虚堂懸鏡虚堂懸鏡
年末年始ぐらい雲深不知処に戻って来いと隠居先の家に文をつけた鳩が舞い降りた。
「どうする藍湛戻ってやるか?」
二人で夕餉の支度をしながら帰省する相談をする。
「貴方に任せる」
「お前の実家だろうがーこの件は藍湛に任せる」
結局藍湛が寝付くまで決着をつかず魏嬰がおれる事になった。
「分かった、あの兎達も実家に戻りたいって言っていたから帰ろう。俺も帰りたい」
「うん」
嬉しそうな声と少し口元が上がったのを見て俺は嬉しくなって藍湛に抱きついてそのまま寝台へ沈んだ。
「出来た野菜のお裾分けみんなと兎達にもあげないとな、良い出来だったし。まぁここより寒そうだけど」
一緒の寝台で魏嬰が藍湛の腕の中でゴロゴロと顔をすりつけながら話した。
「明日の夕刻には到着出来るように準備する」
少し身体を起こして藍湛の額に唇を落とした時黒い髪が流れて魏嬰が自分の前髪をつまんで
「行動速すぎるだろう、全く・・あっそうだ明日の朝前髪少し切ってくれ。伸びてきて目に入りそう」
「分った。魏嬰おやすみ」
「うん。おやすみ藍湛」
暗い闇の中に立っている夢を見た・・久しぶりな感じがして俺は周りを見回した。
ふと名前を呼ばれた気がして振り向いて背の高い長髪の男が立って俺を見下ろしていた。
何かを言っているのだが聞き取れず男の羽織を見て俺はその男を自分に引き寄せ抱きしめた。
頭の中に言葉が流れて来る
〔どこで間違った、何が悪かったどうすればよかった〕
「もう終わったんだ夷陵老祖、俺たちは間違ってもいたし正しかった」
〔痛い、苦しい、寒い、さみしい、会いたい〕
「全部俺が受けとめてやるからお前はゆっくり眠りな。後誰に会いたいんだ」
〔藍湛〕
腕を緩めて過去の俺を見るけどやはり真っ黒の人の形としか認識できなかった。
〔俺の顔・・・どんな顔だっけ・・・〕
そう言ってサラサラと黒い灰になって俺の中に入ってきて何かを思い出しかけた時白い布が見え掴もうと手を伸ばしてポツリと言葉が出た。
「悪い俺は昔の生前の顔が・・思い出せないんだ」
ガバリと跳ね起きて周りを見渡す隣に寝ている藍湛を見て寝息を聞いて起きてない事を安心してホッとした。
「変な夢と言うか忘れてたな・・」
そう小さく呟いて喉の渇きを感じて水を飲みに寝台から静かに抜け出した。
水を飲んで少し頭を冷やしたくなり寒空の中外に出て月の光に目を細めた。
「あの時と同じ満月か・・献舍されてあの化粧を落とした時は違う顔だなと思ったのに今はどうしてかこの顔が自分と感じてしまう」
藍湛だってこの身体で初めて会った時は分らなかったんだから・・全く違う顔をしていたという事だよな。
身体が冷えてきたのを感じて部屋に戻ろうと振り向いた時白い肌をますます白くした藍湛が立っていた。
「あっ、藍湛悪い・・ほら月の光がすごくて見たくなって、直ぐに戻るつもりだったんだが・・藍湛?」
魏嬰が藍湛の前まで小走りで近づいて手を伸ばした時後ろに一歩足を引いた。
「藍湛どうした?怒ったのか・・」
藍湛が俺を見つめながら静かに言った。
「君は誰だ」
俺はその言葉と藍湛の他人を見る様な目を見て体温が奪われその後の記憶は暗い闇の中に落とされた。
次の日昨晩言った事は何も覚えていないのか何時もの俺を魏嬰と呼び抱きしめてくれる藍湛がいた。
「魏嬰、顔色が悪いが大丈夫か」
昨日の前髪切る約束は覚えているみたいだから寝ぼけたのかそれとも俺と同じ昔の夢を見て思い出したのか。
「これで平気か?」
手鏡を持ってもらい俺は鏡に映る姿を見ながら切って貰った前髪を指でいじる。
「大丈夫だ、ありがとう藍湛」
俺をガン見する藍湛見てまた誰だと言われるのではないかと怖くなった。
『怖い・・この男に〝魏無羨”ではないと否定されるのが怖いんだ。そうなったら今の俺は何者なんだと』
「藍湛・・・その俺の顔に何かついてる?」
おそるおそる質問して怖くなって藍湛の羽織の裾を掴んだ。
「いや、少し肉がついてきたなと」
大きくて温かい手が俺の顔を優しく撫でると自分から手に寄り添って目をつむった。
「太ったか・・藍湛が甘やかせるからだろ」
顔が近づいてきて抱きしめられて名前を呼ばれる、嬉しいのに何故だろう確認するかのように言葉を続ける。
「藍湛、俺の魂はここにある、ここにいるお前が抱きしめているだからお願いだから今の俺を見て」
『生前の時にも同じ事言ってたな、俺を見てって・・』
抱きしめる力が強くなって苦しくて咳こんでしまい藍湛が腕を緩めて謝罪した。
「すまない、君がいなくなる夢を見たから・・そんな筈はないのに、今私の前にいるのだから」
「また不安にさせてごめん藍湛」
俺の方から藍湛を抱きしめて背中をポンポンと叩く。りんごちゃんに荷物と俺を乗せて俺は藍湛に手綱を渡す。
「うん」
荷物の上に大きな籠を乗せその中には白と黒の兎がキョロキョロしながら辺りを見回していた。
「久しぶりに仲間に会えるぞ。楽しみだな」
「魏嬰、落ちないように気をつけて」
「うん、でも落ちそうになったらあの時の様に助けてね」
「分った」
久しぶりに帰ってきた故蘇は変わらないままだった。
「よかったー家訓が増えてなくて」
「戻ってきて最初に出た言葉がそれか」
藍啓二がいつものように髭を触りながら魏嬰にお小言を言い始めた。
「二人共元気そうで良かった、部屋の方はちゃんとこまめに掃除してあるから荷物を置いてきなさい」
藍啓二と藍曦臣に挨拶を交わした後魏嬰と藍湛が静室へと足を向けた。
「りんごちゃんと兔は僕達が預かります」
「うん、よろしく頼む。少し背がのびたか?」
そう言って二人の頭をぐりぐりと撫でまわした。
「お陰様で、もうすぐ魏先輩を追い越せそうです」
「余裕で追い越せるだろ」
後輩達と楽しそうに会話している所を藍湛が静かに見つめていたが魏嬰の姿に誰かの影が重なって見えた。
「忘機・・どうしたんだい?彼と何かあったのかい」
横にいた兄に問われて軽く頭を振ると
「大丈夫です、疲れが溜まってるのかもしれません」
「そうなのかい・・何かあれば早めに言うんだよ」
「はい。ありがとうございます」
「藍湛、早く戻ろう」
手を大きく振って声を上げた時ゴホンを咳き込む声がして魏嬰が口をおさえた。
「すいません」
「相変わらずだね彼は」
「兄上、彼は・・・」
「彼は彼だ。忘機」
静かに頷いて魏嬰の前まで来ると
「部屋に戻ろう」
並んで部屋に戻る二人を見つめる藍曦臣に叔父の藍啓二が小声で話しかける。
「何かあったのか」
「弟もですが魏公子も同じ悩みを抱えているみたいです」
「そうか」
「なぁお前らに聞いてみたいことがあるんだけど・・良いかな?」
「なんでしょうか?」
「俺たちでいいのかよ」
魏嬰がうんと頷いて
「最初会った・・正確にはあの化粧を落とした後の顔と今の顔変わってるか?」
二人は顔を見合わせて
「変わってますね」
「うんうん、変わった」
「そうか・・・」
「顔色が良くなりましたね」
「後はふっくらしてるし筋肉もついてる」
「えっとそういう変わったとかではなくて・・・」
「魏先輩は魏先輩です」
「そうそう、俺たちは今のあんたしか知らないんだ。前の莫玄羽の事を知りたかったら、お嬢様に聞けばいいじゃねーの」
「それは、もう聞いた。同じ事言われた・・し・・でもな最初の頃合う度にお前本当に莫玄羽かとか変わったやら言われてた事があったからさ」
「魏先輩の場合は複雑ですからね、でもそのようなお顔をされていたら含光君にご心配されてしまいますよ」
「俺、お前に冥銭燃やしてくれたよなって聞いた事あったよな」
「うん」
「もし・・いやお前が燃やしてくれたら俺はここにいなかったかもしれないな」
「何故」
「だって昔からお前の事を追いかけて暗闇に堕ちそうな時もその白に引き寄せられて引き戻されたんだ」
「魏嬰」
「一度だけ振り払って堕ちるとこまで堕ちて行ったけど、俺はまたその白に囚われて引き寄せられた」
「貴方は今私の傍にいる」
「うん。お前の傍にいるよ」
「冥銭は・・」
「俺の禁言術だよ、効果あるだろ」
「・・・」
「さっきの続きだ、お前が冥銭を燃やしたらきっと喜んで受け取っていたかもしれない、こんな俺にもやしてくれるなんてって自慢しながらあの世に渡っていただろうな」