夜に瞬く草木も眠る丑三つ時。編集部の入った深夜の雑居ビルに居残っている。
終電ももうとっくに終わったというのに、周囲のビル群は同じように煌々と明かりが灯り、夜の街を輝かしていた。
戸締りだけはしっかりとな、と唐次に鍵を預けて編集長はいなくなった。こうやって誰かが居残って原稿を仕上げるのは、この編集部ではよくある光景らしい。
よくあって良いのか、とは思ったものの、それを突っ込むのは野暮というのだろう。いやいややっているならまだしも、唐次はこの残業に意欲的だ。
勢いで原稿を書き上げてしまいたいのだと。
手伝えることは手伝った。資料をかき集めてまとめて、唐次が取材した録音データを文字に起こした。
だが、最後に一つの文章としてまとめて原稿として書き上げるのはどうやったって一人の人間が行わなければならない。おれは手持ち無沙汰になって、そこらの雑誌を読んだり、手帳を読み返したりしていた。
帰り時を完全に見失った。こうなることなら、終電がなくなる前に編集長と一緒に帰ればよかった。唐次だって、先に帰っていいぞ、と言っていたのに。
どうせやることもないから手伝いますよ、と返したのは自分だ。なのに、それを半ば後悔し始めていた。
ペンを走らせる唐次をちろりと見る。最終的にパソコンで文字を入力せねばいけないが、文章としてまとめるには、このアナログな方法が一番なのだと教えてくれた。
ペンを握って書いているほうが記者っぽく見えるからじゃないかと、半分思ったけれど、あえて口に出して唐次のやる気を削ぐべきではない。形からはいるのが大好きなのだこの人は。
唐次の凄いところは、形から入るけれどそこに実態が伴うことだと思う。
今だって座りっぱなしになって二時間ちょっとは経っただろうか。こんな夜更けだというのに欠伸一つせず、集中している。
部屋は時計が針を進める音が聞こえるほど静かだ。紙にペンが走っていく音が心地よい。
唐次の指がとまる。考え込んでいる様子で、口元に手を当てた。
こういう顔をしているときは、嫌いではない。いや、むしろ————。
「どうかしたか?」
「……いや、別に」
「熱い視線でオレを見てたじゃないか、ン~?」
「見てない。いつ終わるのかちらっと覗いただけですよ」
「そうかあ?」
「そうです」
心臓がやけに早く動く。声は少し上ずったかもしれない。何を考えてんだ。いつもより宵っ張りだから、頭の働きでも鈍くなったのか。
「これ終わったら、ラーメンでも行くか」
「……唐次さんの奢りなら」
過ったものを見なかったことにして、窓の向こうに視線を移す。向かいのビルの明かりが一つ消えた。