祝福の鐘が鳴っている。
ライスシャワーとたくさんの歓声を浴びて新郎新婦は歩いていた。空は晴れ、風は穏やかに吹き、太陽は優しく二人を照らす。いま、世界の誰であっても彼らの幸せを汚すことなどできない。何よりも美しい光景。
間に合って良かった。
宮野志保は少し離れた所から新郎新婦を眺めていた。
先程までは彼女も、他の招待客と同じように新郎新婦の近くで祝福の輪の中に居た。けれども少しだけ、ひとりで感傷に浸りたくなってしまったのだ。そっと抜け出してきたから、他の人には気づかれていないだろう。元より今日の主役は彼らなのだから、招待客の女が一人、輪の中から消えても誰も気に留めない。
だというのに、目ざとく気づいてわざわざ追いかけてくる物好きも、いるらしい。
「初恋の弔いは済んだ?」
明日の天気を尋ねるような軽さで、降谷は話しかけてきた。
なので志保も軽い口調で答える。
「ええ、お陰様でね」
「俺は特に何もしていないよ」
「『何もしない』ことをしてたでしょう貴方。私がつらいと分かってても、あえて手を貸そうとはしなかった」
「まあね。ひとりでケリをつけたいだろうなと思ったから」
「ええ、有り難かったわ」
新郎新婦を見つめたまま志保はしばらく黙った。降谷もそれに倣って沈黙する。
やがて志保は、ぽつぽつと独り言のように話し始めた。小さな声でも隣の男は一言一句逃さずに聞いてくれると、分かっている。
「私、いますごく嬉しいの。悲しいとか寂しいとか、そういう気持ちもゼロじゃないけど……あの二人のことを、心の底から祝福できているわ」
結婚式の招待状をもらった時。拗らせた初恋をいよいよ葬らねばならない時が来たのだと、志保は人知れず覚悟した。
覚悟はしたがその作業は簡単なものではなかった。
「工藤君も蘭さんも、私にとってかけがえのない人だもの。間違っても、今日のこの美しい日に、私の醜い感情なんて持ち込みたくなかったのよ」
はじめから虚しい恋だったのだ。きちんと葬ってやりたい気持ちと、いつまでも後生大事に抱えていたい気持ちがごちゃまぜになって、どんどんどす黒くなっていく。どうにもならない苦しさと自己嫌悪に打ちひしがれる日々。式の日が刻々と迫るなか、志保はひとり己の感情と戦い続けた。
こんなことは誰にも言えなかったし、知られたくなかった。隣にいる男には、なぜだか勘付かれていたようだけど。
すべては今日、笑ってここに立つために。
彼らへの祝福と、志保自身のために。
「本当に……間に合って良かった」
いま、志保の瞳は美しい新郎新婦を映して輝いている。その輝きこそが、何より美しいと降谷は思った。
「うん、おめでとう志保さん。よく頑張りました」
「ふふ、ありがとう。初恋玉砕仲間の先輩に褒められると嬉しいわね?」
「ははは、そりゃ良かった」
湿っぽい話はこれでおしまい、とでも言うように、じゃれあうような口調に戻す。
やはり幸福に満ちた空には、こんな晴れやかな会話が似合うのだ。
「今日は君にとっても、めでたい門出の日だな」
「そうね」
式はいつの間にかクライマックスを迎えていた。白い鳩が放たれて、高い空へと自由に飛び立っていく。
ああ、本当に良い日だわ。
「初めての恋は叶わなかったけど、君の人生はこれからもっともっと素敵になるよ。間違いない」
「あら、人生なんていつ何が起こるか分からないのに?」
「信じられないか? うーん、そうだな、じゃあまずは……」
「俺と最後の恋を始めてみるっていうのは、どう?」
こんなに素晴らしい日なのだから、それもきっと悪くない。
Not First Love,
but
Last Love……