おにのおまわりさんおにのおまわりさん
「やぁ、猗窩座殿。こんにちは!」
にこやかに挨拶をしてくるこいつの笑顔の胡散臭さったら、無い。ある種才能とすら思える鬱陶しさをまとわりつかせた男は俺の姿を確認するや否や棚から一冊のファイルを手に取り差し出してくる。俺が挨拶を返さないことなど、気にもせず。
「今日は何を落としたの?」
「……上履き」
「随分と大きな落し物だ!きっと親切な人が見つけてて届けてくれるだろう」
俺が、この駅前の交番の警察官などに名前を覚えられているのは、多い時で週イチ、少ないときで月に一度遺失物届を出しているからだ。
初めて出会ったのは、俺が小学三年生の時。きちんとしまっておいたはずの、学校を出る時にはちゃんと持っていたはずの定規がランドセルの中にもサブバッグの中にも見当たらず、どこを探して良いのかもわからず途方に暮れていたところを巡回連絡中だったこいつに声をかけられた時だった。
藁にもすがる思いで経緯を説明すると「一旦落し物をしたよっていう届けを交番で出して、それから一緒に探そうか」と提案されたのだ。当時の俺は幼かったし、おまわりさんの言う通りにした方が良いのだろうと言われるがままに書類を書いた後、思い当たる場所を一緒に探して周った。
結果として、その日定規は見つからなかった。どんなに探しても、教師の許可を得て校内を再度探しても出てこなかった。
「きっと、誰か親切な人が見つけて届けてくれるよ」
なんのあても無いのにそんな無責任なことを言うなんて、おまわりさんというものは案外信用ならない、と思った。のだが、翌日、こいつの言う通りに落し物を拾った、という人が現れたのだ。
何度も何度も探し回った通学路の近くの公園に落ちていたと言う。そんなはずは無い、と思ったけれど見つかったのなら文句を言う訳にもいかない。有難く受け取り、御礼を言ってもう二度とこの交番へ来ることが無いようにしたいと願いながら建物から外へ出たのを覚えている。
しかし俺の願い虚しく、俺の持ち物は消え続けた。ノート、シャープペンシル、リコーダー、体操着、教科書、等々。その都度交番へ行き、何故だか毎回いるこいつに事情を話し、遺失物届を出しているうちに顔も名前も何もかもを覚えられてしまったのだ。
何がどうなっているのか、遺失物届を出さずとも見つかるだろうと自力で探しても全く見つからないというのに、届けを出すと翌日には見つかるものだから最近ではもう自分で探すことをせず無いと思ったらその足で交番に来るようにしている。
「いやしかし、猗窩座殿も大きくなったねぇ。今高二だっけ?」
「高三だ。十七。来月十八になる」
「そうだった、そうだった。おめでとう、何か欲しいものはある?」
「交番の常連のガキに媚びる警察官に街を守られたくは無いな」
「媚びだなんて。もう八年の付き合いになるんだよ?ここまできたらお友達のようなものだと思うぜ俺は」
「公私混同反対」
ガッ、とわざと強く最後の文字を書き、ファイルごと押し付ける。
「別に物じゃなくたっていいんだよ、例えば何か知りたい情報とかだっていい。答えられるものには答えるよ。……うん、OK。じゃあこれで登録をしておくね」
「……じゃあ聞くが、お前は」
「童磨ね。万世さんでもいいけど」
「………………童磨は」
「すごく嫌そう」
十以上も下の子供に名で呼ばせようとするこの異常者はケラケラと笑いながらも「続けて?」と先を促してくる。このタイミングでカラカラと音がして扉が開き、巡回に行っていたらしい警察官が戻ってきたが、俺たちを見ても「素山くんこんにちは、また落し物?」なんて声をかけてくるだけだ。こんにちは、そうです。とだけ返せば見つかるといいねぇ、と笑って奥に行ってしまった。
「山本さん、お茶入れてくれそう!よかったね猗窩座殿」
「そんなに長居をする気は無い。……質問に戻るぞ、お前、何者なんだ?初めて会った時から、一切見た目が変わっていない」
「ええ、そうかなあ?俺だって結構年をとったはずだけれど、そんなに若く見える?」
「八年。八年だぞ、八年経って、そんなに見た目の変わらない若いままの人間がいてたまるか」
机に手をつき、椅子から腰を浮かせて童磨の顔に己の顔を近づける。
この質問をするのは、何も初めてではない。最初に違和感に気付いたのは五年生になった年で、大人になると外見の変化が緩やかになるのだろうかと思いつつ、巡回中の童磨を見つけた際に何気なく聞いたのだ。「お前、歳を取らないのか?」と。
すると童磨は「……気付いちゃった?」と言ったのだ。いつも通りケタケタと笑うだけだと思っていたのに。
固まる俺に顔を近付け、「見て、俺実は吸血鬼なんだ」と口を開けて人より鋭利な、キバのような犬歯を見せてきた童磨は、続けて「猗窩座殿も俺と同じ吸血鬼にしたくって、ずっと狙っていたんだよ。ここに、カプっと噛み付いて、俺の血を流し込むの」と言いながら首筋を少し尖った爪先でなぞってきた。
それが幼い俺にはあまりにも恐ろしくて、涙が止まらなくなって、もつれる足をどうにか必死で動かしてその場から走って逃げたのだ。
それからしばらくは失くしものをしても交番にはよりつかなくなり、パトカーや警官を見かければ逃げる生活を送っていたのだが、ある日そうもいかなくなった。財布を落としたとなれば、無視は出来ない。恐る恐る交番をのぞけばそこには以前と変わらぬ笑顔の童磨が待っていて、俺を見るなり「大事なもの、おとした?」などと言ってきた。既に、届けられていたのだろう。そこからの対応があまりに以前と変わらなすぎて、俺が怯えても「どうかした?」と言うばかりで、それで、ああ、俺はあの時からかわれたのだと気付いたのだった。
その後も何度か同じ問いをしているが、「不老不死の薬を飲んだ」「整形を繰り返している」「鬼なんだよね実は」などとはぐらかされてばかりで、友達だなんだというわりに俺はこいつに信用されていないのだと思ってしまう。
しかし、誕生日プレゼント、ともなれば嘘はつかないだろう。答えられないのならばそう言うはずだ。さぁ、童磨、どう答える。
ボールペンを手元でくるくると回している目の前の男はどう返すか考えているようだったが、数秒のち、ペンの動きがぴたりと止まる。
「俺、このあと外に出るんだよね。いつものルートの巡回」
「は?」
「商店街を通って、三丁目、二丁目、学校の前、一丁目、えんぴつ公園」
「まて、お前の巡回ルートなんて知ってる。なんだ突然、質問の答えになって無、」
「山本さーん、俺巡回行ってくるんでよろしくね!」
「おい!」
思わず、立ち上がった童磨の腕を掴む。すると童磨は俺の方をちらりと見るだけで、俺の指を引き剥がし、バッグを持って外へ出ていってしまった。
ついてこい、ということであっているのだろうか。わからないが、こんな意味不明なことを童磨がしたのは初めてのことで、ならばまかれたとしてもついて行くべきだと思い後を追うべく慌てて外へと駆け出したのだった。
「山本さん、お茶、飲めなくてすみませんでした!」
こう叫びながら。
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