AとBの事件「だからさ、それは間違ってるんだ、前提条件がまずおかしい」
「前提条件? 犯人がいる、被害者がいる、それのどこがおかしい?」
「犯人には背景があるべきだろう? なのにこの犯人はとってつけたような犯罪を突然犯しただけで、何の理由もなく女を殺しているんだ」
「無秩序型の犯人かもしれないじゃないか」
「じゃあ無秩序型を再定義しよう。社会不適応で、孤立していて、それほど知能も高くない。外見に無頓着で衛生状態の悪いところに住んでいて、総じて無秩序だ」
「そのままじゃないか。この女は突然殺された。理由もなく。それに犯人が残していった残留物も多い。ダンゴムシにかかればすぐにD N Aが特定される」
「でもダンゴムシはまだデータを寄越さない」
「時間がかかってるだけかもしれないじゃないか」
「優秀な鑑識ドローンなのに?」
「それは……じゃあ秩序型の犯人だっていうのか? 社会的地位にあり、尊敬される立場にあり、魅力的で異性にモテて、犯行を準備段階から入念にして、証拠を残さない。俺たちからの尋問を受けることすら想定している」
「そうだよ、この証拠は全部女には繋がるが犯人には繋がらない。正しく言うと、犯人の男か女か、そのどちらであったとせよ、この加虐的な犯人には繋がらないんだ」
「じゃあ、お手上げじゃないか」
「待てよ、そうは言ってないだろう?とっつあんもよく言ってたじゃないか。猟犬の鼻ってものがあるってさ、刑事の勘だよ」
「またそれか」
「それに幾度も助けられてきたくせに」
「否定はしないがいらいらするな」
「まぁ、考えてもみろよ。娼婦の部屋にしては綺麗すぎるここに散らばるのは、血まみれのナイフと臓物だ。犯人はそれに引っかからないようにしたはずだ」
「御堂将剛の時のように?」
「そうさ、きっとシャワーすら浴びなかった。この部屋にあるもので血を防いだはずだ」
「たとえば、あのカーテンとか?」
「多分な。あそこだけ妙に汚れているから」
「それじゃあ犯人確保も近いな。D N Aも残しているはずだから」
「それを期待してダンゴムシを動かそう、何か分かるかもしれない」