【邪術で饒舌になった含光君】ずるずると手を引かれる間も永遠に何かを伝えているのは魏無羨——ではなく、寡黙で物静かな含光君だった。
「私の心は死んだも同然だった」
「そっか、お前の気持ちを知らずに逝って、わるかったな」
藍啓仁から事情はきいていた。明日までは邪術による影響が長引くので、元に戻るまで話し相手になってやれと。よく口の回る夫を寝台に座らせてやり、ぽんぽんと頭を撫でてやる。
「黒い衣服を身にまとった背格好の青年を見るたびに胸の奥がふるえた。君がいないこの世界で君の影を追いかけても何も意味がいないというのに」
どうやら内に秘めていた後悔と懺悔の気持ちがあふれているらしい。ただひたすら耳を傾けてやる。
「今一度機あればと幾度となく考えた」
「う、うん」
魏無羨の初恋はもちろん藍忘機なわけであり、こうしてつらつらと愛を長らく語られるのも初めてなのである。普段は「好きだ」「愛しい」と短い言葉で告げられているので、こういった状況には慣れていないのだ。
じわじわと魏無羨の頬が赤くなる。
(俺に照れというものを感じさせるなんて、後にも先にもお前だけだぞ含光君!)
魏無羨が口を開く間もなく藍忘機は続ける。
「側にいてくれないかと夢で叫びもした。夢の中で君はただ微笑むだけだった。起きた時の静寂さはむなしく、切なかった。隣にいてくれたらと毎日願った」
「ちょ、ちょっと待て、あの、藍湛」
淡い瞳が近寄る。魏無羨の心臓が一回り大きく動く。美しい男に切実な声で立て続けにこう迫られてはたまらない。慣れたとはいえこの男はこの世の者とは思えない絶世の容姿を持っている。その上好きな相手というのもの加味され、ばくばくと心臓の音が耳に届くほどになってきた。彼の口をふさごうと両手を上げる。
しかし藍忘機はいとも簡単にその手をのけた。
行き場のなくなった手は空をさまようことなく、クルリと手のひらを返した藍忘機の指に交差するように繋がれた。
「君の心を誰一人理解しようとしなかった。私も同じようなものだ。もし本当に理解していたならきっと私は最期の時まで君と共にいたはずなのだから」
藍忘機の心にここまで存在が刻まれているとは思いもしなかった。
「藍湛…」
こぼれそうな己の涙の存在に気づき、魏無羨は上を向いた。
まるで呪いだ。もしも死んだままだったら、きっと藍忘機の長い生は予想もできないほどに辛いものだったに違いない。胸が苦しくなった。手をつないでいる方の手に力がこもる。この手を二度と放してはいけない。
涙をのみこみ、キッ、と睨むように藍忘機を見据える。夫の顎をつかみ、ハッキリと声を上げた。
「いいか!俺は生きてる!お前がやりたいこと、全部言え!」
白衣を翻し、強く、きつく、魏無羨の体を抱きしめた。
「傍に、ずっと、私の傍にいて」
「いるよ!お前がこの世にいる限りな!」
fin.