かにかにランチ 今朝から、ムルとシノとミスラの姿が見えず、魔法舎はざわついていた。ムルがいたりいなかったりするのはいつものことだし、眠れないミスラが朝食の席に現れるのが遅いのもよくあることだが、シノが来ないというのはおかしいということで、授業を取り止めにして皆で探している。しかし、昼近くなるというのにまだ見つからないので、ネロは探し続けている皆に軽くでも補給させようとひとりキッチンに戻ってきた。
「まったく……どこに飛んでいきやがったんだ」
一緒にいなくなった者がいるということはひとりではないということだが、顔ぶれがやや不穏である。普段たまに遊んでいるらしいムルはともかく、ミスラが同行しているとは一体何のくくりの集まりなのかまるで分からない。
けれども、周辺はどこも探したし行き先に心当たりがない以上は考えたところで仕方がない。ネロとしては、何だかんだ時間がたてばひょっこり帰ってくるのではないかと思っているのだが、不安そうにしていたヒースクリフや言葉を尽くし彼を宥めているファウストのことを思うと、あまり楽観的すぎることを口にすることもできなかった。
それに、腹が減ってはなんとやらである。捜索するのも心配するのも体力がいることを若い魔法使いは失念していそうなので、言わないと補給も忘れて探し続けるかもしれない。現場では年長者が見てやっているだろうし、食事の準備はしておいて悪いことはない。こうしている間に見つかれば、それはそれで僥倖―。そう思いながら、今朝のうちに焼いておいたバゲットを切り分けていたときだった。
「ただいまー!」
ネロの背後で勢いよくドアが開く音がしたのと同時に、深刻さなど微塵も感じさせない声が帰りを告げた。反射的にネロが振り向けば、今朝から姿を見せなかった三人が両手に大振りの甲殻類を持って立っていた。彼らの背後には、今しも消えようとしている扉―ミスラの空間転移魔法だ。
「ただいまーじゃねえだろ……! あんたらどこ行ってたんだよ、みんな朝からその辺駆けずり回って探したんだぞ」
「本当ー? 絶対怒られるね!」
「悪い。あとで謝る」
「これで許してください。というか、これ捕りに行ってたんで感謝されてもいいくらいですよ」
思わず包丁を握ったまま詰め寄るネロだったが、三人は悪びれた風でもなくしれっとした顔でいる。大捜索になっているとはこれっぽちも思っていないのだろう。
とはいえ、怒られるとかどうしようとか言うような顔ぶれではないので、ここは諦めながらネロは彼らが両手に持っている甲殻類に目を向けた。これを捕りに行っていたというが、どういう思い付きだったのだろう。
「西の国の南寄りの海にある無人島は、蟹がよくとれるんだ! なんだか今日は蟹の気分だったからとりに行ってきた!」
「シノとミスラ連れてか?」
「結果的にはね」
「強い虫とりにいかないかってムルが言うからついていったら蟹だったんだよ。知ってるか? 蟹って虫に近いらしいぜ」
「二人が話してるのを聞いて、気分でついていきました。俺がいたから移動が一瞬で済んだんですよ」
「あ……そう……」
ムルの思い付きなら常人の及ぶところではないので、ネロはこの話に見切りをつけて蟹と三人を交互に見た。
随分と立派な蟹と、蟹だ蟹蟹と踊り出すムルと、どうだと言わんばかりの表情でこちらを見つめてくるシノ、分かりにくいが明確な言葉を待ち圧を放っているミスラ―。
「それより蟹ー! 新鮮だよ! エイラッシャイ!」
「ああ、蟹な。結構とったな。素潜りか?」
「そんなわけないだろ。浜辺とかをうろついてるのを一匹一匹魔法で撃ったんだ」
「最初の何匹かは力を入れすぎて吹っ飛ばしましたけど、すぐ慣れました。上手くいくと楽しいですよ」
端から追及する気などなかったが、何でよりによって最初にここに来たのだろう。両手の蟹を見れば火を見るより明らかだが、少し憂鬱な気分でネロは笑って見せた。
「……すごいな。やるじゃん」
「だろ。少しコントロールがよくなったぞ」
「オズならこうはいかなかったでしょうね」
この後のことを考えるとやるじゃんなどと言っている場合ではないのだが、怪我もなにもないようだし、考えても仕方がないことは考えないに限る。
「ムル、外出て花火打ち上げてくれねえ? みんな近くにいるだろうから、知らせてやって」
「わかった! 蟹の形にするね」
「シノとミスラは蟹の処理な」
「嫌だ。腹が減ってもう動けない」
「みんなを心配させたんだからそれくらいやれ。飯は出すから」
「わかった。この蟹は俺たちの手柄だってちゃんと言えよな」
「とりあえず脚全部もげばいいですか?」
「それでいいよ」
ネロが頷いてややあってから外で花火の上がる音がした。捜索に出ていた皆が魔法舎に駆け込んできたら、すぐさま説教が始まる予感がするが、こんなことは日常茶飯事といえばそうだ。だから、こう言うことに決めている。
「この蟹どう食いたいか決めといてよ」と。
<おわり>