昔々、若い占い師が、同じく占いを生業とする祖母と共に旅をしていました。ある曇天の日、二人は故郷にほど近い村の一角を借りて天幕を張り、お客さんを待っておりました。
天幕をめくり、若い占い師メルルが迎えるところへ入ってきた次のお客さんは、年も性別も格好もバラバラの四人組でした。
「占ってください。あたし達、これでも勇者一行なの」
「……はい?勇者…さま…?」
「ずるぽん、やめよーぜ。本物の勇者も活躍してる最中に、そんなこと言うのはさー」
「あんたが最近イマイチ元気がないから、虚勢張らないと思ってるんじゃない!」
四人組の格好は、確かに物語などに出てくる勇者一行を思わせるものでした。メルルの前で話している二人も、まるで勇者と、勇者を支える僧侶のようです。ただまあ、なんというか、本物にしてはイマイチ瞳が輝いてない感じはします。メルルも内心「本物ではない?勇者を語るニセモノ……?」と様子を伺ってしまいました。しかし、ふと、メルルの占い師としての感覚が何かかすめたような気がしました。
勇者と僧侶(っぽい)の二人の後ろには、戦士と魔法使い(っぽい)人がいて、戦士(でもちょっと間抜けでお人好しそうなお顔立ちの人)の方が、ひそひそと仲間に耳打ちしました。
「それにしても、随分と若い占い師さんだな。あっちの婆さんに占ってもらったほうが良くないか?」
「おや知らんのか、へろへろ。近頃、このお嬢さんは随分と評判が良いのじゃぞ、ほとんど百発百中とか」
「へ〜すげ〜」
どうもこの四人は、仲間の中で勝手におしゃべりをしがちです。メルルは黙ってその様子を見ていました。
「占い師のお嬢さん、お名前はなに?」
僧侶の女性ずるぽんが人当たり良く聞きました。
「……メルルです」
「メルルちゃん。じゃあ改めて占いよろしくね」
「その……どういった事柄を占えばよろしいでしょうか?」
勇者っぽい服装の男、でろりんが「そーだな〜」と頭をかくと
「オレ達が、これから行くべき場所を教えてくれ」
と言いました。
「行くべき場所、ですか」
途端に、ずるぽんとでろりんがボソボソと二人で話し始めました。
「ちょいと、もっとパーッと運が開けそうなこと聞きなさいよ」
「占いってそういうもんじゃないだろ〜」
「あ、あの…」
メルルが遮ると、慌てて二人とも向き直り、でろりんの方が
「どうかしたか?メルルちゃ……さん」
と、メルルの話を聞く体勢になりました。
「私も占う前に教えていただきたいです。どうしてそれを知りたいのか」
「……ん〜」
しばらく首をひねったり、天幕の中の飾りに目をやったりした後にこう言いました。
「オレ達、一応立派な勇者目指して頑張ってるんだよ。ちょっと弱い魔物を退治したり、適当な魔法を兵士に教えてやったり、それで、いい感じに報酬をもらってさあ」
「……まあ」
「でもほら、これから先はどうしようかなーなんて。正直、軍団長レベルなんてもうおっかなくて立ち向かえなくてさー」
「そうそう」
途中で、メルルが少し呆れてしまっているのに気付かずに、でろりんは結構な勢いで本音を漏らしてしまいました。
「あーあ。魔王が死んでる間は、大人しくなった魔物倒してればよくて楽だったのになー」
天幕の中に、沈黙が落ちました。
「でろりん、幾ら何でも正直に言いすぎじゃ。占い師さんが冷めた目をしておるぞ」
「……ごめん。そりゃ軽蔑されること言ったわ」
「……いえ」
「まっ!それで!もう一歩進みたいわけよ!」
「は、はい」
「そりゃ、大魔王を倒すのは無理でも、ちょっとこう、オレ達なりにノロノロでもレベルアップしたくて」
「わ、わかりました」
メルルは気を取り直して、この人達のために占いをしようと思いました。日常が脅かされるような日々で、まず生きるだけでもとても気力がいること、そんな中で自分のペースで頑張ろうというのは良いことだ、そう好意的に解釈することにしたのです。
さて、占いも内容によって、水晶を使ったり、布と炎を使ったり、様々です。彼女は祖母ほど水晶占いは得意ではなかったのですが、この日は挑戦してみることにしました。
水晶を両の手の平に載せて、目を瞑る彼女の姿は神秘的で美しく、四人組のお客達は思わず固唾を飲んで見守りました。
「……まずは、パプニカへ向かいなさい……」
「まずは?」
「次あるの?」
「……え?」
メルルは目を開け、そして自分の発言に困ってしまいました。
(……そういえば、どうして今私、「まずは」とつけたのかしら……でも……)
自分の顔を真剣に見つめる四人に向かって言いました。
「今、皆さんを占ったときに浮かんだ言葉には『まずは』まで含まれていました」
「じゃあきっと次があるんだね」
「はい。しかし……パプニカに向かった後、皆さんの前にある風景は、私が覗こうと思っても暗く……わからなくて……ごめんなさい」
でろりんがヘラヘラ〜という感じに笑ってみせて、手を軽く振り
「あーいーよ、いーよ。こんなご時世だ。暗くて当然だろ。とりあえず最初はパプニカに行けばいいんだな」
と言うと、ずるぽんがじろっと睨んで
「あんた、可愛い女の子には優しいこと言うのね」
と唇もとんがらせていました。
「でも、どんだけ優しいこと言ったって、さっきの発言でだいぶ好感度下がってるからね」
「うるせ〜な〜」
四人組はまた、四人で話し始めます。なんだかんだ仲が良いのでしょう。口喧嘩する前二人だけでなく、後ろの二人も楽しそうです。メルルはその四人の……後ろにいる魔法使いの方になぜか目を向けていました。視線に気づいた魔法使いも見返してきました。
「あ、ごめんなさい。なんだか私……」
そう、メルルは一行が天幕に入ってきた時にかすめた感覚が、今もこの魔法使いを見ているとと掴めるような気がしていたのです。その感覚は……「恩」でした。
「なんでかは分かりません。でも私はあなたに恩があるような気がしているんです」
「えっ?」
「ワシに?」
「どゆこと?どゆこと」
「わ、分かりません……」
「何、まぞっほ。この子親戚だった?」
「ワシの親戚にこんな可愛い女の子、おるわけないじゃろ!」
「……あ、あの。おかしなことを言ってすみません!忘れてください!」
慌てて言うと、ニセモノの勇者一行は顔を見合わせました。しかし、また勇者が笑って
「……ま、いいか。占い師って意味深なこと言うのが仕事みたいなとこあるし」
「それはちょっと仕事を舐めすぎじゃないか⁉︎」
仲間からこんなツッコミが入っていました。
「あ、でもメルルちゃん。せっかくだから、あんたの占いに信憑性があるかどうか、一つチェックしてもいい?」
ずるぽんが、ずいっと顔を寄せて聞いてきます。
「はい?」
「実はあたし達、今活躍中の本物の勇者に会ったことあるんだ。その勇者の背は、ここにいるでろりんより高いか、低いか、占いで分かったりする?」
「そ、それは……」
再び、一行が自分をじっと見つめているのを感じながら
「……低いと思います。あなたより低いかと」
と答えました。天幕に再び沈黙が落ちたかと思ったら
「……わっ!すご〜い!」
「やっぱりすごい占い師だ!」
四人の顔がぱあっと明るくなりました。
「ま、待ってください!あの、ごめんなさい、実は……。私も、ついこの間、本物の勇者様に会ったことがあるんです……」
「へっ?」
「うそまじ?」
「せ、世間狭すぎじゃない⁉︎」
「バカ、世界のキーマン同士は顔見知りなもんなんだよ!」
「……なら、やっぱりこの占い師さんすげー!」
「ちょ待って、その勇者の名前は聞いた?」
「……ダイ、さんです」
「マジだー‼︎」
四人はいよいよワーワーと声を上げ始めました。祖母も思わず、何事が起きたと覗きにくるほどでした。
「えーあいつ強くなってた?」
「つ、強く……?それは……」
メルルは言い淀んでしまいました。【勇者】……の恐ろしく感じるほどの力を思い出します。
しかしそんなことに気づかない四人はまた勝手に喋り始め
「バーカ!最後にあたし達が会った時点で、もうダイはあんたより強くなってたわよ!」
「ほっとけよ!チクショウなんだよ!最初に会った時には、まだオレの方が強かったんだ!」
「ははは、そうだったなあ」
「どんだけ偉い勇者になったって、もともとはただのガキだったこと、オレは忘れね〜からなああ!」
その恨み節が、なぜかメルルには救いのように聞こえて、はっとしてしまいました。そこへ
「……お嬢さん」
不意に魔法使いのまぞっほが、話しかけてきました。
「は、はい」
「勇者ダイの仲間に、魔法使いはいたかね?」
メルルは胸がトクンとしました。
「どんな奴だった?ワシが会ったのと同じ奴なら、あなたと同じくらいの年の小僧だと思うんじゃが」
「そ、そうです。おそらく……同じ方です」
その答えを聞いた瞬間、まぞっほは本当に嬉しそうな顔をしました。優しい、笑顔でした。
「そうか、あいつ。まだ勇者の隣で頑張れているのか……」
それからしばらくして、ニセ勇者一行は天幕を後にしました。
「とりあえず、パプニカ目指してみるわー」
「じゃーねー!」
メルルは手を振る一行を見送りながら、自分があの四人を「恩人だ」と直感したものは、占い師のそれとして当たっていたのだろう、と思いました。
それからしばらくして、占い師の祖母と孫は故郷の王様に呼ばれました。なんでも、人間への侵略を仕掛ける敵に対して、全世界で立ち向かうとかで、王様は他の国の王様との会議に赴くのだそうです。そして、二人にも同行願えないかと依頼してきたのでした。
祖母は「私だけでもいいよ」と言いましたが、メルルは首を横に振りました。祖母が「お前の力は、一族から受け継いだものであり、それを除いた一人の娘としてのお前では、世界のために何ができるというのか」と止めても、「きっと何かができるはず」と言うばかりでした。
こうして、彼女もまた世界の命運を左右する戦いに身を投じ、その目で行く末を見届けることとなったのでした。
ただしこの時は、ニセ勇者一行に会った時に「この人達は恩人だ」と直感したことが、未来予知でもあったことにまだ彼女は気づいていないのです。
(おしまい)