この胸に咲いたアネモネの花束をここを逃すと、彼女すらもオレを置いていくと思ったから。壁を背にしたアリスの逃げ道を塞いで告げたのだ。
「アリス。――悪いが、オレは『男』なんだ」
「リュカさん……?」
彼女の所持するエメラルドには、何が映ってるんだろうな?
その答えは、まだ知らない。
***
リグバース署の、アリスの部屋。
そこへ呼ばれて頼まれた『お願い』は、あまりにも残酷だった。
「リュカさん。どうか協力してくれませんか?彼の好物を探ってほしいんです!」
その内容は、別の男にアピールするための協力要請。よりによって、オレにそれを言うのか。
リュカは、出会った時からアリスへの想いを育んでいた。でも、その気持ちを打ち明けたら彼女が困るだろうと必死に隠して、彼女にとって益のある男だとアピールし続けた。
だから信用してくれていると、そう見えるのだが。こんなことになるとは予想が付かなかった。
リュカはアリスへ焦がれる気持ちを両手いっぱいに抱えているというのに、彼女はそれを知らない。
「なんでオレに頼むんだよ」
「他の女の子には頼めないことですし……。それに、リュカさんのこと、信用してますから」
そう朗らかに笑う彼女の笑顔は、今だけは心を抉るナイフだ。心の温度が分からなくなって、ひくりと口の端が引き攣る。
「アリスは――」
固い顔を無理矢理に動かして、なんとか声を絞り出す。突き刺さったナイフの痛みは虚構だと思いたくて。
「アリスは、オレのことどう思ってるわけ?」
でも。その祈りすら、彼女に届きなどしないから粉々に砕かれる。
「リュカさんは、大事な友達だと思ってますよ」
そうか。
彼女にとってのオレは、友達なのだ。
……飽くまでも、友達。
そう理解したら、ぷつんと何かが切れた。
「なるほどな。」
勢い良く立ち上がり、がたりと鳴る椅子。
「オレは、一度もそう思ったことはないけど」
「えっ」
そのままアリスを抱えて壁に貼り付ける。アリスを抱き寄せてから、己の腕をクッションにして実行したから痛みはないはずだけど、彼女の視界にはきっと知らない男の顔を見せることになる。
「アリス。――悪いが、オレは『男』なんだ」
「リュカさん……?」
オレは今怒ってるだろうか、それとも笑っているだろうか。
「本当、酷い女だな、アリスは」
ぐちゃぐちゃに澱んだ感情を吐き捨てたら、顔が呼応して歪んでしまう。
こんな醜い顔は見せられないと仮面を被ろうとした時、思わずアリスに向かってぽたりと悲しみが落ちる。落とすつもりのなかった雫を拭うために、リュカは思わず顔を手で覆ってアリスから一歩離れた。
「……アリス。逃げるなら、今の内だ」
逃げたら本気で追いかけるハイエナの顔をしながらも、そう告げるリュカの声色にはまだ理性が残っていた。
「悪いがオレは、さっきの言葉で大分参ってるんだ。次捕まえたら、どうするか分からねぇ」
この想いを、燻る情欲のままに彼女へぶつけたら、気持ちを交わすことなくきっと二人ともに焼け堕ちてしまうだろう。
だから、彼女に最後のチャンスを与える。それは、彼女へ選んでもらうためであるし、この後何が起きても言い訳するためでもある。
……そう、何が起きたとしても。
リュカの、その気持ちを理解したのだろうか。
アリスがとった行動は――