごく火が通ってる気がするけど。わざとかな?」
     肉塊はところどころ焦げて黒くなっているほどしっかりと焼かれており、食感も固く引き締まっていた。気づいたね、といわんばかりにエィが身を乗り出す。
    「これがまたすごい話さ。一般的な宇宙鍋では、太陽なんかを使って、ある程度の温度にまでは一気に全部の生態系を熱するけど、そのあとの細かい熱の加減みたいな最終処理は、食材を種類ごとに惑星から別の場所に移して行うらしいんだ。だけど聞いた話じゃ、ここの企業は太陽を活用して全ての食材をまるごといっぺんにがっつり焼いちゃったんだって。惑星の一番の主要種であるこのヒューマンは、よく焼くのが一番うまいって確信があったらしいよ。刺身派の美食家たちは嘆いてるけど、一般的なやり方だと食材を傷めたり、無駄にしたり、脱走されたりする可能性があるからね。これは賢いやり方だと思う」
    「へえ。うまいこと考えるんだね」
    「ほんと。ぼくにはそういう思い切った判断はできないなあ」そこに星の瞬くようにわずかにだけ仄めかされたかれの個人的な後悔の情に、ファロマーは強い興味を抱いた。そんな彼女の気持ちには気づかぬまま、とび色のエィは感心しきりに続ける。「今回の宇宙鍋、アースとかいうらしいけど。このヒューマンっていう生き物のほかにもいろいろな食材があったんだって。でもヒューマンだけをうまく焼き上げるために太陽を調節したから、他の食材はかなりの種類、ダメになっちゃったらしいんだ。全く食べられないってわけじゃないみたいだけど。ものすごい大胆だよなあ」
    「その大胆さは正解だったよ。こんなに美味しい“ヒューマン”を無駄にせずにすんだんだから」と、満足げにファロマー。もう一口、ぱくり。「ああ、おいしい。ほんと、働いた甲斐があった」
    「仕事は、用心棒だっけ?」エィが話を広げる。「あ、ぼくにももうひとくち」そのいたずらっぽい表情に、ファロマーの口角はさらに笑むのだった。

     空になった暗いみどりの器は、さながら文明の枯れ果てた砂漠の惑星に生える無情な食虫植物を思わせた。結局3分の1ほどがエィの胃袋に収まったが、心やすい相手と食事を分け合うのは久々のことであり、ファロマーは悔やんではいない。向かい合ったふたりは、ともにギルメニウム製の冷たい椅子の背にからだをもたれかけ、心をどこかに解き放ったまま満足のいく喪失感でもって、きれいに主を手放した大皿を見やっていた。そうしていると美食の面影がかげろうのように皿の上に揺れるような気がするのだ。
     不意に、さきほどのエィの話を思い出して、ファロマーはたずねた。
    「これ、ヒューマンっていったよね。どんな生き物なの?」
     ヒューマン、その単語は、どこかで耳にした記憶がおぼろにある。されど、40億年強の歴史をもつ惑星の主要種の名に聞き覚えがあったところで不思議はない、とファロマーは深くは気にかけない。
    「さあ?」
     エィの四つの目のうちの、内側の二つがまあるく見開かれて、すぐにまたもとの大きさに戻る。その所作は彼女たち四股系以上の生命体が肩をすくめる動作と同じような愛嬌をもっていたので、おそらくそんな意味合いだろうとファロマーは思った。エィはいたずらっぽい波長のテレパスでいった。
    「ゼム人やヴァーティヴォ人みたいに四肢系らしいけど、それ以外は知らないな。ま、もう絶滅しちゃったんだから、関係ないさ」
     ふたりは目を見合わせて同時にくすくすと笑った。
    「あはは、いわれちゃった」
     楽しい食事だった、とファロマーは思った。そして、この時が終わるのをこの上なく惜しく思った。恐ろしい容姿を持つ彼女の孤独な生活のなかで、こんなにも愉快な時間を過ごすことはきわめて少ないのだ。彼女は暗にもう一つの意味をこめて次のようにいった。
    「それにしてももったいないね、この機会を逃したら食べられないなんて」
     再び空の器を眺めやると、口の中に先ほどまでの幸福の味の記憶が満ち満ちて、涎が湧いてきた。
    「まあ、それが贅沢ってやつさ」と、言葉の裏の意味には気づかずに、エィが十字の口をにやりと笑わせる。「たまにはいいものだよ」
    「確かに。でも――」
    ふと、さきほど自らつついた心の影が蘇り、ファロマーはつぶやいた。
    「――どこかにいるわたしの他の種のひとにも食べさせてやれたらなあ」
    「早く見つかるといいね、ふるさと」
    そして、そのあとエィが続けていった言葉に、ファロマーはぱっと目をあげた。
    「ぼくも協力するよ。他になんにもやることないしね」
    「ありがとう、とび色のエィ!」
    「とび色のエィ? かっこいいあだ名だ。でも、とび色ってどういう色?」
    「あなたみたいな色さ」
     そうしてふたりはすっかり仲良くなって、携行通信機の連絡先を交換しあい、長い夜を語り明かしたのであった。この調子では、どんなに離れていてもテレパスを用いて会話できるよう、互いの精神座標を教え合う日も近いだろう。それはほんとうに心を許した者同士のみが行う特別な行為であり、孤独な女戦士ファロマーが胸の奥にしまっていた密かな願いごとのひとつでもあった。

     大企業ブ・レモ・ウェーァが、そこに最初の生命体を放ってからおよそ40億年を費やした――ファロマーのいうとおり、たいていの企業は5,6億年サバを読むものだ――今回の大がかりな宇宙鍋あるいは惑星鍋は非常な話題となり、複数の星系の、形も機能もさまざまな数十億の胃袋を満足させた。
     しかし、界隈では一つの誤解が生じている。ラティエラ――"la tierra"のhumanは絶滅したわけではない。まだひとり、ただひとりだけ残っているのだ。ああファロマー、健気なロマンチストよ。きみが故郷を知る日は来るのだろうか? (了)
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    夜中に拾う

    DONE異世界FT。「あたし」の仕えるロブスターの異形頭「ロブスターヘッド」の腕が柄杓になっちゃった。
    あたしのロブスターヘッド:柄杓腕 突然の轟音と揺れに驚いて寝台から飛び降りると、廊下のほうからもくもくと煙が入ってきた。「ロブスターヘッド!」口を袖で覆いながら廊下に飛び出る。噴煙の中にジンワリと人の形が見える。ロブスターヘッドだ。
    「大丈夫ですか!」
     人影がうなずく。あたしはその影の形に何か違和感を覚えて目を細めた。
     噴煙の中には……ロブスターヘッドが立っている。
     あたしのカミさまは、右腕が柄杓の形になっていた。

     木っ端の片づけに町中の人がやってきてくれた。何が起きたのか説明を求められたが、あたしにもさっぱりだった。ロブスターヘッドは姿を消し、町の人曰く、書庫のほうに行くのを見ましたよとのこと。かれなりの対処法があるのかもしれないと、そこは放っておいて、あたしは爆発の規模を見た。神殿の廊下で起きた爆発。作りの頑丈な石の神殿そのものには影響はなかったけれど、廊下の壁沿いに備わっていた、木で作られた棚が木っ端みじん。二十年前に町の人が手作りしてくれたものらしい。せっかくの良い棚がねえ。とみんなが残念がるので、あたしはとりあえず新しいのを作ってくださいと木工職人の息子に頼んでおいた。それがすぐにみんなに伝わってみんなは喜んでいた。やれやれ。
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