熱(高熱) 狡噛が高熱を出した。
それは普段から不摂生をしている彼にとっては当然のことのようにも思えたし、彼のあまりにも強い生命力を知っている身からすると、鬼の霍乱ではないかとも思った。今彼は俺とは離れて自室のベッドで養生している。すぐにでも訪ねたい気分だったが、二人も倒れられては困るから、見舞いには行くなとの花城に命令された。だったら俺はじっとしているしかない。彼の分のデスクワークが回って来たから、そんなに日まではなかったのだけれども。
狡噛の熱は三日ほど続いた。その間も連絡は取らなかった。デバイスを使えば接触せずとも語り合えるというのに、彼の体力が削られることを恐れて見舞いの言葉は送らなかった。なんて不誠実な恋人なのだろうか。そうは思ったものの、見舞いの言葉なんて限られている。いくらか身体を気遣って、最後はお大事に、だ。花城が面会を止めるくらいの高熱なのだから苦しいに決まっている。そんな中で定型文を読ませたくない。
狡噛が出勤したのは四日後のことだった。それは俺すら知らないことだったので、正直隣の席に座った彼には驚いた。聞けば煙草の味が分かるようになったから戻ってきたのだそうだ。ということは彼にはまだ熱がある。高熱とは言わなくても苦しいんじゃないか。そう思って額を触ると、とても熱かった。これじゃあまた官舎送りだ。
「せっかくお前に会えると思ったのに」
「風邪が移ったら困るだろう」
「大丈夫、少し関節が痛くて歩けなくなるくらいだ。死にはしないさ」
狡噛が物騒なことを言うと、全てを聞きつけた花城がまた自室待機を命じた。そして彼と接触した俺にも、念のため自室待機を命じた。散々である。だが、狡噛から送られたメッセージに俺はそれを飲み込んでしまった。部屋で会おう。そんなそっけないメッセージに。
狡噛の部屋は散らかっていたが、洗濯はなされているようで汗臭くはなかった。むしろ石鹸の匂いが強いくらいだ。俺は狡噛のために食事を用意しながら、テレビのニュースを見た。悪い風邪が流行っているらしい。彼もこれにかかったのだろう。
「お前がメッセージすら寄越さないから捨てられたと思ったよ」
狡噛に卵粥を持ってゆくと、ベッドに寝転んで本を読む彼はそんなことを言った。俺は負担になると思ったんだと言い訳をして、けれどこう見えて寂しがり屋な彼にひどいことをしたのかもなと思った。いつもより少し高い熱。いつもより鈍い動き。俺はそれが愛おしくて、卵粥をサイドテーブルに置き、彼の手のひらをにぎる。それは本を読んでいたせいか少しひんやりとしていて、けれど動きはのろのろとしてやはり彼は風邪なのだと思った。
「お前が治ったら、俺も風邪を引くんだろうか?」
「そうしたらキスで治してやるよ」
狡噛が笑って俺の額に額をぶつける。俺はそれに、どうせ風邪になるのなら、今キスをしてくれればいいのに、と思った。今すぐ目を閉じて、深く深く。俺は手のひらに指を絡める。狡噛はもう何も言わない。俺たちはキスをしない。ただそれよりももっと深く、お互いの感情に触れる。