初めて彼の顔をまともに見た時、ビー玉のような目をした男だと思った。
「僕は、あなたの家族に会ったことがあるんですよ」
拳銃を向けられそう言われてから、喫茶店に潜入する彼に囚われてしまった。
彼は黒の組織の一員。でも、なぜだか米花町にい続けて、小さな眼鏡の名探偵に存在することを許されている。
工藤君は彼の本当の正体を知っているのかもしれない。でも私は知らない。私は、彼のことは何も知らないのだ。
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「早く帰らねえと、仮面ヤイバー始まっちまうぜ!」
「そうですね!」
「二人とも、前気を付けてね!」
授業が終わった放課後、日の傾く米花町の通りを探偵団達が走り抜ける。私は彼らの後ろをゆっくりと歩いていた。歩み寄る影が身体を覆う。鋭い眼光が、私を射抜く……
ミステリートレインでシェリーが死んでから、しばしばこの感覚に苛まれるようになった。一息つき、振り向く。そこにはエプロン姿の彼が立っていた。
「哀ちゃんは仮面ヤイバーには興味ないんだね」
蒼い瞳が私を捉える。眉をひそめて睨むと、彼の透き通るような目が細まった。
「だから?」
「別に?」
含みがあるような笑顔。私の正体に気付いているのかもしれない。それでも私を捕まえにきたりしない。……気味が悪い人。
気が付くと側に立ち、私のことを見透かしている。私はどこにいても、彼の蒼い瞳に捉えられているのだ。
「哀ちゃん、こんにちは。昨日の夕飯はラーメンだったの?」
彼は、彼が到底知り得ないことも知っている。なぜなの。なぜ全て見透かしているの。とうとう耐えきれなくなった私は、ある日道すがら声をかけてきた彼を無視した。大股を広げできるだけ早歩きして撒こうと試みたが、所詮小学生の速度だ。長い足の彼に容易に追いつかれてしまった。
「博士の好物だからね」
沈黙に耐えきれなくなり、無難な答えで交わすよう試みる。
「へえ。博士の健康に気を遣うのは止めたのかい」
「ちゃんと低糖質の麺を使ってるラーメン屋に行ったわよ!」
気に障る言い方をされついに振り向いてしまった。彼の目を見て、息をのむ。夕焼けに照らされた透き通るような蒼の瞳があまりに綺麗だったからだ。
「駅前の、新規開店した店だよね」
彼の言うことは、悲しいほどに当たっている。私は返事をせず、走ってその場を去って行った。
彼と直接交わした会話の中で覚えているのはこの程度。私は、その年の夏、探偵団と夏祭りに出かけた。博士に連れられるがまま行ったから、どこで開催されていたかは覚えていない。会場に向かう道中、うす暗くなっていく空のもとで、彼らの背中を見ながら慣れない下駄で歩いていたことだけはっきりと覚えている。
「ビー玉すくい、やらない?」
「ビー玉すくい?」
吉田さんに誘われある屋台に足を止める。屋根の下を覗くと、ビニールプールに色とりどりのビー玉が入っていた。赤、黄色、水色、青、様々な色のビー玉が流れていく様子に、私は目を奪われる。
赤、黄色、水色、青、蒼、蒼、蒼……
目、目、目……
じっと眺めいていると、様々なビー玉の中で蒼いそれだけが、私の瞳によく映るようになった。瞬間、沢山の目に一斉に射抜かれるような気がして、私は思わずよろめく。
「哀ちゃん?! 大丈夫?」
「ええ、なんでもないわ……」
心配する友人を制し、浴衣を整えながら座る。一呼吸して気を落ち着かせた後、頭にタオルを巻いた、いかにもテキ屋の店番らしい男を見上げた。
「おじさん。これ、何個とっていいの?」
「ポイの紙がやぶれるまで制限なしさ。その代わり、一つもとれなかったら土産はなしだぜ」
「上等ね。袋いっぱい持って帰るわ」
私は宣言通り、電灯に照らされ光るビー玉をたくさん掬った。
他のビー玉には目もくれず、視界いっぱいキラキラ光る、蒼いビー玉だけ、たくさん。
組織が倒れて全てが終わった日、彼は突然いなくなった。私は、小さな足で行けるだけ遠くの山奥に行って、夏祭りの日に掬った、蒼いビー玉達を埋めた。
私がヤイバーなんて好きじゃないことも、博士のために低糖質のラーメン屋を探していたことも、彼はなんだって見透かして口に出してきたのに、最後まで私の両親のことは教えてくれなかった。
そう思ったから、涙が出た。両親を想って、ビー玉を埋めながら私は泣いた。
そう、思っていたはずだったのに。
**
彼は今どこにいるのだろう。例の組織壊滅から数年経った今、別の組織に潜入しているのかもしれない。
元の身体に戻った私は、落陽が差し込む部屋の中、夕焼けに照らされて光る一つのビー玉を眺めている。
(哀ちゃん、昨日は夏祭りに行ったんだね)
(はい、落とし物)
思い出すのは、いつも通り、放課後に米花町の通りで話しかけてきた彼。
彼が触れたビー玉だけは、捨てることができなかった。
「きっと、私は、彼のことを知りたかったのね」
組織が壊滅した直後。幹部達の証言によって、私の両親の暮らしが明らかになった。
それでも、私が満たされることはなかった。私が知りたかったのは、彼の蒼い瞳を通じて見た、両親のこと。すなわち、彼自身のこと。それが真実だった。
彼は私のことを何でも知っていたくせに、私は彼のことは何も知らなかったのだ。
埋めていったビー玉達が、時限爆弾のように爆発すればいいのに。
そして組織の幹部という前科を持った爆弾魔の私は、とうとう彼に捉えられるの。
そんなありえないことを夢想しながら、今日も私は捨てられなかった一つのビー玉を、夕陽が差す窓際に飾る。