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    dentyuyade

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    dentyuyade

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    志筑と佐野の話。完全にダメになっちゃった志筑。

    呼び方一つすら愛おしい窓から差し込む日を、赤くて熱いと感じたのなんていつ以来だろうか。美術室に備え付けられた大窓は開かれていて、風にカーテンが揺れている。あれ、と発声しようとした喉は一番上まで止められた詰襟のボタンに締め付けられて、掠れた音しか出してはくれなかった。黒い布地に金色の真鍮が鈍く光って、己を笑っている。
    (……これは)
    夢を見ていると思った。高校どころか大学すら後にして久しいというのに、今自分はこうしてあの美術室に立ち尽くしている。これを夢と言わずしてなんというのだろうか。過去を振り返ってノスタルジーに浸れるほどの感傷深さは備わっていないとばかり思っていたが、そうでもなかったのだろうか。志筑はそっと息をついて、改めて辺りを見渡した。青い上履きがぱたぱたと音を立てて滑る感覚すら再現されているのだから、ほとほと人間というのは凄まじく余計な機能ばかり備わっていると呆れてしまうものである。
    「……うわ」
    足の気の向くままに歩き回れば、さほど苦労せずにたくさんの作品を目にすることができた。その中には、書きかけの自分の絵も並んでいる。懐かしい、というよりかはもう他人の作品のようでいまいち感情が湧かなかった。当時は、どんな気持ちでこれを書いていたのだっけ。乾いていることを確認してからそのキャンパスに触れてみる。これは確か、美術部に入部して初めて描いたものじゃなかったか。特に絵には興味もなかったけれど、せっかく入ったのだからと執った筆に、ひどく驚かれて。ふふ、と無意識に笑みが漏れる。思えば随分と遠いところにまで来てしまったものだと笑えた。この絵も、今の自分が手を加えればまったく違う姿に変わるだろうか。夢の中という免罪符に背中を押されておもむろにパレットと絵の具に手を伸ばせば、がらり、とドアがスライドされた音が志筑の鼓膜を揺らして、動きを咎める。
    「あれ、もう来てたんだ」
    今日は早いじゃん。そう言ってカバンを机の上に放り出すなり近づいてくる彼の表情は喜色を一面に湛えていて、志筑は違和感を覚える。この絵を見るに出会った当初であるはずなのに、こんな甘えた顔をするものだろうか。いや夢にまで正当性や時系列を求めるのもおかしいのかもしれないが。あの、佐野さん。そう確かめきる間もなく彼が露骨に眉をひそめて「そのさん付けするのやめてや」と怒るものだから、志筑はいよいよ何も言えなくなってしまった。何かがおかしい。否、何もかもがおかしい。閉口する志筑に、目の前の男は瞳を見て確かに志筑の名を読んだ。
    「せっかく同じ部活になったんだし、そうやって距離取られるのめっちゃ寂しいんだけど」
    志筑、俺のこと嫌いなん、と。その台詞はどう考えたっておかしくて。目の前の男が佐野であることは間違いないはずなのに、その下がりきった眉も、切なげな表情も幾度となく見てきたはずなのに、ただ歳が違うだけで別人だと感じてしまった己に志筑はただただ「ほえー」と情けない声を上げることしかできなかった。


    佐野は志筑の一つ下の男である。成人した今、たかが一年生まれたのが早いだけで年上ぶろうとも思わないが、しかし学生時代から刷り込まれ続けてきた『学年が違う』という概念はそう簡単には打ち壊せるものではないはずだった。それこそ、夢のような状況でない限りは。
    (大人がする妄想のレベルじゃないよなあ)
    拗ねたように自分の隣に椅子を持ってきて、しかめ面で座る彼はなぜだか自分と同じ年になってしまっているらしい。同じ学年だったらだとか、志筑にはそんな青臭い想像、学生時代にすらした覚えがなかった。というか、そんな願望なんてなかったに等しいはずだったのに、なぜ今更。狐につままれたような気持ちになって、ろくに目も合わせられずに正面に広がる絵を筆で撫ぜる行為をただ繰り返す。志筑、絵上手いね。じっと食い入るように手元を見つめていたはずの彼の瞳は、気づけばただ自分の顔だけを映していて、他人事みたく「あー都合悪いな」と思ってしまった。アリガトウゴザイマス。たどたどしい返事にも、佐野はもう機嫌を損ねることなく「また敬語」と呆れたように笑うだけだ。
    「昔描いてたりとかしたん」
    「へ?」
    「絵、描いたことあんのかって」
    「あー……絵描くのは、授業でくらいでしたね」
    ぺたぺたと絵の具を塗りつけていくその作業は、人並みにくらいしか経験していない。なんなら別に好きだったわけでもない。大体の物事に対して同じことが言える志筑の人生は、ただただ流されるままに進んでいた。特に何にも執着していないから、何となく辿り着いたところで腰を落ち着ける。入学式から少しして、出席番号が一つ前の相手から誘われた弓道部に籍を置いたのも、この美術部で彼と話したのも、水面に揺らされて最終的に流れの溜まりに留まる落ち葉のような、そんな必然のような偶然で全部成り立っている。そしてそんな偶然の中でも、適当にやっていればそれなりにできるようになってしまうだけの能力を、志筑は持ち合わせてしまっていた。その結果が情熱と実力のギャップで苛まれた以前の部活なのだが。苦い記憶を思い出してしまって、無意識にきゅっと唇を結ぶ。この場所に居心地の良さを感じていたのは、きっと、そういう熱への劣等を感じなくて済んだからだ。
    「ふーん……。俺、志筑の絵、好きだよ」
    「はあ……さいですか」
    「全然喜ばないじゃん」
    「まあ特に入れ込んでるわけでもないので」
    えー、と不満げに頬を膨らませる彼は、やはりというか可愛い。可愛い、後輩じゃない彼。同い年でも俺に話しかける口調は変わらなくて、自分も敬語を使っていてそれで、それから何が違うんだろうか。出会った当初の自分でもこの違和感を感じていたのだろうか。そもそも、あの当時彼のことを可愛いだなんて、感じていたんだっけ。甘えるようにして「じゃあ何言ったら喜んでくれるん」と尋ねる姿に、何と答えたらいいのかわからない。いつから、こんなに変わってしまった? いつから、こんなに彼のことを。背を伝う汗に、夢の中だというのに自分の生を実感して息を呑む。乾いた喉から「俺なんか喜ばせてどうするんすか」と寂れた声が露になった。
    「どうするって言われてもなあ」
    「いや、そうですよね。スンマセン変なこと聞いて」
    「なんかすごい、志筑のこと気になるんよ、俺」
    「ひょえー……」
    勘弁してくれ、と思った。これが自分の夢だなんて、冗談だろう。志筑は己の脳みその出力した映像がにわかには信じられなくて、勢いよく頬をつねる。もはや痛いのか痛くないのかすら自信がなくなってしまっていた。断じて違う。そういうのじゃないのだ。ただちょっと、他人より興味がわいた男が、久しぶりに会ったときに俺のことを好きだなんて言うから。しかもその時はまだちゃんと理性が働いていて突き放せていたはずで、一体どこで。じっと己を見つめるその瞳に、手を引かれるようにして視線を釘づけにされながら、ぼんやりと自分の感情を確認する。なに、しづき。そうゆるりと開かれる唇に、なぜだか寂しさを感じた。
    (呼び方だけで、こんなに違う)
    まっすぐなところに、惹かれていたはずだった。いつだって一つのものを真摯に見つめている瞳が好きだったはずなのに、それは目の前の彼にだって備わっているはずなのに、なぜだか切なくなってしまう。ああ、会いたい。俺の佐野さんに、会いたい。恥ずかしげもなく脳みそがそんな言葉を吐いて、心臓が大きく跳ねる。頭のてっぺんから爪先まで、気づけば全部。
    「ごめんなさい」
    「……なんそれ」
    今にも泣きだしそうな顔を見て、ああ、やっぱり可愛いなあと思う。どんなあなたでも俺みたいなの好きになっちゃうなんて、可哀そうだ。そんなグロテスクな感情を伝えるように頬を撫ぜてやれば、仕返しと言わんばかりに輪郭を捉えられる。それに怯むような生やさしさは、残念ながら志筑には備わっていなかった。
    「俺が好きなの、あなたじゃなくて」
    「……ほんとに好きなの」
    「あはは、困ったことに」
    「残酷……」
    夢の中の彼じゃない彼はただただ傷ついた顔をして、それでも決して涙は流さなかった。本当は泣きたいくせに、その長い睫のぎりぎりで留まっているくせに。そんな様子が気の毒でいたたまれなくて、もう一度「ごめんなさい」と謝った。何が悪いのかもよーわかってないくせに、と呟かれる恨み言にも笑うことしかできない。
    (悪いとは、思ってますよ、俺みたいなのを好きにさせて)
    自分の夢の中で、自分が作り出したくせに、傷つけてしまった。それも大事な男と顔も名前も同じ存在を。罪悪感がわかないわけじゃない。もごもご言いながら文句を垂れる彼の背中をぽんぽんと叩いてやれば「年下扱いすんな」と突っぱねられた。それこそ残酷だよ、と小さな声でつぶやかれるそれに、自分は本当にひどいやつなんだなあと実感する。
    「……俺が年下で、しゅーさんって呼んでたら、好きになってくれてた?」
    「あー、どうでしょうね」
    「やっぱいい。それ以上聞きたくないから」
    その生半可なやさしさは、ちゃんと俺じゃない俺に向けて。その言葉と共に彼の腕が確かな拒絶を示す。その瞬間世界が白んで、肉体に通っていたはずの意識が抜けていくのを感じた。ああ、帰るのか、やっと。目が覚める、それだけのことで安堵を覚えるほどに作り替えられてしまったポンコツの精神も、今はとても愛おしい。


    「……」
    浮上した意識は血管を通って四肢へと巡り、体に自由を与える。ゆるゆると瞼を開いて首を動かさずに辺りを伺えば、ぼうっとした顔でテレビを眺めている佐野の姿がそこにあった。なんとなく声をかけづらくてそのまま一方的に視線を送っていると、ふと目が合ってへにゃりと笑う。積み重ねの上にある緩み切った顔に、幸せを感じるだとかそういうのにはずっと、自分は無縁だと思っていたのに。
    「何時から起きとったん」
    「つい、さっき」
    「ならいいけど」
    ご飯どうする、と立ち上がった彼を招くようにして手を動かせば、不思議そうな顔をして近づいてくれる。自分だけを見つめてこちらを覗き込むその顔を、捉えるように掴めば「うわあっつ」と文句を言われた。眠りこけていた体は大量のエネルギーを持て余して熱を放っていたらしい。すみません、とあまり謝る気のない形だけの謝罪をしてから、いいことを思いついて「あ」と声が漏れた。きょとんとした佐野の顔を確かめるように触ってから、唇を重ねる。
    「えっ……えっ!?」
    「あはは。名前、呼んでください」
    「は!?」
    「はやく」
    佐野は何が何やらわからないと言わんばかりに口をぱくぱくとさせた後、観念したのか小さな声で「しゅーさん?」と呟く。その姿がおかしくて面白くて、かわいくて、志筑は何だか笑いが止まらなくなってしまった。ちょ、なんで笑うん。意味が分からなすぎて半泣きになっている佐野に、今度は自分の顔を近づけてキスをする。随分と頭がバカになってしまったらしかった。
    「佐野さんの、夢を見ました」
    「どんな夢見たらこうなんの……」
    「んふふ。ね、俺、佐野さんのこと好きみたいなんです、全部」
    夢の中の彼には悪いことをしてしまったから、今日は特別に口でも滑らそう。そんな免罪符は絶大な効力を持っていて、甘ったれた声ばかり出してしまう。流されついた先だったとしても、拒み切れなかったのだとしても、それはそれで自分の意思でここまで来たのだと思った。ここまで来れてよかったと、思った。佐野は驚いた顔をして、しゅうと焼ける音がしそうなほどに赤くなってしまっている。ちょっと待って、と口元を手の甲で隠す仕草がおかしくてまた笑ってしまった。
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    Replies from the creator

    dentyuyade

    DONE性癖交換会で書いたやつ短編のやつです。割とお気に入り。
    星になる、海に還る輝く人工色、眠らない町。人々はただただそこで足音を鳴らす。唾液を飛ばす。下品に笑う。息を、止める。その中で自分はただ、誰かの呼吸を殺して、己の時間が止まるのを待っている。勝手なものだと、誰かが笑ったような気がした。腹の底がむかむかとして、思わず担いでいたそれの腕を、ずるりと落としてしまう。ごめん、と小さく呟いていた。醜いネオンの届かない路地裏の影を、誰かが一等濃くする。月の光を浴びたその瞳が、美しく光る。猫みたいでもあり蛇みたいでもあるその虹彩の中で、自分がただ一人つまらなさそうな顔をしていた。
    「まーた死体処理か趣味悪いな」
    「あー……ないけど、趣味では」
    「いや流石にわかっとるわ」
    「あ、そう?」
    歪む。彼の光の中にいる自分の顔が、強く歪んでいる。不気味だと思った。いつだって彼の中にいる自分はあんまりにも人間なのだ。普通の顔をしているのは、気色が悪い。おかしくあるべきなのだと思う。そうでなければ他人を屠って生きている理屈が通らない。小さく息をついて、目の前のその死体を担ぎなおす。手伝ってやろうか、と何でもないように語る彼に、おねがい、と頼む声は、どうしようもなく甘い。
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    dentyuyade

    DONE息抜きの短編。百合のつもりで書いたNL風味の何か。こういう関係が好きです。
    観覧車「観覧車、乗りませんか」
    「……なんで?」
    一つ下の後輩はさも当然のようにそんなことを提案した。園芸部として水やりに勤しんでいる最中のことだ。さっぱりとした小綺麗な顔を以てして、一瞬尤もらしく聞こえるのだから恐ろしいと思う。そこそこの付き合いがある自分ですらそうなのだから、他の人間ならもっとあっさり流されてしまうのかもしれない。問い返されたことが不服なのか、若干眉をひそめる仕草をしている。理由が必要なの、と尋ねられても、そうだろうとしか言えない。
    「っていうか、俺なのもおかしいやん。友達誘えや」
    「嫌なんですか」
    「いや別にそうでもないけど」
    「じゃあいいでしょう」
    やれやれと言わんばかりにため息をつかれる。それはこちらがすべき態度であってお前がするものではない、と言ってやりたかった。燦燦と日光が照っているのを黒々とした制服が吸収していくのを感じる。ついでに沈黙も集めているらしかった。静まり返った校庭に、鳥のさえずりと、人工的に降り注ぐ雨の音が響き渡る。のどかだ、と他人事みたく思った。少女は話が終わったと言わんばかりに、すでにこちらに興味をなくしてしゃがみこんでは花弁に触れている。春が来て咲いた菜の花は、触れられてくすぐったそうにその身をよじっていた。自分のものよりもずっと小づくりな掌が、黄色の中で白く映えている。
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