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    mukibutu_09

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    秋の夜(満月)のウォルナミ話。
    良い子は真似しちゃダメだよ。

    #黎明の瞬き

    月に酔う満月の夜だった。

    何やらご機嫌の様子の奈美がメロディーを口ずさむ。メロディーに合わせて小刻みに揺れながら先程食べた晩御飯の後片付けをしている姿を、ウォルターは座ったソファーから眺めていた。
    水道の蛇口を閉めた時には声が小さくなる様子を見るに、水を流してる間はウォルターには聞こえないと思っているらしい。まあそんな彼女の思い込みをよそに、ウォルターはバッチリ彼女の声を拾い、笑い出すのを堪えて震えているわけだが。
    スラスラと流れていく音の中「えっと…なんだっけ…」などと歌詞に詰まって零した彼女の独り言ももちろん拾われているわけで、読んでいた本に再び向き直った彼もその言葉に合わせて愉快そうに肩を揺らす。

    断続的に流れる水音がはたと止まる。音楽を口ずさむのはとうに止めており、代わりにパタパタと軽やかにフローリングを動く彼女の足音が機嫌の良さを表していた。
    ソファーの彼には目もくれず、彼女はそのまま隣の部屋へと移動する。手前のカーペットでスリッパを脱ぎ捨てて、跳ねるようにベランダの窓へ近づく。
    じんわりと外の冷気を纏う窓枠に手を添えてカチリと鍵を下ろす。
    「どうしたんです?」
    かけられた声に振り向けば、いつの間にやら大きな彼が音もなく後ろに佇んでいた。
    「月を見たいんです。今夜は満月なので」
    へにゃりと笑う彼女は肌寒い秋の夜を気にも止めずに、ノースリーブに赤のミニスカートのいつもの服でベランダへ踏み出す。
    何か声をかけようとして逡巡し、結局何も言わなかった彼も彼女に続いてベランダへ出る。ヒヤリとした空気で肺を満たしているうちに彼女は既に月に夢中になっており、食い入るようにそれを眺めていた。
    幾度も見たであろう月を何故今回もそんなにも楽しげに鑑賞できるのか、ウォルターにはその感性が分からない。
    何百年も生きてきた彼は、見てきた全ての月を覚えている。今回の満月もやはりいつぞやの月と変わらなく、肌寒い中よく晴れた空の満月は既に見たこと、体験したことがあった。
    思い出そうとすれば脳裏にその時の映像が流れるが如く全てを思い出せる彼には、今さらまじまじと見る価値の無いものだ。
    忘却を知らない彼に、満月はいつかと同じような輝きを見せてそこに在る。

    変わらない月にも、月を見上げて微動だにしない奈美にも彼が飽きてきた時だった。ふと、奈美がベランダの手すりに乗り出す。
    「…何を?」
    そのまま手すりによじ登った彼女は満月を背景に目を細めて無邪気に笑う。
    「ほら、舞台みたいじゃないですか?」
    僅かに怪訝そうにした彼の表情など気にもとめず、手すりの上で胸を張り、腕を大きく広げてみせる。月光が彼女の細い四肢を照らし出した。
    息を呑むウォルターを横目に、彼女は確かめるようにヒタリヒタリと手すりの上で歩を進める。時折バランスを崩しそうになって、左右に体を揺らす。
    ここは4階だ。落ちれば怪我は免れず、下手をすれば死ぬ。意味も無く危険を犯さないと思われていた彼女は、彼の目の前で生と死の境目とも取れる手すり1本の上を歩み、ただただ楽しげに笑う。
    手を伸ばすことも声をかけることも出来ずに呆然と見つめるウォルターの前で、彼女はさらに微かに飛び跳ねる。何も纏わぬ白く滑らかな両足がほんの少し浮いて、直ぐに手すりの上に戻る。
    「ナミ」
    嫌な予感がしてついに彼が声を掛けるが、それを無視して彼女はスカートをなびかせて舞い始める。
    動きは素人だが、それでも彼女は楽しそうに手すりの上を動く、回る。
    見つめるウォルターが奈美を月の精かのように錯覚した時だった。月に惹かれるように彼女の重心が手すりの外へ傾く。
    ハッとした彼が引き戻そうと手を伸ばした瞬間、追い討ちのように彼女が足を踏み外す。
    「ッ、」
    フワリと浮いたような感覚がした。視界いっぱいの澄んだ夜空。まるで宇宙空間を漂っているかのような錯覚を得て、落ちる彼女は翡翠色の目を輝かせる。
    瞬間、肩の痛みが彼女を現実へ引き戻す。
    見上げれば彼女の細腕をしっかりと掴む彼の無骨な手が映る。その先の表情は部屋の明かりの逆光でよく見えない。
    宙吊りの彼女はぼんやりと彼を眺めた後、ゆっくりと遠くのアスファルトを見下ろし、再び彼を見上げた。
    片腕を掴まれたままの彼女は上がろうとする動きが見られない。もう片方の腕をウォルターに伸ばす素振りさえない。
    「落ちたいんですか?それとも」
    「どっちでもいいです」
    ゾッとするほど熱の無い声がウォルターの声を遮った。無表情では無い。だが、『それが当たり前だ』と言うかのような仄かな笑みは異質で、恐怖を煽るものだった。
    彼は無言のままもう片方の手を差し出す。それを見て彼女も垂れ下がったままだった片腕を上へと伸ばす。彼女の足下に先程まで無かった足場が出現する。肌触りからして彼が使役する子くじらだ。
    重みに耐え兼ねてキュイィィ…と情けない声を漏らす子くじらのことなど気にも止めずに、彼はゆっくりと確実に彼女を引き上げる。
    「次は助けませんからね」
    何事も無かったかのようにいつも通り微笑む彼は、語気に若干の怒りを孕ませていた。
    彼の怒りの琴線は彼女もよくは理解していない。怒りそうだと思ったことに無反応な時もあれば、よく分からないところで貼り付けた笑みにほんの少し感情を宿らせることもある。
    今回はどの点が気に食わなかったのだろうか。
    彼女に背を向け一足先に部屋へと戻ろうとする彼を眺めてぼんやりと考える。考えれば、ハイになって麻痺していた感覚も戻ってくる。
    そんな中先程見た景色をふと思い出し、奈美の足が意思に反してその場で膝を折る。
    奈美が急に動いた気配でウォルターが振り返れば、立ち上がろうと藻掻くが、手足に力が入らず青い顔でコンクリートに座り込む彼女がそこにいた。
    「…あは、ちょっと、今更怖くなっちゃって…」
    彼と目が合えばふにゃっと笑う。夢現から現実に戻ってくれば、同時にその時感じるべきだった恐怖や命の危機に対する警告が押し寄せてきた。
    その結果立てなくなっているのだ。
    彼は数回の瞬きの後、彼女の眼前に移動し、しゃがみこむ。ニコニコニヤニヤと彼女を眺めるが、ただそれだけだ。
    立ち上がるために手を貸すでもなし、室内に運ぶために抱えるでもなし。愉快そうに彼女を観察するだけ。
    足を広げてしゃがむ彼は、顔を傾け頬杖をつく。
    「ちゃんと恐怖を感じれたんですね。ついに壊れてしまったのかと思いました」
    目を細めて口元は弧を描く。生まれたての子鹿のように震える彼女の足を見、腕を見、それでも健気にも気丈に振舞おうとする彼女の表情を見る。
    「あの、さっき、変なこと言っちゃったかもしれないんですけど、月に酔ってたってことで戯言として流してください…」
    未だ動けない彼女は、助け起こさない彼に文句を言うでもなく、まずは自身の失言を忘れてもらえるように発言に注釈をつける。が、
    「さあ、どうでしょうね」
    ニコニコと笑う彼に『それをどう受け取るかはあくまで自分次第』とでも言うかのように軽くあしらわれる。
    お願いを聞いてもらえるとは思っていなかったが、まあ、想定通りの彼の反応に、彼女は項垂れてため息をつく。
    それを見て彼はまた愉快そうにクツクツと笑うのだった。
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