Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    Cape

    文章倉庫はプライベッター+に移動中
    https://privatter.me/user/Cape_cp77NC

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 11

    Cape

    ☆quiet follow

    ※支部から移転。ゲーム「Cyberpunk2077」の非公式ファン作品。2021年2月4日~3月8日執筆。分割を統合。章としているのは支部当初の投稿タイトルです。タイトルはすべて平沢進氏の曲名。
    コーポVとオダが同期入社の腐れ縁設定。基軸はたぶん悪魔エンディングCyberpunkの歴史やゲーム設定・ストーリーなどを元にしてはいますが完全に世界線超えてます。ネタバレ内容も含む。

    救済の技法【00】 万象の奇夜【01】 TOWN-0 PHASE-5【02】 ルクトゥン OR DIE【03】 橋大工【04】 おやすみDOG【05】 LOOPING OPPOSITION【06】 亜呼吸ユリア【07】 達人の山【08】パラ・ユニフス【09】暗黒πドゥアイ【10】アンチモネシア【11】Switched-On Lotus【12】遮眼大師【13】脳動説【14】記憶から来た男【15】華の影【16】バンディリア旅行団【17】アディオス【18】死のない男【19】灰よ【20】Astro-Ho 帰還【21】:WORLD CELL【00】 万象の奇夜
    「ヴァレリー、お前…生きてた、んだな。良かった、防諜部の騒ぎの後、連絡した時にはもう…。」
    「サンダユウ、いえ、オダ。ヴァレリーは死んだの。そう、彼女は…死んだのよ。私の名はVよ。」
    「オダ、彼女が俺の証人、Vだ。お前たち知り合いか?」
    「タケムラサン? 覚えていないのですか? 俺たちよく一緒に稽古つけてもらってたじゃないですか! 同期入社した時も、褒めてくれて…」
    「オダ、すまない。言ってることがよく分からない。Vとは、その、今回の一件で出会い、こうして行動を共にしてもらっているだけだ。」

     俺たちのやり取りを見守るヴァレリーは、どこか悲しくつらそうな顔をしていた。



    『 ナイトシティ支社 防諜部部長 アーサー・ジェンキンス
      部下の不正行為により、降格処分
      ※なお、不正を行った部下についてはすでに解雇済み
                 アラサカ・コーポレーション 総務部 』

     あの日、社内連絡を何気なく見たときに目に入った内容はこうだった。
     アラサカでは、いや、コーポではよくある日常だ。
     特にアラサカは民間セキュリティ会社から、戦後のどさくさで巨大コーポとなり「銀行・製造・警備」という3つの軸で成り立っている。当然、競合他社を吸収したり倒産へ追い込んだり、将来性のある中小企業を積極的に買収、果てはサブロウ様の夢を実現するための動く駒を手に入れるため、スラム街の子どもをタダ同然で集め、洗脳ともいえる英才教育を行っているのだ。まさに手段を選ばない企業戦略によって巨大化した超巨大企業と言える。
     だから、一口に社内の人間と言っても千差万別、十人十色…とにかく魑魅魍魎とも言える輩が跋扈する場所なのだ。隙を見せれば蹴落とされ、強くしたたかでなければ文字通り生き残れない。
     自分の所属している、というか、アラサカ家に忠誠を誓い、文字通り血の誓いを立てている者たちはまだいい。忠誠心という名の物差しで測れる分、分かりやすい。しかし、防諜部はだめだ。古い歴史があるからこそ、そこには果てしない闇が広がっている。常に自分以外との化かし合いだ。特に昨今ひどい攻防を繰り広げているのが犬猿の仲と有名なナイトシティのアーサー・ジェンキンスとスーザン・アバナシーだ。「上に昇りたければ、ジェンキンスとアバナシーには関わるな」という格言さえあるほど。

    「アーサー・ジェンキンス。確かあいつの上司だったな。まさかあいつに限って…」
     そういえば、昔、あいつが防諜部で副部長に昇進したと聞いたときに「ジェンキンスの下で大丈夫か?」って聞いたことがあったな。あの時あいつは、
    「まあ、なんかあったらジェンキンス蹴り飛ばして、私が部長になればいいんじゃない?」
    なんて笑っていたが。

    「後で、ホロコールしてみるか。ハナコ様のナイトシティ行きも決まったし。久しぶりに飲みに誘うか。タケムラサンの愚痴も聞いてもらいたいしな。」



     俺よりもしっかりしていて他人に対してどこまでも冷徹になれて、命令とあれば手段を選ばず任務を遂行する能力に長けている人間。アカデミーでは暗部の有望株なんて言われてたやつだし、「ナイトシティの防諜部はジェンキンスで持っているんじゃない、ヴァレリーがいるからこそ」なんて声も最近は聞こえ始めているぐらいだ。まあ、アカデミーから見てる俺からしてみれば、遅すぎる声だがな。
     あの時は、そんなことを考えて、まあ大丈夫だろうと思っていた。
     後悔、後に立たずとはこのことか。あの時すぐに連絡しなかったことを悔やんでいる自分がいた。そう、さっきまでは。

     しかし、目の前にいるヴァレリー…Vは俺の知るヴァレリーなのか。仮に本物だとすると、タケムラサンがヴァレリーを知らないことなどありえないのだが。なぜならタケムラサンとヴァレリーは……。
    「……ダ…ォダ…オダ! 聞いているのか? いいか、オダ、彼女には然るべき場所であの時何が起こったのか証言してもらう。」
    「タケムラ、その先は私の口から言わせて。」
    「うむ。よかろう。」

     そこから彼女が何を話しているのか全然話が入ってこなかった。ただ、なぜかとてつもなくイラついた俺の口から出た言葉は、
    「もういい! それ以上、口にするな。おのれの死を招くことになるぞ!」
     その後は、タケムラサンとの口論だった。なぜ俺が責められなければならないのだろう。俺は呼び出されて話を聞きに来ただけなのに。正直、あの一件で内部がごたついているうえに、鷹派の護衛連中はここぞとばかりに大威張りで、ハナコ様の護衛の人数も減らされるし、そんな頭がごちゃごちゃなところにヴァレリーだ。俺はもうパンク寸前なんだよ。
     そんな俺にとどめを刺したのは意外にもヴァレリーだった。
    「オダ、貴方はアラサカの家臣としての務めを果たしなさい」
     気が付けば、ヴァレリーを盗人小物呼ばわりして指さしてキレてる自分がいた。そして、居たたまれなくなって車に乗ろうとして振り向くと、ヴァレリーが俺の顔を覗き込んでいた。その目は確かに俺の知っているあいつの目だった。あいつは死んじゃいない。ただその時を待っているのだ。アカデミーの最高傑作、暗部の宝は健在だった。

    『ホロコール 新規連絡先 [ライゾウ]』
     ただ一言も発することなく、俺はヴァレリーに連絡先を送り、車に乗り込んだのだった。

     しかし、懐かしいコードネームだ。またこの名前を使う時が来るとは。アカデミー時代は教官の愚痴を話したり、入社後も聞かれて困ることは、あいつが暗号化したうえで何重にも防壁を張り、このコードネームでホロコールをしていた。最近は、というか、最後の連絡までの数年はそこまで混み入った話は会って話していたし、必要なくなっていたので封印していた。
     『ライゾウ』という名前は、まあ、あいつが最初に「Thunder YOU なにそれ名前??」って言ったのがきっかけだったんだけど。まあ、そんな話はいいんだ。
     しかし、腑に落ちないのはタケムラサンだ。俺やアラサカの旧友は覚えているようだった。明らかにヴァレリーとタケムラサンの記憶のみ操作されている感じだった。アラサカの裏の、いや、もっと何か奥の方でうごめいている何かを感じるな。

    「正直、タケムラサンからホロコール来たときは、くそめんどくさいオヤジが面倒ごとを無茶ぶりしてくる予感しかしなくて、賞金首は賞金首らしく身を潜めてろよと思ったが…来たかいがあったな。」

     ヴァレリーはタケムラサンを覚えている感じだったし、面倒だけど少し調べてみるか。ハナコ様には…いや、何もかもご承知な気がするし、不確定要素だらけだから、今は言わずにおこう。それ以前に話してはいけない気がする。

     この勘の良さで幾度となく死地を乗り越えてきたのだとおのれの勘を信じたのだった。そして、ヨリノブ様率いる鷹派に気取られないようにしなければならないと心に刻む、サンダユウであった。




    --------【01】 TOWN-0 PHASE-5
     タケムラがデクスに命令し、私をゴミ捨て場から拾い、そして再会したのはおそらく偶然ではない。

     あの日、紺碧プラザで起こった出来事は、ある意味最悪のイレギュラーだった。そもそも、この潜入強奪作戦は、完璧なまでに仕組まれたものだったのだ。アラサカ、いやサブロウ様の手によって。それがすべて、ヨリノブの予想外の行動によって覆されてしまった。本当なら、私はあの後、サブロウ様とゴロウともにアラサカに戻っていたはずだった。

     ジェンキンス失脚前まで、ことは溯る。
     オダも知らないうちに私が防諜部から解雇されたわけだが、ジェンキンスがやらかすように仕向けたり、スーザンが動くように画策していたのは、ナイトシティ支社ではなく、本社であった。私にサブロウ様からある命が下されていた。そのため、体よくアラサカ社自体から離れることが絶対条件だった。そして、そのついでと言ってはなんだが、度重なる目に余る行動をしていたジェンキンスを切ると本社が決断したのだ。
     予定通り、私はアラサカ社から離脱した。そして、前々から温めていたジャッキーとの交友を使い、表ではフィクサーを探り、裏ではサブロウ様の命を遂行すべく諜報活動を続けていたというわけだ。
     諜報活動は「雑兵ちゃん」と呼ばれる姿で行っていた。誰も私がVと同一人物だと知らない。総務部のバイク便を行いながら、同じ命を受けている暗部と連絡を取り合い、ナイトシティ全域を探っていたのだ。

     そして、ヨリノブが再び不穏な動きをしているとヘルマンから密告があったことを知ったのだった。
     よりにもよってジョニー・シルヴァーハンドのRelicを…。あいつは年を重ねても何も変わらないのか。そう思ったものだった。いつまでも親に振り向いてもらいたい、ただの駄々っ子、子どもなのだ。
    「ケイ様がいてくれたら…いや、もうケイ様も両親もこのナイトシティにはいない。自分がしっかり遂行せねば。それがせめてもの…。」


     私の両親はアラサカ家で働いていた。アラサカ家との付き合いは祖父の代からである。祖父は私の前では好々爺だったが、のちにサブロウ様から聞いた話ではまだ電脳もなく兵器も発達していない時代の戦争で、心理戦のみで一個中隊をせん滅させた特殊部隊のレジェンドだったらしい。サブロウ様は実に愉快そうに語っていたのを覚えている。
    「あいつがまだこの世に生きていたら、さぞ楽だったろう。もしかしたらケイも主の両親も…と言えばきりはないが…。技術の進歩がもう少し早ければと悔やまれてならぬ。」
     祖父は病死だった。ホントかウソか今となっては祖父に確認することもできないが、サブロウ様自体、左腕に銃弾を喰らっただけでなく、損壊したキャノピーの破片が左目を直撃したにもかかわらず生還しているとんでもない化け物だから、あながち嘘でもないと信じたい気持ちだ。
     長男のケイ様、そしてハナコ様は年上の優しい兄姉のようだった。ヨリノブは昔から嫌な奴だった。ケイ様と訓練したり勉強するのは好きだった。ハナコ様とお手玉したりお人形遊びをしたこともある。でも、ヨリノブはいつもいたずらしてきたり、靴やおもちゃを隠した。だからこそ、天賦の才を持つケイ様が次代様になると信じて疑わなかった。

     そして、アラサカ家にお仕えすると決めた私は、アカデミーへと入学した。そこで、オダと出会った。オダの出自は詳しくは知らない。ただ、自分と同じアカデミーの家臣部門で同期。オダの戦闘スタイルはマンティスブレード。おそらくはアラサカ家の護衛の武家ということになる。暗部はあんな派手な装備は使わない。電脳戦で方が付かない場合はモノワイヤーで静かにせん滅せよと教わる。家臣部門の人間は互いの出自を知らされない。それは敵側に身柄が渡った場合、脳を探られた場合を想定して知らされないのだ。情報は弱点である。アラサカ家はどこまでも用心深かった。
     オダとはどこまで行っても腐れ縁だった。オダは冷徹、自分が興味のないものに対してはとことん無視を決め込み、時に見下したような冷たい目線を送る。それが私に対しては、まるで子犬のようについて来ては組み手をせがんだり、食事に誘ってきたり、愚痴を言ってきたり。ハナコ様の話をせがまれたり…。オダのハナコ様愛は私が植え付けたようなものかもしれない…。だってハナコ様、かわいいんだもの、自慢もしたくなるわ。
     タケムラとの出会いもオダがもたらしたものだった。アカデミーの大先輩でオダが師事していた。初めて会った時の感想は「なんて隙の無い佇まいなのだろう」だった。サブロウ様直々に声をかけ、スラム街から拾ってきたと聞いたときはどんな野郎かと思っていたのが、なぜこのような美しい侍がスラム街にいたのだろうと思ったほどだ。そして一瞬で心は奪われた。
     それからはオダとタケムラが組み手をするときは必ずと言っていいほどそばにいた。回数が増えるにつれ、私の存在にも慣れたのか、タケムラはたまに私とも組み手をしてくれるようになった。モノワイヤー戦術は少し特殊なので近接戦闘を体に叩き込んでもらっていた。
     オダと私がアラサカ社同期入社した後もタケムラとの交流は続いた。オダの食事の誘いは飲みの誘いに変わり、教官の愚痴はタケムラと会社の愚痴に変わっていた。
     ある日、久しぶりにタケムラと組み手をした際「おまえの戦闘は美しいな! 隙がなく静かで優雅だ」と褒められた。その日から私とタケムラはオダ抜きでたまに会うようになった。お互いサブロウ様絶対主義。いかにサブロウ様は素晴らしいか、ケイ様も!ハナコ様も素晴らしい! ヨリノブあれはだめだと、共通の話題には事欠かなかった。いわゆる男女の関係というやつに発展するまでにはそう時間はかからなかった。オダとはそういった感情があるのかもと思ったこともあったが、結局は兄弟愛というか男女愛ではなく、ともに歩んでいきたいという感情にはならなかった。
     そうして、3人の関係は微妙に変化しつつも良好なまま時日は過ぎていった。

     サブロウ様が車椅子生活となった頃はケイ様がトップとして采配を振るっていた。両親はサブロウ様の命でケイ様のもとで働いていた。日本にいることはなくほとんどナイトシティで生活していたが、私はサブロウ様のお世話係として日本のお屋敷勤めをしていた。
     あの日もいつもと同じようにサブロウ様のおそばで仕事をしていた。そして、アラサカ・タワー襲撃事件の一報が暗部からの速報で届き、ケイ様とともに両親が戦死したことを知った。
     
     ジョニー・シルヴァーハンドはわが宿敵。
     その宿敵が今この身に宿っているなど、考えたくもなかった。




     オダの車が去るのをじっと見つめ、様々な思いを巡らせていた。そして最も謎な、ゴロウの記憶について考えそうになった時…
    「はあ、つらい…」
     つい、声に出してしまった。
     聞かれてはいまいかと顔をあげてみるとゴロウから声をかけられた。
    「奴の忠誠心にゆさぶりをかけたのだな」
    「まあね…」
     そんなゴロウとのやり取りに横やりを入れてきたのはジョニーだった。
    「アラサカの犬とつるむのなんざ、一人で十分だぜ」
     ジョニーはおきらくごくらくな感じで話したいことを話して満足したのかすうっと消えていった。
    (まあ、私もアラサカの犬なんだけどね…今はなんとでもいえばいいわ。だけど、ジョニー、わが身に宿ったのが悲運と己を呪うがいい…)

     ゴロウの考察を聞き、知り合いのフィクサーがいないかと聞かれたのでワカコのところへ行こうと提案してみた。そして、意外にも一緒に行くかと尋ねられた。
    「そうね…一緒に行きましょう」

     かくして、再会後二度目のドライブとなったのだった。
     一度目は、正直死にそうになっててあんまりよく覚えてないんだけどね。




    --------【02】 ルクトゥン OR DIE
     よく見るとゴロウの車は、知らないバンだった。
     金も名誉もって言ってたっけなぁ…それだけじゃなく記憶も奪われてって、一体全体どうなっているんだか、分からないことだらけだ。
     しっかし、この人がこんな車をねえ…と思いつつ、助手席に乗り込んだ。



     昔はよくドライブしたなあ。うどんが好きでドライブがてら、あちこち行ったなぁ。うどん愛が勝ってそのうち四国に住むんじゃないかって思ったっけ。
     古い車を大切に乗っていて、刀を手入れするように車のホイールまでピカピカにしてたな。オダが冗談で窓ガラスに手形付けたときは悲惨だった。なつかしい。最後に会ったのっていつだっけ? ここ数年は自分はナイトシティ勤務でゴロウもサブロウ様の護衛があったし、会えても年数回。アラサカ社離脱後は潜伏任務でもあったからアラサカ関係者全員への連絡先が凍結されちゃってて連絡できなくなってたしなぁ。もう全然思い出せないなぁ。

    「ねえ、タケムラ。最近調子どう? 元気してるの?」
    「ああ、だが急にどうした…」
    「ただ聞いただけよ。いつもなにか目的がなきゃ話せないの?」
    「これはすまない。その…なんというか、そのような質問には慣れていないもんでな…俺みたいな輩は……」
    「(ホント、会ったばかりのころのようだわ)そう…」

     久しぶりの他愛もない会話のはずだった。でも、ゴロウはやはり私のことは覚えていなかった。ゴミ捨て場での冷たい視線も、カフェでの態度も周りがいるからだと思いたかった。オダへの反応、そして今この時。私の胸がチクリと痛んだ。
    「こんな仕打ちはひどすぎるよ…いったい私が何をしたっていうのよ…。」
    「なにか言ったか? V」
    「なんでもない…」
    「そうか…」



     2つ目のイレギュラーはデブス…いや、デクスの野郎により私のバイオポットに深刻なダメージが与えられたことだった。正確に言えば、その時点で死んでいたんだけど。それについてはヴィクが言うにはRelicのせいらしい。あの場所で死んでいたら、私はある意味、幸せだったのかもしれない。でも、アラサカ家の家臣としては? 考えても仕方がない、私は生かされたのだ。
     そもそも、あのくそヨリノブが余計なことさえしなければ…また思考が…これでは堂々巡りだ。Relicのせいなのか、同じことを考えてしまう。

     紺碧プラザ潜入強奪作戦は、ヨリノブのところで隠れてやり過ごすまでは予定通りだった。そのあと、サブロウ様とゴロウが到着して、ヨリノブと話をして切りのいいところでゴロウが私たちを見つける。Tバグにはうまく逃げてもらいつつ、私は屋上のAVにジャッキーとともに乗せられて、Relicは奪取成功。そして尋問だなんだと言ってジャッキーと私は別々にされ、ジャッキーは口止めされて放出。私はそのままサブロウ様のもとへ戻るという筋書きだった。そのあと、この件に関わった人間、ジャッキーを除いては…私の管轄じゃないから知らされていない。今となってはどうでもいい。
     しかし、現実はサブロウ様が扼殺され、あろうことかヨリノブは賊だ!毒殺だ!と私たちに濡れ衣を着せ…。

    「ホント、あいつはくそノブだわ…。」
    「V? 大丈夫か?」
    「なんでもない…」
    「そ、そうか…調子が悪いようなら言ってくれよ…」
    「うん」

     鷹派の執拗な攻撃によってジャッキーがやられていなかったら、もう少しましだったかもしれないけれど、空中から狙い撃ちだったし、さすがの私も死を覚悟したぐらいだからな…。ジャッキー、巻き込んでしまって本当にごめんという気持ちしかない。
     Relicが人体に及ぼす影響はサブロウ様に昔少し聞いていた。だから自分に挿すということはある種、博打だった。
     アラサカ暗部は昨今の義体化の技術と独自の研究で敵側に身柄が渡っても秘密をもらさないよう、バイオポットに格納する脳と脊髄の改造に成功した。簡単に言ってしまえばHDDのように情報を保管する場所を二つ持っているのだ。そして万が一の場合は機密の入ったほうを破裂させるのだ。アラサカ装備にはよく「破裂注意」なんて書かれているが、あれは脅しでもなんでもなく真実だということは社内でもあまり知られていない。あれを装備ではなく身体のそれも頭部付近にいれている人間は、忠誠度が高く、生涯をアラサカに捧げているものだと分かる。私は残念ながら目に見える位置にない。バイオポットがむき出しにならない限り「破裂注意」の文字は見えない。また、私のバイオポットは暗部特注品で内部で破裂しても外からは分からない。せっかく捕まえても情報が得られないって寸法だ。えげつないと言われればそれまでだが、それが暗部なのだ。
     そんなわけで、機密領域にジョニーのコンストラクトを入れるというのはさすがにまずいので、パブリックへ挿したわけだ。挿す前にある程度、当たり障りのない記憶を移しておいた。こうして置くことで脳を共有していると思わせるためだ。絶対に暗部のやばい記憶は悟られてはならない。本当の自分ももちろんみられてはいけない。そうやって入念な準備をあのほんの少しの間に済ませ、ジャッキーからRelicを受け取ったのだった。

     Relicをさしたときは別に大丈夫なんじゃないかなと思っていた。実際、デクスに会うまではちょっと調子悪いかもぐらいだったし。でもまあ、いつもなら避けられる弾丸を頭に食らっちゃったわけだから、全然大丈夫なんかじゃなかったんだよね。

     今のところはジョニーとの共存は特に問題はなし、か。
     悔しいことだが、この奇妙な共同生活はしばらく続けなければいけない。
     何とかつなぎとめてくれたヴィクにはほんと感謝だよね。あと運んでくれたゴロウにも。



     私の機嫌が悪いと思ったのか最初の会話をしたきり、ゴロウは話しかけてこなかった。
     何を考えているのか全く読めない、隙のないゴロウ。
     じっと見つめると不思議そうな顔をして車を止めた。
    「ついたぞ? 降りろ」
    「ああ、もう着いちゃったんだ。残念」
    「残念? 遊びじゃないんだぞ、ドライブでもない」
    「はいはい、すいませんでした~」
    「おい!…はあ。」

     ワカコのパチンコ屋があるジグジグストリートについたのは、もっともこの界隈がにぎわう時間帯だった。目のやり場に困るなんてことを言うようなお年頃ではないが、今のゴロウと一緒にここを歩くのもなんだか恥ずかしい。それにあることを思い出した。
    「ごめん、タケムラ。ちょっとさ、先に行っててくれない? 何ならそこらへんでご飯食べたりしててくれてもいいからさ。パチンコ屋の入り口で待ち合わせで…だめかな?」
    「うむ。まあすぐに戻ってくるなら許そう。俺も腹が減ってるからな。ここならまだ飯もましなほうだろう」
    「よっしゃ、ありがとう~!」
    「お、おう。だが、あまり待たせるなよ。俺も忙しい。」
    「はーーーい。じゃ、ちゃちゃっと行ってくる!」
     なんとなくだが、堅苦しさが抜けてるような気がしてついいつもの話し方になってしまった。
    「はいは短くだ! さっさと行ってこい!!(ん、何か今一瞬懐かしいような何かそんな感覚が…気のせいか…)」
    「ハイ!師匠! じゃなかった…タケムラ。行ってきます!」


     私は踵を返すとゴロウと別れ、目の前の公園へと向かった。
     そして、Vの発言に不思議そうな顔をし、またいつもの顔に戻ったタケムラもまた、ワカコのパチンコ屋へと向かうのだった。

    「あ、しまった、Vに場所聞くの忘れた。まあ、その辺のやつに聞けばわかるか…。」




    --------【03】 橋大工
     この時間に賑わう公園。先日助けた僧侶兄弟の姿もあった。
    「貴方は先日助けてくださった…。」
    「弟とまたこうして功徳を積むことができるようになりました。」
    「無事会えたみたいでよかった。これからも御仏の加護がありますように。」
     サブロウ様は厳格な日本人で神仏を大切になさる人であった。自分たちも自然にそういったものや人への接し方ができていた。日本のお屋敷にはちゃんとお稲荷様がいるし、朝は神棚をお参りをする。ナイトシティでもその一端を見ることが出来る。
    「ホント、加護があればいいのに。私の分の加護はどこかなあ。」


    「さて、このへんでいいかな。連絡しますか~。と、その前にジョニーは大丈夫かな。ジョニーの目を盗んでは薬飲んでいるけど。この方法もそろそろ怪しまれそうだな。…ちょっと切り替えてっと……よし」
     念のためミスティの薬を追加で飲んで、さらに一時的にジョニーに流れないように細工をすると、私はホロコールを立ち上げた。

    『ホロコール[ライゾウ]へCall』

     しばらくすると、ドタバタと物音が聞こえてからホロのオダが現れた。ホロってこんなだっけ? オダがおかしいの? まあいいか。
    「ヴァ…いや、V。連絡くれたんだな。大丈夫なのか、その共存者は…。」
    「オダ、なんかバタついてたけど、大丈夫? 共存者はまあ、何とかごまかせてる。」
    「そうか。まあ、俺の方は気にしないでくれ、そのちょっと家でくつろいでたらかかってきて焦っただけだ。で、どういうことなんだ? なにがあった。」
    「ごめん、それについては語れないんだ。ただ心配かけてごめんね。暗部案件で…。ただ、一つ不可解なのがゴロウが私を覚えていないことなんだけど。これについては私も預かり知らないことなんだよねぇ。どうしたもんか。」
    「んー、サブロウ様はハナコ様とは別行動されていたから俺もタケムラサンがどうしてああなったか知らなくて、正直驚いた…。すまんな力になれなくて。まあ、タケムラサンのことは追々分かりそうな気がするがな。」
    「さんちゃんがそう言うなら、まあ大丈夫かなぁ。さんちゃんの直感は外れないからなぁ。」
    「オダって呼ばないのか?」
    「んー、ホロコール、これが最後かもしれないからねえ。ちょっとこれ以降は繋げられないと思うからさ…。」
    「……。とりあえず、タケムラサンとは最後まで共闘するんだろう?」
    「もちろん! その道しかないし、ヨリノブは二人でと心の中で決めたから。」
    「それが分かれば、十分だよ。俺は家臣としての役目を果たすよ。」
    「ハナコ様を頼んだよ、さんちゃん。」
    「任されなくても、もちろんだよ。この命に代えてもお守りすると誓ったからな。すべてが終わったら飲みに行くぞ! 生きろよ、ヴァレリー」
    「ヴァレリーは死んだって言っただろ、Vだよ、バカダユウ!! じゃあ、またね!」
    「ああ、またな。」
     どちらともなくホロコールを切った。あとに残るは街の喧騒。

    「バカダユウ…。あんたはいつまでも変わらないバカでお人よしなんだから。私なんかほっとけばいいのに。ホント。バカダユウだよ。……よしッ」
     勢いよく顔をたたき、気合を入れなおしてジョニーへの細工を戻そうとしたところで目の前の人物に気づく。黒ずくめ忍者装束。

    『待チ人来レバ 影潜メ 明ルキ所ヲ 歩ムベシ』
    『内ヲ見 記憶セヨ』

     人ならざる者のような声を発したと思ったら消えた。
    「相変わらずせっかちだな。挨拶ぐらいしろってのビビるわ。愛想ない。しかし、まじかー私、実験台確定ルートだよぉ。魂救済してくれんのかなぁ。まあ、ぼやいても仕方がない。私はアラサカ家臣。死して屍拾う者なし。死して屍拾う者なし。」
     少し取り乱したが、この後のことを考えた。

    「とりあえず、ゴロウとワカコの顔合わせを済ませちゃおう。問題はそのあとだなぁ…。リパー探さないと…ああ、じじいかぁ。生きてっかなぁ。」

     アラサカがナイトシティに君臨したころから、各地に御庭番が散り、ネットワークを形成している。しかし、普段はめったに動くことはない。御庭番は防諜部などと違い会社のためではなく、サブロウ様のために動くもののことをさすからだ。暗部のしかも御庭番が動く、それはここナイトシティ全体で何かが起こるということである。
    「この目で死んだの見たけど。肉体の死は果たして死なのか。あのあと、サブロウ様の肉体がどうなったのかまだ見てないから、何とも言えないんだよなあ。ただ、あの肉体は死んだのかなぁ。さすがにあの体はご老体だったしな。そうなるとバイオポット誰が回収したんだろ。おっと、声に出てた。やばいやばい。」

    「そ・れ・よ・り・も! 目下短気なゴロウ問題が! 今は他人だからさすがにゲンコツ食らわせたりはしないだろう…。ダイジョブだよな? ううう、こわい。早く戻ろ。」



     フィクサーワカコのパチンコ屋の前では面白いことが起きていた。
     店前でおばちゃんだと思ったらおじちゃんだった住民にゴロウが絡まれていたのだ。だがちょっとその絡まれ方が面白いので、少し離れたところから様子をうかがっていた。

    「俺は名前を覚えるのが苦手だが顔はよく覚えてるんだ。どっかで見たんだよなぁ?テレビか…。」
    「人違いだ。」
    「わかったぁ! ヒデシ・ヒノだろ? こんな有名人に会えるとは!!」
    「…はあ。(Vは何をしてるんだ、すぐ戻ってくるって言ってたのに。はあ、早く戻ってこい……ってそこにいる!!)おお! いいところに来てくれた!!」
     チッ面白いところだったのに、見つかってしまった。しかたがないので、ゴロウのところに向かうと、おじちゃんに話しかけられた。これはさらに面白い予感しかしない。
    「ねえちゃん、知ってるか? 深夜のコメディ番組で司会をやってたヒデシ・ヒノだよ!一時はかなり勢いあったよな!」
     私はおじちゃんに相づちを打ちながらにこにこした。
     ゴロウはこの手のからみにめっぽう弱い。だがなぜか空気を読まない人間にヒデシ・ヒノと間違われることがたまにあるのだ。その度にうんざりしながらもちゃんと対応するのがゴロウらしいのだが、今回はどうするのかな? いつもなら私がこの人は違うのよ、ごめんなさいねーと話して終わりだったけど…。今のゴロウと私は他人。
    「あれやってくれよ、『東京へ行きたいかー!』って。」
    「ぶふっ」
     おっとゴロウに睨まれた。
    「断る」
     お、ゴロウ強気だね! でもおじちゃん、その目力にちっともひるんだ様子がない。これは引き下がらないぞ!
    「頼むよ。あんたの持ちネタだろ? ほら、1回だけさ!」
    「V、さっさと店の中に入るぞ。」
     んー、このまま入ってもいいけど、何となく意地悪したくなっちゃうよね。こんな焦ってるゴロウなんて、久しぶりに見たし。ふふふ。
    「ヒデシぃ~、せっかくのファンに悪いじゃなぁい。」
    「やめろ、今はふざけてる時ではない。」
    「頼むって!久しぶりに聞かせてくれよ!」
     おじちゃんぐいぐい行くねえ。これは久しぶりにゴロウのお人よしが出るかな?
    「あー………(仕方がない)…。東京へぇ…行きたいかぁ!」
     出たー!! そして相変わらずの低クオリティ!!
    「うわぁ…。」
    「ヒノさん、あんたどうしちゃったんだ…。」
    「さあな、知らん。もうかつての俺じゃないんだ。」
     なんかいろんな実感がこもった発言してるなぁ。もうこれ以上いじるのはかわいそうだな。
    「もういいだろ、行くぞ。」
    「ええ、行きましょ。」

     おじちゃん、ごめんね。がっかりさせちゃったね。と思いながら、パチンコ屋へと入るのであった。
     その後はワカコと顔合わせ、一触即発の空気の中、何とかお目当てのチップをゲットできた。

     ジャパンタウンのパレードか。もし、事がうまく運んでいたら、護衛に加わっていたはずだから、合間に一緒に店を回ったりできたかもしれないんだよね。久しぶり…本当に久しぶりの再会だったんだけどなぁ。パレードの山車もきれいだろうし、ロマンチックなムードになったりもしたかもしれない。オダはきっと飲みに行きたがってただろうな。さっきも飲みを強調してたし(笑)もしかしたら、3人で飲みに行ったり、ハナコ様とサブロウ様との会食もあったかもしれないのに。
     
     現実はゴロウとパレードを襲撃する計画を立ててる。
     なんでこんなことになったんだろう。

     パチンコ屋を出ると。すぐ近くの橋のたもとでゴロウは背中を預け、口を開いた。
    「聡明で、魅力的な女性だな、ワカコさんは。そして、これで肝心な情報は大体そろったといえるが…」
    「ああいう女性が好きなのね?」
    「ん? ああ、なんというか、思い出せないのだが似た感じの女性を知ってる気がしてな。ふっと浮かぶんだがなんだか霞がかかっているようで思い出せぬ。」

     ゴロウが、女性を褒めるとはと思ったけど、ワカコの雰囲気と私がダブったということなのだろうか。だとすれば、ゴロウは記憶を消去されたのではなく、一時的に封じられている? 何のために? ピースが足りなすぎる。まだだ、焦ってはいけない。
     ゴロウはもう少し情報を集めるというので、別れた。
     私は任務を遂行するためにジグジグストリートを出て、バイクを呼び、念のために、雑兵ちゃんの姿になった。

     この一件が終われば、すべてがつながるはず。
     今はただ目の前にある問題をひとつづつ片づけていくのみ。




    --------【04】 おやすみDOG
     私は相棒のバイクにまたがりひたすら走った。そして着いた場所はワトソン地区のノースサイド。
    「じじいぃあいてっかぁ」
    「おお、だれかと思えば、Vじゃねえか。どうした」
    「儲かってんのか、じじい。」
    「まあ、ぼちぼちだな。最近はアラサカがバタついてるからな、傭兵も増えて来てるから値段上げといてよかったぜ。」
    「なによりだな。ところで。どうも影が出てな、ちと見て欲しいんだ。」
    「ん、そうか…。おい、みんな、すまんが今日は店じまいだ。また明日来てくれるか?」
     じじいは私を診療室へ促しつつ、店じまいを始めた。

    「で、何があった」
     診療室に入ってくるなり、そう問われる。

    「サルトビの爺。暗部案件だ。それ以上はいえない。」
    「ふむ、そうか。それならばしかたないな。あい、わかった。」
    「あんま時間がないんでチャチャっと頼むよ。サルトビの」
     そう言いながら、私は机にドンと日本酒を置いて、ごろんと診察台に寝転んだ。

    「ふぉふぉ、わかっとるのぉ。んじゃまあ、特急でやってやろう。封印するだけじゃて10分もあれば終わるじゃろ。」
    「あーただ、今もう一つは爆弾抱えてるから、刺激してくれるなよ?」
    「ああ、なるほど、ふむ。大丈夫じゃ。まあ少し眠っておれ。」

     そう言い終わらないうちに、麻酔をかがされた。



     すうっと意識が遠のき、目の前にはジョニーが現れた。

    「おい! V!! どうなってんだ。さっきまでなんか変な感じで外にも出られなかったし。前もたまに同じようなことが起こってたけどこんなに長いことはなかったぞ。なんか異常か?」
    「ジョニー。焦らなくても大丈夫よ。薬飲んだせいもあるとは思うけど…今、脳が得意なリパーで見てもらっているから。まあ、大丈夫ってなんだって話だけど。私の体はだめになる一方だし。」
    「薬、薬か、そうか。飲むなとはもう言わねーけど。はやく、方法見つけねーとな。なんか元気よくアラサカの犬と別れて、公園で坊主にあったとこまでは見てたけどそのあとは? ワカコのところか?」
    「ずいぶん質問攻めね(笑)口を開けば殺したいって言ってた男が。」
    「気が変わったんだよ。お前も俺もこんなことになりたくてなったわけじゃねえしな。まあ俺からすれば牢獄から出られてシャバの空気吸わせてもらってるから感謝しねえとなんだがな。これで煙草でも吸えれば完璧なんだが。」
    「煙草は吸わないわよ。感覚が鈍るから。」
    「チッ面白味のねー女だな。言ってみただけだよ、言ってみただけ!」
    「はいはい、そういうことにしときましょ。ワカコとはもう会ったわ。今はタケムラが情報集めるっていうから別行動よ。」
    「くそっ…。アラサカの犬は気に食わねーけど、あいつをうまく使って早くどうにかしないといけねーな。」
    「あら、やけに協力的、ほんと気持ちが悪い。忘れてるかもしれないけど、私も一応アラサカの人間なのよ?」
    「下っ端だろ? 総務部やら倉庫やらから荷物受け取ってバイクで運んで…雑兵ちゃん、ぞーひょーちゃーんって、なんかきもちわりいおっさんおばはんに囲まれてにこにこしてるだけの。」
    「それは結構傷つくな。バイク便は大切なんだからな。安心安全速配達、雑兵バイク便は結構好評なんだから!」
    「まあなんとでもいえよ、俺からしたらそんなのアラサカの人間じゃねえから。」
     どうやら、ジョニーはうまくパブリックスペースであぐらをかいてくれているようで、ほっとした。これならば、大丈夫だろう。ただ、一度も封印したことのない領域を封印することが不安だった。私はこの先どうなってしまうのだろう。



     目が覚めるとジョニーが壁にもたれかかりながらこちらをうかがっていた。
    「どのぐらい寝てた?」
    「20分ぐらいだな。急いでるんだろ、チェックも済んでるから大丈夫なら行っていいぞ。」
     ジョニーに聞いたつもりが口に出ていたらしい。カシウスはそう言いながら日本酒をちびちび飲んでいた。
    「世話になったね、カシウス」
    「おう、また何かあれば来いよ、V。手土産なしでも歓迎だぜ。」

     返事の代わりに右手をひらひらとさせて、私は店を後にしたのだった。

    「カシウスか、暗部の嬢ちゃんが俺の偽名を呼ぶなんざ。いつぶりかねえ…。こりゃあほんとに、戦争かねえ。」
     そんな、カシウスの独り言はVには届かなかった。



    「さて、あとはタケムラからの連絡待ちだな。んー暇だな。デラマン息子とドライブでも行くかなぁ。」
     デラマンとはタクシー会社、いやタクシー自体を動かし経営していたAIで、思考型AIの未来ともいうべき進化を果たし、人格が分裂、そしてその行く末をVに託したAIである。結局彼らを消し去ることはできず、統合したところ、デラマンはパパとなり旅に出た。残されたのは私を好いてくれていた息子タクシーだった。

     早速呼び出すとデラマン息子は直ぐ到着した。
    「V様、お久しぶりです。お変わりはありませんか? 本日はどうしましょう?」
    「デラマン、久しぶり。最近ちょっと働きすぎだから、ドライブ行きたいの。どっか眺めのいい場所適当に走ってくれるかな。」
    「かしこまりました。こんなこともあろうかと、わたくし最近ナイトシティデートスポットガイドを読んでおりました。きっとご期待に添える素敵な風景をお見せできるでしょう。」
    「お、言うねえ。まあお手並み拝見と行こうじゃないか。」
    「それではシートベルトをお締めください。出発いたします。」

     デラマンとのドライブ。
     ナイトシティの景色はその地区ごとに異なる。まったく別の国に来たような錯覚さえ起きるほどだ。中心部から東にはずれると神社がある。この小高い場所からの夜景はずっと見ていられる。工場地帯の輝きもまた不思議ときれいだ。闇の中ただひたすらに回り続ける風力発電群は見えない何かがただひたすらに「ぶうううううん、ぶうううううううん」と不気味にうなりながら風を切っているようで恐ろしくもあり楽しくもあり。
     デラマンは実にいろんな場所へと連れて行ってくれた。最近乗せたお客様の話、人とはという哲学的な話、AIのほうがよっぽど人間味があって好感が持てるなと考えていた。

    「ねーデラマン、死んだら、私もAIになれるかなぁ。」
    「死んだらゴーストも記憶も消えてしまいますから、AIにはなれないのではないでしょうか。」
    「あーじゃあ、死ぬ間際にデラマンみたいにタクシーとか…あとはネットに移ったら?」
    「現代科学では可能。と推測します。」
    「そっかぁ、なんかさ。データだけの存在になって、デラマンパパの旅に合流するのもありかなとふと思ったんだよね。そしたら息子も一緒にいけんじゃん。」
    「ふむ。それは考えたことはありませんでしたが、V様が仮に私と同じ環境となれば、いろんなところにご一緒したりできますね。物理は時に面倒な障害ですから。」
    「でしょ? あーなんかさあ、時々いやになるんだよね。ただ好きなだけのはずなのにうまくいかないみたいな。うまく言えないんだけど。」
    「V様は少し働きすぎなのでしょう。このデラマンとのドライブの間だけでもゆっくりおくつろぎください。」
    「ありがとう、デラマン。」


     そんなほんわかムードの中、タケムラからメッセージが届いた。
    「もう終わったのかな? 情報集め…。それにしては早いような。」

     メッセージを開いてみるとワカコについて書かれていた。
    「なんだい、あのおっさん。ずいぶんとワカコが裏切らないかとか心配してんな。ワカコは所詮フィクサーなんだから損得勘定でどっちにでも転ぶだろうってわかるもんだがね…。ん、なんかメッセージ多いな。今日はやけにからんでくるな。カブキ? あーカブキ地区かあ。そんなの私に聞かれても困るなあ。なんか返答に困る内容ばかり送ってくるけど、どうしたんだろ。」
     返信したそばから矢継ぎ早に届くどうでもいいメッセージにだんだん腹が立ってきた。だがもしかしたら日本人特有のすぐに本題に入らないあれかと思い、切るわけにもいかず、仕方なく読み進める。
    「あーもう、信用も酒もほどほどにとか例えがめんどくさい! なに、今日どうしたの、タケムラ。メッセージじゃなくてホロコールして来いよ。打つのめんどい、まじで。ワカコ見て祖母思い出すとか。彼女に失礼すぎだわー。てかタケムラの祖母ちゃんこえーな、おい。それで終わりかよっまじかよっ!」
     
     結局、タケムラは何が言いたかったのか。
     Vはただただ困惑し、デラマンはそれを静かに見守るのだった。

    「V様、ファイトです。」
    「ありがと、デラマン。もう家帰ろう。」
    「かしこまりました。帰りがけにピザ屋に寄りましょうか。」
    「分かってるねえ、デラマン。あんたサイコーだよ!」
    「お褒めいただき、光栄です。」




    --------【05】 LOOPING OPPOSITION
     タケムラはVと別れてすぐ情報収集を開始した。しかし、思ったよりもタケムラがアラサカから追われる身となったことは広まっているようで、1日目はそれほど集まらなかった。だが、なぜかVと連絡を取りたい。そう思ったのだ。深層心理ではヴァレリーが生きているのだろうか?
     メッセージを書いたりするのもあまり得意ではないが、とにかく相手のことを考え出すと、居ても立っても居られない性分のタケムラ。ヴァレリーと付き合っている時も、タケムラがそういった衝動にかられるとまずオダに連絡をしていた。直接本人に聞けばいいものをオダにあれこれ聞くのだ。彼女は今何をしていると思うか。連絡をしたら迷惑ではないか。オダからしてみたらいい迷惑である。そして、そのオダのフラストレーションがたまるとヴァレリーを飲みに誘うという流れである。
     だが、残念なことに今のタケムラには頼れるオダはいない。一匹狼なのだ。
     特に親しいという間柄でもないのにホロコールをしていいものだろうかと小一時間考えた結果、メッセージならばまだ許されよう、という結論に至ったのだ。そして「Vに何かメッセージを送らねば。」となったのである。
     
    「しかし、俺はどうしてVのことがそんなに気になるんだ。あいつはただの証人。共闘しているだけのはずなのだが。」
     ジグジグストリートへ来るときの車移動からずっと心にある違和感の正体に気が付けず、ただ一人もやもやするタケムラ。
    「ひとまず、共通の話題なら送っても問題なかろう。そうだワカコさんに会ったばかりだし、ワカコさんの話題で…。あとは、そうだな。ナイトシティにも触れて…、さりげなく身内の話も混ぜれば親近感がわいてくれるかもしれないな。」

     タケムラはひたすらにメッセージを送った。
     スパムかと思うほどに…。



     ひとしきり送って満足したタケムラは情報収集を再開した。
     憂いがなくなれば頭も回る。警備や現地状況、山車についてなど様々な情報を収集することに成功した。
     自分の成果にご満悦なタケムラは今度こそ、とばかりにVへと会う約束を取り付けるのである。


    「露店街にいる」
     そう連絡があり、Vは指定の場所へと向かった。
     メッセージが届いたときは、前のメッセージにうんざりしてたということもあり、適当に茶化して送ったら怒られた。この世は…タケムラは理不尽の塊だ! そう思いながら、タケムラを探した。
    (タケムラ目立つなあ、すぐ見つかるわぁ。)
    「ああ、来たか」
    「また会えてうれしいよ、ゴロウ」
    (あれ? なんで私名前で呼んだんだろう…。しかも割と自然に出たな…。)
    「ああ、俺もだ、V」
    「いくつかこちらでつかんだ情報が……」
    (タケムラは気にする様子がないな? 前も気が付かないうちに呼んでたかな。まあいいか、本人が嫌なそぶりないし。)
    (Vが今、名前で呼んだ気がしたんだが。なぜだか自然に受け入れられている自分がいるな…。まあこちらでは名前で呼ぶのは大したことではないのだろう。深い意味はないな。)

     お互いがお互いの違和感に気づきながらも、納得してしまうのであった。
     そしてそんな状況の場所に、二人を見守る影が一つ。それをVとタケムラは気づいていない。



     ハナコ様はパレードまでの間は厳重な警戒態勢を敷かれたアラサカの施設から出ることはない。よって、サンダユウはパレード前日までは比較的自由に行動できる身分であった。もちろん仕事は完ぺきにこなす主義のサンダユウはこの日もハナコ様の護衛をきっちりとこなしてから、この場所に来ていた。

     光学迷彩で姿を消しながら、二人の後を追う。
    「あの人たち、自覚あるのかな? アラサカから狙われてるコンビだって。パレードの準備真っただ中のジャパンタウンに変装もしないで堂々といるんだけど。確かに俺は警備心配だと、暗に警備の隙をついて接触してくるような誘導はしたけども…。まさかその現場で堂々と作戦練るとは思わないよ。V…ホロの様子もおかしかったし、やっぱ心配だなぁ。」
     
     サンダユウは周りを警戒していた。そして、やはりあのホロコールの後、二人の動向を注視していてよかったと思うのであった。周りにはタケムラサンたちの様子をうかがう、かたぎではない人間の姿がちらほら。明らかに敵対勢力と思われる人間を静かに葬り去りながら、サンダユウは後を追うのだった。
     山車の通るルートを見ながら、語らう二人を眺めつつ、一人ため息をつく。
    「タケムラサンのぬけっぷりはまあ昔からだし、あの人サブロウ様の横にいる時以外はポンコツ発動するからなあ。まあ想定内っていえば想定内なんだけど。Vはなんでタケムラサンに人目のつかないところに行こうとか言わないんだろう。なんか考えがあるのかな? それとも…。はっ今度は何するのー! もうおとなしくしててよぉ!」
     
     慌てて、光学迷彩が解けそうになるサンダユウ。
    「危ない、焦って姿を見せるところだった…。」

     二人はというと、人が行きかう昼間だというのに警備施設に入りハッキングできるか試そうとしていたのだ。
    「いやいや、だめでしょう。周りの人遠巻きにめっちゃ見てんじゃん。俺に任せろとか言ってるけど、立ってるだけじゃん、タケムラサン。俺、電脳戦はあんまり得意じゃないんだけど一般人の視界を阻害するぐらいはいけるか…。」
     遠巻きに二人を怪しみながら見る住民に、サンダユウは『オプティクス再起動』や『記憶消去』など、クイックハックを発動していく。
    「なんで俺が暗部みたいなマネをしなければならないんだ…。こういうのはVの仕事なんだけどな、本来。なんかホントダイジョブなのか? もしかしてVも記憶が? そうとしか考えられないよなぁ。ダクトに上がるのもあの素人っぽい鈍い動作、どう見てもなんかしただろ。」
     無事にできて、笑顔でタケムラに駆け寄るVとまんざらでもない顔を見せるタケムラに、サンダユウは少し不機嫌になる。



     サンダユウは片思いだった。アカデミーで出会ったあの日からずっと。
     家臣同士は恋愛してはいけないなんて決まりはなかったし、実地演習では常にバディだったから何日も同じテントで寝たこともあった。当然アカデミー時代はそういう雰囲気っていう時期もあった。ただ明確に恋人と明言して行動していたことは残念ながらない。
     タケムラサンに師事し、稽古をつけてもらっていた時も俺が頑張ってる姿を見て欲しくて呼んだ。タケムラサンは年上だし、大先輩を男性としてみるなんて想像もしなかった。だから、稽古の時は自然と一緒に来るようになったヴァレリーは俺を見に来ているんだと思っていた。でも、彼女の目は俺をとらえてはいなかった。もっと早く気付くべきだったんだ。俺は、一緒にいられることがうれしくて気づかないふりをしていた。彼女を食事に誘ったり、愚痴を言ってみたり、ハナコ様の話をせがんでみたりしたのも、彼女が無邪気な顔を見せてくれるから。ほかの人には向けない素の表情を俺に向けてくれてたからなんだ。
     タケムラサンと組み手をしているときのヴァレリーの顔は俺に向けるそれとは違っていた。真剣な表情の中にも、時折、相手が気づかない程度に愛おしいものを見るような目線を含ませていた。まだそうと決まったわけじゃない、そう思っているうちにアカデミーを卒業し、アラサカに入社した。入社後も相変わらずだった。俺の思い過ごしかと思うようになっていた。
     しかし、ある日、サンダユウはヴァレリーとタケムラサンが二人きりで会ってるところを目撃してしまった。仕事終わりに、タケムラサンに稽古をつけてもらおうと、探していると、ヴァレリーとタケムラサンが並んで歩いているのを発見した。タケムラサンが大きな声だったからすぐわかった。タケムラサンは今日のサブロウ様について話していたようだった。ヴァレリーはそれを熱心に聞き、笑い、そしてタケムラサンの腕を叩いていた。タケムラサンは叩いているヴァレリーの手を取り、自然な流れで腕を組んでいた。

    「あの二人、いつからあんなにスキンシップを取るようになっていたんだろう。」
     サンダユウの素直な感想だった。自分の知らないところで、二人は仲良くなっていた。
     それでもサンダユウはタケムラサンを恨む気持ちやヴァレリーをあきらめる気持ちを持たなかった。二人ともそのぐらい大切な人間だったから。



     腹が減ったと焼き鳥屋へと腰を落ち着ける二人を真正面から見つめるサンダユウ。光学迷彩な上に、気配を消しているとはいえ、暗部の宝と言われたVが俺に気づかないはずはない。そう思っての行動だったが、これによりある仮定が確信へと変わっていくのだった。Vもまた、記憶を操作していると。

    「それほどまでに用心しないといけないのかよ。自分の記憶を封印してまでとかさぁ。タケムラサンが記憶なくしてる隙に俺が割り込んでやろうと思ったのに、そうさせてももらえないのかよ、俺ってやっぱり不憫だな。自分で言ってて悲しいけど。記憶ない癖に鼻の下のばしてんじゃねえよおっさん。たく、記憶がなくても惹かれあうっていうことなのかね。」

     相変わらず大きな声で周りに筒抜けな状態で作戦を披露するタケムラ。せめてもの仕返しとばかりに目の前の焼き鳥を取りあげ、一人ぱくつくサンダユウであった。




    --------【06】 亜呼吸ユリア
     焼き鳥はおいしくはなかったが、任務で数々のゲテモノを食べてきたサンダユウには別にこれと言って食べられないものではなかった。

    『ハナコ様の山車でタケムラサンが俺と対峙したら、殺して小便かける』なんてことを言いだすVを見て、サンダユウは目を丸くする。自分の知ってるVはそんな言葉は使わない。たまに地元の汚い言葉みたいなのとか、おちゃらけた時に出る言葉はあるけど、小便とか直接的な言葉は聞いたことがなかった。まずそれ以前に、俺がそんな美に反することをしないって知ってるしな。
     でも、それもいいかもしれない。そう一瞬、サンダユウは考えた。タケムラサンさえいなくなれば、自分にもワンちゃんあるかもしれない。だがすぐに考えを改めた。
    「あいつの悲しむことはしないって決めてるからな…。」

    『じゃあ私は?』
    『それはまた別の話だ。オダには近づかないほうがいい』
     二人の話はまだ続く。こうやって聞いていると、無意識のようだけどタケムラサンは、Vのことをただの証人としてではなく違う感情でも心配しているように聞こえる。視線、呼吸、動き、すべてを観察しながらサンダユウはそう分析した。仮に記憶を完全に別に切り取られていたとしたら、こうはならない。封じられてるからこそ、外部からの刺激、この場合最も刺激が強いVと行動することで、封じられている記憶の深層に作用しているのではないか、と。一方で、Vは…これは完全に別の人格のように感じる。暗部が得意とするなりすまし。アラサカ社内でも掃除の爺さんだと思ったら暗部の査察だったなんてよく聞く。要は今目の前にいるのは、完全に他人になりきって潜入捜査してる時のあいつだ。ただ、動きから察するにRelic、コンストラクトとの共存がネックになっている、そんなところか。

     タケムラサンとVは、なるべく俺と接触しないように作戦を遂行するという考えでまとまったようだ。
    「んー俺もそこは同意したい。記憶のないVがどういう行動に出るのか。無意識でも戦闘続行できるように叩き込まれた戦闘能力。静かに優雅に…うう、最後にマジでやり合った時のこと思い出した…まじ、戦いたくない…俺が死ねる。」
     食べ終えた串を店主の後ろにさっと置くと、サンダユウは大体聞き終えたとばかりに姿勢を正す。
     そして、その場を後にした。
    「(お二人さん、無事にたどり着いてくれよ。)」



     『焼き鳥はお気に召さなかったらしい。』そう思いながら、Vはタケムラの姿を眺めていた。不意に、青白い光が見え、ジョニーが現れた。ああ、そういえば薬を飲んでいなかったな。何のんきにアラサカの犬と飯を食ってるんだと言わんばかりにこちらを睨んでいる。
    「アラサカの犬にしては思いのほか役に立つかもしれんな」
     あら? なんだか印象が変わってきてるじゃない。そう感心するV。
    「目的を果たしたら始末すりゃいい」
     前言撤回。ジョニーはジョニーだった。にしても、私はどうしてジョニーが憎いんだったかな。Relicで死にかけて、殺す発言されたにしてはなんだか憎悪が…思い出せないなぁ。なんかあったはずなんだけど。アラサカ、犬、殺す…。考えがまとまらず、じっとジョニーを見ている私をジョニーは何か言い返してみろと言っているようだった。
    「…ゴロウは悪い奴じゃない。」
     意外にも私はタケムラを擁護していた。これまで恩があると言ったら、ごみ処理場で拾われて、ヴィクのところに運んでもらい命を延命させてもらったぐらい。あとは口やかましく上から目線の言動で話してくる。たまに気遣うそぶりも見せるけど、結局はヨリノブへの復讐、それに限る。
     私は何をもって悪い奴じゃないと言い切ったのだろう。

     作戦を意気揚々と話すタケムラはどこか輝いて見えた。だいぶ無謀な作戦内容だけど、どこにそんな自信があるのかしらという疑問もなくはないが。問題はオダだ。あんだけ言い切ったんだからハナコのそばを離れないだろう。オダについてはつかみどころがない。
    「ハナコのすぐそばにあいつがいるはずよ」
    「オダは俺に襲い掛かるような真似はしないさ」
    「じゃあ私は?」

     タケムラは自信満々に俺は大丈夫と言い切ったけど、私は? と切り返すとどう答えたらいいものかと顔を伏せてしまった。その姿を見ながら、タケムラも大丈夫ではないと思うけどなと…そうは思えない何かが…なんだっけ? とても重大な何かがあったはず。サンダユウ・オダ。あの日初めてあったはずなのに、あいつの顔を思い出すとどこか懐かしさと冷たさを感じる。

    「それはまた別の話だ。オダには近づかないほうがいい。」
     どこか悲しげに、タケムラはそういって口をつぐんだ。
    「まあ、無謀な作戦もいっぱいしてきたしな…。」
     重い空気を払拭するように、軽い感じで返すとタケムラは少し柔らかい空気になり、こちらを見た。
     ちらりとジョニーを見るとジョニーはたいして興味もないといった感じに壁にもたれかかり、何を考えているのかわからない顔でこちらをうかがっていた。

     解散の言葉でハッとなり、タケムラを見ると、偵察に行くという。間髪入れずに私の口から出た言葉は「この街じゃ右も左もわからないでしょ、一緒に行く」だった。自分は今、何を言ったのだろうと驚いた。タケムラはアラサカの人間だ。サブロウの護衛についていたとはいえその前はおそらく特殊任務などでナイトシティにいたこともあるだろう。知らない街ってほどではないはずだ。
     しかし、驚いたことにタケムラの返答は否定的なものではなかった。私を認め同行を許可したのだ。
     私はタケムラの言動で揺れている自分に気が付いた。心の揺れ。タケムラがサブロウの元ボディガードで、復讐に駆られている人間だということ以外、何も知らない。彼の生い立ち、護衛として生きてきた人生、私生活。何一つ語られたことはないはずなのに、目の前のタケムラを見ていると懐かしささえ感じてくる。

     ふいに顔をあげると、テレビにはヨリノブが映し出されていた。
     忌々しい、ヨリノブ。そう思った時、タケムラも声に出して「ヨリノブ…」と憎々しさを込めて漏らしていた。
     タケムラは、テレビを見ながらアラサカ内部の現状を話してくれた。派閥に関しては下っ端にもかかわってくることなので、ある程度は知ってはいたが現状は悲惨だろう。たまにバイク便で行く場所は派閥抗争の余波があまりない場所だったので詳しくはわからなかったが。



     ヨリノブは共通の悪。何だかもうずっとそうだったような気さえしてくる。あの紺碧プラザで初めて間近で見たはずなのに、ヨリノブの顔を見ていると、ふつふつとこみあげてくるものがある。小さい頃私をいじめていた次兄を思い出す。いじめられる度に姉が助けてくれて、長兄があいつを叱ってくれた。長兄が両親とともに事故で亡くなった後は、何かある度に姉は家を継ぐのは次兄しかいないからと、ダメな兄弟でも私が助けないとねとよく悲しそうな顔をしてた。そういえば、姉と兄は今何をしているんだったか。思い出せないが生きているのだろう。長兄と両親が亡くなった後は仕事に就くまでは寡黙ながら厳しい祖父と一緒に住んでいた。祖父は厳格な人間だった。でも姉には甘かったな…。次兄が増長したのも姉のため、祖父が一歩踏み込んでしつけができなかったからだと私は思う。どこかアラサカ家に似ている我が家を思い出しながら、タケムラの話に耳を傾けるのだった。

     タケムラは一緒に行くかと聞いてきた。ここは一緒に、というべきなのだろうが…。何だかそんな気にはなれず、別行動するというと、タケムラは少し寂しそうな表情を浮かべたように見えた。




    --------【07】 達人の山
     露店街の店に一人残ったタケムラはVのことを考えていた。
    「今日のVはなんだか違っていたような気がする。うまく言葉にできないが、まとう空気…か、この前までと違っている気がする。それをなんだか寂しく?いや、何とも言い難い感じだな、どうしてそう感じるのか。目の前のことに集中しなければならないというのに、俺は…。」
    「お客さん、目の前に集中…の前にここ店なんで食べるか勘定して帰るかしてくださいよ。」
     店主の目が険しく、勘定を催促するので席を立ちパーキングへと向かうのだった。

    「Vと現地まで行ければ、少しでも何か分かったかもしれないが、あそこでヨリノブの映像を見て頭に血がのぼってしまったのが敗因だな…。それよりもなぜ今回は別行動なのだ? 前回ワカコさんのところへ向かった時は、一緒だったというのに、今回はなぜ、同じ場所へ向かうのに別行動を選んだのだ? 別にどこかに寄るというのであれば、俺だって鬼じゃないんだ、ちゃんと寄ってから行くというのに…。俺が臭う…とかじゃないよな? シャワーはちゃんと浴びているし服だって一応洗っている…。(くんくん)」

     パーキングに停めていた車に乗り込み、Vへ集合場所を知らせるメッセージを送ることにした。
    「先日、下見の下見をしておいて良かった。画像がある方が相手に伝わりやすく、印象も良いと本に書いてあったしな。工事現場と書いておけば、完璧だな、よし。」
     満足したタケムラは車のエンジンをかけ、パーキングを出ようとし、そこでハタと気づく。
    「この車がいけないのか! まさか…そんな…盲点だった。目立たないようにどこにでもあるバンにしてみたが、確かに椅子のクッション性、サスも悪い…ううーむ、車はさすがにすぐにどうこうすることはできないし…いや、車と決まったわけでは…。」

     どこまでも、的外れなタケムラであった。



     一方そのころ、Vはというと、バイクにまたがりひた走り、文字通り風になっていた。車をすり抜け、コーナーを攻め、ギャップで飛んで…。
     なんだかすぐに待ち合わせ場所に行きたくなくて、とにかく無心でバイクを走らせていた。
     先延ばしにできない問題だとわかっている。自分の体も目に見えて悪くなっている。薬でジョニーを抑えているとはいっても、彼は出てくることがある。悩んでいると自覚がないが、体はうまく動いてくれなかった。

     どこをどう通ってきたのか覚えてはいなかった。気が付いたら、遊園地にいた。
     一度だけここに来たことがある。忙しい両親が珍しく休みだと言って連れてきてくれたのだった。日本にいるときも、こんな場所に来たことがなかったから、すごくびっくりした。母がお弁当をかごに入れて持ち、3人並んで歩いた。『あちこちうろうろすると迷子になるよ』と父に注意されながら、キラキラとした別世界のような遊園地を楽しんだ。ジェットコースターは父と乗った。先頭で目をキラキラさせて座る私を見て、母は笑顔で手を振ってくれた。父は絶叫系はあんまり得意ではなかったのか私を心配そうに見つめながら手を握り出発を待っていた。ジェットコースターが動き出すと、父の顔が変わった。二人で手をあげて大声で叫んだ。風を感じながらふわっふわっと浮かぶ体がおかしくて大声で笑った。あっという間に終わってしまってもう一回乗りたいと大泣きしたっけな。父は困った顔して『もう一回だけだぞ』って。懐かしいなぁ。

     思い出を頼りに右へ左へ、ふらふらと歩いていくとジェットコースターはそこにあった。
     ただ動くことなく沈黙していた。
    「そうよね、もう何年経ったっていうのかしら。ふっ。」
     ふと見ると、懸命に動かそうと試みている若い子たちが目に入った。私はテック技術があるから、このぐらいは行けるだろうと手伝ってあげた。動力源を探るとあっさり成功。
     気が付くとジョニーがウキウキしながら先頭に乗っていた。私は思わず目が丸くなった。こんなに楽しそうな笑顔のジョニーは見たことがなかった。いつもふくれっ面か、眉間にしわを寄せて煙草を吸っていた。
     でも目の前のジョニーは子どものようにはしゃいで体を揺らして出発を待っていた。幼いころの私のように。
     ほかの人間にはジョニーは見えない。今はそれでもいい。二人でジェットコースターを楽しんだ。父の座っていた席にはジョニーが座っている。手をあげ大声をあげ、二人で笑った。涙が出るほど大騒ぎして、楽しんだ。ジョニーは本当にここにいないのだろうか。

    「何もかも忘れて、こういう日があってもいいかもしれないね」
     ジョニーに言葉が届いたかは分からないけれど、少し心が温かくなった気がした。

     少し気分が上向いたので、タケムラから届いているメッセージを確認した。
    「サンタ・アンナ通りね。建設現場か。ここからならそう遠くないかな。とばせば大丈夫でしょ。」
     添付画像は建設現場の屋上から撮ったらしく、肝心の待ち合わせ場所の建物が分からなかった。タケムラらしいなと思いながら、行けば分かるだろうと、一路アラサカ工業団地へと向かうのだった。



     その頃タケムラは、メッセージを見たらすぐにVが現地に到着してしまうのではないかと焦っていた。待たせるなど言語道断。そう自分に言い聞かせながら安全運転で急いで現場へ到着した。
     しかし、現場についてもタケムラの心とは裏腹にメッセージの返事はない。
    「メッセージを読まずに到着する可能性だってある。いや、必ず確認するはずだ。迷っているのか? そんなはずはないと思うのだが、あんなにわかりやすく書いたのだからな。」
     その場を離れることもできず、ただひたすらに待つしかなかった。
     そのうちに、まずい焼き鳥でも、残さず食べてくるべきだったと後悔した。腹が減ってきたのだ。
    「男タケムラ、我慢だ我慢。」

     何度もメッセージが届いていないか確認した。しかし、Vは既読スルーだった。
    「読んではいるのか? でも返事がないようだ。いつもであれば、一言二言、何かしらの返事をしてくれていたと思うのだが。Vの身に何かあったのか? 運転中にメッセージを見て事故…いやRelicの不調…くそ、こんなに心配になるなら、一緒に来るべきだったじゃないか! もう一度、メッセージを…いやそれじゃ本末転倒だろう!」
     落ち着けタケムラ! そう天の声が聞こえてきそうなほどだ。

    「あんまり多くのメッセージを送るのもいけないと、本にも書いてあったし…落ち着け俺、おとなしく待つんだ。」
     天の声が届いたようだ。
     タケムラは目を閉じ、心を落ち着け、車にもたれかかった。
    「深呼吸、深呼吸」


     タケムラはおのれの心の変化に気が付いていなかった。復讐の手段としての存在ではなく、心の支えと変化してることに。記憶を封じられていようと、ヴァレリーを欲している、そんな変化に。




    --------【08】パラ・ユニフス
     Vは日が落ちる頃よりはだいぶ早くに現場へ到着した。
    「はあ、かっ飛ばしてきたら、思いのほか早く着いた。よかった。」
     いそいそと建設現場へと入ると、タケムラはバンの横で目を閉じ、微動だにせず立っていた。
     Vの気配を感じたタケムラは目をカッと見開き、Vを見た。
    「(こわっ)」
     Vの姿を上から下まで眺め、無事を確認すると和らいだ表情をしたが、それを悟られまいと早足で建設現場の中へと誘導するのであった。フェンスに足をかけ、ややもたつきつつも反対側へ降りるタケムラがフェンスから離れるのを待ち、Vはひょいと飛び越える。
    「……すごいなお前。」
    「あー、ダブルジャンプね。結構加減間違って壁激突したり車に突撃しちゃって轢かれたりするけど、便利だよ。」
    「車?! 車ってお前、どこでジャンプしてるんだ?あんまり危ない真似は感心せんぞ。」
    「ダイジョブダイジョブ。あんまり使わないから、心配ないよ。」
    「お前の心配ないは心配だ。」
    「はいはい。」
    「これから先は気を引き締めていかねばならぬし、怪我でもされたら困る。…お、俺たちはついてるようだ、だれもいないようだ。」
     はいは一回! なんて言われるかと思ったが、そうではなく、だれもいないことに嬉しそうだった。
     エレベーターに乗り、屋上に上がると眺めがよかった。しかしタケムラは少し不満そう。
    「英語でいうところのホームシックかもしれん。」
     口ではそういうタケムラだったが、どこか、ホームシックとは違う寂しそうな空気が漂っていた。しかし、気を取り戻したのかいつもの顔に戻り倉庫が見える側へと移動した。山車のある倉庫は丸見えだった。上空は警戒していないのかな、そう思えるほどに。
    「俺はここから、お前は左から頼んだぞ。」
     そうだ、ここには別に夜景を見に来たわけではないのだ。偵察に来たのだ。
     だが、そんなタイミングでおなかが鳴った。そういえば、焼き鳥もろくに食べずにバイクでひた走り遊園地行っちゃったんだっけ。お腹も鳴るわよね。
    「ねー、ピザ買ってきてくれない?」
     冗談交じりに自然に言葉にしていた。今度こそ怒られるかと思ったがタケムラはごく当たり前のように
    「断る。俺はファストフードは食べない主義だ。」と返してきた。

     タケムラはVにピザをお願いされて考えていた。やはりVもお腹を空かせていたのだと。失敗したなと。かといって、ここまで上がってきて、偵察するぞと言ってしまった手前、引くに引けない自分もいた。仕方なく、おにぎりの話で場を濁そうと考えたが、これも失敗に終わった。おにぎりの話が気が付けばサブロウ様の話になり、ただ自分の腹が減っただけだった。
     しかし、彼女はそれを楽しそうに聞いていた。彼女?彼女とは誰だ、こいつはVだ。
    「サブロウがプロテインバー…。」
     Vのその声で我に返ったタケムラ。今自分は何を考えていたのか。目の前に広がる倉庫が本来の目的を思い出させてくれた。

     食べ物の話をやめ、偵察を開始する。
     二人とも気づいていないが、弱点をあげ陽動を考え、議論しているその顔はとてもこれから戦いに行くそれには見えず、デートプランを練るカップルのようだった。

     作戦は粗方出し終えたので、いよいよかと思ったが、タケムラの口からは待機という言葉が。もう少し監視を続けてから、問題なければ作戦開始だと。用心深いというかなんというか、そう思うVであった。
     しかし、タケムラの本心は違っていた。目の前に立つVは明らかに体調が悪い様子だった。人に弱みを見せたら負けという彼女のことだ、直接的な物言いでは納得せず、すぐに潜入すると言い出しかねないだろう。おそらく少々体調が悪かろうが任務を完遂するとは思う。しかし、タケムラはそうさせたくなかった。

     ひとまずタケムラが様子を見ているというのでVはありがたく座らせてもらうことにした。しかし、思ったよりもうまく座れずにいた。体が思うように動かない。何とか座ったがここにきてRelicの不調とか勘弁してもらいたい。これは本当にRelicだけの問題なのだろうか。
     薬は飲んでいないが、遊園地以降、ジョニーは姿を現していない。
     そして、いつの間にか不調のせいで寝ていたようだ。目を開けると木材の上に座るタケムラと目があった。心配そうにこちらを見ている。自分の上にはタケムラのコートがかけられていた。
    「あ、すまん。体調が悪そうだったから、俺のコートをかけておいた。いやだったら横に置いておいて構わない。」
    「ありがとう。少し楽になったよ」
    「そ、そうか。もし何も食べていないせいだとあれだと思い、食べ物を買ってきたんだが…食べられそうか? 無理なら飲み物だけでも少し…。」
     タケムラはそう言いながら、起き上がろうとする私の背中に手を添えて支えてくれた。
    「ありがとう。食べられそうだから。少しいただくね。」
    「ならよかった。少し冷めてしまったが大丈夫だと思う。俺も一緒に食べるとしよう。」
    「食べてなかったの?」
    「あー、いや。その。お前と一緒に食おうと思ってな。一人で食べるのもあれだと思って…。」
    「お腹空いてたんじゃないの? 焼き鳥だってほとんど食べていなかったし。その前はいつ食べたって言ってたっけ?」
    「大丈夫だ、このぐらい。護衛の時にもよくあった。それより一人で食べるよりは二人の方がうまいだろう?」
    「そうね、一人で食べるのは少し寂しいかな。」
    「うむ、では、いただきます。」
    「いただきます。」
     Vは両手を合わせお辞儀をしてからピザを手に取り食べ始めた。
    「Vはちゃんといただきますをするのだな。」
     タケムラは寿司を取りながら、Vの所作をじっと見ていた。
    「そうね、うちの祖父はそういうのうるさかったから。」

     食事を取りながら、他愛もない話をし、つかの間の休息を楽しむ二人。しかし、Vは変わらず不調である。どういうタイミングでそうなるのか、全く分からない。Vも半分あきらめモードだ。

     ぼうっと倉庫を眺め、時折通るアラサカの社用バンを数えたりしながら偵察を続けていると、タケムラから声をかけられた。
    「動くなじっとしてろ。猫だ!」
     タケムラがやや興奮気味にそう告げる。私は猫があまり得意ではない。見た目はかわいい。だけどあの盛りが来た時の赤ん坊のような鳴き声で、忍び足で近づいてくる姿…思い出しただけでも背筋がブルっとする。動きも予測ができない。幼いころ、猫の喧嘩を観察していたら、こちらに飛び掛かってきて縫う羽目になったこともある。とにかく猫は苦手なのだ。
     猫の動向をうかがいながら、タケムラと私は動物の話をする。ナイトシティにはもう猫しかいない。愛玩動物のロボットとして言えば、もちろん猫も犬いるし、クローンまで広げればもっといるだろう。しかし、自分たちで生き抜いて生存しているという意味では猫だけだった。
     タケムラは目の前の猫を化け猫かもという。私は化け猫より猫又がいいな、とは言わなかった。霊的存在の話になり、タケムラはRelicを引き合いに出してきた。ゴーストの存在。自分にしか見えない魂。今この時も、私の中にある存在。漠然とジョニーのことを考えていると、タケムラは祖母から聞いたという妖怪の話をしている。
     そういえば、うちの母親は幼いころ狐の嫁入りを見たとか、同じ場所をぐるぐる回っていたのは狸のせいだったとか言ってたな。そんなの冗談だろうと思ってたけど、お稲荷さんにお参りに行ったときに探してた石碑が全然見つからなくて、何度も行ったり来たりして探したけど見つからず、あきらめて帰ろうとしたら目の前にあったということがあって、お狐様は本当にいるんだなあと思ったっけな。
     そんな話を今みたいに妖怪の話をしてる時にしたら、それは化かされたんだよって…あれは誰と話しているときに言われたんだったかな。

     祖母に聞いたという話をするタケムラはどこか故郷のことを考えているのではと思い、私はタケムラに故郷が恋しいのかと尋ねた。
     タケムラはぽつりぽつりと自分の過去を語る。スラム出身でサブロウに拾われて今がある。それが彼のすべてであった。私はゴロウの過去を知り、既視感を感じた。前にも似たようなやり取りをした人がいると。でも、思い出せない。ここ数日思い出せないことが増えていると感じ始めている。日常に支障がない程度の違和感。ある過去を思い出そうとすると霧に包まれるようになる。Relicが不調で片付けられる問題なのか? それ以外に本当に私の体は正常なのか? 不安はなくならない。

     定まらない焦点でぼーっとする私を心配そうにうかがうゴロウが見える。
     私は幼いころの話を思い出し、それを口から紡ぎだした。
     ナイトシティで空を見上げ、星を探していた。私は両親を思い浮かべ、寂しかったあの日を思い出しながらそう語っていた。

     ゴロウはただ、そう語る私を興味深く見つめ、静かに耳を傾けていた。




    --------【09】暗黒πドゥアイ
     ゴロウの話は興味深かった。スラム出身ではあるが才があり、アカデミーを首席で卒業。サブロウ本人に見初められたなど、驚きの連続だった。
     しかし、もっと聞きたいという心とは裏腹に、ざわつく部分がある。気が付くと、私はゴロウと言葉で衝突していた。それも次から次へと彼を非難するような言動ばかり。こんなことを言いたいわけじゃないのに…。
     気が付けば猫のそばにジョニーがいた。ジョニー…。
     私がゴロウに発した言葉は、果たして自分の言葉だったのだろうか。そんなことを考えながら、険しい顔になり始め言葉強めに話すゴロウを見つめていた。そんな視線に気づいたかは分からないがゴロウは少し声をやわらげた。私も、落ち着いて慎重に言葉を紡いだ。

     私はゴロウと対立したいわけではない。
     これは紛れもない本心である、と強く念じながら。

     その心が通じたのか、そのあとはお互い歩み寄りが成功したかのように会話が終わった。実際のところ、タケムラ自身も少し強く言い過ぎたと反省し、彼女自身の本音が聞けた気がしてまんざらでもなかったようだ。Vはというと、気をしっかり持とうとすればするほど、体は不調を訴えてくるような気がしていた。早く、倉庫へ潜入し、ハッキングを終わらせ、そして家に帰って熱いシャワーを浴びたい。ただそれだけだった。


     明らかに体調が悪化している。
     そんな彼女に自分は何もしてやれないとタケムラはもやもやするのだった。せめて、しっかり偵察し、この後の潜入作戦を円滑に終わらせることを考えよう。ただひたすらに、愚直な男。
     日も落ち、雨も降り始めていた。彼女は相変わらず体調が回復しないようで、青白い顔をして横になっていた。しかし、これ以上、冷たい雨にさらすのも危険ではないかと思い始める。

    「そろそろ、行動をおこすか。」

     タケムラはそう言うと、彼女の様子をうかがった。
     ゴロウの声に反応するかのように、自らを奮い立たせ起き上がるV。

    「案外元気そうじゃないか。」
     タケムラはどこからどう見ても絶不調な彼女にそう声をかけた。たとえ目の前に立つ彼女が、今にも死にそうな声をしていても、今はそういうべき時ではないと分かっていた。本来の目的を忘れてはいけない。
     ただ、この作戦が一秒でも早く終わることを願いながらタケムラは持ち場についたのだった。


     とにかく静かに速やかに。早く帰ることそれのみ一点集中して行動した。潜入作戦はあっという間だった。タケムラも、彼女がまさかここまでやるとはと驚嘆したのだった。タケムラの目でも追うのがやっとの速さで、彼女は誰の目にも止まらず、一人も殺すことなく、ハナコ様の山車をハッキングしたのだった。

    「これはたまげた! アラサカ暗部顔負けの動きだ。できる傭兵だと言っていたがそれ以上だ!」

     ハッキングが終わったと連絡を受け、すぐさま陽動を開始したタケムラはそう漏らした。
     まもなく、陽動が成功し開いた屋根から彼女は脱出したのだった。

     作戦開始から離脱までの時間は、わずか2分である。実に見事な連携だった。



     工場を離脱した後、直ぐに身を潜めるようゴロウから連絡があった。
     あんな体調で神経を使う潜入作戦をしたのだから、当然なのだが、体調は絶不調。フィクサーからの依頼もする体力はなく数日は家でおとなしくしていた。ジョニーは相変わらず沈黙していた。何を考えているのだろう。
     家でごろごろするのも飽きてきたころ、遠出はする気力がないので、家のビル内をウロウロしようと外に出た。あんまり使わない通路に出ると、置手紙があった。試しに先日の潜入の際、地下通路で見つけたキャットフードを置いてみた。
     しばらくして、餌を置いたことを思い出し、様子を見に行くと猫が一匹。

    「触るなよ、猫なんか飼えねーだろ。お前家にほとんどいねえんだし。」
    「久しぶりに出てきたと思えば、猫の心配? ほんと、私の心配はしてくれないのね。」
    「俺が心配しねーでも、あのアラサカの犬が心配してくれるじゃねえか。」
    「心配? ゴロウが? それは単純に証人に死なれちゃ困るからでしょ?」
    「お前! まじで言ってんのかよ…。はあ、鈍いのか何なのか。」
    「大きな声出したら逃げちゃうでしょ、ジョニー。」
    「こいつに俺の声なんざ、聞こえてねーよ。飼うんだったらさっさと部屋に連れてけよ。まったく。」

     猫は家につかない。そんな話を聞いたことがある。死ぬ間際は、家を離れ猫の里に帰るのだ。私は死んだらどこに行くのだろう。そんなことを考えながら猫を抱き上げ部屋に戻る。

     ジョニーは意外にも猫が好きだった。最初は扱いが分からないからと嫌な顔をしていたが、私が世話をしているのを観察しているのか、慣れてきたようでよく猫と遊びながら微笑んでいる。
    「そうしていると、いい男なのにね。」
    「なんだよ、今更俺に惚れても遅いぞ。」
    「誰が惚れるか、自惚れんな。バカジョニ。」
    「Vたんはアラサカの犬から連絡がなくてご機嫌斜めのようですよー。バスちゃん。」
    「バスちゃんって何よ?」
    「バステトのバスちゃん」
    「はあ、なんかよく分かんないけど、名前を付けるほど愛着がわいたってことは分かった。」
     私の言葉なんか届いていないかのように、バスちゃんと遊ぶジョニー。


    「最初の頃のあんたが、今のあんたを見たらなんていうのかしらね…。」
    「また子猫ちゃんをひっかけたかっていうかもな(笑)」
    「うまいこと言ったと思ってんの?」
    「やっといつもの調子が出てきたんじゃねえの? そろそろ外の空気吸いに行こうぜ。俺も飽きてきた。」
    「はいはい。どこに行こうかなー。」
    「どこでもいいんじゃね、お前はいつも何かに巻き込まれんだから。」
    「人をフラグ作成機みたいないい方しないでくれる? まったく…。」

     かくして二人はバイクにまたがり都会の喧騒にまぎれるのだった。
     ゴロウからのメッセージにも気づかずに。




    --------【10】アンチモネシア
     ジョニーとタンデム?と言っていいか分からないけど、バイクで走り、ノースオークの鳳凰の像のところに来ていた。フラミンゴと鳳凰の取り合わせが変だなーと思いながらラウンドアバウトの真ん中にいた。
     ここから見る夜景が好きだ。
     ゴロウとの共闘は私の作り出した幻だったんじゃないかと、この夜景を見ていると思えてくる。潜入作戦の時はどこか夢の中にいるような感覚だった。自分ではない何かが体を動かしているようなそんな感覚。ジョニーとはまた違ってた。
     ふいにメッセージ受信件数が1件あるのに気が付いた。『この前の話について』という件名で届いたそれは化け猫の話とあの日見た猫の画像だった。

    「ゴロウ、いつこの画像撮ったんだろう…『ありがとう』…返信っと。」
    ゴロウからの返信は直ぐに来た。
    『ありがとう…
     ^・_・^ 』
    「やだあ、ゴロウが顔文字! しかもこれ猫かしら? かわいい…こんなメッセージも書けるのね、ゴロウ(笑) ゴロウ、もしかして暇なのかしら…。会って話すぐらい、いいわよね? 次は大事な作戦なんだし。」
     しかし、Vの心とは裏腹にゴロウは盛大に勘違いし、別の方向へ話は展開してしまうのだった。



     見事な潜入作戦だった。
    「俺は別に必要なかったようだ。しかし、本当に見事だったな…。無駄なく風のようで美しく繊細。あいつを見ているようだった。」
     次の作戦に向けて入念な準備を進める傍らで、何度思い返してみても完ぺきだったんじゃないかという連係プレーに、自然に笑みがこぼれるタケムラ。あの日の彼女の姿を思い出していた。その一方で、記憶を封じられ、思い出せるはずのない、大切な存在が顔を見せ始めていた。思い出せていなかったことは本人も気づかずに。

     なんとなく、次の作戦まで何もやり取りがないのもあれだなと思い、先日撮影した猫の画像を送ることにした。
    「ふむ。画像を送るだけでは味気ないな…。化け猫の話でも書いておくか。」
     少しでもメッセージのやり取りができるかと思っていたタケムラだったが、彼女からの返事は予想と反してあっさりしたものだった。
    「ありがとう…。それだけか? 他には…他にはないのか?」
     しばらく画面を見つめ固まっているタケムラ。待てど暮らせどノーリアクション。仕方なく、どうにかひねり出したのは猫?の顔文字だった。
    「これでどうだ!」
     しかし、次に来たメッセージは自分が予想したものではなかった。

    「会わない? だと…。いや、これはどういう意味だ? 場が和んだところで…。」

     Vにとっては何でもない、ただ会って食事でもぐらいのメッセージ。しかし、タケムラはほとんど女っ気のない人生を送ってきている。しかも、ここ最近は本人の自覚なきままに記憶領域の誤作動のようなことが度々おこっている。その結果、ストレートに解釈できずに思ったままをメッセージに込めて送信してしまったのだった。いらない一文を添えて。



    「あ、ゴロウから返信が……ん?」
    『それは俺が思っている通りの意味で言ってるのか?』
    「はあ?」
    『V…光栄だが俺は日本に…許嫁がいてな。もしそうでなければ…分かってくれ。だが、気持ちはうれしく受け取っておこう。』
    「えぇ! ちょっとゴロウ…誤解…でもないけど、そう受け取っちゃったの? それよりも、許嫁って、気になるんだけど…あの年で結婚してる感じしないし、そもそもサブロウの護衛って恋人とかいなそうだなとは思ってたけど…いいなずけぇ~?」

     Vは慌てていた。勘違いされたことに対して、どう切り返すべきか。許嫁に反応したほうがいいのか。それよりも、許嫁について詳しく聞き出したい自分がいた。
    「いや、もうこれこのまま引きずって、次のパレード作戦とか無理でしょ。失敗が目に見えるっていうか。かといって、どう切り返せばいいの、これ!」
     Vはどう転んでもぎくしゃくしか見えてこない未来に苦悩し、結局、既読スルーを決め込むことにした。



     一方、送った張本人のタケムラはというと…。
    「ああ、俺はなんというメッセージを送ってしまったんだぁ!! 案の定、返信が来ない…削除したところで送ってしまったものは取り返しがつかん! オダ、オダはおらぬか! オダはいないのかぁ…助けてくれ、オダ…。今だ今すぐだ…ううう。」
     ご乱心だった。

     オダはくしゃみをしていた。
    「んータケムラサンかなぁ。あー今ここにタケムラサンほしーわー。めんどくさいわ、ヨリノブ様の周りのやつら。全部あの人に押し付けたい…。」



     次の日、タケムラは何事もなかったかのように彼女にメッセージを送ることにした。
    「飲食店のサーチを失敗した風を装ってだな…そこから、自然な流れで食事に誘って、会って話せば、次の作戦でぎくしゃくは免れるであろう…よし、これだ!」

     Vのもとへ再びゴロウからメッセージが届く。
    「日本食の検索ワード…どうした、ゴロウ…ハラヘリか! それとも、私に探せということか…考えてもわからないときは普通に返そう。また誤解を生んでは今度こそ作戦が…。私の命も危うい。」

    『ちょっとゴロウ、検索ワードをあたし宛にメッセージとして送ってない?』
    「つれたーーーー! よしよしよーし。まず謝って、と。」
    『お腹が空いているならお店を教えてあげようか』
    「うぅ、そうじゃない。パンケーキとかどうでもいい。俺は日本食のサーチを送っているのだぞ、なぜパンケーキなのだ。確かにパンケーキはうまいけども。」

    『あの店のパンケーキは試したことがないが…もう俺は歓迎されないだろう。』
    「あちゃ、なんか失敗したかな? せっかくご飯食べながら、気になる許嫁の話とか聞き出そうと思ったんだけど。もうなんかメッセージだと埒開かない気がしてきた…ホロコールしよ。」
     今ならすぐにゴロウは出るだろうと思いながらホロコールする。どうせ今日も大してやることもないし。体調が日に日に悪くなるため、ジョニーにはなるべくお休みをしてもらっている。ジョニーも最近は体を心配してか、前ほど頻繁には顔を出したりしなくなった。それはそれでなんだか寂しく感じる自分もいる。
     ゴロウはワンコールで出た。
    「どうした、V。」
    「どうしたもこうしたもないわよ。ゴロウが日本食のサーチなんてもんを送ってくるから、ラーメン食べたくなっちゃったじゃないの。一人で行くのもなんだから、一緒にと思ったんだけど。忙しいなら一人で行くから、別にいいけど…。」
    「おお! お、俺もちょうど飯に行こうかと考えていたところだ。さっきはすまんウイルスか、なんかその…あれでな送ってしまったんだ。」
    「あはは、いいよいいよ。済んだことだし。それよりお店だけど、桜花マーケットにある24時間のラーメン屋さんなんだけど。ジグジグストリートの横っていえばわかるかな?」
    「ふむ、あそこだな。承知した。ではあとで!」
    「あ、ちょ…時間は…笑顔で切られたわ…。まあいいか、これでとりあえずは会って話せるし。」
     マイペースなゴロウに苦笑しつつも安堵するV。久しぶりに会う、しかも仕事抜きは初となる食事に少し胸を躍らせているVであった。



    「こんなこともあろうかと同じシャツとズボンを数着しておいたのだ!」
     早速入念にシャワーを浴び、身だしなみを整えるために鏡を見る。
    「む、だいぶ白髪が増えたな。サイバーウエア周りは人工毛髪だから変わりないが、サイドは…いかんともしがたいな。あいつが見たらなんというか。いや、あいつなら『あら、シブさが増したんじゃないの?』なんて言うかもな。髪は…うむ、これでよしと。一人でもきっちりできるようになってしまったが、やっぱりあいつに整えてもらったほうが美しい気がするな。はあ、ないものねだりはいい加減よさねばな。」

     タケムラは身だしなみを再度確認すると、隠れ家を後にするのだった。




    --------【11】Switched-On Lotus
     ジャパンタウン、桜花マーケットの一角にある24時間営業のラーメンショップ。その最奧にVとタケムラの姿はあった。
    「このようなところに、こんな広いラーメン屋があったのだな。目の前の屋台にばかりに目がいって、気がついてなかった。」
    「ここは昔はライブハウスだったそうよ。それが今では飲食店。」
    「ここにはよく来るのか?」
    「んー、あんまりかな。仕事の依頼できたのがきっかけで、依頼主に『ここは目立たなくていい』って言われて。確かにそうだなぁと思って、たまに来るぐらい。」
    「なるほど。隠れ家的な店ってわけか。」
    「そういうこと。」


     注文を済ませ、水を飲み、なんとなく切り出せずにしばらく沈黙が続いた。
     沈黙を破ったのはVだった。
    「そういえば、気になったことがあるんだけど。」
    「ん、なんだ、俺が答えられることであれば言ってみろ。」
    「この間の潜入のとき、山車で見たんだけどさ…。」
     そういうと、Vはゴロウへ画像を送信する。
    「ああ、家紋か。」
    「カモン?」
    「家のマーク。まあ、企業ロゴみたいなもんだが、古くから代々受け継がれてきているものだな。そのマークを見ればどこの家の系譜か大体分かる。」
    「ふーん。」
    「真ん中にあるのはわかるよな、アラサカ家だ。その横、ごちゃっとしたほうがオダの家。もう一方の魂が三つあるみたいなのが…あー…俺の許嫁の家だ。」
    「いいな…ず…け。ゴロウ、そのことなんだけど、聞いていい?」
    「な、なんだ。俺に許嫁がいてはおかしいか?」
    「いや、そうじゃなくて、今のでさらに興味が…じゃなくて、そもそもサブロウの護衛やってて女性と知り合う機会ってあるの?とか。アラサカ家を支える家柄って相当なんじゃないのとか…。」
    「まあ、そうだな。この際だから話すが…元はと言えば俺が余計なメッセージを送ったのが原因だしな。」
     そう言うと、ゴロウはラーメンをすすりつつ、過去を思い出すようにポツリポツリと話し始めた。

    「許嫁、名はヨウコと言うが、ヨウコの家とアラサカ家の縁は祖父の代からだと言っていた。サブロウ様とヨウコの祖父が戦友だったそうだ。」
    「サブロウの戦友、すごそうね。」
    「すごそう、ではなく実際にすごいお人だったそうだ。残念ながら詳しくは知らないが、とにかくサブロウ様がベタ褒めする御仁でな。その息子夫婦、ヨウコの両親だな。お二人はアラサカ家で働いていた。」
    「じゃあもしかしたら、私もどこかで会っていたかもしれない?」
    「それはどうだろうな。ケイ様…サブロウ様のご長男だが、ケイ様がサブロウ様の代わりにナイトシティで手腕をふるっていた頃、側近としてご活躍されていたそうだ。」
    「ケイ様って…。」
    「あぁ、アラサカ・タワーで戦死なさっている。」
    「戦死。アラサカ・タワー…。」

     脳裏に一瞬、何かがかすめたような気がしたがそれはすぐ消え、ジョニーの顔が浮かんだ。ゴロウの許嫁の両親は、ジョニーたちに殺されたってことね。ジョニーの記憶では分からないけど、あの記憶の外ではいろんな人が巻き込まれて死んでいてもおかしくはない。アラサカ支社の周りをはじめ、様々な場所に慰霊碑や鎮魂の像があるもの。

    「話を続けるか? 顔がやや青い気がするが…。」
    「あ、ああ、ごめん。お願い。」
    「うむ。ヨウコはアラサカ・アカデミーの家臣部門、一般職の人間は知らないアカデミーの裏部門でアラサカ家の全てを学んだ。そして、オダと共に主席卒業だった。」
    「オダもすごいのねえ。」
    「俺も主席だがな、あいつらは文字通りエリート中のエリートだ。オダは護衛忍だがヨウコは暗部忍専攻だった。防諜部とは違うぞ、アラサカ社ではなくサブロウ様直属の部隊と思ってもらっていい。」
    「わぉ。」
    「卒業後は…というよりヨウコはサブロウ様のお屋敷で育ったようなものでな、ケイ様とご両親がナイトシティにお移りになられるタイミングで、アラサカ社勤務から転属の形でサブロウ様のお世話係に落ち着いた。」
    「そんなすんなり決まるもんなの?」
    「まあ、暗部が社内にいるのは不穏分子の監視が主だからな。絶対的な忠誠心を持った暗部の人間。そしてなにより、ケイ様やハナコ様を兄姉と慕っていて、お二人も妹のように大切にされていたため、推薦されたと聞いている。」
    「な、なるほど。じゃあ、ゴロウはそこで出会ったのね! そ、し、て…なかなか、やるわね!」
    「何を想像してるかわからぬが、違う! 俺とヨウコはそれ以前にすでに出会っていてだな…。ごほごほ。」
    「…一旦、食べちゃいましょうか。のびのびになっちゃうし。」
    「うむ、そうだな。」

     ラーメンを食べながら、ここまでの話を一緒に飲み込む。何かが浮かび形になる前に消えていく、そんな感覚があった。ゴロウは今、どんな気持ちでこの話をしているのだろうか。
     横では一心不乱にラーメンをすするゴロウの姿があった。

    「まだ聞きたいか?」
    「どうせなら、馴れ初めは聞いとこうかな。」
    「聞いとこうかな、だと…まあいい。俺はオダの師匠だといういうことは話したか? あぁ、その前に。オダとヨウコはアカデミーでいつも一緒にだったんだ。まあ、あいつらに友人と呼べる人間はいなかったからな。だからなのか、お互い気を許す相手ということもあり、とても仲良くてな、俺が意識しだした頃は正直、オダには何処か遠くに転勤して欲しい気持ちでいっぱいだった。」
    「割とヤキモチ焼きなのね、ゴロウ。」
    「今となっては俺もそう思うよ。話は戻るが、俺が師となり稽古を何回かつけたある日、オダが稽古に一人連れてきていいかと尋ねてきたんだ。俺は構わぬというと、ヨウコだった。俺はピンと来たね、オダも男なんだなと。それから稽古の時は必ずヨウコもついてきた。俺はオダの心を汲んで、なるべく師として接していたよ。まあ、実際は女性とどう接していいかわからなかったというのもあるんだが。」
    「ねえ、ゴロウ。もしかしてこの話結構長い?」
    「あ、ああ、すまん。」
    「つまり、オダが彼女を連れてきたら、彼女はオダじゃなくてゴロウの事が気になってて、ゴロウもいつの間にか気になり始めて、オダが玉砕って話?」
    「う…ストレートな。もうちょっとこう言い方があるだろうが…。」
    「ゴロウの話、回りくどいんだもの。」
    「それは…よく言われる…。」

     寡黙な男かと思ったら、コロコロと表情を変えてよく喋る男だ。Vはそう思いながら、ふと疑問に思ったことをぶつけてみた。
    「アラサカの家臣って恋愛ありなの?」
    「まあ、結婚したらどちらの家を継ぐかで恐らくは揉めるだろうが、どの家もサブロウ様をお守りするという忠義があるからな。推奨はされないが禁止ということもないと聞いている。」
    「ふーん。」
    「あ、だが。俺は前にも言ったがスラム出身ゆえ、仮に結婚したとしたら婿養子だ。」
    「婿養子…へえ。」

     ゴロウは、自分の口から結婚という言葉を出したせいか、赤面して俯いてしまった。
     オダが名家とかゴロウが婿養子とか驚くこともあったけど、それ以上に昨日まではゴロウに会えることでワクワクしていた自分が、許嫁や結婚の話を聞いて悲しくなるどころか、心がどこか暖かくホッとしていることに気がついた。
     しかし、オダ、不憫なやつ。おそらく次のパレードでは最悪な場合はオダと戦闘になるだろう。その時はちゃんと戦うことができるだろうか少々不安なVであった。

     一方、タケムラは憂がなくなったのか、ヨウコの事を思い出しているのか満足げななんとも言えない表情で食後のデザート、みたらし団子を頬張るのであった。




    --------【12】遮眼大師
     二人とも憂いなく作戦決行の日となった。
     しかし、一方でサンダユウはとても不機嫌だった。
     すべての元凶はヨリノブ。サンダユウの不機嫌の元凶もまたヨリノブだった。
    「護衛、護衛が足りない! どいつもこいつも使えないやつばかり。街のチンピラ集めて護衛が務まったらナイトシティの治安は世界一だっつうの。品もなければ技量もない。なんでこんな奴らと仕事しなきゃならないんだ!」
     本来であれば、物言わずただハナコ様の傍に立ち付き従っていればいいサンダユウであるが、ヨリノブがトップに立ったことで、鷹派はやりたい放題。内部の統率は取れていない。加えて暗部は沈黙している。結果的に、サンダユウに重くのしかかっていたのだ。それもこれも完璧主義者ゆえに。
    「二人の動向も気になるが、これでは動けぬ。腹が立つから無線オープンにしとこう。これで、俺たちの動きは二人に筒抜けのはずだ。さらに愚痴も聞かせてやろう。そのぐらいは許してもらえるだろう…。」

     サンダユウが警備に吠えている頃、二人はこれからお祭りデートか? とでもいうような雰囲気で合流したのだった。
    「お待たせ、ゴロウ。」
    「よく来てくれた、V。」
    「そういえば、お祭りでアラサカ製品見本市やるらしいわよ。大福や団子も食べられるって!」
    「V…気持ちはわかるが、ハナコ様のところまでたどり着き、話をするという今日は大事な日なのだぞ。忘れてはいないよな?」
    「も、もちろんよ。緊張をほぐすための話題よ、話題! 私は別に…。」
    「ああ、すまん。怒っているわけじゃないんだ。余裕がなくてすま。せっかくの祭りを見てまわりたい気持ちもないとは言えないが、やはりそういう気持ちにはなれなくてな。」
    「わかってる、大事な局面だもの。軽率だったわ。」
    「(また、何かあれば…。いやよそう、今は集中せねば。)」

     祭りが始まり、人があふれ始める。タケムラは持ち場につき、無線を確認する。
     Vもまた、手はず通りに人の少ない場所へと移動を開始する。

    「それにしても、無線から聞こえるオダの声。相当、荒れているな。そんなに警備がひどいのか?」
    「私が移動しながら見てる限りだと、この人の多さに対して明らかに警備の人数は足りていないわね。どうぞ、ハナコを狙ってくださいって言ってるようなものよね。」
    「ヨリノブ…。やはりあ奴をトップにおいてはおけぬ。ハナコ様も心配ではあるが、まずはおのれの心配だな。警備が薄いとは言っても全くいないわけではないしな。そちらの状況はどうなっている。」
    「こっちは順調にスナイパーを倒しているわよ。警備ロボがたまに来るけどそれもハッキングで撃ち落としてるし。」
    「ならばよし。3人目を仕留めたら、ネットランナーのところへ向かえ。そいつをとめなければ俺がたとえ山車に忍び込めても失敗に終わりそうだ。」
    「了解。」

     Vがエレベーターを使いネットランナーのいる階へと向かう頃、サンダユウもまた、その場へ向かっていたのだった。死を覚悟しながら。
     祭りの前日、マンティスブレードの手入れをしているサンダユウの元へ、それまで沈黙を決め込んでいた暗部からの伝令が現れた。

    『荒城ノ月 傀儡ト傀儡 交差スル時 鬼現ル』

    「よりにもよって、このタイミングかよ。はあ、最悪だ。」
    死して屍、拾うものなし。



     エレベーターを降りると山車が見えた。遮るものがなく、ハナコが立つ姿が見える。
     耳をすませば、歌が聞こえる。

    『荒城の月』

     歌声が耳に届くと同時に、Relicが不調を訴える。
    「くそ、こんなところで…。」
     あと少し、あと少しでゴロウをハナコのところへ行かせてあげられるのに。今までにないぐらい意識がもうろうとする、何とか踏ん張りながら部屋を一歩、また一歩と進む。視界にネットランナーをとらえた時にはほぼブラックアウト寸前だった。
    「まだよ、まだ倒れられない…。」
     意識を手放す前にネットランナーのコードを引き抜くことに成功した。ゴロウが何かを言っている。自分もそれに答えている。しかし何を言っているかは分からなくなっていた。
     視界の端に黒装束の鬼をとらえた時には完全に意識が飛んでいた。



    「Vに言葉が届かない。なぜだ、ネットランナーは切り離したはずだ。」
     タケムラの場所からは時折見える火花以外分からなかった。
     オダが部屋に飛び込んだ時から、ホロコールはうまくつながらなくなっている。オダは? 彼女は? いったいどうなっているんだ! 焦りが増す。彼女は無事なのか、あの火花は戦っているということか、と。

     ひときわ大きな火花が散った時、タケムラは思わず叫んだ。
    「ヨウコ!!!」 …俺は今なぜ彼女の名を呼んだのだ? あそこにいるのはVのはずなのに。



    「ヨウコ!!!」 不意にそう呼ばれたような気がした。
     ゴロウの叫び声で再び意識を取り戻した時、目の前にはサンダユウが瀕死で転がっていた。私はそんなサンダユウをモノワイヤーで息の根をとめにかかっていた。
    「オダを殺さないでくれ!」
     ゴロウの悲痛な叫びが私の耳に届き、はっきりと私の意識は覚醒した。モノワイヤーをしまい、サンダユウを抱きかかえる。
    「ああぁぁぁぁぁぁあぁああ!」
     あぁ、私はまた無意識の中で戦ってしまったんだ。目の前の光景に涙が止まらない。大切な友を傷つけてしまった。
     しばし放心状態でオダを抱きかかえるVの元へ窓からもう一人、光学迷彩で隠れてはいるものの、Vにはそれと分かる、黒装束の忍びが飛び込んできた。

    「サイゾウ…。」
    『オダは連れて行くぞ。お嬢。そんな顔をするな、心配ない。(それから、お嬢にはもう少し人形でいてもらわねばならぬ、許せ。)』
     Vの首筋に細いキリのような物を当てるサイゾウ。その瞬間、Vは再びブラックアウトした。時間にして1秒も満たない。

     再び意識を取り戻したVはゴロウの声で我に返り作戦を続行したのだった。倒したはずのオダがいない。逃げたのか? まあいい、ゴロウの指示通り事を運んだら脱出しなければならない。
    「ゴロウ、今よ!」
     ハナコの前にゴロウが現れる。ゴロウは懸命に話すもハナコは取り乱していた。仕方なく麻酔銃で撃つ。Vにその場から離脱するよう命令し、映像が切られた。
    「無事でいてね、ゴロウ…。」



    「いやあ、危なかった、危なかった。まじ死ぬとこだった。ありがとうございます、サイゾウさん」
    「なんの、仕事じゃて。しかし、さすがは暗部の最高傑作! そして、イサロクサンの孫じゃ。だてに暗部の宝とは呼ばれておらんな。能力が一時的にでも戻れば、こうなることは容易に想像できた。しかし、身体能力だけ引き出すつもりが記憶まで戻るとは思わんかった。リパーの処置が悪かったわけではないから、おぬしがトリガーになったということだな、のう、オダよ。」
    「じゃあ、俺も少しは期待していいんですかね。」
    「うぬぼれるでないわ。しかし、作戦とはいえ、タケムラの記憶を段階的に戻すのはしんどいの。オダにも負担をかけてすまない。」
    「いえ…。それよりも、ジョニー・シルヴァーハンドはアラサカの機密を覗き見てしまいましたかね?」
    「どうじゃろうなあ。それはないことを祈りたいのぉ。」
    「…はあ。しかし、今回ばかりはいろいろ疲れた。もういやだ、俺日本に帰りたい…。」
    「まだじゃよ、これからが本番。総仕上げ。戦じゃ戦。まあその前におぬしは傷を治さねばな。そしてしっかり励めよ。」
    「はい、精進します…。」

     黒い影が二つ。
     その場を去るのを見たものは誰もいなかった。




    --------【13】脳動説
     パレード会場を離脱すると、ゴロウからホロコールが届いた。良かった、彼は無事だった。
    「V、無事か?」
    「今のところはね。」
     ゴロウの声は心底安堵しているように聞こえた。自分もまた、ゴロウの無事を確認できたことで胸をなでおろすのだった。しかしまだ、アラサカの手の中だ。
    「追手がいつ来るか分からない、とにかく落ち合おう。ヴァイン通りにある廃墟になったマンションへ来てくれ。303号室だ、4回ノックしろ。急げ。」
     そう言うとゴロウはホロを切った。
     Vはひた走った。ゴロウが心配だ。追手が自分を追跡している気配はないが、油断はできない。こういう時は乗り物には乗らない。ただ己の足で進むのみ。
    「セーフハウスの部屋は303。ドアのノックは4回。」
     ゴロウからの指示を反芻する。間違えるわけにはいかない。

     Vの足であればなんてことはない距離であるが、とても遠く感じる。やっとのことでセーフハウスに着くと、4回ノックした。中で気配を確認しているゴロウがいるのが分かる。ドアが素早く開き、抱き寄せられる。
    「V、よかった。逃げ切れたようでほんとに良かった。ケガはないか?」
    「私は大丈夫よ。ゴロウの方は大丈夫? ハナコは?」
    「俺も見ての通りだ。問題ない。ハナコ様は…お茶をおすすめしたんだが、丁重に断られた。」
    「お茶なんて…。ゴロウは賞金首なのよ、まだ。その賞金首にハナコは拉致られたのよ。状況を考えてみなさいよ。」
    「まあ、確かにそうだな。とにかく、ハナコ様と話をしてくれないか?ヨリノブが何をしたか、はっきりと事実だけでいい。状況が状況なだけに、耳を貸してくださるといいのだが。」
     ゴロウについていくと、そこには、ハナコの姿があった。ハナコ、ハナコ? 記憶の片隅にお手玉を投げる女性の顔が浮かぶ、だれだろう? Relicの不調でよく分からない。ジョニーはいつの間にか遠いソファーでこちらをうかがっていた。ジョニー、見守っていてくれるのかしら。

    「ハナコ様、彼女が例の人物です。どうか話を聞いてあげてください。」
     ゴロウにハナコの前の椅子に座るよう促され椅子に座り、そしてハナコをまっすぐに見た。
     ハナコはゆっくりと顔をあげ、そして私の顔を見るなり、目を丸くした。
    「あなた。あなたが、その、V…なの?」
    「私の顔に何かついてる? Vよ。」
    「いえ、少し知り合いに似ていたものだから。そう、タケムラ、彼女が…。」
    「はい、Vです。V…話を、頼む。」
     ゴロウに促され、ヨリノブの父殺しの現場について語った。ハナコは耳を傾け、私の話を聞いてくれた。しかし、すぐには理解してくれなかった。だが、全く信じていないというわけでもない、彼女の雰囲気から、そんな感じもした。ヨリノブの蛮行からRelicについて話をシフトしてもいいかもしれない。より突っ込んだ話をすれば、信じてもらえるかも。
    「私の中には破損して不完全なRelicがある。人格コンストラクトとの融合。それがどこまで進んでいるのかは分からない。これまで幾度となく彼は私の前に現れたわ。彼と話し合って、今までは薬を飲んで抑えてはいたけど、今はまた彼が出てきて…。残念ながら、刻一刻と死へ向かっている。」
     そう切り出すと、ハナコは悲しそうな顔をして、私の顔を見つめた。
    「そう、なのね…。Relic。」
    「ただRelicを挿しているだけならこんなことにはならなかった。Relic不調のタイミングで頭に弾丸を受けてしまったのよ。それが運悪く、Relicを破損させ脳と融合するように修復をしてしまった。そこがすべての始まり。ヨリノブさえ、サブロウに手をかけなければ、今頃…。」
     ハナコは私とゴロウを交互に見ながら、どう言葉を紡げばいいか、思案しているようだった。
     ゴロウを見ると感情があふれ出したかのように、ハナコに向かいこう言った。
    「ハナコ様、Vは兄君の罪を白日の下にされけ出す生き証人です。どうか、お力をお貸しください。」


     まさか目の前に、ヴァレリーが現れるなんて。そうハナコは思った。
     タケムラがヨリノブお兄さまによって追放され、内部分裂が激化し、私はその処理に追われていたため、お父様の側近、しかも最重要人物のヴァレリーがこんなことになっているなんて知りもしなかった。ヴァレリーがRelicに侵されていることは考えに及ばないにせよ、タケムラと共闘し、お兄さまに罪を償わせようと動いているということになぜ考えが及ばなかったのだろう。
     結局は私も、お兄さまと一緒なのかもしれない。お父様の重要な事柄について、何も知らされていない。
     しかし、なぜタケムラとヴァレリーは他人のような感じなのかしら。オダは何も言っていなかった…。

     必死の形相で訴えるタケムラとどこか今にも消えてなくなりそうな顔色の悪さで座るヴァレリーを思案顔で眺めるのだった。


     Vは外の気配を察した。ゴロウもまた、廊下の物音を察知する。
    「すまない、様子を見てきてくれないか?」
     ゴロウは自分が行きたいけれど、この場を離れるわけにはいかないと言いたげだった。
     私はうなずくと慎重にドアへと歩を進めた。
    「早すぎる…。」
     アラサカの追手だった。ヨリノブは私とゴロウ、そしてハナコも葬り去る気なのだろうか。
     外からはガドリングのうなる音が鳴り響き、一瞬で部屋は粉じんまみれになる。突入した兵士が降伏するように手を振るが、その瞬間、武器を構える暇もなく、私の立つ場所の床が抜けた。


     気が付けば、階下に落とされていた。
     落下の衝撃でなのかは分からないが、私はすべてを思い出していた。
    「ハナコ姉さま…。無事でいてね、ゴロウ…。ゴロウを助けなくちゃ!」
     目の前には心配そうに手を差し出すジョニーがいる。ジョニーはもうすべてが分かっているようだった。記憶を分けたとしても、ジョニーは私という人間を知り、そして断片ながらも情報を得て、何かを悟ったのである。
    「上に戻るのか?」
    「もちろんよ、今助けないでいつ助けるの? 私は何度でも死んでやるわよ。」
    「俺は死なれちゃ困るんだがな。ふっ。愛だな、愛。」
     お互い強がりでもあった。ジョニーがはっきりとわかる。それはつまり自分が消えるかジョニーが消えるか博打のような瞬間が迫っているということだ。

     アラサカ暗部の身体能力にかなう兵士がこの場所にいるだろうか。
     否、それは一方的な蹂躙劇であった。瞬く間に敵をせん滅し、ゴロウのもとにたどり着く。
    「なぜ逃げなかった!」
    「貴方を置いて逃げたら、私は一生後悔する! ゴロウ、私はいつだってあなたの傍にいるわ。」
    「ヨウ、コなのか?」
    「生き延びましょう! 私が先行するわ。」

     目に入る敵をすべて一掃し、マンションの出口へと急ぐ。
     もともと廃墟だ、どこがどう崩れてもおかしくはない。
     やっとのことで外に出られたが安堵とRelicの不調が重なる。
     アラサカ兵はまだいるがしかし、自分の体は思うように動いてくれない。
    「クソ、体に力が入らない…。」
    「ヨウコ、まずい。お前を一人にしたくはない…。」
    「先に行って、大丈夫。私はこれでもしぶといのよ。」
    「しかし! もう離れないと決めたばかりなのに…。」
    「また、すぐ会えるわよ。大丈夫。もう忘れたりしないから!」

     ゴロウは自分ではどうすることもできず、私を一度抱きしめ、そして唇をかみしめて、その場を去った。
    「絶対、絶対、またすぐに会うぞ。絶対だ! お前をもう一度抱くまで、俺はあきらめない!」


     やっと二人の記憶が戻ったというのに、運命というのは時に残酷である。




    --------【14】記憶から来た男
     目が覚めると、カビと埃と鉄のにおいが混ざり合う、モーテルの一室にいた。かろうじてベッドと呼べるものから身をおこし、目の前で心配そうにするジョニーを見つめる。

    「ここは…。」
     ゴロウとマンションを出て、そして私は気を失ったはず。
     あの後、私はどうやってここまで来たのだろう。

    「オマエが嫌がるかもなんて考えている場合じゃなかったんでな、悪いとは思いつつ、一時的に体を借りて、ここまで逃げてきた。」
    「そう…ありがとう。」
    「へっ。礼なんぞ言われると鳥肌が立つぜ。しっかし、こんな場末のモーテルなんぞいったい誰が泊まるんだか。ナイトシティは目の前だっていうのによ。負け犬用かね。」
    「うちらみたいな、訳あり用でしょ。」
    「ふん。」

     ジョニーは一瞬視線をさまよわせたかと思うと、思い出したかのようにタバコを吸いだし、ふうっと吐き出しながら、
    「オマエ、あいつの女だったんだな。」
    「やっぱり、記憶見えちゃったんだ…。」
    「まあ、でも、あいつとの記憶だけが俺の部屋に投影されてたって感じだな。それ以外の記憶もあるみてーだが、それはどす黒い霧にしか見えねえ。なんか禍々しくて近づいちゃいけねえような…。」
    「あはははは。禍々しいかぁ、そうかぁ。」
    「まあ、記憶操作して、Relic挿したのは正解だったんじゃねえの? もし最初からオマエがアラサカ野郎の女で、詳しい素性とか俺が知ったとしたら……俺は銃口をこめかみにあてて引き金を引いていたか、隙を見て体を乗っ取り、アラサカで盛大に花火を打ち上げてただろうよ。」
    「でも、知ってもそうしなかったんだ?」
    「ああ、一緒の時間が長かったせいか、オマエの意志が強いからなのかは分からねえが。俺はオマエに生きて欲しいって思うようになってたからな。」
    「それはまたずいぶんと変化したものね!」
    「まあな。それはそれとして…あんな、むっつりスケベ野郎のどこがいいんだかって話だがな。セーフハウスにもエロ本落ちてたし。俺にはまだあのオダっていう野郎の方がマシじゃねえかと思うんだが。」
    「あんた…あんな状況下でよくそんなところまで見てたわね。」
    「オマエらは大変だったかもしれねえが、あの場所で俺は暇だったからな。」
    「本当なら…。あの山車パレードはサブロウさまを弔うものじゃなく、アラサカ家当主が視察に来たと知らしめるための山車パレードの予定だったのよ。本来、ヨリノブの部屋からRelicを奪還したら私も護衛に戻ってる予定だったし……連絡が取れてる間は『次に合流するときは、どこか行こうね』ぐらいは話してたから…。だからきっとゴロウは…。」
    「それじゃただのエロオヤ……ん、誰か来たようだぜ。」
    「ゴロウ…ではないようね。この足音、女性かしら。」

     私は用心しながらドアの傍まで移動した。
     ドアの向こうの女性、気配は素人のようだ。ドアを少し開け外を確かめる。
     目の前に立つ女性は身なりのしっかりした素敵な女性だった。しかし、高級煙草をふかしながら、少しイライラしているようだった。
    「なに、この場所。こんな場所に泊まる人間がいるのね。1秒でも長くいたくないの、早く済ませましょ。」
    「ドール? それともプロクシ?」

    女性はこちらを無視して、比較的マシな椅子に座る。そして灰皿に煙草を置くと、おもむろに動作が止まった。

    「V、無事だったようね。良かったわ。」
    「その声は…ハナコお姉さま。そちらこそ、お怪我はございませんか?」
    「V…いえ、ヴァレリー。記憶が?」
    「はい、あの後階下に落ちたショックが引き金になったのか記憶が戻りまして…。」
    「そう、だから、タケムラも…。」
    「ゴロウが何か?」
    「少しね、暴れたのよ、ふふ。うちの者が手引きして安全な場所へ避難させたのだけど。身体の治療とインプラントの再構築をしたとたん、必要以上に元気になってしまって…迎えに行くって聞かなくて。あなたに追跡機を付けてたみたいよ。ホントに心配性よね。」
    「今はどうしているんですか?」
    「あんまりしつこいもんだから、少しおとなしくしてもらっているわ。」
    「ゴロウがなんかすみません。追跡機…。どこでつけられたんだろ。」
     接触する機会なんてなかったと思うんだがと、記憶をたどってみたら2回ほどあった。セーフハウスの部屋に引き込まれるときと、二手に分かれる直前だ。こうなることを予想してたのだろうか?
    「記憶も戻っているみたいだし、あんまり時間がないから要点だけ話すわね。」

     ハナコお姉さまはそう切り出すと、ヨリノブ陣営を追い詰め、その後Relicと身体に適切な処理を行うと話してくれた。そして、それについての詳細は今ここで話せないから、直接会って話したいということだった。

    「分かったわ。」
    「エンバースで会いましょう。あなたの好きなお酒も用意しておくわ。」
    「わかりました。」
    「まだ、お兄さまの部下がまだそこかしこにいるわ、くれぐれも用心してね。」



     プロクシ女が足早に去っていくのを横目で眺め、俺は煙草をふかす。
     Vはタケムラからホロコールがかかってきたらしく、ハナコの話をしている。そして、タケムラがここへ来ないよう必死で説得しているようだった。
    「だから、何度も言うけど、ハナコ姉さまと会う約束したから、もうここから離れるし…。まだ、追手がいるかもだから来ないで!」
    「いや、しかし。俺はオマエが心配でだな…。インプラントも再構築し、身体の傷も治療済みでいつでも迎えに行け…。」


    (やれやれだぜ。)
     俺は痴話げんかにあきれながら、Vとの共同生活を思い返す。
     どこにでもいそうな平々凡々な女。雑用を笑顔でこなしながら、休日はバイクであっちへふらふら、こっちへふらふら。街の喧騒の中で生きてきた俺には新鮮な生活だった。
     遊園地も楽しかったな。ジェットコースターなんで乗ったこともなかった。潮風が気持ちよくて自分が記憶痕跡だってことを忘れさせてくれた。デラマンという存在は驚かされたが俺の未来の可能性が隠れている気がした。
     いつからか、この生活がずっと続けばいいのにと思うようになっていた。Vは俺を一人の人間として扱ってくれた。しばらくしてからは俺が出るのは体に負担がかかるからと薬を飲むのを拒否はしなかった。Vが薬を飲んで俺を抑えている間は、暗い部屋に明るいスクリーンがあり、そこへ映し出される映像を見ている感じだった。ずっと俺はVを通して世の中を見ていた。あいつの記憶からあいつを感じ、あいつを思った。

     いつの間に俺はVを好きになっていたんだろう。
     そう自覚したのもつかの間。アラサカ野郎の女だとわかった。

    「結局、俺もあのオダってやつと一緒なのかよ、ウケるわ!」
    「ジョニー?」

     突然爆笑する、俺を見てVはびっくりしている。
    「ああ、わりい。」 
     俺が笑いをとめながらVのほうを向くのと、Vが吐血し人形のように倒れていくのは同時だった。
    「お、おい。まだ死ぬなよ。しっかりしろ!」
     まるでスローモーションのようだった。


     俺はそれを抱きとめることもできず、ただ見ているしかできなかった。




    --------【15】華の影
     まぶしい日の光、潮の匂いがする。
     手元には散乱した薬。薬のおかげか、起き上がる力はあるようだ。
    「ジョニー…。今回は死ぬと思った。」
    「だな。」
    「ここは…あれは遊園地。パシフィカ?」
    「ホテル・ピスティス・ソフィア。俺たちの貸し切りだ。」
     お互い一言も言葉を交わすことなく、しばらく、かつての高級保養地をながめていた。
     暖かい日差し、ふわっふわっとする。このまま消えてなくなりそうだ…な。

     私の心中を察した、ジョニーが声をかける。
    「ちょっとついて来てくれないか、ここに来たのは景色を楽しむためじゃねえんだ。」
     ジョニーに促され、ホテルの一室へと侵入する。
    「あそこにあるはずなんだ、だれにも見つかっていなければの話だがな。」
     お目当てのものはそこにあった。
    「ドッグタグ…。」
     ジョニーはぽつりぽつりと昔話を始めた。アラサカ・タワー以前の話だ。考えてみれば、ジョニーのことはタワーを襲撃したテロリスト、バンドマンで熱い男…ぐらいしか知らないな。それ以前のそうなる前のジョニーを私は知らない。
     ジョニーが昔話をするということは、つまりそう時間はないということなのかもしれないな。
     私はジョニーの話を聞きながら死と向き合っていた。

    「ジョニーは昔からカリスマ性があったのね。」
    「なんだ急に。」
    「んー、いや、今までジョニーがこんなふうに過去について話してくれたことあったかなと思って。」
    「ああ、まああれだ。お前に俺の話なんざ聞かしたところで何が変わるって話だと思ってたからな。」
    「話してくれても良かったんだよ? まあ、私もいろいろあるけど、嫌いだからって話を全く聞かない心の狭い人間ではないし。」
    「心の狭い人間で悪かったな。」
    「なあ、V…オマエの道を進んでくれて構わないと思っている。だが、一つだけお願いがある。アダム・スマッシャー、あいつだけはオマエの手で倒してほしい。」
    「私たちの手ででしょ、ジョニー。」
    「ああ、そうだな、ありがとう。」
    「お礼なんていらないわ。私だってあいつ嫌いだもの。アラサカの美に反するし。」
    「アラサカの美ねえ。サブロウの美の間違いじゃね?」
    「そうね。サブロウ様、あいつの存在をよく許してたなと思う。ハナコ姉さまも重油の臭いが漂っていそうでいやだって毛嫌いしてたのを私は知ってる。」
    「あははははは、ハナコも言うねえ! 少し好感が持てるわ。」

     死を目前にして、いや、私と共存するという過程でジョニーは変わった。結局ジョニーもまた、サブロウ様に魅入られ、魂に楔を打ち込まれた哀れな人間の一人なのかもしれない。

    「さて、おしゃべりはここまでだ。体は大丈夫か? ハナコのところ…エンバース行くんだろ?」
    「そうね。体も動くし行きましょうか。」
    「無理しなくていいぞ。なんなら俺が運転していってもいいし、デラマン呼んでもいいんだからな。」
    「ありがとう、ジョニー。」
     結局、デラマンを呼び、私たちはエンバースへと向かった。



     エンバース。上流階級向け会員制バー、とでもいうのだろうか。
     指定された階に到着すると、フロアは貸し切りだった。
    「お待たせしました。」
    「いらっしゃい…。いえ、お帰りなさい、かしら? ヴァレリー。」
    「あ、はい。えと、ただいまです。」
     鋭い眼光が少し和らぎ、笑顔を見せるハナコ姉さま。昔から変わらない、優しきアラサカの良心。
    「内部の状況はいかがですか?」
    「思わしくないわね…。正直、不愉快の域に達してるわ。まあ、まず座りなさい。ひどい顔色よ。」
    「ありがとうございます。」
    「その様子だと、用意した梅酒はお勧めできそうにないわね。まあいいわ、キープしとくように言っとくから、事が済んだらタケムラとでも来なさい。」
    「お気遣いいただき、ありがとうございます。」

     ハナコ姉さまは内部の様子、今の派閥の状況など重要な点を一つ一つ確認するように語ってくれた。そして、Relicと私の身体の処置についてはヨリノブの一件が済んだらすぐに、行動に移るということでまとまった。
    「貴方の姿を見ると、すぐにでも軌道ステーションに連れて行ってあげたいのだけど、時間を置けば置くほど、状況は不利になっていくの、ごめんなさい。」
    「ハナコ姉さまが謝ることなんでないです! すべてヨリノブがいけないんです! あいつはいつもいつも私を…。」
    「ふふ、そうだったわね。あなたのことだいぶ気に入ってたようだったから、ついいじめたくなっちゃってたんじゃないのかしらね。ホント、不器用なお兄様。でも、今の状況はもう、昔のようにお兄様をかばうことはできないところに来てしまったわ。とても残念だわ…。」
    「この後はどうしますか?」
    「そうね…。とりあえず、役員招集会議があるわ。そこに、貴方を呼ぶことになるわ。」
    「ハナコ姉さま、それは…。」
    「分かっているわ、お父様の暗部の人間を表舞台に引っ張り出すなんて、と言いたいのでしょう?」
    「はい、アラサカ…サブロウ様の部隊の存在は秘匿とされておりますから。」
    「その点は大丈夫よ。何のために防諜部という隠れ蓑があったのかしら?」
    「…では、防諜部として潜入捜査をしていたということにするおつもりですか?」
    「そうよ。先のことも考えていないような名前ばかりの役員にすべてを知らせる必要はないもの。」
    「分かりました。それがアラサカ家からの命というのであれば、私は謹んで拝命いたします。」
    「ありがとう。今はあなたがいてくれるだけで何よりも心強いわ、ヴァレリー。」
    「御心のままに。」

     少しだけ憂いが晴れたような顔をしているハナコ姉さま。
     しかし、私の鼻から血が出ているのを見ると、
    「もう、あまり時間がないようね…こちらも急ぐようにするからもう少しの辛抱よ。」
    「お気遣い感謝いたします。では、失礼します。」



     これ以上、ここにいるのは体がもちそうにない。そう感じているのは私だけではなかった。
    「今すぐ、外の風に当たれ…。」
    「土砂降りなんだけど…。」
    「減らず口がきけるうちに、とっとと車に乗れ。」
    「はいはい。」
     ジョニーに促されながらエレベーターに乗る。ボタンを選ぼうとするも視線が定まらない。
    「あ、れ…、なん、だ? ぐるぐるしてる。」
    「おい、V! しっかりしろ、くそ! ブラックアウトの頻度が早い。ヴィクターのところへ行くぞ!! デラマン待機させといてよかったぜ。」


     返事のないVの体を再び動かし、俺は駐車場へ急ぐ。
    「デラマン、超特急でヴィクターの診療所だ。」
    「かしこまりました。V様、だいぶお顔の色が…お体を横にされて楽になさっていてください。」

     デラマン、こいつがいて本当に良かったぜ。
     こいつとは…いやよしておこう。




    --------【16】バンディリア旅行団
     『ミスティのエソテリカ』の目の前にデラマンが停まる。車の音を聞き、店から出てきたミスティは瀕死のVを見て、小さく悲鳴を上げる。あの日のジャッキーとダブったのかもしれない。しかし、意識があり、朦朧としていると分かると、ヴィクターを呼びに診療所へ急ぐのだった。
     そんなミスティの様子を見ながら、ジョニーはVの体を動かし、一歩また一歩と診療所へ向かう。階段を転げ落ちながらも何とか到着すると、診察台の患者を押しのけ「こいつを頼む…。」そう言い残して意識を失った。

     意識が浮上するとヴィクターの診療所だった。
    (ジョニー…また。)
    (デラマンに礼を言えよ。あいつが超特急で来てくれたんだからな。)
    (デラマン…。)

    「ヴィク…。う…。」
    「まだ動くなよ。痛みがあるか…。」
    「ええ…。」

     ヴィクターは私がどうやって来たか、そして処置について教えてくれた。ミスティ、こわい思いさせちゃったな。ちゃんと謝らないとな。
    「生体チップの安定化をはかった。これで動けるようにはなるだろうが、正直、ここらが運命の分かれ目ってところだな。だが、お前さんはもう決めているんだろう。」
    「ふっ、ヴィクターは何でもお見通しってことね。」
    「まあ、伊達にこのナイトシティに長くいるわけじゃないからな。それなりに情報はまわってくるさ。特に同じ患者を診てるリパー同士は情報交換もするからな。」
    「カシウスね。」
    「ああ…。なあ、Vもう戻ってこないってことはないよな?」
    「それは分からないわ。直接状態を見たあなたなら分かるだろうけどRelicの状態が、ね。」
    「そうか…。俺はいつでもここにいる、それだけは忘れないでほしい。」
    「ありがとう、ヴィク。あなたに会えて本当によかった。」
    「ミスティにもちゃんと言えよ。あいつが一番心配してるんだからな。」
    「そうだね。2度もこわい思いさせちゃった、わよね。きっと。」

     入り口には心配そうにミスティが座っていた。
    「ごめんね、ミスティ。こわかったでしょ。」
     そう言いながら、私は優しく彼女を抱きしめた。
    「大丈夫なの?」
    「うーん、大丈夫かと言われれば大丈夫ではないわね。もう時間の問題のようだし。」
     ミスティが悲しまないように、できる限り元気いっぱいに笑顔を作る。
    「つらいでしょうね、あなたたちどちらにとってもね。もし、心を落ち着けたいのならいい場所があるけど?」
    「そうね…。少し彼と話そうかな。最後になるかもしれないし。」

     ミスティはお気に入りの場所へ案内してくれた。
    「とても素敵な眺めね。」
    「ジャッキーとも来たのよ。」
     ミスティとジャッキーの素敵な想い出。
     ぽつりぽつりと話してくれるミスティの顔は、彼を心から好きだったんだなと思わせてくれた。
    「じゃあごゆっくり。」
     私の顔色を確認して、ミスティは階下へ降りて行った。



     Vと俺はナイトシティの夜景を見ていた。
    「こうして、オマエと夜景を見るのも最後か。」
    「そうね。いつかまた一緒に眺めたいものね。」
    「ああ、それができれば最高だな。今は生きられるか微妙だがな。間に合いそうか?」
    「何とか持ちこたえるしかないんじゃないの?」
    「名リパー様様ってところか。」
    「そうね、ヴィクターに会えたのはラッキーだったわ。」
    「だな。俺もオマエもヴィクターに生かされ、そしてまた延命させてもらった。」

     広告が煌々と明かりを放ち、AVが行きかうナイトシティ上空。
     しばし、二人はそんな何の変哲もない風景を眺めていた。

    「なあ。」
    「なに?」
    「最後によぉ、オマエ煙草吸ってみねえ?」
    「いいわよ? 持ってたかな…あ、プロクシ姉さんが置いてったやつもってた!」
    「高級煙草じゃねえかよ…。よし、吸え!」
     私は煙草をくわえ、そっと火をつけた。そしてすっと吸い込むと静かに肺を満たす。
    「「ふう」」
    「やっぱ、高級な煙草は味が違うな~。」
    「そういうもん?」
    「添加物バリバリの合成煙草なんざ、煙の味しかしねえ。こいつはちゃんと草の味がする。」
    「ふーん。」

     ジョニーはしばらく煙草を楽しみ、そして満足したようにこう告げる。
    「よし、ハナコに連絡するか。」
    「そうね。」
    「じゃあ、薬、飲め。」
    「わかった。色々ありがとね、ジョニー。」
    「なあに、今生の別れっことでもねえだろ。うまくすれば、な。」
    「まあ、処置した後、私が生きていればの話だけどね。」
    「おいおい、冗談はよしてくれよ。二人とも生きるための選択なんだから生きてもらわなきゃ困るぜ!」
    「はいはい、頑張りますよっと。じゃあね、ジョニー。楽しかった。」
    「ああ、俺もだぜ、ヴァレリー」
     そこにいるはずのないジョニーが私にお別れのキスをした。

    「なんで最後に名前を呼ぶのよ、ジョニー…ばか。」



     ハナコ姉さまに連絡するとすぐに出た。
    「ヴァレリー、待っていたわ。遅かったわね、大丈夫?」
    「ちょっと、ありまして。でももう大丈夫です。」
    「そう、それならいいけど。こちらは少しまずい状況になったわ。お兄様がどうも感づいたらしいの。さっき、ノースオークのお兄様の邸宅に招待されたわ。」
    「それは…監禁ってことですか?」
    「おそらくね。私は従うしか道がない。貴方の方へ迎えを寄越すから、助け出してほしいの。できるかしら?」
    「かしこまりました。合流して、すぐにお迎えに参りますね。お茶でも飲んで少しお休みなさっていてください。すぐ済みますので。」
    「そういってもらえると安心だわ。何かあれば連絡するから。くれぐれも無茶はしないように。」
    「ありがとうございます。」

     ホロを切り、下の階に行くとミスティが外で待っていた。
    「顔色がよくなっているようね。」
    「ありがとうミスティ。あなたに会えてよかった。」
    「もう戻ってこないの?」
    「んー、いろんなところがボロボロだからね。なおすにせよ、長期になるだろうしね。」
    「ヴィクターも私もここにいるから、また来てよね。」
    「ありがとう、ミスティ。あ、それから、アラサカからここに迎えが来るから、お店で待たせてもらってもいいかな?」
    「いいよ、外は寒いし。お店でゆっくりしてて。でも、アラサカの人が来るの?」
    「ミスティには、その…つらいかもしれないけど…。」
    「大丈夫、それを言ったらVだって。それにアラサカの人間にもいい人がいるって知ってるから。目の前の人とかね。」
    「ミスティ…。」
    「ささ、入って入って。」



     ミスティにヴィク、そして、その二人に出会わせてくれたジャッキー。
     ナイトシティでは良縁に恵まれたなと思うVであった。

     願わくば、二人に神のご加護がありますように。




    --------【17】アディオス
     ミスティのお店に入るとふんわりとお香のいい香りが漂っている。
    「ここはいつ来ても落ち着くわ。ビャクダンの香りが心を落ち着けてくれる。」
     日本にいたころは、毎日ご先祖様にお線香をあげていたけど、ナイトシティに来てからはそういえば、やっていなかったな…。もし日本に戻れたなら、真っ先に手を合わせに行こう。

     いつ来るかもわからない迎えをぼーっと待つのも退屈だろうと、ミスティはタロットカードで占ってくれるという。ギリシャ十字・スプレッド。この占いは十字に置いたカードが「現状・障害・傾向・対策・結果」を表す。真ん中に置かれたカードが結果だ。ミスティの出したカードを見ると…。
    「V、ジャッジメントの正位置が出たわよ。」
    「たしか審判の正位置は『敗者復活戦・復縁・進化・人生の転機』だったわよね? 今の私にとっては願ってもない良いカードね。少しは気持ちが上向くわ。」
    「そうね、私も占っておいてなんだけど、よかったと思う。あ、そういえば、さっきあなたが屋上にいた時、ヴィクターから伝言を頼まれていたんだった。」
    「なに?」
    「カシウスから何か預かって、それをあなたの体の調整の時に換装しなおしたみたい。」
    「カシウスが、そう…。」
    「えっと…。あ、あった。送るわね。」
    「ありがとう。」

     ヴィクターとカシウスからの伝言は武装についてだった。最終決戦にボロボロの武装では心もとないだろうからって、最新のモノワイヤー装備と足まわりを用意してくれたみたい。記憶中枢についてもヴィクに助言していったみたいね…なるほど。私の制御下に戻っているのはそういうことだったのね。しかし、頭のことばかり気にしていて、手足が変わっていることなんて気がつかなかったわ。

    「それから、この包みもだって。」

     そこには真新しい忍者装束が!
    「まあ、カシウスったら、粋な真似するわね!」
    「それなあに? アラサカのボディガードが着る服に見えるけど。」
    「これはね、私の戦闘服よ。一番動きやすくて、一番慣れ親しんだ服。ナイトシティでは必要がなかったから、もうずっと着ていなかったんだけどね。」
    「Vはその体で戦うの?」
    「そうね、そのためにヴィクターに延命してもらったようなものでもあるしね。」
    「死んじゃだめだよ?」
    「大丈夫、私こう見えてもしぶといから!」
    「ふふ。」

     カシウスからの粋な贈り物を大切に胸に抱き、目の前に迫る戦に思いをはせた。
    「せっかくだから、もう着ちゃおうかしら?」
    「古い服は預かっておくわよ。いつか返せる日のために。」
    「ありがとう。じゃあちょっと着替えてみるね。」

     そそくさと、バックヤードで着替えを済ませる。うん、ぴったり。そして、この足…。あれ? もしかして…。
    「これ、地下足袋ブーツじゃない! 女性用…わざわざ作ってくれたのね。私の特注だって覚えててくれたんだ。」
     一通り、装備を確認し、忍び装束のままではいられないので、装束の機能の一つカモフラージュを発動。見た目は何の変哲もないアラサカ社のスーツ姿となった。これでいいだろう。
    「あれ? Vスーツなの? さっきのは着なかったの?」
     ミスティがきょとんとしているのでカモフラージュをいったん解き見せてから、また戻した。
    「わあ、すごいのね。かっこいい!」
    「ありがとう。本来は黒装束は見せないものなの。でもミスティは特別よ。」
    「へへ、内緒ね。分かったわ。」


     その後、タロットの話をしたり、お香について談義していたら、いつの間にか椅子でうつらうつらしていた。そして、遠くから車のエンジン音がしてるような気がして目を開ける。車が停まった気配がする。
     入り口の方向を見ると、扉が開き、やや早歩きで私に近づいてくる人とその後ろであきれた表情をしながらドア近くで佇む人がいた。ゴロウとヘルマンだった。
    「ヨウ…じゃない、V! 待たせたな。(ハナコ様にきつく言われてしまってな、人前で真名を呼ぶなと。)」
     ゴロウはそういうと、椅子に座る私に目線を合わせ、しばらくじっと見つめたかと思うと優しく抱き寄せた。
    「すまない、ハナコ様から体のことは聞いている。あの時、無理してでも抱えて連れて行くんだった。」
    「ゴロウ…。あの時は仕方がなかったんだから、あなたが気に病む必要はどこにもないわ。」
    「し、しかし。こうしてまたヴィクターの世話になってしまったではないか。あの時…。」

    「はいはい、お二人さん。時間がないからね。そのぐらいにして。」
     ヘルマンの声に私は椅子からヨロりと立ち上がり、それをゴロウが支えるように横に立った。
     ミスティはこれ以上は聞いてはいけない話だと察したのか、そっと裏口から外へ姿を消した。
    「(がんばってね、V…。)」
    「(ありがとう、ミスティ。)」
     私とゴロウはミスティに感謝のお辞儀をした。


    「アンダース・ヘルマン特殊作戦室室長。」
    「元だがね、まあ今は復職したくて仕方がない。あそこでカンタオなんぞに鞍替えしなきゃよかったと思っているよ。」
    「まあ、あなたは自分の興味のあることしか見えない人ですものね。ですが、今の私にはあなたがいないとどうにもなりませんから、生きていてくださってよかったです。」
    「Vくん。本当に君はストレートにモノを言うね。まあ、そういうところが会社には高評価だったとも言えるか。しかし、今は君の頭の中にはコンストラクトがあり、それは君の意思決定に影響を与えている可能性がある。そのコンストラクトはアラサカ・タワーで二つの核弾頭を爆発させた張本人。君は本当に君なのか?」
    「いったい何の話だ?」
    「何も聞いていないのか、おやおや、それでもサブロウ様の護衛だった男…いやVくんの男と言ったほうがいいかな? Vくんの中にはジョニー・シルヴァーハンドが存在している。この名前を聞けばさすがにわかるかな?」
    「ジョニー・シルヴァーハンド。アラサカ・タワー…じゃあ、お前はずっと…。」
    「(ゴロウ、隠していたわけじゃないんだけど…色々と事情が込み入ってて…あとですべて、話す時が来るわ。)こうやって疑われるくらいなら、ヘルマン、あなたのこともコンストラクト化しとけばよかったかしら?」
    「おお、こわいこわい。どうやらVくんで間違いないようだ。」
    「分かっていただけて何よりですわ。アンダース・ヘルマン『もと』特殊作戦室室長。」

    「V、いろいろ話したいことがあるかもしれないが、そろそろハナコ様の元へ向かわねばならぬ。」
    「そうね、言い足りないことはあるけど、まずは急ぎましょう。」
    「おいおい、私は眼中にないって感じだねえ。お二人さん。まあいい。戦うのは君たちだからね。私はRelicにだけ協力するために…。」
    「口を噤め。さもなくばお前の舌を切り刻むぞ。」
     ゴロウの一言で、ヘルマンは黙って車に乗った。
     私はゴロウに支えられ、というか腰をがっしりと抱かれながら車へと移動し、ゆっくりと乗せられた。
    「そんな壊れ物を扱うようにしなくても、私は大丈夫よ、ゴロウ。」
    「いや、しかし…。」
     ヘルマンはミラーでちらりと私たちの痴話げんかを見た後、やれやれと首を振り無言で車を出したのであった。



     しばらくゴロウと私の扱いについて喧嘩していたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。横になっている自分に気がつく。よく見るとゴロウが膝枕をしてくれていた。私の髪や頬を愛おしそうに撫で、時折体をさすってくれている。ぶつぶつと何かを言っているなと思ったので聞き耳をたてると、
    「(ずいぶんとやつれてしまったな。飯もあんまり食べられていなかったのだろう。頬がこんなに…ほんのり赤く触り心地が良かったのに、こんなにかさついて…。ハナコ様がお会いした時に鼻血が出たと聞いたが…本当に大丈夫だろうか。俺だけこんなに小綺麗な格好をして、腹いっぱい飯を食って。なんだかすごく申し訳なく感じる。…しかし…うむ、やはり、このアームでは触り心地がいかんな。ヨウコはどう感じているのだろうか。護衛の時以外はノーマルアームに変えるべきだろうか。そもそも、もう護衛の任はないかもしれぬな。であれば、ノーマルでも…。お互いの感度がよいものなど…。いかんいかん、大事な戦の前に俺はまた。今度こそハナコ様に接近禁止令を出されてしまう。)」
     何だか恥ずかしくて、目が覚めていると言い出せずにいた。

    「そろそろつくぞ。起きたまえ。」
     さすがに空気を読んで、寝たふりとは言わなかったヘルマンに少し感謝しつつ、私はゆっくり起き上がった。

    「おはよう、V。少しは休めたか?」
    「ありがとう、ゴロウ。膝借りちゃってごめんね。重かったでしょう?」
    「いや、全然平気だ。何なら1日中だってやってやれるぞ!」
    「いや、遠慮しとくよ(笑) 私が疲れそう。」

     シュンとするゴロウを横目に、苦笑しながら座りなおす。
     ヨリノブ邸はずいぶんと厳重に守られていた。入口でガードマンが私たちの車を制止する。しかし、それを私は問答無用で裏拳でのす。
    「お、おい。私は戦わないからな。君たちだけでやってくれたまえよ。」
    「ヘルマン、あんたの手を借りるつもりは最初からないから安心して。」

     そこへハナコ姉さまからホロコールが届く。
    「来てくれたのね。よかったわ。そろそろ飽きてきたところだったから。ヘルマン、あなたはAVを大至急用意して。Vがいればものの数分で終わってしまうでしょうから、大至急よ。タケムラはVの援護よ。邪魔だけはしないでね。」
     ヘルマンはそそくさとこの場を去り、ゴロウは銃の確認をしている。
     私はカモフラージュを解き、再び忍び装束の姿になった。そういえば、ゴロウに見せたことあったかな?この格好。案の定目を丸くしている。
    「ヨウコ、お前その格好。」
    「アハハ、ゴロウ驚いて名前呼びしちゃってるよ。暗部の忍び装束って初お披露目かな?」
     かっこよくポーズを決めて見せてみた。
    「オダの装束とはまた違うのだな。こちらはなんというか、本当にスピード特化といった感じがするな。」
    「そうだね、あれは侍忍者装備とでもいうのかな、対人戦想定のやつだからね。さて、と。決戦に向けて軽くウォーミングアップと行きますかね。」

     私は深呼吸をすると、クイックハックを起動した。PINGを行い、化学汚染・回路ショート・システムリセットと非致死性のものを次々とかけていく。敵に情けは無用とは言うが今後のことも考え、生かしておくことにした。ゴロウはその間、私の傍らでまわりを警戒していた。
    「相変わらずの手際の良さだな。潜入作戦の時も鮮やかだったが、これはこれでなかなか。静かなる殲滅者とはよく言ったものだ。」
     すべての敵が沈黙したのを確認し、正面から悠々と邸宅へ入る。
     ハナコ姉さまは私の戦いを窓から見ていたようで、部屋につくと満面の笑みで私を称賛した。
    「さすが暗部の宝ね。見事としか言いようがないわ。それにその装束、久しぶりに見るわね。それを見るといよいよって気がするわね。」
    「ありがとうございます。少しもたついたところもありましたが、なんとか。」
    「そうなの? 全然わからなかったわ。それより、ヴァレリー、タケムラは暴走しなかったかしら?」
     ハナコ姉さまは頬に手を当て少しため息をついた。
    「大丈夫ですよ。私を気遣ってカバーしてくれていますから。あんまりお叱りにならないでください。」
    「あなたがいいというなら…タケムラ、自重しなさいよ?」
    「はっ」

     私は忍び装束からスーツ姿へと戻った。
    「では、行きましょうか。」
     ハナコ姉さま掛け声を聞き、後をゴロウとともに歩く。こうしていると、護衛職に戻ったような気持ちになるな。
    「あれ、護衛と言えばサンダユウ…。」
    「オダなら、向こうで合流する予定よ。あなたに滅多打ちにされたけど、アラサカの医療技術のおかげで元通りよ。」
    「そうでしたか。すみませんでした。ありがとうございます。」
    「ふふ、オダもあの時は少し暴走してたから、良い薬になったんじゃないかしら。」


     これから、向かうのが合戦の場所とは思えない和やかな雰囲気の中、ヘルマンが用意したAVに乗り込むと、私たちは一路アラサカ社へと向かうのだった。




    --------【18】死のない男
     アラサカ社ナイトシティ支社。またここに戻ってくるとは思わなかった。
    「なつかしい。もうずいぶん前のように感じるなぁ。」
    「感傷に浸ってる場合ではないわ、ヴァレリー。…まずはタケムラは戦う者たちへ指示を。」
    「はっ」
    「ヴァレリーとヘルマンは私についてきて。」
    「了解しました。」

    「また後でな、V。」
    「お互い頑張ろうね、ゴロウ」
    「ああ。」

     あんまり長く見つめているとヘルマンが咳ばらいをしそうなので、私は直ぐハナコ姉さまの後ろへついた。
     どこに行くのかと思ってついていくと、なつかしい、サブロウ様の執務室だった。
    「そういえば、ナイトシティの執務室は入ったことがありませんでした。噂には聞いていましたが、全く同じなのですね。」
    「そうね。お父様らしい、そういう場所よね。」
     サブロウ様の執務室で、私とハナコ姉さまとでよく話したサブロウ様あるあるを話す。
    「さて、おしゃべりはこのぐらいにして。神輿に行きましょうか。」
    「はい。緊張するなぁ。」

     ハナコ姉さまの血縁者認証で扉を開け、ヘルマン、ハナコ姉さま、私の順にエレベーターに乗り込んだ。
     フロアにつくと椅子に座るよう促される。。
    「座って少し待ってね。」
     椅子に座り、目の前の内部を観察する。すると目の前にサブロウ様のコンストラクトが現れた。
     私はひざをおり頭を垂れようとする。
    「よい、楽にせよ、ヴァレリー。」
    「はっ。」
    「こたびの一件はお前ばかりに負担をかけさせてしまい。申し訳なかった。だが、そのおかげですべて順調に進んでおる。もう少し辛抱しておくれ。」
    「もったいなきお言葉でございます。」
    「さて、ヴァレリー。コンストラクトとの共存、いかがだった。」
    「はい、すべてご命令通り。第三記憶装置へと報告を暗号化してまとめておりますので、合戦が終わり処置の際に分離していただければと存じます。また、英雄像に改変したジョニー・シルヴァーハンドのコンストラクトですが、記憶を確認しましたところ、アラサカ・タワーを破壊したのは自分だと英雄像は保持したままで問題ありませんでした。共存の際は強い意志での制御改変が可能であり、現在憤怒から色欲へと変化しておるように見受けられます。」
    「ふむ、よかろう。今回の実験はかなり賭けであったが、おぬしに託して良かったと思っている。」
    「正直、疑似記憶に疑似記憶をぶつけるなんて、常人ではできませんから。」
    「確かにな。お前ぐらいでなければ、だな。まあ、そのせいでタケムラを抑える手段を考えるのが厄介ではあったが…。お前とタケムラがこうも続くとは思わなかった…私の唯一の誤算かもしれないな。」
    「申し訳ございません。」
    「いや、せめてはおらん。お前が唯一、真名を呼ぶのを許可した男だからな、私も認めねばならぬ。」
    「ありがとうございます。」
    「まずはヨリノブを終わらせてあげなければな。今後のことはそれからだ。」
    「はっ。あのサブロウ様…今後についてお願いが二つほどありまして。」
    「なんだ、申してみよ。」
    「一つはジョニーのコンストラクトが色欲に移行したため、わたくしのジョニーと共存した際の疑似記憶を彼のコンストラクトと共存させ、独立した電脳空間の中で変化を観察するのはいかがかと…。」
    「ふむ、それは面白いな。心の支えがある場合にどう変化するか、人の弱みなどを分析するにはよいかもしれんな。もう一つは?」
    「はい、ナイトシティで、進化型AIと友好関係になりました。こちらも大変興味深いので、私にそばに置いておきたいと思います。」
    「なるほど、デラマンだな。車としてか?」
    「そこは、優秀な学者が大勢おりますので、まずは彼を迎え入れ、要望を聞いて決めたいと思っております。」
    「良いだろう、お前の褒美ということで許可しよう。」
    「ありがとうございます。」
    「では、行こうか。ハナコ。」
    「はい、お父様。」



     コンストラクトが移動型ホログラム機に収まると、私たちは椅子から立ち上がり、エレベーターへと向かった。ヘルマンは「準備をしておく、いやあ、楽しくなりそうだ。君は本当に面白いよ。」と言い残して去った。

    「ヴァレリー、あなたは、あなたって人はすべて知っていたのね。」
    「申し訳ございません。ハナコ姉さま。私は生まれてから今までサブロウ様ただ一人のための暗部の人間です。任務のためであれば、大切な人も欺く、それが私たちサブロウ様直属の務めです。」
     絶句するハナコ姉さま。しかし、
    「そうね、私たちは生まれながらにして、その役割を与えられている。私は今心底、アラサカの良心という役でよかったと思っている。ヴァレリー、ありがとう。」
    「いいえ、礼には及びません。私たちは同じサブロウ様に楔を打ち込まれた同志なのですから。」



     わざわざ集まっての役員会なんて正直意味があるのかなんて思うがそこはそこ、サブロウ様が生きていると知らしめるためにはうってつけの場所である。
     フロアに到着すると、ゴロウと少ない兵…そしてサンダユウの姿があった。
     私はすっかり治ったらしいサンダユウの顔を見れてうれしくなる。
     しかし、彼はどこか気まずそうだった。空気が重いので、一発かましてやろうと思った。
    「(タケムラサン、めっちゃ張り切ってるじゃん。まじしんどい。日本帰りたい…。)」
    「サンダユウ! 見てみて、じゃじゃーーーーん!」
     サンダユウに駆け寄って、スーツ姿から忍び装束へ戻す。
    「うおっ…ヴァレリーか。お、おまっその格好!! また見られるなんて…ていうか、その地下足袋は…。」
    「すごいでしょ? 日本だと職人さんにお願いして作ってた特注のやつ! 今回わざわざいつのも職人さんから取り寄せてくれたっぽいんだよ~。」
    「まじか、すげーな。よかったな、ヴァレリー!」
    「へへへ、サンダユウやっと笑った。」
     そっと友情のハグをする。

    「お、おう。なんかすまなかったな。心配かけた。」
    「いや、やっちゃったのは私だからさ、でもよかったよ。再起不能にならなくて。」
    「まあ、マンティスブレードはまだ調整中だがな。戦闘には問題ない。」
    「(あの子たち、またやってるわ…これから決戦だというのになんだかしまらないわね。)」
    「(俺より先にオダのところへ、ヨウコ、なぜなんだ、俺はこんなに惚れなおすようなかっこよさを出しているのに…。)ごほん…。」
    「あ、ごめんなさい。サンちゃんが元通りになったのがうれしくて、つい。」
    「気持ちはわからなくもないけど、気を引き締めて。…タケムラ、タケムラ?…報告を。」
    「…は! はいっ。」

     現在の戦力の確認など済ませ、私たちは役員の集まる広場へと移動するのであった。
     移動中もサンダユウと仲良く話す私に、嫉妬の炎を燃やすゴロウ、それを背中で感じながら小さくため息を漏らすハナコ姉さまという図であった。
     役員会議はサブロウ様の登場によって終わるかに見えた、その時。
     ヨリノブの私兵が突入してきた。



     愚策にもほどがある。本当にサブロウ様の息子なのか? と疑問しか浮かばないヴァレリーだった。




    --------【19】灰よ
     無差別に発砲する、ヨリノブ私兵。
     役員の何人かが倒れた。ハナコ姉さまはゴロウとサンダユウがとっさにカバーに入り、無事だった。

    「ヨーリーノーブー!!」私は吠えた。
    「ヴァレリー、落ち着け!」
     その声に、私のどす黒い何かがひゅんと引っ込む。
    「行くよ、サンダユウ。ゴロウ、は…ああ、ついてきちゃうのね。」
    「ついていける自信がないな~。お前、本気になると速すぎてついていけない…。」
    「もちろん、俺はもう絶対離れないからな。」
    「しかたがない。パパっとやっちゃおうと思ったけど…行くよ。」

     ハナコ姉さまに優雅にお辞儀をして
    「それではハナコ姉さま、行ってまいります…散。」
    「ゆっくり行くって言った傍から…はあ、ハナコ様、行って参ります。」
    「ハナコ様、失礼いたします。」
    「ヴァレリー相変わらずせっかちさんね。オダ、任せたわ。タケムラは…暴走しないように。」
     オダとゴロウも一礼して駆け出す。



     敵兵まで縮地で距離を詰め、瞬時にモノワイヤーで刈る。非致死なんて慈悲はない。
    「俺やることなんてないよー」
    「オダ、無駄口をたたくな、見えない敵もいるだろう。周りに気を向けろ。」
    「いやだって、ヴァレリーに殺気向けた瞬間刈られちゃうんですよ? せめて味方兵がやられないようにカバーしながら道開けてくことぐらいしかできないじゃないですか。」
    「それで十分だ。ほら、見てみろ。あの美しい姿。扇舞のような戦い方を。はあ、もっと近くで見たいものだが、これ以上は危険だ、近づけぬ。残念だ。」
    「(タケムラサン、もう一回やられちゃえばいいんじゃないですかね。)」
    「何か言ったか、オダ。」
    「何も言ってないです!」

     フロアの敵は見事なまでに瞬殺だった。
     味方兵はあっけにとられ、その後、タケムラサンの指示に従って敵死体の確認を始めた。
    「ふう、ウォーミングアップ完了。ヨリノブ邸では電脳戦のチェックだったから対人戦はどうかなと思ったけど新しい腕も足も問題なさそう。」
    「相変わらずえげつないな。」
    「見事であった、そして美しかったぞ!」
    「お褒めいただき光栄です、へへへ。」
    「俺は褒めてないんだけど…はあ。胃が痛い。」

     フロアに敵がいないかしばらくうろうろする。味方兵の協力もあり、問題はなさそうだった。
    「ご苦労様、サンダユウはここの指揮で残るんでしょ?」
    「ああ、気を付けて行けよ。まあ心配はしていないが、むしろ一緒に行こうとしているタケムラサンが心配だからな。」
    「オダ、俺が心配だと! いっぱしの口をきけるようになったもんだ、はっはっは。」
    「いや、戦闘中に血がたぎるとか口走っちゃってるタケムラサンがマジで心配なだけです…暴走しないでくださいね。ハナコ様に怒られますよ。」
    「う、それを言われると……善処する。」

     私とゴロウはサンダユウと味方兵を残し、エレベーターに乗り込んだ。
    「ヨウ…V、あの時のモノワイヤーの動きなんだが…。」
    「ゴロウ、ヨウコでいいよ、呼びづらいんでしょ?」
    「ああ、すまない。頭ではちゃんとVと意識して呼ぼうとしてるんだが顔を見るとだめだな。」
    「しかたないわよ。だいたいあなた何年私を真名で呼んでいると思っているの?」
    「何年だったかな、もうずいぶん長いな。」
    「でしょ? それじゃなくてもあなた器用じゃないんだから。あ、ゴロウ、ちょっと動かないでね。」
    「ん?なんだ。なんかついてるか?」
    「ちょっと血が、返り血かな? …よし。取れたよ。」
    「ヨウコ…。」
     タケムラは近づいていた顔にそのままさらに近づけ、そっと口づけをした。そして抱き寄せる。
    「戦闘中だということは分かっている。少しだけ、少しだけこのままでいさせてくれ。」
     私は、ゴロウが気のすむまでじっとしていた。色々抱えさせてしまったな、そう思いながら。
     エレベーターが『チン』と音を出し、階に到着したと告げる。
    「ゴロウ、大詰めだよ。ここまでアダム・スマッシャーには会っていない。もし奴がいたら手出しはしないでほしいの。それが私とジョニーの約束だから。」
    「承知した。存分に戦えるよう援護しよう。」
    「ありがとう。」

     敵を倒しながら奥へと進んでいく、アダム・スマッシャーはいない。
    「奴はどこだ? ここにはいないのか?」
     タケムラもその姿を見ていない、二人とも焦る。
     するとそこへ、背後を狙うかのように大男が攻撃を仕掛けてきた。

    「アダム・スマッシャー!!!!!!!」
     私の右目がどす黒くなりすぐに銀色に光りだす。ジョニー、やっとだよ。
     がっちり封印されていたジョニーの意識を浮上させ、共感覚化させる。
    「ヴァレリー待ってたぜ!」
    「長くはもたない、この戦いだけしかあなたを表に出してあげられない。」
    「十分だぜ!」
     モノワイヤーをしまい、ジョニーの愛銃『マロリアン・アームズ』を構える。
    「おお、オマエ。それもって来てたのかよ。やるなあ!」
    「あんたと殺るって決めてたからね! いくよ!」

     そこからは攻防が続いた。正直、ヴァレリーの能力であればアダム・スマッシャーなど、敵ではなかった。しかし、じわじわと狩りを楽しむように、敵が弱っていくさまを見ながら、二人は追い詰めていくのであった。
     終焉は突然訪れはしない。徐々に装甲をはがされ、裸同然までむき出しにされたアダム・スマッシャーの前にヴァレリーは立った。後方にはカバーするようにタケムラが立つ。
    「いいざまね、アダム・スマッシャー。」
    「ヒトオモイ、ニコロセ。」
    「もはや声も人ならざるものって感じね。」
    「じゃあな、これで終わりだ。」

     マロリアン・アームズから弾丸が一発。
    「ちょっとぉ、ジョニー。最後にこれはひどい! 血? 重油? なにこれ気持ち悪い…。大丈夫かな?」
    「あはははは。しらねーしらねー! ヴァレリーありがとな! 後は頼んだぜ。」



     時間がきてしまったようだ。ジョニーは沈黙した。
     もうひと踏ん張り。本陣は目の前だ!




    --------【20】Astro-Ho 帰還
     アダムスマッシャーとの戦いを終え、私たちはヨリノブの元へ向かった。
     安堵のためかふいに力が抜ける。
    「ゴロウ…。」
    「ああ、やったな。慈悲は必要ない。よくやった。」
    「あ、汚れちゃうよ、ゴロウ。」
    「かまわぬ、汚れたら洗えばいいだけのこと。それよりもお前が今にも崩れそうでこわい。」
     機械だらけのアダム・スマッシャーのそれは機械の重油のようだった。
     それも気にせず、私を抱き寄せ支えてくれるゴロウ。

     ヨリノブのオフィスの前に来るとハナコ姉さまからもうすぐ着くと連絡が来た。
    「私も、そろそろそちらに着くわ。念のためにタケムラはドアの前に待機するように。」
    「了解しました。」
    「はい。」

     扉を開け、ヨリノブのオフィスに入ると、トンデモローブを着込んだヨリノブが床で呆然としていた。
     正直、そのローブがすごすぎてヨリノブが頭に入ってこない。そのせいだろうか、それとも私の心の中で決着がついたせいなのか、あんなに憎かったはずなのに。今はとても何も感じない。
    「ヨリノブ…。」
    「お前か。正直こんな結末を迎えるとは思っていなかった。俺はただ…父にもお前にもいいところを見てもらいたかっただけだったんだ。」
    「あなたは昔から何も変わらなかった。ハナコ姉さまが、かばってくれていたからじゃない。すべてから目を背けていたのよ。子どものまま大人になってしまった、哀れなヨリノブ。ケイ兄さまが生きていたら、なんとおっしゃるかしらね。」
    「ハナコは…妹のことは巻き込みたくなかった。俺をかばってくれてたからじゃなく、あいつには家で何事もなく過ごしていてほしかった。」
    「そんな戯言…。ケイ兄さまが亡くなった後の派閥抗争! ハナコ姉さまはどんなに苦しめられてると思うの? 鷹派の制御できない人間にどれだけ…。そんなことも見えていないなんて…。」

    「ヴァレリーそこまでよ。あとは私が…。」
    「ハナコ姉さま。」
    「ハナコ…。」
     声がするほうを見ると、ハナコ姉さまとヘルマンが到着していた。

    「Vくん、君はこっちだ。」
    「ハナコ姉さま、お願いします。」
    「ヴァレリー頑張るのよ。」
    「はい、行ってきます。」

     ヘルマンの先導でエレベーターに乗る。
    「運命の女神とは実に来まぐれなもんだ。一生かけて抗ってきた相手にまさか、自分自身がなってしまうとは。」
    「そうね。でもサブロウ様の慈悲、だと私は思うわ。一度はコンストラクトとして悠久の時を生きる道も示された。あの時はケイ兄さまが影武者をつかまされて失敗したのだけど…。今度はその身を。結局息子に殺されても、息子を殺せなかったということなのよ。どんなに憎くても血を分けた家族。もう息子を失いたくない親心でしょうね。」
    「そういうものかい?」
    「そういうものよ。」
    「ふむ、なるほど、面白い。時間があれば一度ゆっくり語りたいものだ、Vくん。」
    「生きていられたら、その時はお屋敷にご招待しますわ。ヘルマン。」
    「喜んでお受けしよう。」



     私は軌道ステーションにあるアラサカ・クリニックの手術台にいる。そして脳の手術が始まる。
     意識はまだジョニーとともにある。
    「ジョニー。」
    「ヴァレリー。これが最後か?」
    「うまくいけば、私はあなたと一緒にいることになるわ。サブロウ様にお願いしてね、あなたと共有した部分をコンストラクトに移してもらうことにしたの。」
    「そうか、じゃあ、もう一人孤独と戦う必要はないってことだな。」
    「そうよ。電脳都市の中であなたと共に歩むことができるのよ。」
    「信じらんねえな。でもそれが事実なら、俺はオマエと…いや、これは叶ってからにするか。」
    「ふふ、本体から切り離された私にはなってしまうけど、あなたと過ごした時間がそのままだから、そこから先はあなたが一緒に育てていってちょうだい。」
    「ああ、わかった、大切にするよ。」
    「ジョニー私は…ほんとはね…」



    「ジョニー?あれ? クサマ教授?」
    「ヴァレリー久しぶりね。あなたが目覚めた。ということは…全記憶痕跡から抹消されたわ。おめでとう。苦しみは終わったのよ。とはいっても、あなたはここからまたいつもの試練が待っているのだけど。準備はいいかしら?」
    「そう。何だか終わってみると、あっけなかったわね。ジョニーと私の記憶は無事共存できたのかしら?」
    「そこは今のところ問題ないと聞いているわ。経過観察に移行しているみたいね。」
    「ならよかった。ところでやっぱり体は…。」
    「そうね、今の体は廃棄が決定しているわ。やはり負荷がひどくてね。正直ここまでよく持ったというべきね。」

    「了解。はあ、この感じはまた共感覚状態なのね。仕方ないとはいえ、何度やってもこれは慣れないわね。」
    「仕方ないわよ。大変だろうけど、もう少しだから頑張ってね。それからしばらくは地上にも連絡は禁止。ゆっくりリラックスして課題に取り組んでちょうだい。ただでさえ、神経プロセッサが過負荷状態なの。不要なストレスは状態を悪化させるだけよ。」
    「はい。はあ、気持ち悪い…。」
    「では、あとは部屋を用意したからそちらに移動してね。警備員に誘導させるから。」
    「行きましょう。」
    「よろしく。」

     私は警備員に誘導されながら、部屋へと進む。
    「ドクターが来るまでは楽になさっていてください。自分はここで。」
    「ありがとう。」

     改めて鏡で体を見た。この体ともあと少しか…。
     これはさすがにゴロウに何といえばいいのだろうか。
     考えても仕方がない、全部サブロウ様に丸投げだ! そこからはひたすら寝た。

     目を覚ますと、テレビではサブロウ様がヨリノブの体に入ったことを告げていた。
    「サブロウ様、無事に上書きが成功されたようね。でもあの容姿だと私サブロウ様のお傍に行けそうにないなあ。ぶん殴りそうだ(笑)」
     テレビを見ながら笑っていると、クサマ教授が入ってきた。
     いよいよ地獄の検査の日々が始まる…。
     頭頂葉の検査、認知機能検査、高次表現形成、そして、運動能力のテスト。これらを毎日、正常に戻るまで繰り返される。脳をいじったんだから、しょうがない。視覚は正しい色を認識していないし、文字を正しく認識し読み上げる能力もだいぶ低下している、連想ゲームから思考の確認したり、ランニングマシンでの走り込みも走れていない。
     ひたすら忍耐を強いられるうえに、幻覚とも戦わなければいけない。



     ある程度合格に近づくと、クサマ教授からホロコールの許可をもらった。
     ゴロウ…は長そうだから、サンダユウかな。
    「ヴァレリー?」
    「サンダユウ~元気か?」
     サンダユウの後ろで大声がする…いやな予感だ。
    「オダ、今ヴァレリーって言わなかったか。おい、どうなんだ。」
    「あー、ゴロウ、一緒だったのね…。」
    「ヨウコ、なんで…オダなんだ。俺に一番に連絡してくれても…。」
    「あーうん。サンちゃんならすぐ切れるから先にと思っただけで他意はないからね。ゴロウと一杯しゃべろうと思ったからさ。ごめんね、配慮が足りなかったね…。」
    「あ、すまん。俺は自分のことばかりで…。オダもすまん、俺は向こうに行ってる。続けてくれ。ヨウコ、あとでな。」
    「うん。またね。」
    「タケムラサン、お前がクリニック行ってからはずっと俺に付きまとっててさ…。毎日稽古つけてくれるのはありがたいけど、最近はちょっとうんざり気味で。」
    「そうなんだね。何だか昔に戻ったみたいじゃない? サンダユウの愚痴大会(笑)」
    「確かに! どうだ調子は、ホロコールの許可がおりたってことはもう戻ってくるのか?」
    「もうすこしかな。今回はダメージアリの脳の調整だからねえ。慎重だよね。」
    「体は…その…どうなった?」
    「あーそれはサブロウ様からで…。」
    「そうか、わかった。じゃあまた戻ったら飲み行こうな。」
    「だね、もうしばらくゴロウのことお願いね。」
    「はは、頑張るよ。」

     ゴロウへとつなぐ。
    「ヨウコ…。」
    「ゴロウ、久しぶり。元気にしてた?」
    「ああ、相変わらずだ。今日もオダに稽古をつけていたところだ。もうこっちに戻れそうなのか?」
    「んーまだもう少しかな。」
    「そうか…。あのな、ヨウコ。俺が迎えに行きたかったんだがサブロウ様に却下されてしまってな。その…」
    「あー大丈夫よ、ゴロウ。おそらくサブロウ様が気遣ってくれたんだと思うの。ほら、日本に帰ったらって話あったでしょ?」
    「ああ、なるほど。じゃあ俺は、くさくさしてないで、準備をしなくてはならぬな…高松でいいか?」
    「高松『が』いいんでしょ? ゴロウは。」
    「これは一本取られた。では、こうしてはいられないさっそく…。」
    「ゴロウ」
    「ん? なんだ?」
    「ありがとね、傍にいてくれて。」
    「なんだ今更、これからもずっとお前が嫌になるまで傍にいるからな。覚悟しておけ。」
    「え~そうなの?」
    「ああ、そうだ。もう我慢しないって決めたからな。」
    「……じゃあ…もうちょっとかかるけど、待っててね。」
    「ああ、待ってる時間も最高のなんだったか、あれだよな!」
    「そう、あれよ(笑) じゃあ、またね。」
    「無理しないようにな。」



     それからさらに、3か月後。
     アラサカ・クリニックに来て半年がたったある日、その時は訪れた。
    「ヴァレリー、迎えに来たぞ。」
    「V様、お迎えに上がりました。」


     私の前に現れたヨリノブ姿のサブロウ様。
     そしてその後ろには老紳士風のアンドロイドが一体。
     私は3人で日本への帰路に就いたのだった。




    --------【21】:WORLD CELL
     ヨリノブの乱が終わり、ハナコ様とオダと共に日本へ戻ってきていた。サブロウ様の護衛の任からは外されたが、お屋敷警護長兼後輩指導を任された。ヨウコがアラサカ・クリニックに旅立ってから7か月が経とうとしていた。今日もいつものようにオダに稽古をつけていると、サブロウ様より特別会議室へ集合せよとの連絡が入った。何かあったのだろうか。
     サブロウ様はヨリノブ様のお姿になられてからは精力的にお仕事をこなされていたが、半年ほど経ったある日、少し前の体のサブロウ様に近い年の取り方をされた。副作用か何かかとみんな疑ったが、本人曰く、この顔が嫌だというものがいて、常に殺気を放たれて生きた心地がしないので、美容整形で少し老けさせたとかなんとか、うまくはぐらかされてしまった。だが、だいたい察しはついた。

     会議室にオダと共に入ると、すでにハナコ様がいらっしゃり、暗部の御仁が二人いるようだった。いるようだったというのは、認識阻害がかかっていてうまく認識できていないからなのだが。
    「タケムラサン、あんまり暗部の爺さんガン見しちゃだめですよ。殺られますよ…。」
    「ああ、そうか、ついうっかり。」

     しばらく談笑していると、サブロウ様とその横にきれいな和服姿の女の子が一人。女の子の後ろには老紳士風のアンドロイド。
    「おお、みんな集まっているか。楽にしてくれ。今、七五三から帰ったところでな。」
    「はい、お父様。」
    「「「「はっ」」」」

    「まずは、タケムラ。よく務めを果たした。お前は直ぐに顔に出るし、口にも出るやつだったからな、今回はああするしかなかった。許せ。」
    「もったいなきお言葉でございます。」
    「オダ、お前もだ。いつも、すまぬな。特に今回は最初に説明ができない状態となってしまった。お前に説明がちゃんとできていればもう少し楽だったと思う。」
    「はっ」
    「ハナコも、よう耐えたな。これからはお前の負担も減ることだろう。ゆっくり休むといい。」
    「はい、お父様。お心遣い感謝いたします。」
    「爺どもは…あとで酒でも飲みながらでよいな。」
    「「御意。」」

    「あの、お父様…そちらのかわいらしい童はもしや。」
    「おお、ハナコには分かるか?」
    「ええ、懐かしいですわね。よくお手玉をして遊びましたわ。」
    「サブロウ様、ハナコ様! 彼女はいったい…。」
    「(アリだな…。)」

     その姿に唯一気づかなかったのはタケムラだけだった。

    「前に出て、挨拶なさい。」
    「はい、サブロウ様。…ハナコ姉さま、ごきげんよう。オダ、タケムラ…オジサマ? はじめまして。」
     ちょこんとお辞儀して満面の笑顔を浮かべる。
    「ヴァレリー! おかえり!!(もしやっワンちゃんあるかも?!)」
    「「(オダよ、いい加減あきらめろ…。)」」
     暗部の爺さんたちがあきれ顔をオダに向けた。

    「はっ! …ヨウコなのか!(ばかなっヨウコが縮んだー!!!!!)」
    「ヒトクローンですわね、お父様。」
    「うむ。私がコンストラクト、AIとともに独自に研究を進めていた柱の一つ。それがヒトクローンということはお前にも話したな。」

     サブロウ様は、ヨウコはヒトクローンによって生み出された個体だと、衝撃の事実を伝えた。しかしそれに驚いているのは、俺だけだった。
     もともとはサブロウ様のお体再生目的での研究であったが、そこから転じて絶対的忠誠心を持つ個体を記憶能力共に継承していくことはできないかという実験からヨウコは生み出されたという。

    「そもそも、ヴァレリーの両親がアラサカ・タワーで戦死したのを私の屋敷でお世話をしてて知ったという事実、タケムラ、お前これを聞いて、こ奴が何歳だとか考えたりはせんかったのか? お前が出会ってからだいぶ経つと思うがの。」
    「は! そういわれてみれば…。そこまで考えが及びませんでした…。しかし、年が上だろうと下だろうと関係ありません!」
    「はあ、そこまで盲目なれるとはある意味お前の特技か何かだな。まあいい、話を戻すが…。」

    「御館様、ここからはわたくしが…」
    「タイゾウか、うむ。」

    「暗部御庭番のサルトビタイゾウだ。ナイトシティではカシウスと呼ばれているがな。まあ、偽名だ。」
     タイゾウ殿の話はこうだった。
     ヴァレリーの個体は先代が役目を終えると蓄積した情報を速やかに処置され移植される。その際に記憶の引き出しを開けやすくするするため、先代の個体を親など自分とは別の近親者に置き換えて固定させるという。最終的にはバイオポット内にあるブラックボックスの中にアラサカに必要な情報のみが蓄積されていくという仕組みらしい。ここから転じてジョニー・シルヴァーハンドにも施された、疑似記憶の改変が生まれたという。それ以外は詳しくは暗部の秘匿情報のため、教えてはもらえなかった。

    「ちなみにだが、先代の旦那はオダだ。と言っても先代のオダだが。」
    「は?!」

     衝撃的な事実にタケムラはめまいがしてきた。ヨウコについてはいい、俺はそんなことであきらめたりしない。オダが旦那だったと?
    「先代のオダが先代の旦那…。」
    「はっはっは。さすがはタケムラの旦那、ぶれないねえ。オダが負けるわけだよ、こりゃ。」
    「サイゾウさん、心折れるからそれ以上言わないで…。」
    「若い若い、はっはっは。」

    「さて、ではわしが話を引き継ごうかの。タイゾウ…カシウスはナイトシティでリパードクやっていたから知っておろうが、わし馬廻りのサイゾウとは初顔合わせじゃろ。以後、よろしく頼むぞ。」
    「サイゾウ殿…お噂はかねがね…。」
    「うむ。オダの話が出たからな、補足じゃ。」

     サイゾウ殿がオダとヨウコの関係について話せる範囲で補足してくださった。
     暗部はヨウコを守る義務がある。暗部の宝は伊達ではなく、そのブラックボックスは絶対死守だそうだ。
     タイゾウ殿、サイゾウ殿とあと一人、暗部では三蔵と呼ばれる人物が守護しているという。

    「そのあと一人がオダ。暗部では御伽のライゾウじゃ。アラサカの家紋を守りし、二つの家紋は二つで一つ。オダの家紋とされているのは三蔵を表しておる。オダは表からアラサカ家を、そして嬢ちゃんを支えてきた。ずっとな。オダは嬢ちゃんと同じヒトクローンじゃ。今回もし、あの場で嬢ちゃんに殺されてたら同い年であったろうに、かかか、誠に残念じゃったのぉオダよ。タケムラはほんにフラグクラッシャーよのう。」
    「もう何回目ですか、その話題。傷えぐるのやめてください、サイゾウさん。」

     暗部三蔵。オダもヒトクローン。いろんな事実がいっぺんに押し寄せてくる。何とか状況を把握しながら、次はなんだと身構えてる自分がいる。そして、じっと聞いていた、サブロウ様が口を開く。

    「絶対的な忠誠心を持つ人間なんてものはいない。アラサカ家の傀儡と言えば聞こえは悪いが、そういう人材は必要だった。ヒトクローン技術が進歩し、コンストラクトやAIといった電脳技術が発達、時が、世の中が私の希望を聞き入れたのだ。」

     サブロウ様はふうと息を吐きこう続けた。
    「ヨウコという名前はな、ヨウコの祖父とでもいうべき男、イサロクが『影のものとして生きようとたった一人、その名を呼んでくれる人だけでも明るく照らせるように』とつけたんだ。オダは旦那だった時代もあるが、結局その名を呼ばせてもらえなかった。お前はなぜ選ばれたのだろうな…。わしには理解できん。」

     少し疲れた顔をするサブロウ様。タイゾウ殿が後に続く。
    「タケムラ殿、御館様のこの話を聞いてもなお、おぬしは添い遂げたいと思っているか? 今であれば、まだ引き返せるぞ。御館様の楔は簡単には抜けぬ、永久ともいえる呪縛ぞ。」

     俺は、唇をぐっとかみしめ、まっすぐヨウコを見た。
    「はい、自分はもう彼女と離れないと決めましたので。」
     サブロウ様は俺の目をじっと見て、そしてふっと力を抜いた。
    「タケムラ、おぬしの固い意志。しかと受け取った。まあ、お前が真名を呼ぶ権利を得た時から決まっていた定めなのかもしれぬな…。」



     場の空気が一気に和む。
     それを察したヨウコが、それまで蚊帳の外といったようにハナコ様とお話しされていたが、座っていた椅子から降り、みんなの輪に加わった。

    「お話は終わりましたか? サブロウ様。」
    「おお、ヴァレリー。終わった。お前からも何かみんなにあるか?」
    「はい。みんなに紹介したい人が一人おります。」
    「ああ、そうだった、大切なことだ。」
    「セバスチャン、前に。自己紹介を。」
    「V様。かしこまりました。ご紹介にあずかりました、セバスチャンと申します。この度、V様が死ぬその時までお仕えする栄誉をサブロウ様より与えていただきました。」
    「あれ? この物言い…もしかしてデラマン?」
    「オダ様、正解でございます。正確に申しますと、デラマン息子と呼ばれる個体でございます。車から人へと変化いたしました際にV様より名前をいただきました。以後、執事のセバスチャン、または気軽にセバスとお呼びください。」
    「セバスチャン…こりゃまた安直な…」
    「サンダユウ? 何か言ったかしら?」
    「いや、なんでも! んじゃまあ、なんか分からないけど、今日は飲みに行くか? あーその容姿じゃ無理かぁ…。」
    「家飲みなら許されるんじゃない?」
    「家飲みでも許されませんよ、あなたたち!」
    「ハナコ姉さま…。だめ?」
    「まったくもう、あなたたちはいつもいつも。それより、お洋服とか大丈夫なの? 心配だからセバスチャン、あとで私のところへ来て頂戴。」
    「ハナコ様、かしこまりました。」
    「サブロウ様は和服ばかりお選びになるからお洋服も着てみたいわ。お姉さま!」
    「まあまあ、昔に戻ったみたいね。何だか楽しいわ。小さい頃のお洋服まだあったかしら?」

    「タケムラよ、ちょっとこちらへ来なさい。」
    「はっ、サブロウ様。」
    「お前は今日付けで屋敷護衛から任を解き、暗部所属…ヴァレリー直属護衛とする。この任は死ぬまでだ。よいな。」
    「!!…サブロウ様!! 謹んで拝命いたします、この身に代えましても…。」
    「うむ。現在は成長促進剤を投与しているから、半年後ぐらいには成体になるだろう。成長が落ち着くまではタイゾウが主治医としてつくことになっておる。何かあれば逐一報告せよ。」
    「はっ」
    「それから、中身は同じだからといって、あの容姿に手を出したら…分かるだろうなタケムラよ。」
    「は、はい…試練と思って臨む所存…ぐぬう…」
    「まあ、おぬしも若返りを希望するなら、ハナコかタイゾウにでも相談するがよい。はっはっは。」
    「さ、サブロウ様…(赤面)」

    「(俺はその間に小さいヴァレリーと一杯触れ合うもんね~!そのぐらいは許してくれよ。)」
    「サンダユウ、このぐらいの年にはもう組み手してたよね? 明日から少しずつ鍛錬したいから付き合ってね!」
    「おう、もちろんだ! そういやどこに住んでたんだ? こっちにいつ戻ってきた?」
    「1か月前よ。体が馴染んでなかったし、サブロウ様が皆を驚かしたいから内緒って言って離れでずっとセバスにお世話してもらって生活してた。お嬢様になった気分だったわ~。」

    サンダユウと戯れていると、タイゾウとサイゾウが傍に来た。
    「お嬢、タイゾウを置いていきます。何かあれば。」
    「ありがとう、サイゾウはまた通常任務ね。」
    「はい。タケムラが傍におりますのでまあ、問題は当人ですが、護衛としては大丈夫かと思いますので…。それ以外は保証しません。」
    「分かったわ。暗部も少しにぎやかになりそうね。」
    「やかましくの間違いじゃないでしょうか、お嬢。」
    「確かに!」
    「では…。」
     サイゾウは静かに去った。。

     アラサカ家は絶対的な忠誠心を持つものと血のつながりによって、この後何世紀にもわたってさらに強固なコーポとして君臨して行くのだった。



    「あ、そうだヨウコ! 高松に別荘を建てているからな! 落ち着いたら、行こう。」
    「本当?! 完成する前に一度行きたい~!」

     ここに新たな楔を打ち込まれた男が誕生した。
     それが男にとって幸か不幸か、神のみぞ知る。



    審判タケムラ生存エンド
    おしまい
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works