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    りつかさ/たからものをあげる

    #りつかさ

    宝石商パロ・生き死にの話 命よりも美しいものなんてない。こんな陳腐に聞こえる言葉もないけれど、少なくとも俺にとっては事実だ。無限に等しい長寿を与えられた吸血鬼の俺には、命とは有り余る財産だった。吸血鬼が寿命のいくらかと引き換えに生み出せる、鮮血のように赤い石は、はるか昔から人間を魅了した。どんな宝石よりも美しく、そして、理解しがたく怖ろしい。俺よりずっと短命の儚い生き物は、俺の命をそう価値づけた。俺は膨大な命を切り売りし、対価として得た人間の富を消費して、夜に紛れひっそりと暮らす。シュトレンを少しずつ食べクリスマスを待つアドベントのように。いつか訪れる聖なる終焉だけを望み、乾いた日々をふやかし飲み込む。それが俺という宝石商の、あまりに長すぎる余生だった。
     そして遂に、俺の聖夜はやってきた。奇しくも十二月二十四日、降りしきる雪が隠れ家を深い静寂で包む夜。数えきれないほど迎えてきたクリスマスイヴの中で、今日だけ違うところが二つあった。一つは、俺に残された命が今夜限りということ。もう一つは、俺の隣に彼がいることだ。
    「世界じゅうを探してでも買い戻しましょう、あなたの命を。あなたが人間に与えてきたものをすべて」
     紫色の瞳をはらはら揺らしながら彼は言った。初めて会った時にそっくりの、強い意思を持った声だった。世界一美しい宝石を扱う商人がいると聞いた、だからそれを売ってほしい、と、その宝は自らの手もとにあって当然だと言わんばかりに、自信に満ちた表情で言ったあの日のままの。
    「ふふ、さすが名家の跡取りさまは言うことのスケールが違うなぁ」
    「からかわないでください」
    「そんなことしても無駄だって。第一、できやしないから」
     ぱちぱちと燃える暖炉の火が、彼の幼気な頬と夕焼け色の髪に温かなハイライトを差している。ぬくもりと光と朝の匂いのする子。あの日、俺の家じゅうの窓を勝手に開けて風を通して、ぬくもりと光と朝の匂いを俺に教えてしまった罪の子は、今にも泣き出しそうな顔で俺を見ている。濡れたアメジストはきらきらと輝きとてもきれいだ。
    「宝石はいつまでも残ります。思い出だって同じです」
    「何年経ってると思う? 宝石商の吸血鬼をおぼえてるひとなんて、もういないよ。いたとしても、じきにいなくなる」
    「しかし、私はおぼえています」
     凛と言い切る彼の言葉が、今ではなく未来の話をしてくれているのだと伝わる。夜を繰り返すだけの俺には見えることのない、いつかの朝のことを、信じて語る彼がまぶしくて俺は微笑んだ。
    「うん。分かってる。あんたは俺を、おぼえてる。絶対に忘れさせてなんてあげない」
     触れた頬は温かかった。だから俺の手はきっと冷たかっただろう。彼は、みじかく息を吸い込んで、ひとときまぶたを閉じた。それが冷たさに驚いたせいかどうかは、俺には分からなかった。
    「……酷いひとです」
    「当然でしょ。俺は吸血鬼だよ。怖ぁい魔物なんだから」
    「そのように思ったことは一度もありません」
     宝石を求めたきり帰らない若き貴人のことを、きっと世間は吸血鬼に拐かされたと噂していることだろう。俺にはもう知る由のないことだった。彼に出会った時から俺の日々は彼に終わらせてもらうためだけに在り、人間の世界からいよいよ遠ざかった。彼を巻き込み、彼を閉じ込め、彼の心と体に消えない痕をつけて。長居すればするほど元の生活には戻れなくなると知っていて、それでも彼は俺の隣にいることを選んでくれた。あるいは、それしか選べないように、俺が彼を変えた。
     手放していった命に未練はない。そのおかげで今日、俺はようやくアドベントカレンダーの最後をひらくことができる。
    「ねぇ、あんたを待ってた。俺をおぼえててくれるひと。あんたに会えたから、俺はやっと眠れるんだよ。俺は眠りを邪魔されるのがいちばん嫌だって、知ってるでしょ?」
    「ええ。ええ、何度も、苦労させられましたから……あすの朝も、でしょう? あすもまた、あなたは起きたくないと駄々をこねて、それを私がやっとの思いで」
     血色のよいくちびるをおやゆびでそっとふさぐ。ふるえる吐息が彼の生きているあかしを俺のゆびに移す。
     俺よりもずっと短命の、儚い、このきらめきが、少しでも長く健やかに続けばいいと思う。
    「俺の石、実物は見たことあるんだっけ?」
    「あり、ません」
    「そっか」
    「ありませんが、わ、私はもう、そんなもの、どうだって」
    「そんなものなんて言わないでよ。一応、世界一美しい宝石だって言われてるんだけど? あんたはそれが欲しくてここまで来たんでしょ。自分が持つべきものだって思ったから」
     この世のすべての、美しく、価値のあるものを、手にできると夢見るために生まれてきた子。望むものは何だって与えられてきたのだろう、満ち足りた人生の果てに、この子が俺と出会ってくれたのは、きっと運命だったんだ。
    「っ、お兄さま。あすは、あすくらい、朝寝坊しても構いませんよ。なんといっても聖夜ですから。午後まで寝てしまいましょう、私も」
    「ううん。良いや」
     肩にすがる手をぎゅっと握った。彼の瞳から雫がこぼれ落ちた。ダイヤモンドみたいにきれいだけれど、一瞬で消えてしまうから、ダイヤモンドより大切に思った。
    「お兄さま。私があの日ここへ来なければ、あなたはまだ」
    「そう思う? それが良かったって」
     彼の声は濡れてふるえていた。遮るように俺が尋ねると、彼は漏れそうな嗚咽を飲み込み、黙ってくびを横に振った。「いい子」と俺は彼の目尻にくちびるを寄せ、あふれた涙をすくいとった。
     窓の外の雪は力を弱めつつあり、夜明けが近いことを教えていた。
    「いい子には、クリスマスプレゼントをあげるんだったよね」
     俺のかわいい子。世界で一番の宝物をあげる。お代はもう充分すぎるほどもらったから。この子が短い命のぜんぶを費やすくらい、俺を愛してくれたから。
     明朝、俺は目覚めない。
    「お兄さま。ああ、お兄さま……私にとって、あなたの命より美しいものなど」
     そしてきっと彼の枕もとには、彼に一等よく似合う、美しい赤い石が寄り添っているだろう。
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