8,まぶたに(オルペト) 五年ぶりに超大型巨人が現れてからというもの、調査兵団内部はにわかに慌ただしくなった。
兵の分配、班の構成。指揮する立場にない兵士達は、常に上からの指示で自分の立ち位置と仕事を理解した。
そんな中、新たに発足した特別作戦班に任命された四名は、旧調査兵団本部への移動を数日後に控えた夜、揃って食事に出掛けた。
町へ出ようと連れ立って向かった先は、間口こそ狭いが、中は落ち着いた雰囲気のダイナーだった。
四人でテーブルに座り、悪くない料理を食べ、酒を飲んだ。
たわいもない話や真面目な話、兵団あるあるの話題を共有して、気付けば随分と時間が経っていた。
「そろそろ出ようか。明日もあるし」
牽引役のエルドの一声で撤収が決まったが、約一名、ついていけない者がいた。
ペトラである。
「え、ちょっと、おい。本気で寝てんの?」
対面に座っていたグンタが驚いたように言う。ペトラの横に座っていたオルオも「えっ!」と思わずペトラを振り返る。
「なんでお前は横に座ってて気づかないんだよ」
グンタの横で、エルドも呆れたようにペトラのつむじを眺めながら言った。
「いやいやいや、横とか関係ねぇし」
オルオはペトラから少し椅子を離しながら言い訳する。
ペトラは机に顔を伏せたような難しそうな格好で、なお静かなままだった。
「 ペトラー、おい、ペトラ。起きろ。帰るぞ」
エルドとグンタが左右からペトラの肩を叩いたり揺すったりするが、ペトラは動き出す気配もない。その様子をオルオは頬杖をついて見ていた。
「ダメだな、こりゃ。俺ちょっと外見てくるわ」
グンタが諦め、店から出て行った。おそらく馬車か荷車でも探しに行ったのだろう。当然だ、担いで帰ることはできない。オルオはまだ他人事のようにそれを眺めていた。動くのが面倒くさい。多分、オルオも少し酔っているのだ。
次にエルドが席を立った。
「俺ちょっとカウンター行ってくるわ。用事、思い出した」
「えっ、じゃあ俺ももう一杯」
オルオがついでに……と席を立とうとすると、エルドはそれを止めた。
「お前はここに居ろって。俺が取ってきてやるから」
「いや別に、自分で」
「酔っ払って寝てる女を、一人きりで放っとくわけにはいかんだろう」
「そりゃ……まあ……」
そうかなあ、と思わせる程度にはエルドの声は強かった。
そうして一人(正確には二人)、テーブル席でヒマを持て余しているオルオだ。
つまらなさそうに頬杖をつきながら、隣のペトラを見るともなしに見ていると、ペトラの口が小さく動いていることに気がついた。
「なんだぁ、寝言かぁ?」
後の笑い種にしてやろうと、オルオは声の聞こえる所まで耳を近づけ、その内容に固まった。
── みんなで帰る……絶対にね……。
オルオはペトラを見ながらゆっくり姿勢を戻す。まぶたを伏せた静かな顔は、なぜかとてもきれいに見えた。
オルオは素早く左右を確認すると、ペトラのまぶたに軽くそっと口付けた。