特別な願い事を オレは確かにオアシス・メイカーと唱えたはずだった。風呂上がりのジャミルに美味しい水を渡そうと思ったのに。
「カリム様、なんなりとご命令を」
オレの目の前には理性の光を失ったジャミルが跪いている。
「ジャミル!?いったいどうちゃったんだよっ!」
「はい。カリム様が俺にスネーク・ウィスパーを使ったからです」
「っ!?!?」
ーーージャミルの言う事を要約すると、恐らく昼間飲んだ魔法薬が何らかの作用を起こし、オレ達のユニーク魔法を入れ替えたのではないか、ということだった。
まだ気持ちはついてこないけれど、状況は整理できた。でもこんな夜更け、誰に相談できるはずもなくとりあえずオレの部屋に移動した。
「ジャミル、落ち着かないからいつも通りにしてくれ」
「分かりました」
「敬語もやめてくれ…」
ベッドに胡座をかいて向かい合わせになってみたがジャミルは微動だにしない。じっと虚ろな目でオレを見据えているだけ。
いつもなら気にならない無言の時間も、今はやけにそわそわとしてしまう。
「ジャミル」
「うん」
「ジャミル?」
「うん」
どうしよう、ジャミルが返事しかしてくれない。敬語が抜けたのは良いけれど、これはこれでどうなのだろうか。
煩い、黙れ、良いから静かにしろと呆れた顔をするジャミルが恋しい。冷たい言葉が欲しいわけじゃないけれど、表情が変わらないから寂しい。
「なあ、ちょっと笑って……、いやいいすまんオレが悪かった!」
瞳孔が開いたまま口の端だけがニィ…、と上がっていくなんて恐ろしすぎる。バクバクと脈打つ胸を押さえて恐怖をやり過ごしていると、ひとつ考えが浮かんだ。
今ならジャミルは何でも素直に答えてくれるのでは、と。
さっきとは別の意味で早くなる心臓。
「あのさ、ジャミルはオレに叶えてほしいことってあるか?今日明日で叶えられるものでさ」
「願い事…」
どこを見ているのか分からない瞳。
ぼーっとしているようだけれどきちんと考えてくれているらしく、微かに口がキュッと結ばれた。
何をお願いされるのか楽しみだ。オレにできることなら何でも叶えてやりたい。
「本気のカリムをマンカラでボコボコにしたい」
「ぼこぼこに…!?」
「完膚なきまでに」
「そんなにかっ!?…でもジャミルのお願いだもんな、うん!やるかっ」
棚からマンカラを持ってきてベッドの上に広げていき、準備は整った。
「手加減しないぜ、ジャミル!」
本気で戦った、でも結果はーー。
「俺の勝ち、だ」
「う〜、やっぱりジャミルは強いなぁ…。一勝もできなかったぜ」
もう何戦したのかも分からない、それくらい熱いゲームだった。ジャミルも満足したのか、心なしか表情が明るい。
「でも願いはこんな事で良かったのか?もっと特別な事でも良いんだぜ」
「…」
ふっ、と投げかけられた視線に胸が熱くなった気がした。
軋むベッド。近づいてくる切れ長の瞳に理性の色はなく、どこまでも綺麗なグレーだった。
耳に、ジャミルの息が掛かる。
「んぇっ!…、っ、!ジャミル…?」
ギュッと絡まった手足は羽交締めみたいにオレを抱きかかえて、2人揃ってベッドに転がった。
足は絡まっているし片腕は脇の下、もう片腕は頭の下に滑り込まれていてガッチリとジャミルに抱きしめられている。
いや、抱き枕にされている方が近いかもしれない。その証拠に、眠たげな欠伸が頭の方から聞こえてきた。
「なぁ、これどういう願いなんだ?」
「一緒に寝る」
「それが願い事なのか?」
「…カリムを動けなくした上で一緒に寝る」
「前提まずくないかっ!?」
やけに物騒な前提条件が付いてきたが、意味を聞こうにも気持ち良さそうな寝息に口をつぐんだ。ジャミルの顔が俺の頭に埋まっていて、ちょっとこそばゆい。
これでは寝返りだってできないだろうな、と天井を眺めていると小さな笑い声がした。小さく、幸せそうなその声にオレまで嬉しくなってしまう。
「ジャミル、誕生日おめでとう」
ーーーいつも通り、この温もりが何よりの願い事。