童話の王子様とお姫様(スノーホワイト) 仕事で児童養護施設を訪れた時、ギノがスーツの裾を引っ張る子どもたちに、童話を読んでやっているのを見たことがある。彼は長い髪を少し垂らして、ぼろぼろになった、今では珍しい紙の絵本を読んでやっていた。絵柄はディズニーの白雪姫。美しい白雪姫と、幼い頃に彼女と出会い、王妃に捨てられてしまった思い人をずっと探し求めていた王子様のストーリー。毒林檎を食べて仮死状態になってしまった白雪姫が、王子様のキスで目覚めるストーリー。いつの日にか王子様が来てくれるその日を私は夢に見る。
ギノの落ち着いた語り口に、子どもたちはもっと、もっとと絵本を持ち込んで、その様は花城が呆れるくらいだった。私はあなたを子守役として雇ったんじゃないんだけど? とは彼女の弁だ。俺もそう思ったが、普段ドローン任せにされている子どもたちは、人間の大人に興味津々だった。結局この日は残りの俺たちが職員に聞き込みをして、ギノは子どもたちにかかりきりだった気がする。それでも優しい、慈しむような彼の表情は、俺にとって素晴らしいものだった。もしこんな仕事をしていなかったのなら、彼はあんな表情を多くの人々に向けただろう。そう思うと、胸が少し痛んだけれど。
「お前が白雪姫とはな」
そう帰りの車の中で言うと、ギノは少し不服そうな顔をして「何がいけないんだ」と言った。俺は「よく似合ってるなと思って」と返す。するとますます彼は不機嫌そうになった。ギノは夜中の繁華街でよく女扱いされていたから、それを思い出して苛立っているのかもしれない。絵本を読んでやる仕事は、大昔は女のものだったというし。
「出島にあんなに孤児がいたとは思わなかった。子どもがいると入国申請が通りやすくなるから連れて来て、役目が終わったら捨てるんだ。胸糞が悪いよ」
ギノはそう言って車の外を見た。外は雨だった。出島は雨が多い。今日もそのうちの一日だ。
「いつか王子様が来てくれるなんて、夢を見せるのは可哀想かな」
ギノが言う。俺はそれに、彼が父親を待ち続けた過去を重ねていると知って、「そんなことはないさ」と言う。希望があれば叶えられなくても生きていけるさと。
「それにお前だって、王子様が帰ってきただろう?」
自動運転をする車でギノの髪を触りながら言う。すると彼はこの日久しぶりに笑って、「お前は遅すぎるんだよ」と言った。でもその目は優しかった。子どもたちに向けられていたようなものとは違うが、とても優しかった。