薄紅色の約束拝啓
薄紅色の君へ
突然の手紙に驚いたかもしれない。
それでも、俺のこの思いを綴ることを許してほしい。
貴女が好きです。
いつのまにか、君を目で追うようになっていつのまにか好きになっていました。
この思いは叶わないと分かっています。
それでも君を思う気持ちは止まりませんでした。
貴女が好きです。
この気持ちを貴女には知って欲しかった。
これを読んでくれているということは、貴女がここに来てくれたということですよね。
来てくれてありがとう。
俺の思いを知ってくれてありがとう。
どうか、どうか幸せに。
「これ、恋文だ」
八雲の翼竜、不知火(しらぬい)が桜の木の枝に絡まっていた紙を咥えて持ってきたものはなんと恋文であった。
紙はまだ真新しく最近書かれたものだろうということが分かる。
「えぇ!不知火、君はなんてものを拾ってくるんだい。」
ウツシの言葉にクア、っと得意そうに不知火が鳴く。
ウツシはやれやれと、八雲の手にしている紙を覗き込むと額に手を当てた。
「……こういうのは他人に見られたくない第一位のやつだよ。そっと返しておこうか。八雲、どの辺にあったか分かるかい?」
「うん、確か一番手前の細い木の枝だったかな。あ、ほらあの一番低い木の枝」
八雲が目の前にそびえ立つ桜の大木を指さした瞬間、がしっと手紙を持つ手を掴まれる。
「!」
何事かと振り返るとそこには顔を真っ赤にした男が八雲の手を手紙ごと掴んでいた。
「……見た?」
男はじとりと反応に困っている八雲を見るとガクンと膝から崩れ落ちる。
「見ちゃったか……」
そう言って頭を抱えてしまった男に八雲とウツシは顔を見合わせた。
「南方村の大桜の剪定依頼がハナモリに来てるでゲコ。剪定次第では来年の桜祭を待たずに伐採を考えているそうだゲコよ。八雲、里のハンターとして同行をお願いするでゲコ」
事の始まりはゴコクのこの依頼からであった。
厄災も去り、以前のように里外のハンターで賑わいを見せているカムラの里。
専属ハンターが常駐せずとも良い状態を鑑みての依頼に八雲は二つ返事で了承した。
そうして、次の日。
ハナモリと何故か付いてきたウツシと共に南方の村へと向かったのだった。
そうして村長立ち会いの元、行われた桜の選定。
ハナモリは木の皮を少し剥くと、眉を潜めた。
「村長さん、この子はもう寿命かもしれません。中の腐敗が思ったよりも深刻です。木の肌もパラパラと落ちて来ているでしょう?」
村長はハナモリの言葉を聞き悲しそうに大桜の木を撫でる。
「やはり、そうですか。花を付けなくなってもうだいぶ経ちます。……せめて来年の桜祭までは、と思っていたのですが。やはり伐採する他ないのですかね。村と共に良い思い出を残してくれたこの桜をどうにか救いたかった」
大桜を大切に思う村長の気持ちが痛い程伝わってきた。
黙って聞いていた八雲とウツシも複雑な感情を大桜に向ける。
カムラの里にもたくさんの桜があり、その一つ一つにたくさんの思い出がある。
気持ちは痛い程に分かった。
ハナモリはそっと木に触れ、労るように樹体を撫でた。
「……残念ですが。いつ大桜が倒れてもおかしくない状態です。これだけ大きな木ですので被害が出る前に伐採するのが良いで」
「大桜を切らせはしないよ!」
突然、ハナモリの言葉を遮るように声が辺りに響く。
八雲達が驚いて声のする方へと視線を向けると、杖をついた老婆が不自由な足を引きづりながら近づいてきた。
村長は慌てて老婆に駆け寄る。
「婆さん、もういい加減にしないか」
「何を言ってもあたしゃ許しゃしないよ!」
困り顔の村長に老婆がさらに言葉をたたみ掛けた。
「大桜があったからこの村は安泰なんだ!その大桜を切るなんてこの恩知らずが!」
村長が宥めても勢いの止まらない老婆に話が出来る状態では無くなり、八雲達は一先ず村の客用家で待機することになったのだった。
そして時は冒頭に戻る。
「えー、と書いた本人、なのかな?」
ウツシは未だ頭を抱えて蹲る青年に話かけた。
青年は真っ赤な顔をそろりと上げて、ウツシと八雲を見るとこくりとうなづいた。
「そうです」
「あ、中身見ちゃって。あの、俺が最初の読者になっちゃってごめん」
八雲がすまなそうに青年に手紙を返そうと差し出す。
青年は首を振ると静かに手紙を受け取った。
「いや、いいんです。そもそも俺、この手紙を渡す気があったかどうかも分からないんです。」
「ん?どういうこと?」
青年の言葉にウツシは首を傾げる。
渡す気がない手紙をどうして大桜の木に括りつけたのだろうかと。
「俺にも分かりません。実は覚えているのがある女の子が好きだったことと、この大桜の下でその子と待ち合わせをしていたということだけで……」
「え?記憶喪失ってやつなのか?」
八雲は驚いて青年を見ると、青年も肩を竦めて首を横に振った。
「気がついたら、この手紙を持ってここに立っていたんです。俺が一体何者でどこで何をしていたのかはさっぱり」
そう言う青年をウツシは、何か手がかりがないかまじまじと観察する。
青年の風貌はいかにもハンターといった装備に身を包み、腰には随分と古めかしい双剣が下がっていた。
だがそれは、双剣使いのウツシにも見知らぬ形をしている。
「見た所、君はハンターではないのかな?しかもここいら地方の者ではないように見受けられるよ?」
「そう……なんでしょうか?すいません。本当に分からなくて。」
困り果てたような青年に、腕組みをして思案していた八雲が突然顔を上げる。
それにぴんっと来たのか、ウツシが八雲の腕をひっばると小さな声で耳打ちした。
「八雲、まさかとは思うけど。首を突っ込む気かい?」
「……鋭いな。もしかしたらその女の子に会ったら全部思い出すかもしれないだろ?」
「だからって名前もどんな姿をしているか分からない子を探すの?そもそもどうやって?」
「……いや、貴女と約束した人がいます。心当たりありませんか?って」
「それ、八雲が村の女の子を片っ端から口説いてるようにしか見えないよ!」
二人の会話は段々と声が大きくなり、青年に聞こえないようにしていた努力虚しく全部筒抜けになっていた。
「お二人は仲が良いんですね。」
その言葉に二人は同時に違う反応を示す。
「ただの師弟です」
「仲良し過ぎるほど仲良しだよ!」
息があっているのかいないのか分からない様子に青年はくすくすと笑った後、深々と頭を下げた。
「すいません。初めて会ったお二人に不躾なお願いですが、協力してくれませんか?……俺も知りたいんです。俺が一体何者で思いを寄せる子はどんな子なのかを」
青年のお願いを聞き、八雲はうん、と迷い無くうなづく。
そんな八雲にウツシはやれやれと、だが八雲らしいと静かに見守っていた。
10/16 17時に後半公開