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    アイム

    @miniAyimu

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    茅ヶ崎くん誕生日の至真。by2017年

    ##至真

    今年の四月二十四日は至にとって、学生の頃に大ハマリしたとあるゲームソフトが数年の時を経て復刻する日であった。

    「システムに凝り過ぎてパラメーター確認するのすら手間取ったんだよ……RPGなのに謎解き要素が本格的で全然進めねえし……あと主人公がめちゃくちゃチートで、装備選び間違えるとむしろ数値下がるから使えねーのなんのって……」
    「超絶クソゲーじゃないっすか」
    「クソゲーもクソゲーよ、初期装備でラスボス戦まで行けんだから。……なんであんなにやり込んだのかなぁ。全米が泣いたレベルの感動ストーリーっていう触れ込みだったのに、最初から最後までぶっ通しで笑い続けてた覚えしかねーわ俺」

    思い出というものにはひどい補正がかかるせいか、数年ぶりに振り返ってみても、うっかり失笑が零れてしまう。
    今まさに興奮しながらドハマリしているネトゲもソシャゲも山ほどあるというのに、それでも、再び発売すると聞いたら注目せずにはいられない。
    普段のような言葉を選ばない暴言、と呼ぶにはあまりにも情の満ち満ちたゲーム批評に、隣で同じくゲームに興じていた万里がちらりと視線を寄越してくる。

    「……んじゃ、至さんの誕プレ候補はそれっつーことで。"お誕生日パーティー"企画・進行の三好さんに伝えとくっす」
    「よろ」

    まぁ……それなりに楽しみかな。
    という呟きは、至の喉の奥で弾けて散った。



    さて、当日。
    "お誕生日パーティー"は夕食時から、ということで、普段通りに定時で帰宅したエリート商社マンは寮の玄関で早速クラッカーに出迎えられた。
    多人数というのはこういう時にずるいもので、玄関口から談話室へ辿り着くまでの短い間でも口々に『おめでとう!』という言葉を投げられる。
    至はもう二十四歳というのに、言われればやはりくすぐったくてたまらない。はいはい、と流すように返す苦笑も、今日ばかりはさすがに笑みの割合が増えてゆく一方である。
    結局、困ったような色などあっという間に消えてしまった。
    そうして入室した談話室にて、夕飯より先にプレゼントを渡される。
    もう色褪せたはずの記憶を呼び起こすような小さな箱。うっかり宝箱に見えてしまうそれには、懐かしいゲームタイトルと、凛々しい顔つきをして剣を構える主人公のイラストが描かれている。
    そして、おまけとばかりに――――箱を差し出しているのは、パッケージから抜け出したように造り上げられた、三次元の主人公の姿であった。
    「えっ。……何これ」
    困惑のあまり、随分と間の抜けたツッコミが零れる。

    件のゲームの舞台は、現代日本のとある離れ小島にあるという寂れた学校だった。
    そこで突如始まるのは、夜の女王が率いる謎の生物たちとのデスゲームであるのだが、女王以上にワガママで傲慢で大胆不敵な主人公の名前が東大寺ウィリアム(日本人だっつーのに!)だったり、あれだけ女王女王と繰り返していたのに正体が主人公の兄(男じゃねーか!)だったりと、どこから見ても立派なクソゲーだったと至は今でも思う。
    だけれど、学生であるからと制服の上に防具を重ねたビジュアルは、日常と非日常が絶妙に混じり合い、同じく学生の身分である子供の頃に見たときは目を見張るほどの迫力があったのだ。
    グラフィックに手を抜いたせいで表情の差分がほとんど無く、どんな絶体絶命のピンチでも無表情が一切崩れなかったことを、あの頃はクールでかっこいいと解釈してもいた。
    なるほど、今思えば、女子ウケするような見目の良さも併せて、碓氷真澄によく似ていたんだ、と至はようやく気が付いた。
    目を釘付けにされるように、まじまじと眺めてしまう。

    このためにわざわざ作ったらしいコスプレ衣装は、主人公の顔立ちによく似た真澄が着せられ、存分に飾り付けられている。
    元の制服がリアルでは滅多にお目にかからないボウタイ・ベスト必須の洒落たお坊ちゃん仕様な上に、防具も見た目重視で腰や足元に厳つさを演出するばかりで、二次元にしか許されないビジュアルだというのに、それでも違和感なくしれっと着こなしてしまう彼のポテンシャルは一体どうなっているのだろうか。
    普段通りの何の感情も湧かない無関心の顔を晒しているため、その人形めいた端正さが余計に至をフィクションの世界へと引きずり込む。
    昔やり尽したゲームなんてそれほど期待していないと思っていたのに、そんな余裕を真っ向から否定された挙句こんなものを突き付けられたら、今すぐ彼の冒険譚に没頭したいという欲求が花火のように打ち上がってしまう。
    それもこれも、ぜんぶ真澄のせいだ。
    自らを棚に上げて、至は見目の麗しさという攻撃力をじっくりと思い知る。悲しいことに、せっかくのゲームソフト本体にこれっぽっちも目が行かない。

    何がどうなって、こうなっているのか。
    ポカンと口を開けたまま、真澄の背後に控えている、これを準備したであろう万里や一成、幸や太一に視線だけで訴えると、彼らからは声を揃えての返事を寄越された。

    「ラッピング」
    「……ら、らっぴんぐ」

    あーなるほど!
    誕生日やクリスマスのプレゼントは、子供心をくすぐるために綺麗な包装紙やリボンで包んであって、それをこう、びりびりっと剥いていくのもまた楽しみの一環。
    バレンタインデーのチョコレートだって、可愛らしい袋やゴージャスな箱に入れてインパクトのある演出を狙わないと、意中の相手の目を惹けないに決まっている。
    そうだね、びっくりさせるのは大事だよね。……って、

    「こんなラッピングは聞いたことねえよ!」

    全然包んでねえし! 俺はゲームさえあれば充分だってのに!
    誰が主人公を呼べと言った! あーもうテンション上がっちまうだろうが!!
    こんな状況、驚く他はなかったし、興奮を隠し通せるものでもなかった。腹の底から込み上げてくる大爆笑を堪えられず、至は盛大に噴き出した。
    せっかくの誕生日なんだから全員で祝うよ、という話は聞いていたが、もっと上っ面だけで淡々と済まされるものと思っていた。
    それが、こうも全力で用意されるなんてあまりにも想定外すぎて、笑わずにはいられない。
    穏やかで人当たりの良い大人の男の顔などすっかり忘れ、箸が転がっても面白かった数年前のようにゲラゲラと腹を抱えてしまう。
    そうして至があんまり喜んで見せるものだから、サプライズ成功! と仕掛け人どもも釣られたようにはしゃぎ出す。
    どいつもこいつも、照れくさそうな誇らしげな顔が微笑ましくて可愛らしくてしょうがないから、今日のところはこれで良しとしよう。
    小さなゲームの箱をそっと抱いた胸の奥が、じんわりと熱い。誕生日って、いい日だね。



    夕飯はカレーだよ、カレー以外もあるよ、とパーティー会場はより一層騒がしくなる。
    皆あっという間に散ってしまって、それぞれキッチンへ準備を手伝いに行ったり行儀よく自分の席へ着いたりするので、むすっとした顔の戦士と二人取り残されてしまった至は、恐る恐るスマホを取り出した。コホン、とわざとらしく咳をして見せる。
    「………………写真、撮っていい?」
    手を抜かれたはずの動かないグラフィックが、生き生きとした瞬きを繰り返す。
    呆れたような溜め息を吐かれたけれど、ほんの微かな苦笑でもって彩られた唇がそっと返事を囁いた。

    「……好きにすれば」



    end
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