お気に入りのあの店で あの日、いつにも増して強引さを感じさせるSNS上でのやり取りは、言うまでもなくフェイスの側が折れる結果となった。待ち合わせの場所や時間を周囲の人間――主にフェイスのファンだが――に悟られないよう、ディノからの個人的なメッセージは思ったよりも迅速にフェイスのアカウントまで届いた。末尾の「待ってる」というシンプルなひと言を確認しただけで、その日はひとり静かに過ごしたい気分であったことなど都合良く忘れたフェイスは目的地、件のイタリアンレストランへ向かう足を早めた。
「俺のこと、呼べば来るものだって思ってない?」
ピザには、正直飽きている。飽きていても美味しいのがピザらしい。毒されている自覚はあるけれど、その味はなるほど評判通りで、フェイスは悔しさを含めた文句を空に放り投げた。それでも今回は「まし」な方だった。行くか行かないか、来るか来ないかの意思を問われることもなく、自動的にフェイスの行き先や予定が決まっていることだってあるのだから。惚れた弱み、自己責任でも、小言くらいはぶつけたい。
対するディノはご機嫌に、口いっぱいの好物を飲み込んでから「そんなことないよ」と答えた。
「フェイスが来てくれたら嬉しいな、って思ってるだけで」
「でも、俺に断られるとは思ってなかったでしょ」
食い下がるフェイスに、ディノはまるい瞳の輪郭をとろけさせながら微笑んだ。こういうときに、大きく開いた時間の差を思い知らされる。彼の前ではいまだにどうしてか、どうしたって、幼い子どもと変わらない存在になってしまう瞬間がある。フェイスの言葉や態度だけのせいにするには柔らかすぎる視線を、居心地の悪さと共に受け止めるしかない自分が恥ずかしくて、少しだけ愛おしい。
「だって、今日はさ、仕方ないだろ? フェイス、一日楽しそうだったし……俺だって」
フェイスと同じ目線、つまり聞き分けのない子どものような口調で、ディノは最後に唇を尖らせてみせた。
「フェイスとの時間が欲しかったんだよ」
自分が悪かったことにして――フェイスが仕方なく折れたふうに話をまとめて、ディノの瞳は相変わらず甘く緩んだままだった。同期の『ヒーロー』たちと街を巡ったことは偶然の連なりでしかないが、ディノだけはフェイスの身を直接捕まえた。理由として、今の話はそのままディノの本音なのだろう。試合に勝って勝負に負けたフェイスが悔しい思いを倍増させたところで、ディノの携帯端末はジュニアからの救援要請を受け、軽快な通知音を鳴らした。
それならば、と機会を待つこと数週間。SNSを開けば、ディノのアカウントは今日もやけに賑わっている。フェイスの時間を確保したがるわりに、当の本人は無意識に人を集める習性を持つのでたちが悪い。フェイスの兄やもう一人のメンターとの会合がないことだけは昨夜のうちに確認済みだった。同じくオフを過ごすフェイスがクラブから早々に切り上げてきたのもこのためだ。
作戦はシンプルに、同じことの仕返し――といえばやはり子供じみている気はするが、たまにはその身を振り回してみたい。フェイスの突然の誘いに、ディノは応じてくれるだろうか。通りの端に立ち止まったまま、メッセージの作成画面を開く。
『このあと、時間空いてる?』
文章を打ち込むと、間を空けずに確認済みのマークが表示された。チャット式の個人メッセージ欄を見つめる。次に現れるのはディノからのメッセージだと思っていたが、フェイスの携帯端末は突然小刻みに揺れ動き、液晶はディノからのコールを知らせた。
「……ディノ?」
『ハイ、フェイス、いまどこにいるんだ?』
端末を傾けた耳元で、想像の何倍も弾んだ声がする。ディノに今いる通りの名を告げると、すぐに向かうと返事が来たのを、フェイスは慌てて遮った。
「待って、俺、まだ何にも言ってないんだけど」
『うん、フェイスは急用ならそう言うだろうし……他の話があるなら、ご飯でも食べながらどうかなって』
通話先のやわらかい笑顔が目に浮かぶ。打算的な自分を恥じるほど、ディノの声はただただ嬉しそうだった。つられて微笑んでしまいながら、フェイスは今日も勝ち越しを決めた恋人に応える。
「……うん、じゃあ、待ってるから。場所は――」