彼女の赦し 課長室のソファに座り、テーブルで昼食を取っていると、法定執行官となった先輩が現れた。彼女は今は私の部下だ。今までの何でも私に指示をしていた人とは違う。
「一緒に食べてもいい?」
彼女の手には公安局内で売られているサンドイッチの包みがある。私はそれに「いいですよ。私はすぐに終わりますけど」と返し、また弁当に箸をつけた。塩鮭、卵焼き、桜でんぶ、プチトマトにブロッコリー、それから白米にふりかけ。質素なものだ。想像していた課長としての生活とは違い、豪華な昼食を取ることもままならない。
「いいの、一人きりだとさすがに寂しいから。それに私早食いだよ」
先輩が言う。私はそれに胃がきりきりした。私は先輩の祖母を東金に差し出した張本人だ。彼女の仇と言ってもいい。なのに先輩はそんな私に優しくする。消去法で言ったら、あの東金に情報を差し出した人間なんて、頭のいい先輩だから気づいているだろうに。
「美佳ちゃん、最近疲れてない? それとも私がずっと側にいると疲れる?」
「そんなことありませんし、先輩が側にいる程度で疲れてちゃあ課長としての名折れです」
「はは、きついなあ……」
そう言って、でも嬉しそうに先輩はサンドイッチを食べる。BLTサンド、先輩の仲間だった執行官が昔よく食べていたという好物。それで追悼しているつもりなら、常守葵の好物も食べたりするのだろうか? おばあちゃん子だったと聞いているから、祖母を失ったのは彼女にとって大きな痛手だっただろう。私だって父や母が誰かの手にかかれば色相はクリアではいられない。彼女のようにはいられない。きっと潜在犯になって、きっと執行官になるんだ。そしてそれは東金に情報を差し出して、シビュラシステムの奴隷になった時点で決まっていたのだ。
「どうしたの? 美佳ちゃん」
「……何でもないです。私、もう食べ終わりますけど、好きにテーブルを使っていいですよ」
私はそう言って課長用の机に戻る。箸をケースに戻して、弁当箱を布で包む。先輩は美味しそうにサンドイッチを食べている。先輩はどこまで色相美人なんだろう。先輩はどこまで人を許すんだろう。私はどこまで許されるのだろう。シビュラシステムの正体を知ってなお、課長として生きてゆくと決めた私はどこまで許されるのだろう。