「眠れないのですか?」
何度か寝返りを繰り返していたら、優しくてどこか蠱惑的な声が耳をくすぐる。
自分よりも冷たいしなやかな手が額を滑るように髪をかき上げて、こめかみあたりに口付けられた。幼い子供相手にするような触れるだけで離れていくキスを幾度も受けて、くすぐったさにクスクス笑いが零れる。
「眠れないわけじゃない……と、思うんだけどさ」
目を閉じていると、視覚以外の感覚が過敏になる。ふわりと甘い香りが届いて、心臓がひときわ大きく跳ねた。。菓子や蜜に与えられるどこか安心する甘さじゃなくて、鳥や虫へ誘いをかける花の少し不穏でけだるい甘さだ。発散したはずの熱がじわりと集まりかけたけれど、意識的に切り離した。
1193