ためらわない、迷わない(君が愛する世界) 彼を守るためにはためらってはならない。彼を愛するためには迷ってはならない。俺がここ数年で得た教訓とはその程度のものだったが、それは彼とともに過ごすにあたって、大きな意味を持った。
例えば彼と潜入捜査をする時、例えば彼と危険な銃撃戦にあたる時、俺は絶対にためらわない、彼が無茶をする性格なのを知っているから、その先を行く無茶をする。小言はあとで聞けばいい。彼が生きているということが大事なのだから。
戦場では多くの人死にを見てきた。笑ってボール遊びをしていた少年が突然バットでめったうちにされるのも見たし、ビー玉を転がしていた少女が腕をくくられて拐われるのも見た。彼らは俺の元には二度と戻らなかった。彼らはある程度戦闘技術を持っていたのにそんなだった。人を殺すなんて本当に簡単なのだ。殺されるのも簡単なのだ。生み出すのはこんなにも難しいというのに。
「珍しいな、妊婦の警護だなんて」
「お偉いさんの孫だとよ」
俺たちはそんなことを言いながら、臨月の妊婦を護送していた。そのお偉いさんとは俺たちが逮捕した。お偉いさんはマフィアとの繋がりがあり、今は証言の最中だ。かくして、狙われる可能性のある家族を俺たち行動課が守る訳となったのだが、上手くいくかどうかは分からない。なぜならば、いつだってサイコロの目は分からないから。
妊婦はずっと泣いている。自分の祖父が犯罪者だったことに、名付け親になってもらう予定だった祖父が犯罪者だったことに。けれどそんなの平和な出島だから言えることだ。海外では誰もが誰かを殺した犯罪者で、誰もがマフィアと繋がる犯罪者だった。子供は強く育つだろう。シビュラはそれを保証している。
「きっと良い子が生まれますよ。母親に似て」
ギノはそんなことを言って、妊婦を励ましていた。俺はそうであれば良いのにと思った。ボール遊びをしても、ビー玉で遊んでも殺されない、拐われないこの国で、どうか幸せになってくれと、そのためなら俺は迷わないと、そんなことを思いながらハンドルを切る。俺はギノを愛している。だからギノが愛するこの国を愛したいと思うのだ。誰かが幸せを望むこの国を。