初代大魔道士は覚悟する-メドローア指南方法模索中 マトリフは床に書付をひろげて思案する。書付に記載されているのは彼の弟子が現時点で使用できる呪文と、これまでの彼の弟子の戦闘の記録だ。彼の弟子、ポップがマトリフに師事して約一か月。たった一か月でポップは飛躍的に成長している。
しかしそれでもきっと足りずに間に合わなくなる。先日も、禁呪に近いフィンガーフレアボムズを未完成ながらも使用したという。これからの戦いにおいては既存の呪文の高位呪文であっても通じないことが増えていくだろう。なにせダイの父親である竜の騎士にも通常の呪文が通じなかったのだ。大魔王とその周辺もおそらく同様であろう。
おそらくマトリフの生み出した呪文、メドローアがポップに必要になる。あの呪文ならばあらゆる物質を消滅させることができる。たとえ止まった時間の中にある物質ですら。
「教えなきゃ、ならんか」
溜息とともにマトリフは零す。
はたして今のポップに可能だろうか?メドローアを使うには右手と左手で異なる魔法力を互角のパワーで発生させ、更にそれらを合成させなければいけないのだ。
マトリフはポップの戦闘内容に改めて目を落とす。トベルーラを使いながらのベタン、3つのメラゾーマを片手にとどめて同時発動という文言が目に入ってくる。呪文の複数発動や、複数展開したものを維持することは既にできているようだ。メドローア発動のための最低ラインはクリアしているようにみえる。ただ、それはあくまでも最低ラインである。メラ系とヒャド系を同時に互角のパワーで発動しての合成は容易ではない。どちらかのパワーが勝ってしまえば、それは単なるメラもしくはヒャドとなる。
センスのないものにはおそらく一生かかってもできない。だがすでに呪文の複数発動を行っているポップならば、根気よく数か月の時間をかければきっと会得するであろう。
しかし敵はそんな悠長には待ってくれない。おそらくこの呪文の会得が必要な頃、ポップに与えられるであろう時間は長くて数日だ。そうなれば最短の修行方法が必要になる。
「ぶつけるしかねぇか?」
メドローアを相殺できるのは同じメドローアだけだ。ポップにメドローアを放てば、それを相殺するためにポップはメドローアをなんとかして放たなければいけない。追い込まれればあがいてもがいて状況を打開するポップならば、この流れでメドローアを会得する確率は高い。であれば、これは最短だが最適な方法のように思える。
ただし、失敗すればポップが消滅するということに目をつぶる必要はあるが。
かつてマトリフがポップを水に沈めたときも、ポップは追い込まれて魔法力を発動した。あのとき、もしもポップを魔法力を発動できずに水に沈んでどうしようもなければマトリフはポップを助けるつもりでいた。しかし今度は?ポップを助ける方法があるのか?
「ルーラで……無理だな」
たとえばマトリフの放ったメドローアに押し負けそうなポップを、マトリフがルーラで助けようとすれば、ポップはきっと安堵するだろう。そして安堵したポップは、きっとマトリフの放ったメドローアに飲み込まれて消えてしまう。助ける姿勢を見せることもリスクとなる。
おそらくポップがメドローアを成功させる確率は低くはない。ポップにメラ系とヒャド系を同時に発動できるかと問えば「できない」とは言わないであろうこともマトリフには想像できる。しかし成功できずに消滅してしまえば確率の高低など意味はない。
弟子を殺しかねない修行方法に意味はあるのか?
―――――――だが会得させなければ、いずれあいつは死ぬ。
魔王軍に殺されるか、この手で殺すかの違いだけだとマトリフは思い至る。いっそそうなるまえに逃げてくれればいいとすらマトリフは思うが、必要とあればメガンテすら使うのがポップだ。怯えながら震えながら、きっと最後まで踏みとどまってあがいて死ぬだろう。そうなればマトリフの気力も衰えて、弟子の後をすぐ追うことになるのは明白だった。
「そいつは、つまらん」
かつてマトリフは自身が生きながらえることにさほど興味はなかった。ただ、今はもう少しだけ、自分の得た何もかもをポップに伝えきるまでは生きたいと願い始めていた。悪態をつきながらも必死に食らいついてくるマトリフの生涯で最高の弟子。旧知の仲間においていかれながら、それでも生きながらえていた理由はきっとこの時のためだったのだと確信している。
「あいつなら大丈夫だ」
自分に言い聞かせるようにマトリフは覚悟する。
ただ、それでも、できればこの呪文を伝えるのはまだ先であってほしいとマトリフは強く願った。