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    かもめ

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    かもめ

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    過去作。20200525

    #棘釘
    ##呪術

    【呪】棘+釘が自撮りする 最初は意外だと思った。狗巻棘の話だ。

     釘崎野薔薇から見た彼の第一印象は“淡白なひと”だった。術式の都合で語彙を絞っている上に、表情の変化も少ない。仲間想いの性格だということはその先の付き合いで重々承知することになったが、それでも、不便な生活を自らに強いている「呪術師らしい術師」だと思っていた。

     だから、何かを形に残そうという想いを彼が持つことが意外だったのだ。


     寮の外壁に沿った花壇に植えてあるゼラニウムが花をつけた。

     毎朝棘が水をやっている様子には、野薔薇も気がついていた。少しづつ蕾が大きくなっていっていることも。細やかな世話が必要な園芸は野薔薇の関心を惹く趣味ではないが、それでも視界の端にちらちらと紅やピンクの花弁が揺れると心にも彩りが出た。自らも花の名を冠しているのだから、尚更だ。

     同級の男子二人は花になど関心がなさそうだったが、野薔薇は日が経つにつれて花弁が増える様子を毎日寮の窓越しに窺うようになった。天気が良い日には、わざわざ大廻りして花壇の前を通って寮に帰ることもあった。


     その日も綺麗な秋晴れで、野薔薇は校舎から女子寮の玄関に向かう道を脇に逸れて歩いた。大廻りと言っても、寮の建物自体がそれほど大きくはないので、かかる時間はあまり変わらない。前の日より少し増えた花を眺めて、気が向いたら少し雑草を抜いて帰るつもりだった。
     しかし、今日は花壇の前に先客がいた。


    「狗巻先輩?」
    「……しゃけ」


     野薔薇が背後から声をかけると、先客である棘は返事をしながら振り向いた。相変わらず学ランのボタンをぴっちり閉めて口元まで覆っていて、花壇の前にしゃがみ込んでいる。猫のように背中を丸めたその姿に近づくと、彼がスマートフォンを手に持っているのがわかった。どうやらゼラニウムの写真を撮っているようだ。


    「すじこ」


     いつものおにぎりの語彙で話しかけられて、野薔薇は適当に「うんうん」と相槌を打ちながら棘の横にしゃがみ込んだ。


    「綺麗に咲いてるわよね」
    「明太子」


     数日前にぽつりぽつりと咲き始めたゼラニウムは、今では植えられている株の多くが見事に花をつけている。棘の毎日の世話があってこその美しい開花であることは言うまでもないが、それを本人に直接伝えるのは野薔薇の性に合わなかった。

     代わりに、野薔薇も棘に倣ってポケットからスマートフォンを取り出した。どうせ男子どもはこの先輩は綺麗に花を咲かせたことなど気がつくはずもないだろうし、真希も花や園芸には関心が薄い気がする。せめて、いつか枯れてしまうこの花を、自分も写真に残しておこうと思ったのだ。

     カメラアプリを起動して、自然光で綺麗な色が出るフィルターを選んだ。一際整ったかたちをしている花房にピントを合わせ、画面に浮かんだシャッターのマークにそっと触れる。パシャリという電子音と共に、ゼラニウムは画面の中に収まった。別の株の前に移動して、同じように構図とピントを決めてシャッターを切る。
     気が済むまで花の写真を撮ると、野薔薇は棘の横に戻り、先ほど撮った写真を見せた。


    「結構上手いでしょ?」


     ちょうどいい塩梅で日が差し込む時間帯だったことも功を奏した。白黒茶色ばかりの呪術高専の敷地内で鮮やかに目を楽しませる花々が、野薔薇のスマートフォンの中で咲いている。


    「しゃけ。……こんぶ、すじこ」


     棘は野薔薇の言葉に肯くと、自分の撮った写真を見せてきた。そしてしきりに、野薔薇の写真と自分の写真を交互に指差している。


    「え……? ああ、このフィルター?」
    「しゃけ」


     どうやら野薔薇の写真が棘のものより明るくて柔らかな色合いであることが気になったらしい。棘の撮ったゼラニウムの写真は影の部分が暗い色で出てしまっているし、花をつけた株が画面の真ん中に鎮座しているだけの構図で、悪くはないが味気ない。


    「先輩、最初から入ってるカメラ使ってるから……。ちょっと貸して」


     野薔薇は棘からスマートフォンを受け取ってアプリケーションをチェックした。見た目からしてお洒落に撮れるカメラアプリなどには疎そうだが、それにしても必要最低限の機能しか入っていない。


    「カメラアプリ入れたらすぐこういうの撮れるんだけど……。加工でいけるかな」


     野薔薇は「これだから洒落っ気のない呪術師は」等とぼやきながら画像フォルダを開く。野薔薇が持っている携帯の少し古い機種なので、デフォルトで入っているアプリケーションの操作方法は同じだろう。


    「先輩、毎日この花写真撮ってんの? マメね」
    「こんぶ」


     正方形に収まったゼラニウムがずらりと並んだ画像一覧。遡ると少しづつ花が減るのが面白くて、野薔薇は手癖で画面をスクロールして過去の写真を見た。花が咲く前からこまめに写真を撮っていたらしく、途中から画面が一面緑色になる。

     しばらく遡ったところで、花ではない画像を見つけてしまって野薔薇は手を止めた。黒い制服の背が高い女性と、白黒のもふもふした巨体が並んでいる。


    「ふふふっ」


     どうやら二年生で悪ふざけをしている時に撮った写真らしい。身近な先輩たちの飾らない姿を思わず目にしてしまって、野薔薇の頬が緩んだ。


    「高菜?」
    「ああごめん、これ面白くて、ちょっと見ちゃってた」


     勝手に画像フォルダを見てしまった形になったが、棘が気を悪くした様子はないので野薔薇は内心ほっとした。それどころか、「すじこ」と更に昔の写真を示して見せてくれる。

     勝手に撮られたようで怒っている様子の真希、入学したての頃の伏黒、ちらりと写った五条は今と違って目隠しの色が白かった。パンダは相変わらずだ。見覚えのない黒髪の後姿が、噂の「乙骨憂太」だろうか。


    「っていうか先輩、自分の写真はないのね。自撮りとかしないの?」
    「こんぶ……」
    「もしかして、自撮りのやり方知らない!?」
    「しゃけ」


     これだから洒落っ気のない呪術師は!! 本当にイマドキの高校生!?
     野薔薇は内心天を仰いだ。呪術師が皆が皆洒落気が無いとは言わないが、どうにも自分の周りはその辺りが疎い人ばかりのような気がしてならない。


    「こうして、ココ押したらカメラがコッチ向くから……」
    「すじこ?」
    「何よ、要らない? みんなで撮れた方が楽しいでしょ?」


     だってきっと、この先輩は高専の仲間のことが大事なのだ。口数や表情で淡白に見える術師だが、画像フォルダの中には彼と仲間たちの日常がたくさん詰まっている。明日の命の保証もないこの職業に身を置きながら、彼は五インチの画面の中に仲間との思い出を至極大事に抱えている。それならば、彼自身もその思い出に映り込んでいたっていいじゃないか。


    「……しゃけ」
    「でしょ? こういう花とか、背景と一緒に撮りたいときは先に角度を決めて……。ああ、もう、盛れないわね。先に私のケータイで撮るから、いい!?」
    「高菜……」
    「盛れるアプリは後から教えてあげるから」


     野薔薇はインカメラに設定したスマートフォンを掲げて、画面を見ながら前髪の乱れを少し直した。側に寄ってきた棘が、恐る恐る画面の中に顔を覗かせる。「撮るわよー」と声を掛けると両手でピースというベタなポーズを取る棘は、初めての自撮りにしては柔らかい表情で写真に収まっていた。
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