高山の一角。見晴らしのいい崖の近くに腰を下ろして艶やかな毛並みの尻尾を揺らしながら、その狐は手に持った甕(かめ)を傾け中身の酒を呷るとぐびぐびと喉を鳴らして豪快に飲んだ。そして狐は甕を日の出に向かいぐっと高く掲げる。
「新年快乐!」
上等な酒があることも相まってか、狐の新年の挨拶は活き活きとしていた。表情も明るく気分も晴れやか。上機嫌そのものだった。
「新年快乐」
狐の傍らには龍族の子供が寄り添うようにして座っていた。龍の子は狐の挨拶に同じ言葉で、しかしとても静かな、落ち着いた声色で返した。
ぴんと伸ばされた背筋、太ももの上に重ねて置かれた手の平、正座をしているその姿からは子供とは思えないほどの十分な気品が感じ取られる。
「いやー、新年早々こんなに美味い酒が飲めるなんて最高だな! これも藍湛のお陰だよ。ありがとうな」
「気に入ったのならまた持ってきてあげる」
「いいのか!? そりゃあ有難い。楽しみにしてるよ」
「うん」
狐に笑いかけられた龍の子供は自分が持参してきた酒が気に入られたのが嬉しいのか、それとも狐に笑いかけられたことが嬉しいのか、僅かに表情を弛ませて小さく頷き返す。その様子に狐は目を細めた。
「なぁ藍湛。お前はこれまでいくつ年を越した?」
「確か百三十回ほど」
「すでに百以上も生きているのに姿は子供のまま。龍族の成長が他の種族よりも遅いってのは本当なんだなぁ。いくつになれば大人だと認められるんだ?」
「だいたい五百から六百ほどだが、歳を重ねただけでは大人とはいえない。我々にとってこの角の成長具合も大人と認められる為には必要」
龍族の子供は自分の頭から生えている二本の角を指差す。角は純度の高い水晶のようで、向こうの景色がぼんやりと見えるほど透明で美しい。
「なるほどな。角がでかく立派なら一人前、小さく粗末なら半人前ってことね。大変だなぁ、龍族ってのも」
「……私は、」
「ん?」
急に声が暗くなった龍族の子供は俯き、太ももの上に握り拳をつくっていた。巻き込まれた上質な着物に皺ができる。
「私は、必ず立派な龍の大人になる」
「うん」
「どの龍族からも認められ、君にも認められるような大人に、必ず」
「うん。藍湛ならきっとなれるよ。俺はな、そいつが将来どんな姿になるか見る目があるんだ。お前は立派で、素敵な大人になれる。俺が保証するよ」
「魏嬰……」
狐は優しい手つきで角を撫でる。まだ小さいながらもきらきらと眩く見える美しい角。狐はそれが愛しかった。
「長い時間がかかってしまうけれど、いくつもの四季を巡り、何度も年を越さなければならないけれど、」
「ああ」
「待っていて。必ず君に追いついてみせる」
「待ってるよ。何百年も先の未来で」
約束、と狐と龍族の子供は互いの小指を絡ませた。
真っ直ぐに見つめ合い微笑む二人の横顔を朝日が照らす。
とても長く、眩しい、二人だけの小さな約束が生まれた朝だった。