言えないひとこと(好きのひとこと) こんなに誰かを好きになるなんて、今までにない経験だった。女子に告白されたのは数え切れないし、数人と付き合ったこともある。けれどこんなに胸の奥がちりちりと熱せられるように誰かを愛したのは初めてだった。今までの経験全てが役にたたなくて、本を破り捨てたくなったのは初めてだった。そしてまだ二十年も生きていないのに、きっと自分の人生のほとんどをこの男と過ごすのだろうと思ってしまったのだ、俺は。それくらい宜野座伸元という青年は鮮烈な印象を俺に残してしまった。
「熱いな、エアコン壊れた部屋で待機ってのもゼミの先生もひどいよな」
「仕方ないだろう、廃棄区画に行ったのがバレたんだから。退学にならないだけ優しいよ」
俺たちはそんなやりとりをしながら、汗をかきながら椅子に座っていた。前のスクリーンには前日の授業で使われた教科書が映し出されていて、俺はぼんやりと初恋を描いた小説を読んだ。初恋、か。きっと俺の初恋はギノなんだろうな。ギノが俺にどうして欲しいとか、ギノに何をしたいとか、最近はずっとそんなことばかり考えている。しかし暑い。早く先生は来ないだろうか。
「でも楽しかったろ? 俺と一緒に冒険するの」
「冒険って、古本屋を回って、冷やし中華を食べただけじゃないか。何から作られてるのかも分からないやつ」
ギノはよく喋った。頬を汗が伝う。それはあごを濡らして、ぽたりと机の上に落ちる。俺は彼に触れたいと思う。その汗を掬って舐めたいとまで思う。こんなに思うのに、俺はまだギノに告白出来ていない。告白の仕方が分からないから、嘘だ、映画ではあんなに見たのに。小説ではあんなに読んだのに。なぁ、ギノ。お前は俺とは違う気持ちなんだろうか? 俺とは別の気持ちで一緒にいてくれているんだろうか? だったら俺はお前の気持ちを汚しているんだろうか? 言いたい、一言が言いたい。お前のことが好きだって。
俺はそんなことを思って、口を閉じ、滴る汗を拭った。先生が来たのは、それから三十分ほどしてからのことだった。