いいよ② しばらく悠仁に会っていない。というか、高専に行っていない。低級呪霊のくせに、地方にまで僕を寄越す呪術界は本当に使えない。
おかげで悠仁との横浜デートは実現していないし、ドライブデートも出来ていない。せめて、ドライブくらいは連れて行きたいな。
「悠仁に会いたい…」
2週間の出張を終えて、やっと東京の自宅へ戻ってきた。明日は土曜日だし、学生たちも休み。時刻は20時。スマホを取り出し、悠仁に掛けた。
コール音の後すぐに、元気な声が迎えてくれる。
『五条先生、お疲れサマンサー!』
「悠仁もお疲れサマンサ〜」
『あれ?先生、本当にお疲れ?』
「2週間も悠仁に会えてなかったから、さすがにね〜」
『本当?なら、今から会う?』
意外にも悠仁の方からのお誘い。疲れた心身にはよく沁みる。
『あぁ…でも、疲れてるもんな。やっぱり、ゆっくり休んで!』
「悠仁に会ったら、疲れも吹っ飛ぶよ。今から迎えにいく」
『まじ?分かった!』
「校門前で待っててね」
通話を終えて、すぐに支度をして家を出た。好きな子に会うための道のりは、心が弾む。
悠仁の姿が見えるのを楽しみに、暗闇の中をヘッドライトで照らす。立派な筋肉を持った健康男児でも、好きな子を辺鄙な山奥で待たせるのは心配だ。
徐々に車通りの減る夜道で、強めにアクセルを踏んだ。
◻︎◻︎◻︎
ガチャ
「五条先生、お疲れ!」
校門に着き、悠仁が車のドアを開けて、元気に言ってくれる。これが見たくて、出来るだけ早く来たんだよ、僕は。
「悠仁もお疲れ様」
「車で来てくれて、ありがとうね」
「悠仁に早く会いたかったからさ」
「俺もだよ!」
歯を見せニカッと笑う笑顔は、夜なのに辺りを明るくしてくれる。本当に疲れは吹っ飛んでいく。助手席に座った悠仁がシートベルトを閉めたのを確認して、アクセルを踏んだ。
「先生、なんか良いことあった?」
「んー?」
「なんか嬉しそうだからさ」
ドライブデートって初めてかも。その初めての相手が、大好きな悠仁なんだから嬉しいに決まっている。
「そんなの、悠仁に会えたからに決まってるでしょ」
「本当に?俺も先生の運転姿見れて嬉しい!」
「かっこいい!」なんて今まで散々言われてきたはずなのに、悠仁に言われるのは特別だ。
久しぶりに会ったからか、車中での悠仁はたくさん話をしてくれる。恵や野薔薇、先輩たちの話、コンビニの新作のスイーツが出てた話、たくさんの話を共有してくれる。
会話をしていれば時間はあっという間に過ぎていく。程なくして、目的地に到着した。
レインボーブリッジの夜景が、綺麗に見える場所。何かのTVか記事で夜景スポットとして取り上げられていたこの場所。
男子高校生を相手に、こんなロマンチックな場所は場違いかもしれない。それでも、悠仁なら喜んでくれる。そんな気がして、ずっと彼を連れてきたかった場所。
「すげぇ、きれい!」
「でしょ〜。悠仁なら喜んでくれるかと思って」
「うん!すごい嬉しい!ありがとう、せんせ!」
喜ぶ顔を見れてよかった。何をしても笑顔で楽しむ悠仁を見れば、やっぱり好きだと実感する。
(あぁ、キスしたい…)
頬に触れようと手を伸ばした。
しかし、それに気づいた彼が顔を背ける。
「え…」
「あっ!ごめん!違うんだ!」
「…嫌、だった?今のは、最強の僕でも傷ついたんだけど」
反射的にしてしまったという彼は、直ぐに弁解に入った。反射的にしたって言うのも傷つくんだけどな。
「本当にごめん!嫌だとかじゃなくて…」
口籠る悠仁が、薄暗い車内でも耳まで真っ赤にしているのが分かる。
「……恥ずかしくって」
いつも余裕な彼が、モジモジしながら話す。
「俺さ、普段隠してるんだけど、先生のこと好きなんだよ」
「…うん」
「先生が思ってるよりだよ。すっごい好きなんだ」
彼からの急な告白に、うまく言葉が出ない。すごく嬉しい。でも、これまで触れ合うのを避けられていたことが不思議に思える。
「先生ってさ、強いし、見た目もかっこいいし、本当に最強じゃん。そんな手の届かない人を好きになっちゃって、近くにいれればそれだけで良いって思ってたんだ」
そんなある日、告白された。答えは"YES"の一択。「いいよ」とすぐに返事を返した。
でも付き合うってなんだろ、好きと付き合いたいって同じ気持ちなのだろうか?
俺の好きって、アイドルを追う気持ちとは…少し違う。一緒にいれば安心するけど、家族とも違う。大きな背中を見ていると、愛おしさが溢れてくる。この人に触れてみたい。もっと近くで見ていたい。肌に、触れてみたい。こんな風に思うのは、俺が変だから?
それに気づいた途端、僕が近くに来ると恥ずかしくなるようになったと悠仁は言う。
「先生のこと好きだから…緊張しちゃって…」
赤面する顔を両手で覆う悠仁。
可愛いけれど、どうにかしなければ死活問題だ。この問題を対処しなければ、僕はずっと悠仁に触れられない。下心を彷徨わせる羽目になる。早く、悠仁を克服させなければいけない。
「悠仁、なら今から慣れようか」
「え?」
「まずは、手を繋ごう。ここなら誰も見てないよ」
悠仁の前に左手を差し出す。悠仁はその手を見つめて、戸惑うも右手を重ねてくれた。
「…うん」
「どう?嫌だ?」
「嫌じゃない!でも、緊張する…ただ嬉しい…!」
悠仁はまた余った手で、顔を覆う。耳まで真っ赤にしているし、握った手は熱い。それだけ彼が僕を意識している証拠だ。
「じゃあ、今度は両手ね。はい」
余った彼の左手の行き場を見つけてあげれば、悠仁の顔がよく見える。しかし、視線は泳いでいる。
「悠仁、僕を見て」
その視線を僕に向けて欲しくて、掛けていたサングラスを外す。悠仁の頬に触れ、こちらを見るように顎を持ち上げる。
「くぅ〜恥ずかしい…」
ギュッと目を瞑ってしまった。でもこれは、これでアリかな。
唇に唇で触れた。
「んっ?!」
驚いて目を見開いた悠仁の瞳が、やっとこちらに向いた。
「隙あり」
「ちょっと!」
緊張と驚きで潤んだ瞳には、クルものがある。早く次の段階に行きたい。
「どう?一度触れちゃえば、なんて事ないでしょ」
「…うん、まぁ。でも」
そう続け、視線を這わせる悠仁を待つ。
「今度はちゃんと、キス…したい」
悠仁と視線を合わせ、近づく。近づけば、そっと目を閉じてくれる。そんな彼の唇に再び触れた。