08 鳳アキラ ほんの数分前まで静寂に包まれていた小会議室を打ち破るかのように、騒がしい音を立てながらとある人物が入室してきた。
その人物――鳳アキラを目の前にして、マリオンは呆れたように息を吐く。
「今日はオマエか……」
「何でオレの顔見て溜め息吐くんだよ!?」
「うるさい、黙れ」
アキラもマリオンの顔を見て「げっ」と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたものの、彼の言葉を聞いて一瞬で不満げなものへと変化させた。
「はぁ? これは2人で何か話せーっていう、そういう企画なんだろ? 黙ってたら意味ねーじゃん」
「それは、そうだが……」
彼の口から出てきた正論ともいえる言葉に、マリオンが口ごもる。すると、アキラはどこか意地の悪い、にやにやと勝ち誇った表情を浮かべた。それに気がついたマリオンはむっと顔を険しくすると、普段よりも低い声でアキラを威圧する。
「そう言うからには、何か話題があるんだろうな」
「へ?」
「当然、話題を考えているのだろう?」
「う……」
マリオンの指摘に今度はアキラが口ごもった。そんなアキラを見てマリオンは軽く鼻を鳴らす。
「ほら、何も考えていな――」
「お前は!」
言葉を遮るように、アキラが声を上げる。驚いたマリオンがアキラへと視線を動かすと、そこには先ほどとは打って変わって真剣な表情をした彼がいた。
「……お前は、どうして『ヒーロー』になったんだよ」
どこか緊張しているような、彼にしては珍しい固い声が部屋に響く。マリオンは彼の言葉を茶化すことはなく、普段通りの涼しげな瞳をアキラへと向けた。
「どうしてそんなことを訊く」
「……ブラッドが言ってたんだ。マリオンは16歳で【HELIOS】に入所しているから、順当にいけば、13歳の頃には既に『ヒーロー』を志していただろうって」
「アイツ……余計なことを」
今期のメンターリーダーを思い浮かべたのか、マリオンは苦々しげにその表情を歪める。
「それに、マリオンは研究部部長のノヴァ博士が親代わりをしていて、元々は生前のオズワルド博士が育てていたとも聞いているから、もっと早い段階から『ヒーロー』を志していた可能性も大いにあるって」
「……」
「だから、気になったんだ。お前が『ヒーロー』を目指したきっかけについて」
「……そんなことを訊いて何になる」
アキラが話した理由について耳を傾けていたマリオンが、感情の籠もらない声音でその真意を問う。その瞳にアキラはたじろいだものの、不機嫌そうに顔を顰めてぶっきらぼうに言い放った。
「……お前が話題を言えっていったんだろ。答えろよ」
「まずはオマエが答えろ。話はそれからだ」
アキラの要求を、マリオンはにべもなく突っぱねる。話は平行線になる。そう思われた会話だったのだが、アキラはというと常磐色の瞳を輝かせた。
「俺が『ヒーロー』を目指したきっかけが聞きたいのか!?」
途端に元気を取り戻したアキラに、マリオンは自分の「答えろ」という言葉が『質問の理由』ではなく『目指したきっかけ』として捉えられていることに気がついたらしい。呆れたように息を吐いた。
「そんなの聞きたくな――」
「4年前、火事で焼け死にそうになったオレを助けてくれた『ヒーロー』がいた。そんな『ヒーロー』になりたいと思ってオレはここにいる!!」
「話を聞け……」
思い切り立ち上がり、まるで演説を行うかのように高らかに宣言をしたアキラに、マリオンは冷たい視線を向ける。しかしそんな視線も言葉も耳に入っている様子はなく、彼は気分を高揚させたままマリオンの反応を窺った。
「どうだ? オレのボルテージマックスなきっかけ!」
「『ヒーロー』を目指す理由として、別段目新しいものではないな」
「なっ!? いちゃもん付ける気か!?」
「目指した理由についてどうこう言うつもりはなかったが、オマエが感想を訊いてきたから答えたまでだ」
「そ、れは……そうだけど!」
今にも食ってかかりそうなアキラに、マリオンは「とにかく座れ」と告げて席に座らせる。席に着いたことによって少し大人しくなったアキラに鼻を鳴らしてマリオンは口を開いた。
「まぁ、ある意味その誰とも知れない『ヒーロー』に対する憧れだけでここまで来れたのは、賞賛に値するかもしれないけど」
「ふふん、流石オレ! だろ」
「……」
マリオンとしては嫌みのつもりだったのだろう。その言葉に対して誇らしそうに自身を指さすアキラに、マリオンは言葉を失う代わりに呆れたような視線を向けた。
「つーか、やっぱりこうしてじっとして話すっていうのはオレらしくねー!」
そう言うやいなや、アキラは立ち上がって今度はマリオンを指さす。先ほど席に着いたばかりだというのに、せわしなく動く彼の様子に、もはやマリオンは口を動かすことすらしなかった。
「おい、マリオン! スパーリングしようぜ! オレがどれだけ強くなったか思い知らせてやる!」
「オマエのその根拠のない自信はどこから来るんだ……」
「はぁ? そんなの――」
アキラは自信満々といった調子で、己の胸を自身の親指で示す。
「オレのボルテージマックスなこのハートからに決まってるだろ!」
マリオンが見上げた彼の表情には、一点の曇りも無かった。
「……意味が分からないし、よくそんな気障ったらしい台詞を吐けるな」
「そこも流石オレ! ってところだろ」
きらきらと輝く常磐色の瞳には、確かな情熱が感じられる。それを認めたマリオンは、嘆息した。
しかし、その口の端は僅かに吊り上がっていて。
「……あぁ、そのようだな」