ひめごと太陽がギラギラと輝いていた。
フロントガラスを通しても尚、眩しすぎる日光は肌をジリジリと焼き、汗を吹き出させる。
襟ぐりのあたりは汗で濡れてグッショリとしていた。
冷房の壊れた車内は蒸し風呂というより走る拷問器具だ。暑くて熱くてたまらない。
信号が赤にかわる。田舎の休日、真昼。交通量なんてこの古びたタクシーくらいな十字路でも、律儀に仕事をしている信号機に義理立てしてブレーキを踏んだ。
窓から得られていた僅かばかりの風もなくなり、体感温度は一層増した。暑い。
額の汗がつうっと落ちていく。
だというのに、後部座席の男は涼しい顔で外を見ていた。暑さなんぞここにはありませんよ、という顔つきで畑と田んぼばかりの道の景色を見ていた。
こんなに暑いのにいつも若草色の着物を着ている。風呂上がりに肌にそのまま着るような浴衣ではない。、長襦袢を着て、足袋を履き、衿をぴっしりと合わせて帯まわりのヨレが一つとしてない隙のなさ。この男の性格を表しているようだった。
ふと、男の視線がこちらを向いた。バックミラー越しに目が合う。口角の下がった唇が開いた。
「……信号、変わってますよ」
信号を見ると確かに青に変わっていた。後続の車はいないから慌てる必要はないけれど、どこか急かされた気持ちでアクセルを踏む。
あー、ごめんごめん、と軽口を叩いてちろりとまたバックミラーを見ると、また男は外の景色を見ていた。
緑土丁呂介。この辺りでは少し名の知れた地主で華道家の坊ちゃん。そして、数奇な縁で繋がった俺の弟。
しかし兄弟のように屈託なく会話が弾むわけではない。今はタクシードライバーと客。誰も通りかからないこんな場所で、そういう体を崩さないつもりなんだろう。
緑土丁呂介とはそういう体面を気にする男だった。
車が目的地に着く。
本来ならここでタクシードライバーらしく精算したいところだ。だが、今回はメーターは切ってある。タクシードライバーと客、というのは体面だけの話だ。
無言で丁呂介を車から下ろす。俺達の目的地は2階建て、築ウン十年のボロアパート。見慣れた我が家だ。
錆びた色の階段をカンカンと登っていく後ろを、周囲を警戒するように目を配る丁呂介がついてくる。
心配しなくても昼間はみんないないよ、と言ってやれば優しい男を演出できたりするんだろうか。神経質に体面や視線を気にする男に、ここは安心できる場所だと教えてやれば。
空き室の多いアパートで、人通りの少ない住宅街の外れで、しかもお盆休みの頃は殆どの人がいなくなる場所だ。警戒する必要なんて露ほどにもない。だからこそ、この場所を選んだ、と。
でも、丁呂介にそれを伝えたところで、心からこいつが安心することはないんだろう。
人目を気にするくらい、これからすることに後ろめたい気持ちがあるうちは何を言ったって無駄だ。
ガチャ、と扉を開ける。そそくさと先に丁呂介が中に入ったのを見て、扉を閉める。蝉の声が少し遠くなった。
むわりと蒸した部屋の中は、カーテンを締め切ってもなお明るい。あちーあちーと、手で扇子のように仰ぎつつ、ノロノロと靴を脱いだ。仕事用の革靴と、サンダルがばらばらと散らばる玄関にきっちりと草履が揃えてある。丁呂介が勝手知ったる顔で冷房のスイッチを入れた。まだ温い風が顔にかかる。
引きっぱなしの煎餅布団の横に丁呂介が立って、俺が近づくのを待っていた。そしておもむろに帯に手をかけ、しゅるりとそれを解いた。
「早く……しましょう」
今までの涼やかな顔とは違う色香をまとった丁呂介が急いた声をだした。俺はニィ、と口角をあげた。
「やーらしいね、それ」
タクシードライバーと客。兄と弟。その体が崩れた瞬間だった。