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    momiko_eri6

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    momiko_eri6

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    ブラフェイ大罪アンソロ寄稿予定だったものです。
    担当は「嫉妬」
    互いに互いの全部が知りたい話。


    ※公開は企画主催者の許可を得ています。
    ※参加予定者数名で合わせて投稿しています。ぜひ他作品もご覧ください。
    #ブラフェイ大罪企画

    シークレット・ループ「いっそのこと、どこかへ閉じ込めてしまおうか」
     ぽつりとつぶやけば、ぎょっとした視線が俺を向いた。片手に持ったロックグラスの氷が、揺れた肩に合わせて高く鳴る。
    「……飲みすぎだよ、お前」
     大きく息を吐きだした後にそう言った友人の声は、多分に呆れを含んでいた。
    「そうだな」
     忘れてくれ、と続ければ、友人はあからさまに安心したように、グラスを傾ける。
     哀愁漂うクラシックが、喧騒の奥から聞こえた。橙色の明かりが灯るこの店は、適度にやかましく、適度に落ち着いた雰囲気がある。バーカウンターから離れた角の円卓を囲む俺たちの会話に聞き耳を立てるものなど、誰もいない。だから、酒を餌にキース・マックスを誘い出し、スキャンダル待ったなしのこんな話を聞かせている。
     「閉じ込めたい」というのが、本当は冗談でも何でもない、ただの本心だと言葉にしたら、きっとキースは困った顔をするだろう。そうして、俺が道を踏み外すことがないように、寄り添ってくれる。俺も、俺のこの重たい愛を受けてしまったあいつにも、とことん甘い男だから。
     だから俺は、お前になら弱音を吐いてもいいと思える。
     男女ともに惹きつける魔性の弟が、どうしたら俺の手の中にのみいてくれるのか、考えても考えてもわからないから。
     ふと手が滑って本当に監禁なんぞやってしまわないように、この、実は常識的な友人にのみ吐露をする。
    「お前も、めんどうな友人を持ったな」
    「……何をいまさら」
     キースはゆるく口角を上げて、グラスの残りを喉に流し込む。お前も飲め、と渡された水の入ったグラスを受け取って、礼を言った。


     店を出ると、夜風が肌を撫でた。秋の風はほんの少し肌寒く、ほんの少し残暑の生暖かさを含む。煌々と照るネオンのもとで、キースは煙草に火をつけた。いつもであれば小言の一つも述べるところだが、今はそんな気分にはなれず、加えてへべれけになっていないキースが珍しくもあり、俺も隣に並んで壁にもたれた。おそらく、俺が普段よりも速いペースで飲んでいたから、遠慮をしたのだろう。こいつは、そういうところがある。
     待っている間に携帯端末をチェックする。本部からの連絡に急なものがないことを確認し、念のため明日の予定を覗く。特別変わりがないのを認めてから、そっと一つのアプリを起動した。ニューミリオンのマップが表示され、その中で、赤い点が光る。イエローウエストのいつものクラブに点滅する点に、俺は顔をしかめた。
    「キース、さっさと帰るぞ」
    「あ? おい、待てって」
    煙草をつぶして追いかけてくるキースに目もくれず、俺は歩みを早くする。
    ああ、なぜ今日はレッドサウスに飲みに出てしまったのか。これからイエローウエストまで行くとなると、結構な時間がかかってしまう。酒を飲んでしまったから、車を出すわけにもいかない。
    「ほんとお前、フェイスに関してはバカだよなあ」
     早歩きの俺に並んで、キースが言う。肩に手を回されて、スピードが落ちる。睨んでみるが、楽し気に細められた目じりにこちらの負けを悟った。
    「もとより、実弟に手を出すような兄だ」
     そんな男が、バカでないはずがない。
     弟のフェイス・ビームスと恋仲になるまでには、本当にいろいろなことがあった。
    俺のせいで疎遠となっていた関係を何とか会話ができるまでに修復し、俺の知らないところで何かを乗り越えたフェイスの成長があり、互いの、恋心の自覚があった。今にして思えば、俺にとって何より大事なのがフェイスであることは昔から変わりがなく、自覚するずっとずっと前から俺はフェイスを愛していたのだろう。言葉にしたのは悔しくも、フェイスのほうが先だった。紆余曲折あり、何とか恋人という名前に収まったのが約一月前。もちろん、実弟であるという葛藤もあったが、互いに、愛してしまったのだから逃れようもない。想いを知ってしまえば、手放す気にはなれなかった。
    「そういう意味で言ったんじゃないんだが、まあ、互いに好きあってんならいいんじゃねえの」
    「そうだな、キースやディノがそう言ってくれるのは、存外に心強い」
    「うわ、やっぱ今日のお前飲みすぎだろ、まだ酔い覚めてねえのかよ」
     正直に告げただけなのに、キースはぎょっとして俺の肩に回していた腕を外した。
     「やーめた」とけだるげに宣い、さっさと行けとはねのけるように俺に手を振る。俺は肩をすくめて、仕方がないのでキースの首根っこを掴んで歩き出した。


     ヒーローが暮らす街、ニューミリオンの大看板、ミリオンタワーの上層階。ヒーローたちの居住区で、俺は壁に背を預けて待っていた。夜の街を徒歩とリニアとで帰宅してから、だいたい三十分は経ったろうか。キースに付いてウエストセクターの部屋の近くまで行き、その道中の壁に陣取って、携帯端末を眺める。画面に映し出された地図の上で、赤い点はすでにこの建物の中にいた。このアプリの欠点は建築物内の移動まで追えないことだ。後日、研究部に相談してみるとしよう。
    アプリを閉じる。
    携帯端末をスラックスのポケットにしまい、俺は腕を組んだ。足音が近づく。
    「ブラッド?」
     足を止めたフェイスは、俺と同じ色の瞳を見開いて、首をかしげた。そうした一つひとつの動作がかわいらしいのだから、少し加減してほしいと思う。我が弟ながら、恐ろしい。これがつい先ほどまで喧騒渦巻くクラブの中で、思う存分に笑顔と色気を振りまいていたのだと思えば、みぞおちのあたりが重くなった。
    「なんでそこにいるの」
     首にかけたヘッドホンに、フェイスが指をかけた。ちゃり、と広く開いたシャツの胸元から覗くシルバーネックレスが、ヘッドホンのずれに音を立てる。
    「お前がまた夜遊びをしていると聞いたからな」
    「……それで?」
    「クラブに行くのをやめろとは言わないが、今、何時だと思っている?」
    「もう子どもじゃないんだけど」
     子どもではないから言っているのだ。自分の顔の造形の良さも、発する色気も、どんな目で見られるかも、すべてわかっているだろうに、なぜ俺が子ども扱いしているなどと思うのか。
    俺はおもむろに壁から背を離し、フェイスに向き直った。あからさまに身を固くしたフェイスに、一歩一歩と近づいていく。目の前までくれば、フェイスはじっとこちらを見上げていた。抜かされずに済んだ身長差のおかげで、フェイスの額からつま先まで、いつだって視界に入れることができるのは僥倖だ。
    「フェイス、動くな」
    「へ、っ?」
    そっと顔を、耳元に寄せた。
    くん、と匂いを嗅ぐ。
     普段フェイスが使っている香水の、さわやかな香りが鼻孔を抜ける。それに混ざる甘ったるい匂いは、他者の名残りか。もしくは酒か。
    「酒は?」
    「や、飲んでないけど、てかそれを言うならブラッドこそお酒の匂いがする」
    「さっきまでキースと飲んでいたからな」
    「へぇ」
     フェイスの耳元から顔を離し、また正面を見た。フェイスの瞳はこちらを見ずに、斜め下を向く。何かやましいことでもあるのだろうか、まさか、この甘い匂いの誰かと。
    「フェイス」
    「なに」
    「禁止されたくなければ、夜遊びはほどほどにしろ」
     左肩に手を置いて、そう言った。俺と同じ色の、そのくせ俺よりもずっと温度のあるマゼンタの瞳が今度こそ俺を見る。そんな目に見つめられたら、ほとんどの人間は虜になってしまう。恋人の心配を、お前はきっとわかっていない。その証拠に、眉間にしわが寄った。
    「なんで俺だけ注意されるわけ。あんたも、キースと飲んでたんでしょ」
     むっとしたように顔をそむけて、フェイスは俺の手を叩き落とした。もう寝る、と言い捨てて、俺の脇を通り抜けようとする。
     これは、俺がキースと飲んでいたことが、フェイスを不機嫌にさせている。と、言うことだろうか。それは、それはどうにも、——心が躍る。
    「次はお前も誘うか」
    「っ、キースはいらないでしょ!」
     一度振り返って言い捨てると、フェイスは足早にウエストセクター研修ルームの自動扉をくぐって行った。こういうところは、幼いころと変わらない。反抗的に見えて心根は素直で、実は甘えん坊なフェイス・ビームスだ。
     こちらを突き放したようなそぶりをして、「キースはいらない」なんて甘えたことを言う。俺は、どうしたってリクエストにこたえなければならないと思ってしまう。
     さて、愛しい恋人からのディナーの誘いだ。どこのラウンジを予約しようか。



     俺とフェイスが恋人となって三か月が経った。冬の始まりに初めて行った二人だけの食事は、グリーンイーストの高層ホテルの最上階にある、ワインの豊富なラウンジを予約した。「こんな高いとこじゃなくても」と呆れつつも、どこか嬉しそうなフェイスの表情が記憶に新しい。今回は食事のみだったが、次は部屋をとってもいいかもしれない。もちろん、フェイスが許してくれれば、だが。
     そんなことを考えながら、次の会議についての資料をタブレットで眺める。なんてことのない通常業務の昼下がり。休息のあとは、二つの会議とトレーニングが控えているが、特別忙しくもないそんな折、その知らせは唐突に舞い込んだ。

    「ストーカー、だと?」
     怒気を押えもせずに繰り返せば、執務室を訪ねてきた二人はしっかりと首を縦に振った。
    「うん、そうなんだ。まだ害があると決まったわけではないけれど、気になったから伝えておこうと思って」
     心配そうな声音で、ディノ・アルバーニがここに来た理由を告げ、
    「あいつに好意を向ける奴なんてざらだが、今日のはあからさまっつうか、明らかにつけてきてたからな」
    面倒くさそうなのを隠しもしないキースは、やはり面倒くさそうに頭を掻いた。
    「詳しく聞こう」
     俺はそのストーカーを今すぐにでも見つけ出して、鉄のオブジェにしてやりたい衝動に抗いながら、二人の話を聞いた。
     フェイスのストーカーは、どうやら年の頃の近い女性であるらしい。これまでもフェイスを慕う女性の集団の中に幾度か見かけたことがあったそうだが、最近は輪にかけて、フェイスへのアピールに熱心なようだ。フェイスもあしらうのに苦労していたと聞いて、先日の甘い香りを思い出した。
     それが、キースやディノが危機感を覚えるほどに悪化したのは、今日の午前中のパトロールでのこと。数日前から毎日のようにフェイスの前に現れては声をかけていたものの、今日はとうとうパトロール中ずっと侍ってきたらしい。キースやディノが声をかけても一向に改める様子はなく、途中で何とか撒いたものの、リニアの駅で待ち伏せをし、そのままエリオスタワーの前まで一定の距離を保ってついてきたそうだ。
    「まったく、やっかいなのに好かれたな、フェイスは」
     キースは両手を上げて、やれやれとでも言いたげに首を振る。
    「まあ、あの顔だし、フェイス優しいし、モテちゃうのはわかるけど」
    「おいディノ、それを恋人様の前で言ってやるなよ」
    「あ、ごめんブラッド」
    「いや、かまわない。フェイスが優しく可愛らしいのは事実だ。が、それを知っているのは俺だけでいい」
    「ごめんって」
     話を聞く限りでは、付きまといに加えストーキング行為が見受けられるが、若い女性ということもある。これ以上の行為はしてこないだろう。それでも、業務に支障が出る以上、何らかの対処が必要だ。
    「で、とりあえず午後のパトロールにはフェイスを連れて行かないほうがいいかと思ったんだが、どうだ?」
    「まあ、妥当なところだろう」
    明日以降のパトロールについてもシフトの調整を行い、出る時間を減らすか、もしくは別セクターの担当と交換するということも視野に入れる。とはいえ、早急にその女性を何とかしなければならない。
    「その女性の身元は分かるか?」
    「いや、それがわからないんだ。フェイスも警戒して連絡先の交換はしないようにしていたそうだし。多分クラブの客じゃないかとは言ってた」
    「そうか、わかった。フェイスは?」
    「部屋にいるよ。実は、ブラッドにこのこと言わないでって言われたんだけど」
     まあ、そうだろうとは思っていた。プライドの高いフェイスが、自分の女性関係で俺やキースたちを頼るとは思えない。おそらく、自分で対処できると言い張っただろう。フェイスが頼るとすれば、なんだかんだ仲の良いビリー・ワイズだ。癪だが、そういう友情もフェイスには必要だろうから、それはいい。
    が、フェイスが頼ろうが頼るまいが、俺が何もしないという理由にはならない。
    俺はスラックスのポケットから携帯端末を取りだし、目的のアプリを開く。研究部の協力のもと改良されたアプリ画面は、このエリオスタワーの間取りを違わず表示した。階層表示もお手の物。目的とする赤い点が今この建物のどこにいるのか、即座に俺に教えてくれる。
    「……まったく」
     俺は、携帯端末を手に持ったまま、扉のほうへ目を向ける。俺の視線を追った二人が疑問符を浮かべるのをよそに、俺は立ち上がった。
    「フェイス、入って来い」
    赤い点が点滅するのは、この部屋の扉の前だった。どれくらい前からそこにいたかは分からないが、話の一部は聞かれてしまっただろう。ミリオンタワーの壁は薄くはないものの、防音ではない。音を操るフェイスにかかれば、盗み聞きなど造作もないはずだ。
     シュン、と特徴的な音がして、扉が開く。ふてくされた様子のフェイスは、驚くキースたちと俺を見て、眉間に皺を寄せた。
    「ブラッドには言わなくていいって言ったでしょ」
    「え、あ、いやー、そうは言ってもなあ」
    「ディノはわかるけど、キースなら黙っててくれると思ったのに」
     なんだその信頼は。
     ぎろりとキースを睨む。フェイスは、キースの事を同類と思っているところがある。まあ、サボり癖のあたりそうなのだろうし、セクター内が円満なのは良いことなのだが、いかんせん、不愉快だ。
    「なあディノ、こいつ怖えよ」
    「まあまあキース。可愛いじゃないか、二人とも」
    「フェイス」
     扉の前から動こうとしないフェイスに歩み寄り、肩に手を置いた。こうして至近距離で向かい合った時に、探るように見上げるこの目が、俺は好きだ。成長しても変わらない、甘えが滲む、マゼンタの瞳。
    「明日のパトロールは俺とともにサウスを回る。いいな」
     即物的な衝動を抑え込んで、俺は言い放った。
    「はあ? なんで俺がサウスに。そもそも明日はディノとだったはずだけど?」
    「そのあたりの話は聞こえなかったか? ストーカー対策だ。別セクターのほうがまだましだろう。ペアはディノでも戦力的に問題はないが、明日は俺がつく」
     本当は俺がつきっきりで警護したいところだが、そうもいかないので、明後日以降ははオスカーやジェイあたりにも頼むだろう。
    「まあいいよ、わかった」
    「む、意外とあっさり受け入れたな」
    「駄々こねても仕方がないしね。メンターリーダーさん?」
     そっと、肩に置いた俺の手に、フェイスが手を重ねた。細めた目で、俺を見上げる。
     だから、そういうのをやめろというのに。
     我慢している自分が馬鹿らしくて、フェイスの肩を引き寄せて、思い切り抱きしめた。後ろから「わ」と声がしたが、気にしない。煽ってきたフェイスが悪い。



     ちょっと、試してやろうという算段だった。
     せっかく恋人になったのに全然それらしい振る舞いの無いブラッドが、俺に向けてきた「愛」が本当に俺と同じ意味なのか、試してみようと思った。
     だから、うっとおしいスキンシップも、付けすぎな香水の香りも、しつこく尋ねられる日々の予定に関する質問も、完全に突き放さない程度に受け入れて、餌を垂らした。案の定、名前も覚えていない女性は、数日で俺のストーカーになった。
     あの兄が、恋人にストーカーなんかができたらどう出るかを見てやるつもりだったのに。優しすぎるメンター達が先走って報告してしまうから、結局いつも通りふてくされた。ストーカー対策として一緒にパトロールをすると告げられたが、それが恋人としてなのか、兄としてなのか、はたまたメンターリーダーの責務からなのか、分からない。あの時のハグには、まあ、愛情は感じたけれど。
     悶々とする胸の内側をかき消したくて、息を吐く。息は白く可視化されて、冬の冷たい空気に溶けていった。
    「フェイス、遅れるな」
     消えた白い靄の向こうで、振り返った兄が呼ぶ。
     ブルゾンを着こむブラッドはなんとなく見慣れない。ブラッドはもっとスタイリッシュなコートのほうが良く似合う。しかし、エリオスから支給されたヒーローの防寒具はブルゾンだ。俺だって、例にもれず着ているし。結構あったかいし。
     見慣れないといえば、兄貴と歩くレッドサウスストリートも、充分に見慣れない。まず、二人で行動するときは大体が夜で、タワーの中かおしゃれなレストランだった。街なかではブラッドの運転する車の助手席でくつろぐのが常だ。
    「フェイス」
    「わかったって」
     開いてしまった距離を、小走りで埋める。横に並べば、周囲から黄色い悲鳴が上がった。
     俺がブラッドの隣にいるというのもあるが、こういう場合、ブラッドはたいていファンサービスをする。笑んで見せたり、手を振ったり。この顔面に微笑まれたら、そりゃあ悲鳴もあげるだろう。俺だって早々笑みなぞ見ないのに。
     ああ、面倒くさい。消したかったムカムカがまた増えていく。
     別に彼女たちに恨みはないけれど、今だけは嫌いだ。


     俺のストーカーが確認されてから、一週間がたった。ブラッドとのパトロール以来、ペアを変えてウエストセクター以外のセクターでパトロール業務をしている。オスカーやジェイ、マリオンと一緒の時もあったか。基本メンターと共に他セクターで行動していたからか、一度も彼女を目にしなかった。けれど、キースたちの話では、イエローウエスト内では度々目撃されているらしい。遠くからキースたちウエストセクターのヒーローを見ては、俺を探しているようだとうんざりした様子で言った。
    「まだ当分このままかな~」
     なんて、ディノが苦笑いを浮かべていたのがつい数時間前の事。
     ――俺は今、イエローウエストの路地裏に立っている。
    「おちびちゃん、状況は?」
    『おー、こっちのは俺とディノで問題ねえ。そっちは?』
    「こっちももう終わったよ。キースがそっちの応援に行った」
    『平気なのに』
    「俺も一度合流するから」
    『おう』
     インカムの通信を切り、ざっと周囲を見回す。地べたに転がる犬型イクリプスの残骸と、兵士達。キースとともに殲滅した敵だ。兵士たちは気絶しているだけだから、縛り上げて、回収のための応援も呼んである。それらの処理のために俺はキースを先に行かせて一人ここに残っていたわけだ。
    「さて、あんまり一人でいるとブラッドが心配するかな、なんちゃって」
     本来俺は、イエローウエストの街へ入るのを止められている。であるのにこの場にいるのは、セクタールーム内で受けたエマージェンシーコールを聞き、俺が無理矢理ついてきたからに他ならない。大規模な襲撃らしく、ウエストセクター以外のヒーローも駆り出され、敵の対処や住民の避難など、みなヒーローとして役割を果たしている。そんな中、ストーカーを理由に自分ばかりがタワーに残ることは、できなかった。
    「さすがにそろそろ、ビリーあたりに頼もうか。いったいいくらふっ掛けられるのやら」
     もともとは自分の蒔いた種だから、ビリーに頼むのは最終手段だったのだけれど、仕方がない。ストーカーの彼女も、こんな男早々に飽きてくれればいいものを。
     路地裏を、障害物をよけながら大通りに向けて歩く。ずっと明るい道へ、あと数歩というときに、背後から声がした。
    「フェイス君」
     ぞわりと、寒気が背筋を凍らせる。甘ったるい香水がかすかに香った。
    「っ⁉」
     ぎょっとして振り向くのと、弾が頬を掠めたのは同時だった。頬を伝った熱に、出血を知る。数度見た覚えのある彼女は、可愛らしい白のブラウスとピンク色のフリルスカートを身にまとって、背後にイクリプスを連れていた。
    「ちょっと! 私のフェイス君を傷つけないでよ!」
     彼女より一歩前に出て、銃口をこちらに向けているイクリプス兵が、今の発砲の正体だろう。怒鳴りつけているあたり、彼女自身は俺を害する意識は低そうである。となれば、彼女がイクリプス兵の指揮官、というわけでもなさそうだが。
    「……ねえ、何を従えてるか、わかってるの?」
     臨戦態勢を取りつつ、彼女に声をかければ、場に似つかわしくない満面の笑みが俺を向く。
    「フェイス君! やっとこっちを見てくれたね? わたし、ずっと待ってたのに全然会いに来てくれないから、わたしから来ちゃった」
    「いや、そうじゃなくて」
    「この人たち、フェイス君の敵なんだよね……、ごめんね? 敵に力を貸してもらうなんて、フェイス君の彼女失格だよね? でも、フェイス君が悪いんだよ」
    「は……?」
     女が一歩、前に出る。路地裏に転がるイクリプスの残骸を踏みつけて、まるで自身の歩く道を邪魔するものはすべて排除するとでもいうように。ばっと両腕を広げて、変わらぬ笑みで宣った。
    「この人たちが、フェイス君に会わせてくれるって言うから」
     その目の、狂気を知る。
     瞬間、女の背後にいたイクリプス兵が一斉に射撃を開始した。光の銃弾が俺に向かって放たれる。俺は咄嗟に指を弾いて、真正面に迫る数個の弾丸を着弾の寸前で無力化した。コンクリートの地面に弾が落下し、からからと音を立て、無力化できなかった弾丸が縛り上げたイクリプス兵やコンクリートの壁に穴をあけた。
    「っ、ほんと、めんどくさい!」
     気絶したままのイクリプス兵の心配まで、どうして俺がしなくてはならない。なんで、心配してしまうんだ、俺は。もっと淡白ではなかったか、俺という人間は。
     もう一度、指を弾く。今度は敵に音が届くように、脳を揺らすぐらいの音になるように。女が耳を両手で塞ぐ。
    「なっ⁉ 何、この音、耳がっ、――っ!」
     完全防備のイクリプス兵にすら効くのだ。何の防具もまとっていない女には、ひとたまりもないだろう。ぐっと腰を曲げて体勢を崩すのを認めて、俺は敵へと肉薄した。音に膝をついた兵士たちの側から、すでに気絶した女の身を浚って距離を取る。ストーカーでイクリプスへの加担の疑いがあるとはいえ、まだ一般人であるから、保護しなければならないだろう。彼女にはしばらく寝ていてもらう。
    「……さて」
     あとは膝をつくイクリプス兵達だ。
     彼らが気絶するには弱い音であったから、そう時間をかけずにまた向かってくるだろう。女を両腕に抱える俺は、もう指を弾けないし、機動力もない。早々に決着をつける必要がある。
     俺はイクリプス兵達に向けて、攻撃を放つべく、かかとを鳴らそうとして――失敗した。
    「は……嘘でしょ?」
     抱えていた女が、俺に乗り上げている。
     細い両腕からは信じられないほどの力で、俺の両手を地面に縫い付けて。
     綺麗に誂えた服や髪の毛が乱れるのを気にも留めずに。
     うつろな目で、俺を見下ろした。



     逃げ遅れた一般市民の中に若い女がいると聞いた時、嫌な予感がした。若い女なぞ、若者の街と名高いイエローウエストには大勢いるというのに、甘い香水の香りを想起した。フェイスがキースたちと共に出動してしまったという報告はすでに受けている。正直、気が気でない。少しでも近くで守ってやりたくて、総指揮という立場にありながら、戦地の最前線まで来てしまった。
     とはいえ、すでに戦いは終盤であり、あとは残党処理だけである。何も心配することがあるような状況ではないはずなのに、俺の胸は、ずっと何かを訴えるように、騒ぎ立てる。
    「おいキース」
    「あ? ブラッド、こんなとこまで出張ってきたのか」
     敵のいなくなった道の真ん中で、散乱した瓦礫類の撤去作業をするキースを見つけて、声をかけた。キースはところどころ服が汚れているが、目立った外傷はなさそうである。少し離れたところにディノとジュニアの姿を見つけて、俺は周囲を見回した。
    「……フェイスはどうした?」
    「フェイスなら、俺のあとから合流するはずだが」
     そういえばいねえな、とつぶやいて、キースはジュニアを呼んだ。小走りで寄ってきたジュニアは、俺を見て一瞬顔をしかめたものの、フェイスの居所を聞けば、ほっとしたように眉をやわらげた。
    「フェイス? さっき通信したときはこっち来るって言ってたけど。遅せぇな」
     おれが連絡とったのはキースが来る前だ。え、じゃあもう結構経つんじゃねえの。と続く会話に胸騒ぎが増す。
     インカム、――否、こういう時こそ、これだ。俺はヒーロースーツの隠しポケットから、携帯端末を取り出す。慣れた手つきでアプリを開けば、もはや精神安定剤にすらなっているアプリ画面が表示された。フェイスの携帯端末に仕込んだGPSが、俺にフェイスの居場所を教えてくれる。
     どうやらフェイスは、少し離れた細道にいるらしい。ここはもともとキースとフェイスを派遣したところの近くだ。つまり、フェイスはジュニアと連絡を取ってから、何らかの理由によりその場にとどまっているということになる。
    「俺はフェイスのもとへ向かう」
    「え? おい!」
     動かない理由など、いくらでも考えられる。逃げ遅れた市民を見つけたのかもしれないし、携帯端末を落とした可能性だってある。だが、怪我で動けないという可能性も、不測の事態に見舞われている可能性もある。
     結局、自分の目で確認しないと、この胸騒ぎは収まらないのだ。

     点滅するしるしを頼りに更に町の奥へ向かう。もともとは最前線だった大通りには、砕けたイクリプスの残骸や、戦闘によって破損した建物の一部が転がっている。イクリプスは既に撤退行動に移動しているから、通りに敵兵の姿はなく、撤去活動にあたるエリオス署員と、戻り始めた住民がちらほらといるようだった。
     携帯端末の画面を確認して、角を曲がる。フェイスがいるのは通りをあと二本抜けた先の、入り組んだ細い路地だ。その付近からイクリプスが現れたため、ロストガーデンへと繋がる出入り口があるのではと踏んで、キースを向かわせた場所だ。
     一本目の通りに出る。戦闘がなかった地域のようで、イクリプスの残骸も、壊れた個所もない。ただ、状況を見ていた市民たちが、不安そうに俺を見た。
    「安心して欲しい、イクリプスは撤退した」
     務めて笑顔を向けて、口にする。安堵の表情を浮かべる市民たちへ頷づいて見せる。最も安心できていないのは自分だというのに、ポーカーフェイスもうまくなったものだ。声をかけてくる市民たちを何とかいなして、先を急ぐ。
     また大きな通りに出る。赤い点まで、もうすぐだ。フェイスはもうすぐ近くにいる。何事もなければいいが、俺が向かう間全く動きがないというのが、俺の不安を煽る。走るにつれて、戦闘の跡が増えていく。
     刹那、銃声がした。
     俺の目指す路地のほうから、銃声は聞こえたような気がした。
    「っ!」
     角を曲がる。路地に入る。入り組んだ道の、角をまた曲がると、白い集団を見つけた。あれは――イクリプス兵。
     嫌な予感は、当たったようだ。最悪な形として。
     胸中を占める不安感と焦燥感に任せて、俺はヒーロー能力を発動する。破損したイクリプスの残骸の中から、鉄を含む部品たちが俺の能力に呼応して浮き上がり、その形を鋭く変えていく。
     奴らをきつく睨みつけ、俺はその鉄片たちを敵兵に放射した。横から穿たれて数名が倒れる。そこでようやく俺に気づいた敵兵がこちらに銃を向ける前に、肉薄して警棒で薙ぎ払った。その間ものの十数秒。敵兵の倒れ伏したその場にフェイスの影を探して、あたりを見回す。
     そして、薄暗い路地の先に、影を見つける。
     カラン、と警棒が俺の手から滑り落ちる。
     果たして、影は女に押し倒されたフェイスであった。
     殺意というのは、このように沸くのだということを初めて知る。
     日の当たらない路地裏で、イクリプスの残骸とコンクリート片と、倒れた兵士達の転がる道で、女はフェイスを押し倒し、両手を押さえつけていた。
     俺はその場に立ち尽くす。
     状況が飲み込めなかった。あまりに凄惨な周囲に対して、フェイスと女だけが別の世界にいた。あの女はフェイスの知り合いなのか、逃げ遅れた一般市民なのか、はたまた敵であるのか、この状況では判別ができない。もしくは、かなり低確率ではあるが、あれがフェイスのストーカーということも考えられなくはない。本当に、低確率ではあるが。
    「ちょっと、離して、ねえ! わかる⁉」
    「!」
     フェイスの声にはっとした。
     押さえつける女をなんとかどかそうと、フェイスがもがく。フェイスは、逃げようとしている。なら、あの女は、つまり――。
    「あ」
     女の肩を掴んで、乱暴に引きはがす。俺の恋人に手を出すような女に、俺は優しくするほどお人よしではない。
    「フェイス、何をしている」
    「ブラッド……」
     見上げてくるフェイスの頬に、一線の傷がある。
     それだけで、視界が真っ赤に染まった。まさか、この女か? フェイスの綺麗で可愛い顔に傷をつけたのは?
    「その傷は?」
     努めて冷静に問えば、「ちょっと油断しただけだよ」と求めたのとは違う回答がある。俺が聞いたのは、「誰にやられたか」なのだが、見たところ女は刃物の類は持っていないようである。冷静に、冷静に考えれば、傷をつけたのはそのあたりで伸びている敵の一体であるのだろう。
     そっと、フェイスの頬に手を這わせる。
    「何」
     身を固くしたフェイスの上目遣いは目に毒だ。傷跡を、親指でなぞる。すでに血は止まっているようだ。フェイスも、俺が何を気にしているのかに気が付いたのか、抵抗せずにそのまま撫でられている。
     ――このままだと、歯止めが利かなくなりそうだ。
     理性をフルに動員して、頬に触れていた手を離して、その手をフェイスに差し出した。フェイスは数秒考えたのち、俺の意図を理解して、躊躇いもなく手を重ねる。その手をおもいきり引くと、すっとフェイスは立ち上がる。
    「この女は?」
    「あ、例のストーカー、なんだけど、なんか様子がおかしくて」
    「ストーカーが正気とは思えないが?」
     引きはがした女は隣の建物の壁に背中を打ち付けて、ずるずるとへたり込んでいる。声も上げない様子に不信感は覚えたが。今は気絶したようで、ピクリともしない。
    「いや、そうじゃなくて。なんていうか、目が虚ろっていうか、さっきまでの自己主張がないし。……あ、ゼロの、時みたいな」
    「! 洗脳か」
     イクリプスの洗脳。あながちない話ではない。どの時点から洗脳されていたかは調査しなければわからないが、一般市民であるフェイスのストーカーを利用して仕掛けてきたというのも、考えられなくはないだろう。そうなれば、今回の襲撃のターゲットはフェイスであったということになる。メジャーヒーローでもなく、ただのルーキーがターゲットにされる可能性は低いが、フェイスはトリニティの一人に目をつけられているきらいがあるから、安易に否定もできない。
     まずは、この女から話を聞かなければならないだろう。
    「ブラッド」
     くい、とフェイスが俺の袖を引いた。
    「なんだ」
    「その、助けに来てくれてありがとう。よく、ここがわかったね」
    「……キースから聞いた」
     柔らかくほほ笑むフェイスから、そっと顔をそらした。
     


    「やはり、あいつは外に出すと危険だ。危ない、すぐ浚われる」
     空のカクテルグラスをテーブルに置いて、頬杖をつく。
    「いや、浚われねえだろ」
     ビールジョッキから口を離して、キースが言った。ジョッキの中はまだ三割も減っていない。俺はもう五杯目なのに、キースはたぶん二杯目だ。また気を使われているのを頭の隅で理解しつつ、しかし今日くらいはと甘えモードに入る。
    「おいキース、お前、俺と担当を変われ」
     正面に座っているキースの腕をぺちぺち叩く。振り払われないから、そのまま叩く。すると、大きなため息が聞こえた。
    「お前が決めたチーム編成だろうが」
     そのタイミングで、注文しておいた俺の六杯目の赤サングリアと、なんだかんだ俺よりも飲んでいるディノのハイボールがくる。赤サングリアにはサクランボが乗っていた。大きさの違う粒が二つ、並んでいる。
    「俺がフェイスの面倒を見る。小さい頃はそうだったんだ。そうだ、なぜ今俺はフェイスの面倒を見ていないんだ?」
    「小さいフェイス、ブラッドのこと大好きだったもんな」
     ディノはそう言うと、ハイボールを早速半分飲み干して、つまみのピザを頬張る。一枚を一人で食べきる勢いのディノを見ていると、なんとなく食欲が満たされて、俺もキースもチーズくらいしか食べていない。それも、半分はディノが食べているのだが。まだ残っていたチェダーチーズをつかむ。
    「フェイスは今も俺が好きだ」
     宣言して、チーズを口に放り込んだ。赤サングリアも飲む。うまい。
    「あはは、うん、そうだな!」
    「はあ、このブラッドに付き合うの疲れる……」
    「そんなこと言うなよキース! 親友の悩み相談、ラブアンドピースだぞ!」
    「悩み相談か? これ」
    「そうだ、いつもは俺がお前の世話をしてやっているだろう。送迎までしてやっている借りを忘れたとは言わせんぞ。聞け」
    「横暴だし!」
     キースは思い切りジョッキを傾けて、喉を鳴らしてビールを流し込んだ。グラスに入っていた半分ほどを飲み干して、ジョッキを置く。まあまあとなだめるディノは、いつの間にやらピザの皿を空にして、タッチパネルで追加を注文しようとしていた。
     出会ったときから、変わらない風景に自然と笑みが漏れる。酒を飲めるようになったのは出会ってから数年後だが、共に食事をする際はいつも、こんなふうに素直じゃないキースと、俺とキースの中を取り持つ明るいディノがいた。
    「こんな話、お前たちしか話せる相手がいないんだ、いいだろう……?」
     俺がフェイスと恋人になったと報告したとき、幻滅される覚悟をしたのだ。年の離れた弟に手を出すなんて、見損なったといわれるかと思った。が、二人は俺たちを受け入れて、そのうえ、待ってましたと言わんばかりに祝福をくれた。
    「もちろん! 何でも聞くよ!」
    「あーもう! わかったよ!」
     この二人が親友で、俺は本当に幸せ者だ。
     俺の一番はもちろんフェイスだが、その次くらいに、この二人が入るだろう。こいつらに恋人ができたら、きっと二人のように祝福できる気がする。この二人の惚気を聞くのも面白そうだし、悩んでいたら相談に乗るのもやぶさかではない。もしストーカーに合うようなことがあれば……それは自力で対処を願うだろうが。
     そういえば、フェイスのストーカーはやはりトリニティに洗脳されていたらしい。が、その前のストーキング行為は洗脳とは関係なかったようなので、厳重注意の上解放となった。フェイス曰く、あれ以降姿を見ていないらしい。その女が消えても、フェイスに群がる女性たち全てが消え去るわけではないが。
    「はあ……、やはり、どこかに閉じ込めてしまおうか」
    「やめろよ?」



    『やはり、どこかに閉じ込めてしまおうか』
    『やめろよ?』
     暗がりの部屋で、イヤホンから聞こえてきた言葉に笑みを浮かべる。酒場の雑音をできるだけ排除して、三人の言葉だけが聞こえるようにアプリを操作した。
     ブラッドも、まさか俺が盗聴しているなんて、気が付いていないだろう。
     せいぜい三百メートル程度しか範囲はないが、ミリオンタワー内であればどこだって拾えるし、範囲内であれば別の建物にいても音を拾うことができる。現に、数戸離れたホテルの一室から、ブラッド達の会話を盗み聞いている。
     初めは不安から手を出したことだったけれど、今はもうそれだけじゃない。寝る前にはブラッドの声を聴かないと安心できなくなってしまった。加えて、俺じゃない誰かと出かけているときも、誰かにいい寄られやしないかと気が気ではないから、自ずとイヤホンを耳に当ててしまう。
     まあ、少し前から始まった「閉じ込めたい」発言によって、ブラッドの愛は感じられているのだけれど。
    「アハ、そんなことしなくても、もう手放させやしないのに」
     別に、ブラッドになら閉じ込められてもかまわない。でも、ブラッドはヒーローという職業に誇りを持っているし、俺も今はこの仕事が大事だから、そんなことするわけがないのもわかっている。
     だったらせめて、心だけでもしっかりと閉じ込めておいてほしいのだけれど、奥手なブラッドは、まだ俺の服の下に触れてくれないから。
     さっきメールしたホテルの住所に気が付いた時、いったいどんな反応をしてくれるのか。俺は楽しみに耳を澄まして待っている。
     
     終わり
     
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    MAIKING潜入捜査ビリーくんのジェイビリ
    ここから先に進めないので一旦あげます
    書き上がる時はがっつり修正
    調査対象の好みのタイプ。金髪碧眼、幼顔なんて、髪色さえ変えればピッタリかもしれない。自分が幼顔なのはチョット、いや、あんまり認めたくはないけれど。カラースプレーで髪を黄金に彩って、ホテルのラウンジに居ても違和感がないスーツを纏う。あまり大人っぽくならないように、タイはシンプルなものではなく蝶ネクタイにした。最後にキスしたくなると話題のリップをつけて、対象者がいるバーに足を踏み入れる。
    潜入調査はよくするけれど、色仕掛けは久し振りだ。人間は欲で頭が馬鹿になると口が緩くなるから、色仕掛けはすごく簡単だしお金もかからない。ヒーローになる前はよくやっていたけれど、ジェイがトクベツになってからはなんだか触れられることが気持ち悪くなってしまって、あまりしたくなくなってはきたけれど。
    店内を見回して対象を確認して、ざっと頭の中で流れを組み立てる。入ってすぐいきなり近付くのは怪しまれるから、彼の座る席から3つ離れて座ることにしよう。
    協力をお願いしているバーテンダーさんが出してくれたノンアルコールのドリンクを飲んで、わざと聞こえるような声で嘘八百の情報を流す。パパに連れてきてもらったけど、先に帰っちゃ 2768

    いとう

    DONEフェイビリ
    まぶたの隙間 橙色にきらめく髪が視界に入ると、ひっそりとゆっくりとひとつ瞬きをすることにしている。
    そうしている間に九割以上向こうから「ベスティ~!」と高らかに響く声が聞こえるので、安心してひとつ息を吐き出して、そこでようやっと穏やかな呼吸を始められるのだ。
    それはずっと前から、新しくなった床のビニル独特の匂いを嗅いだり、体育館のメープルで出来た床に敷き詰められた熱情の足跡に自分の足を重ねてみたり、夕暮れ過ぎに街頭の下で戯れる虫を一瞥したり、目の前で行われる細やかな指先から紡がれる物語を読んだり、どんな時でもやってきた。
    それまでの踏みしめる音が音程を変えて高く鋭く届いてくるのは心地よかった。
    一見気性の合わなさそうな俺たちを見て 、どうして一緒にいるの?と何度か女の子に聞かれたことがある。そういう時は「あいつは面白い奴だよ」と口にして正しく口角を上げれば簡単に納得してくれた。笑みの形を忘れないようにしながら、濁った感情で抱いた泡が弾けないようにと願い、ゴーグルの下の透明感を持ったコバルトブルーを思い出しては恨むのだ。俺の内心なんていつもビリーは構わず、テンプレートで構成された寸分違わぬ笑みを浮かべて大袈裟に両手を広げながら、その後に何の迷いもなく言葉を吐く。
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